私家版マスメディア〜logo26のシニアの生き方/老婆の念仏

何が出てくるやら、柳は風にお任せ日誌、偶然必然探求エッセイ

メジロとともに 2008年を流れる

昔、母の描いた天然
メジロと椿の巻

       

「母の心」
清浄の身体は燃えき翌日に骨温かく抱かれて行く

おめでとう三十六の誕生日みんな一緒に随いてゆくから

マイボーイ全速力で漕ぎ出して母の心は追ひかけてゆく

「マボーイ」と彼も歌ふよ今にしてプレスリーを聴くその言葉ゆえ
                ==エルヴィス プレスリィに愛し子の歌ある

重力に反してのぼる白梅のつぼみは拳 ひるまぬ形



「一生(ひとよ)」
泰平の世に仰ぎ見る冬空ゆ垂直に撃つ問ひの雫は

連らなれる命賜る哀しさよブロークンハート葉陰に伏すまで

誰が夢の破れざらんや野を行けばゆらめく星らいや高にして

時充ちて崩さるる壁あるものを囲まれている我とふ限界 ==ベルリンの壁



「早やも春」
花も葉も裸木も良しありのまま興趣至極(きょうしゅしごく)と見ゆるぞ佳き日

人も世も淡き桜に抱かるる頃汝が寛き心根思ふ

広げたる大鳥の羽ふうわりとあまねくこころ配りし子なり

いくつかの小川の記憶緑なす野はなだれゆく光る流れへ



「桜、鳥」
咲き初めの桜を揺らすメジロその小さき軽き土緑色

五分咲きを散らす雀ら花ひとつくわえて楽し朝餉とすなり ==雀は花茎の蜜を好む

花のまま旋回しつつ降る桜 雀の狼藉 花むしろ敷く ==桜の木の下にも桜が

飽き足らぬツグミの叫び花酔ひの小雨もしとどたそがれをるに



「桜、人」
瞑りたる眼を開きては白々と桜ばかりの窓にたはむる

時を止め夕闇桜浮かぶ図は在るや在らざる酔ひて唄はむ

はらはらと散ればこそとふ桜花いっとき動かず時空に貼り付く

春雨のコートを脱ぐに花蕊はひとつ落ちたり声もかすかに

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白百合とともに 2008年の心

母の描いた天然
白百合の巻

          

「無頼の子ら」

これの世の在るだに胸のふたがれて歩きつ見つつ低く嗚咽す

まな裏にいがぐり頭ふたつあり一人を足してわが誉れとす

われもまた命育む者たるかわれを出でたる無頼の子らの



「末の子の許嫁」

許されてあれ無為にただ平安の絵巻物見るわが佳き日々に

吾子の居る隘路(あいろ)に愛(め)ぐし藍色の華 一筋の日差しに立つと

汝がための魂の糧(かて)白き花 双手(もろて)に抱け心ゆくまで



「皐月の白」

ことのほか五月の庭は白多しこでまりバコバ虎耳草(こじそう)どくだみ

やまぐわの苞の一枚風の道白き歯車魔神の走り

山法師けふ最高の小高さよその身ひとつの白き念力

いつの間に折鶴らんの花の腕香り差し伸べ触れにくるなり

青空にこぼれ落ちたるくもの糸 氷の軌跡左へジャンプす ===五月晴れの飛行機雲

こは人の昼の月とぞ呼ぶものか皐月半ばのアジアの空に



「鉦を叩く」

水無月だよ」鉦高らかに打ち鳴らす尋ねてみたし月の軌道を

ここまでとページの角を少し折る闇に静かにおやすみと言ふ

わが影の移ろふ道に鳥影も疾走するなり撫子濃き日

ライオンのわが縄張りの湧き水の清冽なるを見回りて往く

夢のごと長き夢より目覚まさる君の住まひを訪れをりし



「地の底で」

父母の仲良きを見て夫婦とはさふであること疑はざりし

破れ傘雨に叩かれ柄も折れぬののりし止めぬ二人獣道

緑陰に足りゆく心天然の我と彼なり進化半ばの

夕光の坂にひそけき忍冬(すひかづら)ひとに待たるる吾の吸ふ息

つきつめし一人の心 歌壇欄われに煌めく宝石探す



「蟋蟀 こほろぎ」

けふの日のこの哀惜に出逢ふかな カナトコ雲は怒鳴りているぞ

こほろぎの呟くに似る吾子の声 蝉なら叫べ祈れかまきり

耳深くこほろぎ二匹高低く響き止まねば夜を聞き入りぬ

開け難く立ち去り難き禁忌の門 園の激しさよろぼひ出でぬ



「じみな婚姻」

純白の花嫁の手に委ねし子 区役所に寄り勤めに行きぬ

細胞よ漸次滅びに向かふべし 若きらは発つ未だ見ぬ道

まどろみに新婚の屋をおとなへり 支へ終はれば巣立ちぬ空へ

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オニユリとともに 2008年まだつづく

母の絵の天然
オニユリの巻

        

「自意識」

ふと知りぬ茫漠宇宙にわが脳のひとりなること 在るかの如く

筍は土を破りて柔らかに十メートルへ整ひて待つ

時来れば土より尖り双葉生る同じ螺旋の緑の解析 ==DNAの螺旋は生命の同じ基本




「刈られしもの」

夕まぐれすすり泣くがに群るる百合 明日は刈らるる身と知る白か ==高砂百合

明け鴉ハローハローと不思議なり誰か誰かが要請すらし

朝晴れて高砂百合を倒す音 小暗き樹間 白き飾りを

じっと見る九月の暦「いつ決めた?」心に問ひつ数字の列を



「子育て終了」

ドンとくる打ち上げ花火夕顔は支柱を越えて軽やかに伸ぶ

明日は切るあの赤松に絡む葛 末の子にして支へ合ひしが

遠花火華やぎのあと轟けり苦し楽しき子育て終はる



「夏の放心」

クマゼミの必死と競ふ青き青 雲眩くて風ひとつ鳴る

水滴を含みしままの朝風にヨルガオの張る十のアンテナ

嗚呼真白 幾万トンの雲の山ちひさき頭ひとつ生まれぬ




「九月、それまでの日々」

朝顔のひとつ辛くも拠りて咲くひまはりの茎立ち枯るる辺に

青空に血の色かざすサルビアか カッと目を剥く朱(あけ)のペチュニア

かの夏に汝が見上げしとふ向日葵の育つを見れば悲しかりけり

わが内に今浮かぶことあの日々に汝が思ひたるそのことならむ

バス停の無人のベンチメモを書く仕事帰りに二十分待てば



「神か科学か」

海中にヒトの生きたる時期あると読みしよりわが潜水泳法

拠るべなき裸のサルは実を求め草より糸を紡ぎまとひぬ

偶然のひとつ起こりて確定すすなはち事実かく虫を打つ

仕込まれし宇宙の種の育ちしとかく識る世紀に生まれたるかな

粛々と二十一世紀生きてゆく「神」解かれゆく未曾有の日々に

プリンタはギャーティギャーティ声明(しょうみょう)す 生死無ければ救ひも有らじ

サギも来て平等院に集ふ音幸あれかしと哀れ言の葉

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山法師とともに 2008年ここまで詠う

老母まだあり天然を夢む
ヤマボウシの実の巻

          

「旅の空」

物の理や海碧くして空蒼し 前線の雲上下に裂くも

深きより隆起せる峰の先端を機窓に眺む 島国とふもの

四国のみ雲に覆はれ山々のくぼむところにダム湖の光る

半島に風車の並ぶ佐多岬 大分までは深き道なり

ここよりの眺め墨絵に描きたるは無からむ海と久住連山

山ひだに紅葉兆して延々と高圧電流運ばれてゆく



阿蘇五嶽」

一の子の休らふところ仏寝るカルデラ上空 五色の畑地

モダンなる巨人の風車一機のみが風をとらへて大車輪見す

去年(こぞ)の旅子と巡りしか外輪山 日暮れは去るらむ空港に降る

名をば呼ぶ 心傾け空しき名 空しけれどもわが恃む綱

呼びかくるその名無ければ良平の心も迷はむただ塞き上げて 
  ==半田良平「幸木」
 「みんなみの空に向かひて吾子の名を幾たび喚(よ)ばば心足りなむ」

子らと居てコスモス畑幸せの夢の如くに時に埋もれき




「墓石の前」

合はす掌はひとつの世界「大丈夫?」とか「あのね」とか長き祈りの

汝が墓は庭石菖(にわぜきしょう)に囲まれて 揺るる青色 日差し淡きに

ふたつなき儚き色よ 頂きし柿と楓(ふう)の葉 墓参のみやげ

想像の土を撫で上げ子らの面 残しおきたし 知らず涙す

すずかけの朽葉の道に面差しの似る姿あり夢にも見ずば



「みな大変だ」

香に充つるこの清明の秋日の置き去られたる今年は半月 ==祥月命日

探しゆく音の極北 繁茂するジャングルに食む己の言葉 ==次男の仕事

究極の「神の一撃」数理にて挑みいる日もサイコロ振らる

ぽっかりと空くとふ穴はやれやれと寝(い)ねむとするに正に現はる

ヘッドフォンは音の横溢 魂の慰撫を失ふ片耳壊れて
            ==純音の世界に浸っていたが耳鳴りの邪魔

囀りの澄み渡る朝 祈り湧く 鳥のひと日も楽しからめと




「晩秋の赤」

鳥影を休ませをりし枯れ松の先端落ちぬ墓所の辺りに

紅葉狩り滝道登る母の背の美しかりき影のかかりて

落葉道 無限の彩(いろど)り散りしくに 何故ここまでと対話切り無し

妄執の赤 霜月もサルビアよ咲き継ぎ止まぬ何に競ふか



「寒空」

冬空の蒼青(あおあお)としてけふ一つ越ゆるべき山ダブルブッキング

寒空にストッキングにて出陣のヒールは燃ゆる愛の嵐に

シナプスの壊るる音か耳近くザキッと白き電流異常

夜さ朝なかえりみて安心のひとつなく脳に鋭き警告音す

手短かに詣づるばかりの父の墓 木枯しチリと風鈴を押す

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