人はなぜ「憎む」のか
- 作者: ラッシュ・ドージアJr
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2003/07/11
- メディア: 単行本
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「憎む」という人間の感情の起源を探る本.9.11のテロからはなしは始まる.センセーショナルな事件や事故などを紹介により,性差別,人種差別,若者の犯罪などさまざまな側面についての憎しみがリアルな実体を持って描き出される.そして,脳科学や進化生物学を背景に,なぜ,そしてどのようにしてそのような事件で見られた憎しみが生ずるのかを分かりやすく解説する.解説に留まらず,どうすれば憎しみを回避できるのか,その対策を分かりやすく箇条書きで提示する.
筆者によれば憎しみのメカニズムは辺縁系に代表されるような原始的な脳メカニズムと皮質系にある意味体系を作り出す高次メカニズムの相互作用で説明される.情動としてわき上がってくる原始的な衝動が憎しみの源になる.それを修飾するのが高次メカニズムになる.この修飾は憎しみを弱めることもあれば,本来存在しないところに憎しみを作り出すこともある.
筆者のはなしは端的で,しかも分かりやすい.端的で分かりやすいものは往々にして中身がいい加減なことがあったりするのだが,非常にしっかりしている.細かいことを言い出すと多少あるのだが,全体としては非常に綿密に調べられていて説得力がある.学術書でないから引用文献がきちんとしていないし(これは翻訳のせいかもしれない),引用元が怪しいものもある.それでも一般書としては申し分のないレベルであるとわたしは思う.
内容もよいが書き方もよい.筆者は多くの章をセンセーショナルな事件ではじめる.例えば,高校生が学校で銃を乱射したというようなニュースやチェチェン紛争で兵士が子どもを殺した話などが出てくる.そのようなセンセーショナルな出来事の内面にあるものを脳科学,進化生物学などの知見で解釈し,もう一度その解釈に則って事件の説明をするという構成をとる章が多い.この構成が実に分かりやすく,興味を持続させるのに効果的である.事件も危険なものばかりではなく,ハートウォーミングなものもあり,バラエティーに富んでいる.こういう事例にこそわたしたちは心を引きつけられるのだと改めて思う.
とにかく読ませて,しかも正確.とてもいい本です.おれもこんな本を書きたい.
以下,メモ.
- ダマジオ.眼窩前頭皮質損傷の患者が自分の恥ずかしい体験を語っていると本人より聞いているダマジオが恥ずかしくなった.
- 憎しみを減ずる10の戦略.明確にする.共感する.伝える.交渉する.教育する.協力する.冷静に見る.追いつめられない.敵の懐に飛び込む.復習でなく正義を求める.
- 意味を見出す傾向とクプファーマンの実験.でたらめな話を聞かせると筋の通った話にして思い出す.
- 人生における10大ストレスのほとんどはセックス,家族,結婚にかかわることだ.
- 弁護士や判事の仕事で最も身の危険を感ずるのは離婚調停のとき.かならずものすごくもめる.
- 原始的な心の7つの特徴.連結思考.一般化思考.分類思考.個人化思考.過去か現在に執着した思考.選択な記憶.特殊状況への反応.
- イツハク・フランケンタール.息子をパレスチナ人に殺されるも紛争の平和的解決を推進するグループに入る.「平和はやってくる.それはうたがいのないことで誰に求められない.ただひとつの疑問はそれまでに何人の人が死ぬかと言うことだ.」「わたしはパレスティナ人を愛していない.彼らは息子を殺したのだ.イスラエルを全面的に支持する.だが,民族としてのパレスティナ人には敬意を払うし彼らもイスラエル人と同じ尊前を持つと考える」「たとえ,和平まで20年かかろうとも,昨日より今日は一歩前進している」
- スポーツは意味体系の多様性と人間の価値にとって重要性のよい例.フォーストライクには意味がない.
- マレーシアのセマイ族は戦うことがない.そんな彼らもイギリス軍に徴兵されたときは他の人々同様残虐な行為を行った.
- 暴力が少ない社会では男女が一緒の子育てをし,生活をする.暴力が多い社会では若い男性がひとつにまとめられ生活をする.