『Morphometrics and Phylogenetic Systematics : Stochastic Methods, Chaos and Fractals』

Miriam Zelditch

(出版年不明,Academic Press,ISBN:0127783504



魑魅魍魎本との接近遭遇 —— インターネットで本を検索していると“魑魅魍魎”のごとく正体のつかめない本に出くわすことがある.〈BookFinder〉で形態測定学者 Miriam Zelditch が『Morphometrics and Phylogenetic Systematics : Stochastic Methods, Chaos and Fractals』なる本を出版しているという情報とたまたま遭遇したのがきっかけだ.タイトル的にたいへんそそられるものがあるし,実際,そういう内容の本であるなら買うしかないだろう.しかし,現物は出回ってはいないようだ.

書誌情報から「ISBN:0127783504」であることはわかった.これなら特定できるだろうと,さらに調べて見ると,「Elsevier から2004年に出版された」という記載があった.出版元まで割れたのなら(しかもモノポリーな大手だし)もう大丈夫だろうと王手をかけたところでつまずいた.Elsevier 社のオンライン・カタログは「お探しの本はありません」との冷たい返事を返してきたのだ.そんなアホなぁ.

ISBNを手がかりにもう一度検索してみるとさらなるナゾが.このISBN番号をもつ別タイトルの本『Morphometics to Time Series Analysis』(2001年出版)が引っかかってきた.今度のタイトルはちょっと得体が知れない.しかし,著者はMiriam L. Zelditch, William L. Fink, Donald L. Swiderski の3名だから問題はなさそう.amazon.co.jp記載を見ると,Elsevier に買収された Academic Press が版元となっている.どうやらこれが求めるブツのようだ.かなり疲弊しつつも,ブツの正体だけでも確認しようと思って Academic Press のサイト(Elsevier 直結)で検索してみたところ,またしても「お探しの本はありません」というつれない返答画面が待ち受けていた…….

—— 結局,さんざん探しまわったあげく,魅力的なタイトルの本書がはたして出版されたのかどうか,それとも未刊なのかということすらわからないまま,ジ・エンドとなったしだい.この本は,“野づち”のごときインターネット界で,そのタイトルだけがふわふわと飛び回ってはときどき人を惑わしているのだろうか.まさに正体不明.魑魅魍魎にして煙羅煙羅.


『夜は短し歩けよ乙女』

森見登美彦

(2006年11月30日刊行, 角川書店ISBN:4048737449



春の日射しがぽかぽかと.風もなく汗ばむ陽気だ.やっぱりこういうときは“ライト妖怪もの”でしょうな.同じ京都を舞台としていても,こちらの方はやや“陰翳”っぽい.これはこれで愉しいのでしょう.タイトルと同名の第1章,続く第2章「深海魚たち」を読み進む.本書の後半で「乙女」がどういうふうに変身していくのか(というか正体を現していくのか)が気になるところ.追っかけ男子学生はすでに影が薄いぞ.下鴨納涼古本まつりの第2章を読み終えて,京大の学園祭の第3章「御都合主義者かく語りき」に入る.いつも駆け足で走り回っているような文体でせわしないのお.半妖怪みたいなのがぞろぞろと.めまぐるしいストーリー展開は好みではないのだが,最後の第4章「魔風邪恋風邪」のオチはなかなかよかった.進々堂のエンディングは精緻だ.御都合主義だろうが米食原理主義だろうがぜんぶ許す.

読後感としては,“人間”よりはむしろ“土地”が主役のように読み取れる.それは川端康成の『古都』以来の伝統ある「京都本」の文体だ.※しばらくはライト・ノベル読みはやめておこう.くらくらする.

昔,伏見にあった母方の実家に出入りしていたことがある.トラッドな京都の「町家造り」で,玄関からそのままお勝手にまわると,おくどさんがまだ現役だった.高い天窓からはいまにもオニが覗き込みそうで,手水鉢のある渡り廊下の向こうには雪隠があり,庭を横切れば古い開かずの土蔵があったりして,それはそれはレトロな妖しさが漂っていたことを思い出す.もちろん,家々に憑くさまざまな“魔”や屋根ごとに睥睨する“鐘軌さん”のオーラは,子どもにとっては十分な威圧力をもっていて,「ほたえてたら神さんが来やはるで」と耳元でささやかれるたびに,“神=鬼”の存在を実感したものだ.