『SS』 ちいさながと 初夢 前編

 散々な目に遭うのにはもう慣れたなどと言いたくも無いのにも関わらず自然と慣れてる自分の肉体に思うところがありながらも疲労感を残さないようにベッドに横になる今日は元旦なのである。
 高校生になってからの俺の元旦は家でおせちを食べながらテレビを見るという生活から一変し、人混みに揉まれながら臨時収入を搾取されるという悲惨な体験をする羽目に陥っていたのだ。それもこれも全ては世界の為なのだから文句も言えないという状況で。
 後で何とかしますよ、あの古泉が冷や汗で俺に言わねばならないほどに健啖ぶりを示して俺の財布を空にした張本人は具体的に言えば三人いるのだが、どんどんと積み上げられる屋台で食べた皿だとかのゴミを見て青ざめた俺の顔は見てくれなかった。
そんな悪夢のような初詣からようやく帰還したのだ、いい加減寝かせてくれ。着替える気力も無いままにベッドに倒れる俺を気遣うような声がする。
「大丈夫?」
あのなあ、俺の疲労の原因はお前にだってあるんだぞ。十二分の一サイズの小さな恋人、長門有希に俺は恨みがましい視線を向けた。初詣の屋台制覇はハルヒ長門の暴走なのだが当然のように有希もご相伴に預かり、というか積極的に長門の肩の上で指示を飛ばして効果的且つ確実に並ばないように全ての屋台を回りきってみせたのである。
「…………ごめんなさい」
ああ、いや。謝られると弱い。何といっても有希の食欲については承知済みだし。それに、
「まあいいものも見れたしな」
初詣ということでSOS団の女性陣は全員振袖姿だったのだ。勿論長門もそうだったのだが、特筆すべきは有希も着物を着てくれたのだ。
 長門が爽やかなブルーだったのに対し、濃紺の落ち着いた雰囲気の着物に袖を通した有希の麗しさは俺以外に見る者がいないことを感謝したくなるほどのものだった。ただ疑問なのは何故振袖じゃないんだ?
「振袖は独身女性が着るもの。わたしは留袖でいい」
 えーと、戸籍上は有希も独身なのだが。これも既成事実の一つとして捉えておけばいいのだろうか。とにかく若奥様と化した有希を肩に乗せていた俺の鼻が高かったことだけは否定出来なかったのだ。
 それでも体力が無くなっている事には変わりはない。落ち着ける我が家に帰ってから瞼は開く事を拒否し続けているのだ。
「すまん有希、もう限界だ……」
 しかし我が恋人は閉じかかった瞼を無理矢理開かせるように俺を持ち上げた。だから無駄に能力が高いんだって。
「何すんだよ!」
「せめて着替えて」
 あ、そうか。そのまま有希に服を脱がされて着替える羽目になった。どうでもいいんだが本当に能力が低下してるのか? ちなみに目の前で有希が着物を着替えようとしたので帯くるくるだけはやっておいた。えらく楽しそうだな、有希。
 そんなこんなで着替えた二人は横になった途端に寝入ってしまったのだった。むしろ有希の方が早く寝たんじゃないのか、寝息を聞いてたら意識が無くなったから。









「む…………?」
 妙に肌寒い気がして俺は目を覚ました。おかしい、布団を有希に奪われたのか? と目を開けたその先には。
「なんじゃこりゃーっ!?」
 そこは俺の部屋ではなかった。正確に言えば家ですらなかった。目の前に広がるは青々とした草が生い茂る草原だったのだ。だから何でだよ。
 大草原の小さな俺、オンザ布団である。何なんだよ、これ。
 と、普段の俺ならばここでややこしい理屈を述べながら愚痴るところなのだが、時間短縮のためにポンと手を打った。
「ああ、夢か」
 そう、これは夢なのだ。夢としか言い様がない。夢なんじゃないかな? ま、ちょっとは夢だとしておけ。
 となれば原因は一つしかない。大まかに言えば原因になりそうなのは何人かいるのがこの世界の辛いところではあるが、基本は一人しかいない。
「そう、私が原因です」
 違います。
「というか何で出てきちゃうんですか、喜緑さん?」
「出番が欲しかったんです」
 あっさりと言ってのけたフリーダム海産物は、
「それじゃ帰ります」
 何もしないというある意味荒業でさっさと帰ってしまったのだった。というか、どこに帰るんだろ。すると、
「え? え? もう帰っちゃうんですか? 私、頑張ったんですよ? ほら、ちゃんとちっちゃくなりましたし!」
 などと足元で声がするので見下ろすと、そこにはちっちゃい眉毛がピョコピョコとジャンプしていた。胸に幼と書かれたピンクのトレーナーを着込んでいるのはどう見てもアレなのだが。
「何やってんだ、朝倉?」
「あ、キョンくん! どうですか、いんたーふぇーすのさいこうせいをすいこうしたこのぼでぃー!」
 うん、ちっちゃい。それに話し方も幼い。
「このあちゃくらりょーこをなめないでくださいね! このていどのさいこうせいなど朝飯前なのです!」
 うん、凄く無駄な能力だね。いいから早く帰りなさい。
「えー? もっと出番が欲しいですよー」
 ダメだって。
「いいんですよ、キミドリさんも帰っちゃいましたし」
 と、ここで空間に隙間が開き、
「誰が風船ですか。もしくは白石ですか」
 ニュッと出てきた手にあちゃくらが顔面を鷲掴みされた。
「あいたたたたたっ! ゆ、許してキミドリさ〜ん!」
「すいません、続きをどうぞ」
 あちゃくらと腕が隙間の中に引っ込み、空間が閉じられる。えーと、何このミニコント。
 あ! あの隙間に飛び込んだら帰れたんじゃないか? 俺がその事に気付くのにはもう少し時間が必要だった。というか、時間稼ぎをされたような感じだった。生々しく言えば稼いだのだった。何をかと言えば行数とかいうものである。







 さて、どうすればいいんだ? 余分な前フリが入ったものの、まったく無関係に話を進めるしかないのだろう。それにさっきから気になっている事もある。
 とりあえずは歩くしかないと思い、適当に歩いてみてから疲れただけに終わる。
「ったく、どうしろっていうんだよ……」
 しんどいから座り込んで俺は溜息をつくしかなかった。しかしこの夢に何の意図があるんだ?
「それは私が説明いたしましょう」
 その声は古泉か? 振り返った俺は振り返ったことを後悔した。なので前を向いて歩き出そう。
「いやはや、夢だというのにつれないですね」
 やかましい。大体俺はお前など知らん。俺が知っているのは嫌味なまでに爽やかな笑みを浮かべる超能力者であって、富士山ではない。
「どうも、富士泉です」
 名乗るな。しかもこいつは富士ですらない。
「そうですね、ちょっと空飛ぶ普通の山です」
 普通の山はホバーで飛ばねえよ! というか、どうにかしろ!
「と言われましても。これは涼宮さんがあなたにおめでたい夢を見てもらおうという優しい気持ちから生まれたものですし」
 おめでたいのはあいつの頭の中だ。それに俺は夢など見なくてもいいからゆっくり寝たいんだって。
「まあまあ、どうせ全員揃わないと夢から覚めないんですから」
 全員? 全員って何だ、お前みたいな奇天烈なやつがまだいるってのか?! いや、もういいから。お腹いっぱいですから!
「そう言わないでくださいよ。とりあえず一富士なんですから次は分かるでしょ?」
 ああ、分かってるよ。それが誰なのかも何故か分かってるんだよ! 俺は知らないはずだけどネタはバレバレなんだよ、コンチクショー!
「ならば彼女の到着を待とうではありませんか。そう、鷹の降臨をっ!!」
 だからその格好でいい顔をするな。それと無駄に煽るな、どうせ大したことないんだから。
「ふっふっふ、甘いっさねキョンくん!」
 その声は! 上空に舞う一羽の鳥。それが急降下で俺に迫ってくる!
「うわああああああっ?!」
 思わずしゃがみ込み、目を閉じた。が。
「あれ?」
 何も起こらない。目を開けても山から顔を出したインチキスマイルがあるだけだった。
「鳥は?」
「さあ?」
 すると前方からタッタッタと軽やかに見覚えのあるシルエットが走ってきた。
「到着ー」
 と言ったのはどこからどう見ても鶴である。鶴屋さんは毎度この役を楽しんでいらっしゃるのだろうか?
「やあやあキョンくん、あけおめっ! 今年もよろしくね!」
 はい、普通に挨拶されても返しに困るんですけど。
「で、どうするんです鶴屋さん?」
「チッチッチッ、甘いねキョンくん」
 鶴は羽を左右に振ると、
「見た目は鶴でも心は鷹さっ!」
 カッコよくキメた。
「でも鶴ですよね」
「まあね」
 それはさておき。
「どうするんですか?」
「さあ?」
 さあって。それに俺には気がかりな事があるんだって。それはこの会話の中で入るべきセリフがない事でもお分かりだろう。
 有希はどこにいったんだ?
 この夢から覚めるのも重要だが有希を探す事の方が先決だ、俺はこの二人? を置いて行こうとしたのだが。
「我々が揃わないと夢から覚めませんよ、多分」
 と言われて渋々ついてこさせた。つか多分って何だよ。ホバーで飛ぶ山と歩く鶴というシュールな絵柄の一行が行く。どうなるんだ、これから?