『ネットワーク社会の深層構造:「薄口」の人間関係へ』江下雅之

(2000年1月15日刊行,中公新書1516,isbn:4121015169



【書評】※Copyright 2005 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

メーリングリストネット掲示板の管理運営者は,ネット上でのトラブルに対処する“秘伝のワザ”を各自が経験的に培ってきていると思うのですが,なかなかオモテには出ないそうです.しかし,「困ったちゃん」に悩んだ経験のある人は少なくないはず.事例と対処の経験談はどんどん周囲に公開しましょうね.そういう悩めるネット管理者の「虎の巻」として本書は役に立ちます

本書は,ネットワークがライフスタイルに及ぼす影響だけではなく、その逆のライフスタイルがネットワークに与える効果(p.iii)を論じます。最初の2章は、メディア産業の観点から見たネットワーク論です。続く第3章では、コミュニケーションの「場」としての電子ネットワークを「形成し維持する原理」(p.78)すなわち何がネットワークを形成する「求心力」(p.78)となっているのかという問題提起です。

著者の見解は、電子コミュニティのスケール効果(pp.82-83)もさることながら、結局は「場」を支える人間(とくに主催者)が求心力の本体であると結論します:「結局のところ、テーマないしは個人が求心力とならないかぎり、〈場〉は維持できないのである」(p.87)。第4章では、ネットワーク・コミュニティに特有の現象−匿名性に基づく騙し,ROMによる発言・聴取の非対称性に由来する監視状態,発言権力者をめぐる覇権争い,ネティケット論議,フレイミングなど−を個別事例的に論じます。こんなくだりも:

「参加者の一部だけが活発にメッセージを発し、圧倒的多数はそれを読むだけという状態はめずらしくない。むしろ、そうでなければ〈場〉は物理的に成り立たない(p.149)。」

「利用者はメッセージを読むために〈場〉へと集まっている以上、メッセージを活発に発信する人がその〈場〉の覇権を握るのは当然のことである(p.150)。」

確かにそうだ! 本章は私にも思い当たる事例が数多く紹介されています。続く第5章では、第4章で挙げられたような事例が生じる原因をコミュニケーション心理の観点から分析します。電子コミュニティでは「実時間が共有されないこと」(pp.196ff.)/「自意識の膨張」(pp.203ff.)/「距離感覚の錯覚」(pp.212ff.)/「人格の断片化」(p.218)などいくつもの要因が指摘されています。さらに本章では、こういうコミュニケーション論を逆手に取った対処の仕方がいくつか提示されており、私にはたいへん参考になりました。

MLのような電子コミュニティの参加者にとっては、きっと参考になる本だと私は思いました。

三中信宏(19/January/2005)




【目次】
はじめに i

第1章:ネットワークの実像 3

 1:擬似イベントとしてのネットワーク 3

 2:ネットワークが提供する機能 17

第2章:メディア産業とネットワーク 35

 1:送り手・受け手の関係 35

 2:複製技術としてのネットワーク 47

 3:対抗権力としてのネットワーク 59

第3章:バーチャル・コミュニティの過去・現在 77

 1:ネットワーク上の〈電子コミュニティ〉77

 2:雑誌媒体を舞台にした論争や交流 91

 3:ラジオが拓く「もう一つ別の広場」102

 4:ネットワークとの共通性が濃厚な無線の世界 110

 5:電話がもたらしたプレ・インターネットの世界 118

 6:さらに手近な媒体が築いたコミュニティ空間 128

第4章:ネットワーク上に見られる現象 135

 1:「素顔」が見えないがゆえの現象−解放感とフェイク 135

 2:視線の非対称性ゆえの現象−監視社会 144

 3:民主的な場・多様な場ゆえの闘争 149

 4:両極端に進展する感情の拡大再生産 156

 5:束の間の自己実現 164

 6:防波堤なき〈開かれた世界〉169

 7:ネットワークの表現形式 173

第5章:コミュニケーションの原理 183

 1:〈仮想社会〉と〈現実社会〉 183

 2:実時間を共有しないコミュニケーションのゆらぎ 196

 3:距離という次元の喪失 207

 4:匿名性とその補完行為 215

 5:マスコミュニケーション的な効果 222

第6章:ネットワークというコミュニケーション革命 231

 1:「オンライン」社会と「ネットワーク型」社会 231

 2:ネットワーク社会のそれぞれのシナリオ 242

 3:九十年代とメディア 252

あとがき 267

参考文献 273