2012-02-12
■[本][文学]田中慎弥「共喰い」
- 作者: 田中慎弥
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2012/01/27
- メディア: 単行本
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文藝春秋に掲載された作品を読んでみました。この作品はご存じのとおり、受賞時の著者のユニークな会見で話題になりましたが、内容は至って純文学といった感じです。
17歳の少年篠垣遠馬は、性行為の際に暴力を振るう父親と、その再婚相手の女性の琴子と一緒に暮らしている。遠馬の産みの親の仁子は近所で魚屋を営んでいる。遠馬は同い年の千種と恋に落ちるが、自分が父親の暴力癖を受け継いでいるのではないかと怯えている。そして、遠馬が初めて千種と好意に及んだ際、遠馬は案の定、千種に暴力を振るってしまう。
琴子は遠馬の父親との間の子供をお腹に宿していたが、父親のもとを去ることを決断する。
祭りの日に2人は再会するはずだったが、当日は大雨。神社の境内で遠馬を待っていた千種のところにやってきたのは遠馬の父親だった。父親は千種を襲い、暴力を振るった。
その話を聞いた仁子は、遠馬の父親を殺害する。発見された父親の遺体に仁子の義手が突き刺さっていたことから、仁子は逮捕される。
収監された仁子に面会した遠馬が、差し入れしてほしいものがないか?と尋ねると、仁子は何もないと返答。遠馬は生理用品は拘置所が出してくれるだろうと思ったところで、物語は終わる。。。
個人的には、よくできた作品だと思います。最後の生理用品のくだりも、生理の時は神社の鳥居をよけなくてはならないという言い伝えと絡められています。警察に連行される仁子は鳥居をよけたという話を聞いて、遠馬は仁子に生理が戻ったことを悟ったわけです。
この作品には、近親の性的欲望が複雑に絡んだ描写が随所に見られます。近くに住む娼婦と遠馬の父親は性交に及んでいたが、遠馬も彼女と交わることになります。
こうした近親が絡んだ性描写に対して、嫌悪感を抱く人たちも多いとは思います。宮本輝氏は選評の中で、この作品について、生理的に受けつけることができず、一人受賞に反対したことを告白しています。
しかし、そこがフィクションの持ち味でもあります。個人的な好き嫌いを当然あるにせよ、一人の生理的嫌悪を作品の総体的評価に反映させることは適当とは言えません。
石原慎太郎氏の選評が私は個人的に一番好きです。
「かろうじての過半で当選とはなった田中慎弥氏の『共喰い』も、戦後間もなく場末の盛り場で流行った「お化け屋敷」のショーのように次から次安手でえげつない出し物が続く作品で、読み物としては一番よみやすかったが。田中氏の資質は長編にまとめた方が重みがますと思われる。」
石原氏にしては精一杯ほめている言葉のように思います。
普遍的な評価を得られる作風ではないものの、こういう文学があっても良いと想いました。
■[映画]「タワーリング・インフェルノ」★★★☆
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
- 発売日: 2010/04/21
- メディア: DVD
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サンフランシスコを舞台に架空のビルの火災を描いた作品です。
サンフランシスコに138階建ての超高層ビル「グラス・タワー」が完成し、ビルのオーナーのダンカン氏はビルの上階で盛大な完成パーティーを開いていた。しかし、このビルの電気配線の責任者であるダンカン氏の娘婿は、設計を勝手に変更してコスト削減を図り、防火設備も不備な状態であったため、案の定、ビルがライトアップされると火災が発生した。火災の発生の連絡を受けたダンカン氏も、完成パーティーを直ちに中止せず、大勢の参加者が上階に取り残されてしまう。
ビルの設計者のダグ・ロバーツ(ポール・ニューマン)と、消防隊長のマイケル・オハラハン(スティーヴ・マックィーン)は懸命の救助と消火活動にあたるが、延焼は一向に収まらず、パーティーの参加者が取り残されている上階にも火の手が迫ってきた。
最後の手段として、2人は、その上にある貯水槽を爆破して水を流すことによって火を消すという荒治療に出る。これは爆破によって行うため、危険を伴うものであった。
この作戦が功を奏し、火は消し止められた。結局、この火災で大勢の死者が生じたのだった。。。
この映画の製作年が1974年であることを考慮すれば、その特撮技術のすごさに驚きます。てっきり実在のビルかと思いきや、架空のビルだそうです。エレベーターが宙づりになるシーンや、隣のビルへのロープを伝っての避難シーンなどは、思わず手に汗握ってしまう迫力があります。
ストーリーは至ってシンプルですが、それでも最後まで飽きさせない技術はさすがハリウッドです。
2012-02-11
■[映画]「ドラゴン・タトゥーの女」★★★★
早速鑑賞してきました。
概ね原作に忠実なので、以前の原作に係る記事をご覧いただければと思います。
スティーグ・ラーソン「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女」 - loisir-spaceの日記
スウェーデンの荒涼とした風景、スウェーデンにおけるナチスの強い影響、そしてロシアから流入してくる多くの娼婦の存在など、映画を通じて知るところが多々あります。
以前公開された別バージョンの作品でも原作と難点か異なった点が多々ありました。
「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」★★★★ - loisir-spaceの日記
今回の作品でも、例えば、原作ではハリエッタはオーストラリアで生きているという設定でしたが、この作品ではハリエッタはアニタとして生きていることになっています。
そして、もう一つ重大な変更は、ミカエルとリスベットの関係です。前作でもそうでしたが、映画ではミカエルとリスベットは恋に落ちてベッドを共にする関係になりますが、原作ではリスベットはミカエルに密かに思いを寄せ、それを伝えようとしたところで終わります。
この変更は映画全体の流れにとって決定的といえます。この作品では、最後の場面は原作に忠実で、ミカエルに思いを伝えようとしたものの、ミカエルとエリカが親しくしている光景を目の当たりにして、断念します。これは、ミカエルとリスベットの関係が恋に発展していないからこそ説得力があるわけですが、2人が散々ベッドを共にした後では、リスベットのピュアな魅力が全然伝わってきません。リスベットがかつての後見人に対して、友達ができたと告白する場面がありますが、散々ベッドを共にした後で「友達」ではつじつまが合いません。
そもそもこの小説の最大の魅力は、リスベットというキャラクターの魅力です。青木保氏は『作家は移動する』の中で、このリスベットというキャラクターを村上春樹氏の『1Q84』の青豆と比較して、
と述べ、青豆にしてもリスベットにしても、原則を有する主人公である「コード・ヒロイン」だとしています。
青木保「作家は移動する」 - loisir-spaceの日記
リスベットというキャラクターは、ある面においては極度にストイックな原則に基づいて行動する人物像だからこそ、その魅力が際立つのであって、安易にミカエルをベッドに誘うようなキャラクターでは、その魅力は大幅に減じられてしまいます。
映画というメディアの性格上、ラブシーンを入れることは必須だから仕方がないのかもしれませんが、少し残念な改編ではありました。
P.S.本作品の冒頭の挿入歌です。
2012-02-07
■[本][村上春樹]村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2004/10/15
- メディア: 文庫
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- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2004/10/15
- メディア: 文庫
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今更なのですが、読み返してみました。思うに、この本はバブル期の空気を知る上でもっとも適当なテキストなのではないかという気がしています。
主人公は忽然と消えた彼女キキを訪ねて札幌の「いるかホテル」に赴くが、そこは近代的な「イルカホテル」へと変貌していた。そこで滞在する主人公は奇妙な体験をする。エレベーターで降りるとそこは真っ暗闇で、暗闇を進んでいくとそこにいたのはひっそりと生きる羊男だった。主人公はこのホテルの受付をしているユミヨシさんに好意を抱く。
そのホテルで主人公はある少女ユキと知り合う。母親はその娘を置いてカトマンズへ行ってしまったのだった。主人公は娘を東京まで送り届ける。
主人公はある映画の作品の中でキキが出演しているのを見つける。映画の中でキキと交わっていたのは幼なじみの五反田君だった。五反田君は売れっ子の若手俳優となっていた。主人公は五反田君と連絡を取り、頻繁に会うようになる。五反田君の生活はバブル経済そのものであり、借金を背負っている身であるのにかかわらず高級スポーツカーを乗り回し、経費をじゃぶじゃぶと使える身分だった。
主人公が五反田君と一緒に呼んだコールガールのメイが、後日死体となって見つかった。主人公は警察から聴取を受ける。主人公はユキと一緒に、ユキの母親が待つハワイに向かった。費用はユキの父親持ちだった。滞在中のホノルルでも主人公は奇妙な体験をした。街で出会ったキキの後を追っていき、あるビルの中へと足を踏み入れた。そこで見たのは6体の人骨だった。
やがてハワイから東京へ帰ると、主人公はユキから、キキを殺したのは五反田君だという話をされる。それはユキの感だった。主人公は五反田君にその話をした。五反田君は自分がキキを殺した記憶はあるものの、現実かどうかの確信が持てないとの話だった。五反田君は愛車マセラティとともに海に沈んだ。
主人公はユミヨシさんと暮らすために札幌にとどまることを決めたのだった。。。
この作品は本当にバブル期の異常な風潮を良く描いているなぁと改めて感心してしまいます。借金を抱えている身であっても経費と称してじゃぶじゃぶお金が使うことが奨励される風潮、一言で言ってしまえば、それがバブルの根底にあったのではないかと思います。その背景には、お金をじゃんじゃん貸してくれる金融機関の存在があったことは言うまでもありません。だから、経費とは無縁の立場の人たちには、バブルの熱狂は無縁だったわけです。
また、この作品では、バブル経済がかつての古い社会を脇へと追いやり、古い社会に生きる人間たちにとって住みづらい社会となってしまったことが、「羊男」という象徴によって表現されています。五反田君がバブルの象徴であるとすれば、札幌のホテルに勤務するユミヨシさんは古い社会に生きている女性です。2人の立ち位置はとても対照的です。ユキの両親もバブルの心性の中で生きています。主人公とユキはバブルと古い社会の狭間で翻弄されて生きている人物で、だからこそ2人は年齢の差があるにもかかわらずどこか互いに必要とする存在として描かれているのでしょう。
バブルの風潮は「死」のイメージと密接に絡み合っています。バブルは際限のない消費行動と深く結びついていますが、その行き着く先は「死」以外の何物でもないでしょう。この作品の中でも次々とバブルにまつわる人物が死んでいきます。コールガールのメイ、ユキの母親のボーイフレンドの片腕の外人、そしてキキ、最後には五反田君が死んでいきます。現実のバブルでも、バブル崩壊による経営破綻などの責任を感じた多くの人々が命を絶っていますが、バブルの心性と「死」は限りなく絡み合っていると言えるでしょう。
この作品は1988年に刊行されたものです。つまり、バブル崩壊前に村上春樹氏はバブル社会の歪さをこの作品を通じて指摘していたことになります。バブルは決して楽園ではなく、絶望や死にたどり着く運命の現象であることを、この作品ほど巧みに表現しているテクストはないような気がします。
最後に、「どうすればいいんだろう、僕は?」と尋ねる「僕」に対して、「羊男」が言った次の言葉を引用しておきます。これこそがバブルの心性を象徴する言葉だと思います。
「踊るんだよ」「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい? 踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だかた足が停まってしまう。」「でも踊るしかないんだよ」「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り。」
このブログで以前紹介した記事もご参照ください。
2012-02-06
■[ジャズ]@銀座スウィング
銀座スウィングはなぜかこれまで足を運んだことがなかったのですが、初めて行ってみました。メンバーは、纐纈歩美(as),松本茜(p),太田朱美(fl),川村竜(b),橋本学(dr)といった若手の布陣です。前列に美人女性ミュージシャン3人が居並ぶ光景はいいものです。
演奏された曲は、ハンク・モブレーの♪This I Dig Of You、セルジオ・メンデスの♪So Many Stars、♪Grandfather's Waltzなどなど。渋い名曲が多く、選曲の良さが印象的です。
それぞれのメンバーの演奏も素晴らしく、とても満足することができました。
オリジナル曲ばかりやる若手が多い中、スタンダードとオリジナルをバランス良く演奏しているところに大変好感が持てました。
銀座スウィングは、一人で気軽に行くのに大変良いジャズクラブでした。これまで行ったことがなかったことが不思議です。
これからも時間ができたら行ってみたいと思います。
2012-02-04
■[映画]「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」★★★☆
ご存じ大人気のシリーズの作品を、遅ればせながら鑑賞してきました。
IMFの工作員が、「コバルト」という人物に渡されるはずだった核兵器発射の暗号指令のファイルを奪取したところ、女殺し屋のサビーヌ・モローによって暗殺され、ファイルも奪われてしまう。トム・クルーズ演じるイーサン・ハントは、このファイルを奪取するため、ロシアの刑務所から脱出させられた。
イーサンに命じられたミッションは、クレムリンに潜入し、コバルトの正体を探ることだった。イーサンは将軍に変装してクレムリンに潜入するが、別組織に先回りされ、クレムリンは爆破され、イーサンも爆発にわずかに巻き込まれる。病院に搬送されたイーサンは、ロシア諜報員から爆破犯と疑われ、追われることになる。爆破への関与を疑われたIMFの組織は、米大統領によって解体を命じられた。
イーサンはドバイに飛び、女殺し屋モローがコバルトに暗号ファイルを渡すのを阻止しようとする。その後、インドのムンバイへと展開していく。コバルトの正体は、核兵器使用こそが平和をもたらすという偏った思想を持つヘンドリクスという人物であった。ヘンドリクスは核兵器発射の暗号を発動し、核ミサイルは米国へ向けて発射された。
イーサンとヘンドリクスとの死闘の末、イーサンは着弾寸前の核弾頭の機能を阻止したのだった。。
ロシア、ドバイ、ムンバイと続くアクション・シーンはさすが本命のハリウッド映画です。特に、ドバイの高層ビルのブルジュ・ハリーファをトム・クルーズがよじ登る場面はハラハラさせられます。また、ムンバイの立体駐車場での死闘の場面も、アクション・シーンとしては良くできています。
ただ、ストーリー展開はやはり二の次となってしまったのか、自然体とはかけ離れてしまっています。このため、終わってみると、アクション・シーン以外はほとんど印象に残らないというのが率直な感想です。
良くも悪くもハリウッド映画の見本のような作品でした。
2012-01-30
■[本][思想]東浩紀「一般意志2.0」
- 作者: 東浩紀
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2011/11/22
- メディア: 単行本
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最近Googleで検索語を入力すると、それに関連する可能性の高い語が続けて表示されるというグーグル・サジェスト機能が導入されていますが、これは利用者の検索傾向を基に構築されているわけです。
本書において著者の東氏は、こうした近年の情報技術の進展を踏まえ、これを大衆の無意識と捉えて、ルソーの一般意志の概念を再読することにより、民主主義の政策決定過程に位置付けようとしています。
東氏の主張は極めてシンプルです。これまで民主主義の基盤として強調されてきた熟議が機能していない状況を目の当たりにし、新たに大衆の意志をデータベース化したものを新たに政治プロセスに導入し、熟議とデータベースが抗争し、補い合うことによって政策が形成されていくような民主主義を構築していくべきだというのが、東氏の主張です。
大衆の意志のデータベース化というのは、先に挙げたグーグル・サジェスト機能がその一例ですが、例えば、ニコニコ動画における同時ツイート機能もその一例として挙げられます。それは、一般大衆が何気なくつぶやいたものの集大成といってもよいでしょう。それを数学的に処理したものこそが、東氏の想起するデータベースです。東氏のイメージは、国会審議や仕分けの場において、議場に同時並行的に視聴者のつぶやきが表示され、それが国会議員の政策審議にプレッシャーを与える、そんな民主主義です。
この東氏の着想は、ルソーの一般意思を再読解したものがベースとなっています。ルソーは個々人の意志である特殊意志の総体である全体意志と一般意志とを区別しています。ルソーは一般意志を、特殊意志の総和ではなく、相殺し合うプラスとマイナスを取り除いた差異の和だとしています。つまり、それは数学的存在なのだと東氏は述べています。
そして、このルソーの一般意志の概念にフロイトの無意識の概念を加味し、今日の情報技術の進展によって可視化されるようになったデータベースは、大衆の無意識の欲望であるところの一般意志だとします。
そして先ほど触れたように、東氏は、
「熟議とデータベースが補いあう社会」
こそが理想的な社会だとするのです。
ルソーの現代的なあてはめとして、本書は大変スリリングで知的刺激に満ちているのですが、当然賛否両論の反応があるのではないかと予想されます。
もっとも考えられる反論としては、東氏のいうような大衆の欲望のデータベースを政治プロセスに導入することによって、果たして政治が良くなるのか?という疑問でしょう。
確かに、近年の国際政治におけるテロリズムという要素や、我が国の政治におけるどうしようもない混乱を見れば、理性と理性とがぶつかる熟議の政治が機能不全に陥っていることを痛感せざるを得ません。かつてアレントやハーバーマスらが論じ、理想的な政治として捉えられてきた政治は、今の時代においては、混乱をますます助長しているかにすら見えてしまうのです。主義と主義とが真っ正面からぶつかり合えば、いくら熟議を重ねたところで、解決に向かうどころか、かえって全面的な対立につながってしまっているように思えるのです。
そういう状況の中で、東氏はデータベースを熟議にぶつけることで打開策を講じようとしているわけですが、これはスッと簡単に飲み込める話ではありません。それによって政治がどのように良くなるのかが見えてこないからです。
思うに、著者は根本的に理性による政治に対して多大な不信感を抱いているように思います。この点は、著者がローティの思想に言及する当たりで次第に明らかになってきます。
ローティは、従来私的領域で処理されていた動物的で身体的な問題こそが公共性の基盤になるべきだと主張します。別の言い方で言えば、普遍的なことは私的領域で扱われるべきであって、公的領域では普遍的なことは扱うべきではなく、想像力や感情によって人々は公的領域において結びつくべきだとするのです。
これは、ローティが人間の理性を信用しておらず、感情こそが社会をつくるべきだと考えているからにほかなりません。
そう考えると、東氏の主張の真意も何となく見えてきます。政治という公的領域において理性をぶつけ合うことに対する懐疑がその根底にあるのが分かります。つまり、政治の場でいくら理性をぶつけ合っても詮無く、それならば、大衆の欲望がふわっと体現されたようなツイッターを数学的に処理したような一般意志2.0を政治の場に導入した方がよっぽどましなのではないか、というのが東氏の主張のような気がします。
それならば、いっそのことデータベースに政治決定を委ねてしまったらよいのではないか、と思ってしまうのですが、東氏はさすがにそこまでは踏ん切りがつかなかったのか、熟議とデータベースの抗争という提起にとどまっています。
本書には同意しかねる部分も多々あり、特に、最終章において東氏の描いている来るべき未来像については、全く共感できません。例えば、あと半世紀もすれば、世界の各文化の差異は伝統芸能くらいしかなくなり、どこの住民も同じ本を読み、同じ音楽を聴くなど、文化的に同じような生活を送るようになるのではないかという趣旨の記述がありますが、これはちょっと違うのではないかと思ってしまいます。
ただ、数々の違和感があるものの、ルソーの一般意志からスタートしてここまで議論を展開させる思考力はさすがという感じもします。
知的刺激に満ちた書であることは間違いありません。
2012-01-29
■[映画]「J・エドガー」★★★★☆
8代の大統領にFBI長官として仕え、その職に48年間!とどまるという異色の経歴を持つ人物を取り上げた作品です。さすがクリント・イーストウッド監督の作品で、観る者を飽きさせずに惹き付ける構成となっています。レオナルド・デカプリオも、エドガーの若き日から老年までを多彩に演じています。
この作品では、老年期のエドガーが、自らの伝記を書かせるための口述筆記をさせている場面と、若き日の場面とが交互に展開されていきます。
エドガーはもともと、アメリカ議会図書館で蔵書をシステマティックに整理した経験から、司法省に入ると、共産主義者の経歴や指紋などをデータベース化して整理することに執心します。そして、アメリカの英雄リンドバーグの子供が誘拐して殺害された事件などで、自らの武勇伝をねつ造していく様が描かれています。
エドガーにはクライド・トルソンという右腕がいたのですが、この作品では、トルソンがエドガーのゲイの相手だったとされています。エドガーがゲイだったかどうかについては定かではないようですが、少なくともこの作品では、エドガーのゲイという特質が大きくクローズアップされています。
そしてこの作品で強調されているのは、エドガーの孤独さです。母親を愛し、生涯独り身で過ごしたエドガーは、華々しい経歴とは裏腹に孤独な人物であり、人一倍猜疑心の強い人物として描かれています。歴代アメリカ大統領が彼を切れなかったのは、そうした猜疑心から収集した数々の機密情報の存在があったようです。ニクソン大統領はエドガーの死後、彼の極秘データーベースを捜索しましたが、彼を古くから支えてきた秘書のガンディーが、その多くを廃棄してしまったようです。
このように、本作品は、FBIとエドガーの闇の側面を大きくフィーチャーしています。その真偽のほどは分かりませんが、アメリカ社会であればこういう闇があってもおかしくないなと思わせるほどの迫力はあります。この辺がイーストウッド監督の巧さでしょう。
そもそも、同一人物が警察組織のトップとして48年間も君臨し続けること自体、絶対に考えられません。ある意味では、日本の警察組織はアメリカよりも健全であるということなのでしょうが、アメリカ社会の奥深さの一つの象徴でもあるのかもしれません。サスペンスの題材としては、圧倒的にアメリカ社会の方が面白いテーマを提供してくれます。こういう作品を見ると、アメリカ社会に対する好奇心がますます助長されてしまいます。
公開初日に鑑賞しましたが、大変スリリングで面白い作品でした。
2012-01-26
■[映画]「サラバンド」★★★★
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2007/05/26
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イングマール・ベルイマン監督の晩年の作品です。
弁護士のマリアンはかつて結婚して別れた元夫ヨハンの別荘を突如として訪ねる。ヨハンは離婚後に別の女性と結婚し、その子供と孫がいた。マリアンはしばらくヨハンのところで過ごすことになる。
ヨハンは息子のヘンリックと不仲だった。ヘンリックにはその妻アンナとの間に娘のカーリンがいたが、アンナの死後、ヘンリックはカーリンに対して過剰なまでに音楽教育を強いて、カーリンを追いつめていた。マリアンはそんなカーリンの良き相談相手となった。
ヘンリックはカーリンにチェロを買い与えるための資金をヨハンに無心したが、ヨハンはこれを拒絶する。
ある日、ヨハンのもとに、知人から音楽学校への入学を勧める手紙が届いた。ヨハンはこのことをヘンリックに言わずにカーリンに伝え、カーリンはヘンリックのもとを離れて音楽学校に入学することになった。
カーリンを失ったヘンリックは動揺し、自殺を試みたが、死にきれなかった。
マリアンはヨハンとベッドを共にしたが、しばらくして再びヨハンのもとを離れていく。
マリアンには別に2人の子供がおり、そのうちの一人の娘は障害を持っており療養所にいた。ヨハンのもとを離れたマリアンは、娘に会いにいった。。。
ベルイマン監督らしく、時間が淡々と進んでいく作品です。ベルイマン監督の作品は、人間の心の奥底のどろどろした物をこれでもかというほどあからさまに表現するものが多いように思います。この作品でも、ヨハン−ヘンリック−カーリンという祖父、父、娘の三者の人間関係を赤裸々に表現しています。
この作品は、晩年のベルイマン監督が、20年ぶりに突如として発表した作品ですが、人間の晩年についてつくづく考えさせられます。晩年に再びひとときの愛情を取り戻すヨハンとマリアンの関係はとてもピュアで素敵です。他方、ヨハンとヘンリックとの親子関係は、晩年のヨハンを悩ませ続けます。そんなヨハンの晩年が幸せかどうかは難しい問題ですが、おそらくベルイマン監督は自らが晩年に入って、いろいろ思うところがあったのでしょう。この作品にはおそらく、ベルイマン監督の晩年観が盛り込まれているのではないかと思います。
深い作品です。
2012-01-15
■[本][文学]マリオ・バルガス=リョサ「悪い娘の悪戯」
- 作者: マリオ・バルガス=リョサ,八重樫克彦,八重樫由貴子
- 出版社/メーカー: 作品社
- 発売日: 2011/12/23
- メディア: 単行本
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ノーベル文学賞を受賞したペルーの小説家による2006年に公刊された作品です。
世界を股にかけて展開される壮大な喜劇ともいうべき作品で、次々と違う金持ちの男に乗り換えていく小悪魔的女性ニーニャ・マラと、彼女を一途に思い続ける主人公のリカルディートのキャラクターがどこか切なく美しく、読み終わった後の深い余韻を残してくれた久々の作品でした。
最初の舞台はペルーのリマ。謎のチリ人姉妹が男たちを魅了していた。リカルディートは妹のリリーに告白したが、恋人同然のつき合いをしていたものの、告白を受け容れることはなかった。やがて、この姉妹はチリ人ではなく、ペルー人であることが判明した。
次の舞台はフランスのパリ。キューバの革命の熱狂の中、キューバに革命戦士を送り込むペルー人の下にやってきた女たちの一人がリリーだった。リリーはリカルディートに、キューバに送られずに済むよう手配してくれるよう懇願したが、結局リリーはキューバに送られた。その後リリーは、キューバの司令官の愛人になっているとの話が伝わってくる。
その後リカルディートはパリでリリーと再会する。そのとき、リリーはフランス人外交官アルヌーの夫人となっていた。ところが、このアルヌー夫人は夫の元から逃げ出してしまった。
その後、彼女と再会したのはロンドンだった。リカルディートはロンドンに出張した際、富裕な未亡人に認められた同郷の友人とたびたび会っていた。そこで目にしたのが、メキシコ出身と名乗る彼女だった。ある豪邸のパーティーで彼女と再会する。彼女は、馬をたしなむ大富豪リチャードソンの夫人となっていたのだった。2人は再会して逢瀬を楽しむが、やがて彼女は夫と離婚手続きを進める運びとなっていた。
次の舞台は日本。日本に行った友人から、彼女が日本にいることを知らされる。リカルディートは彼女に会いに韓国の仕事のついでに日本に向かう。彼女は日本人女性として、闇の仕事に従事する日本人男フクダの愛人になっていた。しかし、ある日、彼女にフクダの家に連れて行かれ、そこで彼女と行為に及んだが、それを覗くフクダの姿があった。リカルディートは彼女にはめられたことに激怒し、日本を離れた。
パリに戻ったリカルディートは、近所の夫婦と仲良くなる。この夫婦には話をしないベトナム生まれの養子が一人いた。そこに彼女からたびたび電話がかかってきたが、怒りが収まらないリカルディートはすぐに電話を切った。何度目かにようやくリカルディートは彼女と電話を話をし、彼女がパリにいることを知る。再会した彼女は激やせして老け込んでいた。彼女の話によれば、日本人のフクダから言われて赴いたアフリカで暴行を受け、しかもフクダに捨てられたとのことだった。リカルディートは彼女に同情し、多額の借金をして彼女の療養に力を貸した。彼女はやがて回復し、仕事に励むまでになったが、しかし彼女はまたしても彼の下から離れていった。仕事の上司の女性の旦那を奪ったのだった。
リカルディートはペルーに戻ったとき、親類からある老人の紹介を受ける。この老人は、防波堤造りのプロで、パリに実の娘がいるとのことだった。その娘こそが彼女であることをリカルディートは悟った。そして、老人から彼女の貧しい生い立ちを聞き、そうした境遇から彼女が必死に抜け出そうとしてきたことを知った。
その後、リカルディートはスペインで若い演劇をやっている女性と同棲生活を送るようになる。この若い女性がリカルディートの下を離れていったとき、またしても彼女がリカルディートの前に現れた。彼女はもはやぼろぼろの体だった。全身に癌を患い、手術を重ねていたのだった。死期が近いことを認識した彼女は、前夫から得た株や南仏の不動産をリカルディートに譲るつもりだった。
南仏の家にやってきた2人。彼女は彼に対し、一の日か2人の恋物語を小説に書くことを決めたなら、あまり自分のことを悪く書かないでほしいと話をした。そして、次のように言う。
「少なくとも私、小説一冊分のテーマは提供したでしょう、ニーニョ・ブエノ?」
貧しい境遇に育ち、そこからはい上がっていくために、次々と自分の存在を入れ替え、新しい金持ちの男に乗り換えるニーニャ・マラ。そんな彼女に翻弄され、ときには憤慨するものの、それでも彼女を見捨てることができない主人公のリカルディート。この2人のキャラクターが何と魅力的なことか!
彼女の生き様は喜劇そのものなのですが、にもかかわらず、とても切なさを孕んでいます。
そして、主人公リカルディートは、ニーニャ・マラに対して基本的に受け身です。彼女は彼の下を突如として離れていき、再び戻ってきたときは、なんだかんだあってもやがて彼女を受け容れます。そんな肩の力が抜けた生き様が、とても魅力的です。
この作家の本としては、かつて『密林の語り部』にチャレンジしたものの、最後まで読み通すことができませんでしたが、本書はあっという間に読み通してしまいました。
久々に、強烈な余韻を残してくれる作品に出会いました。訳が読みやすく、本当に面白い本ですので、是非手にとってみてください。
■[映画]「山猫」★★★★☆
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2011/09/24
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19世紀半ばのイタリア・シチリアの貴族の衰退を圧倒的な映像美で表現した作品です。ルキーノ・ビスコンティの代表作で、完全復元版で3時間を超える超大作です。
サリーナ公爵家はシチリア島の名門貴族であったが、19世紀半ばのイタリア統一戦争の渦に巻き込まれる。
サリーナ公爵の甥のタンクレディは、こうした時代の変化の中で、積極的に統一戦争に参加し、統一国家の国軍の将校となった。サリーナ公爵は、タンクレディのような若者がこれからの時代に必要だと考える。そして、自分の娘がタンクレディに気があったにもかかわらず、周囲の反対を押し切ってタンクレディと新興ブルジョワの娘アンジェリカとの結婚を積極的に後押しする。
アンジェリカがデビューする舞踏会の会場で、サリーナ公爵は貴族たちが享楽に耽る光景を見て脱力感にかられる。自らの死を意識し、貴族階級が衰退し、新しい階級にとって代わられていくのを実感したのだった。アンジェリカの誘いに応じてサリーナ公爵は華麗にダンスを踊ったが、それがサリーナ公爵にとって一時代の区切りとなった。。。
この作品の魅力は、何と言っても、荘厳な舞踏会の場面でしょう。当時の貴族社会の華やかさが細部に至るまで再現されています。
その華麗さの裏にはもちろん衰退していく悲哀感が濃厚に漂っています。貴族たちがダンスではしゃぐ場面には、美しさとともに、とても深い哀しみが漂っています。
優雅さが衰退するときが一番美しい、というのが、この作品からしみじみと伝わってきます。日本でいえば『細雪』や『斜陽』といったところでしょうか。
完全版で見られたことは大変貴重な経験でしたが、もう少し短い方が観る側にとってはフレンドリーな感じがしました。
2012-01-07
■[本][ジャズ]エレーナ・ジョビン「アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男」
- 作者: エレーナジョビン,Helena Jobin,国安真奈
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 1998/10
- メディア: 単行本
- クリック: 2回
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ボサノヴァといえば、今や世界中で最も演奏されている音楽ジャンルの一つですが、その歴史は案外浅く、1950年代後半に、本書で取り上げられているブラジルのアントニオ・カルロス・ジョビンが中心となって世に送り出したものです。
本書は、このアントニオ・カルロス・ジョビンの実の妹であり作家でもあるエレーナ・ジョビンによって書かれたものです。気心の知れた身内なだけあって、ジョビンの内面的な部分、例えば、アメリカでの人気に対して本国ではなかなか評価されなかった苦悩などが鮮やかに描かれています。
アントニオ・カルロス・ジョビンは、父ジョルジと母ニルザの間に生まれますが、父ジョルジは若くして亡くなり、その後ニルザはジョビンにとって義父となるセルソと再婚し、以後ジョビンは、セルソを良き理解者として慕っていきます。
やがてテレーザと知り合い若くして結婚し、子供もできます(その後ジョビンは、テレーザと離婚することになります。)。ジョビンは建築学科に進学していましたが、義父のセルソに相談の上、結局、建築学科を中退し、音楽の道を進むことを決意します。
ジョビンはイパネマの町でバールに仲間と集いながら音楽活動を続け、その後、ようやくコンポーザーとしてヒット曲が生まれるようになります。そして、詩人で外交官でもあったヴィニシウス・ヂ・モライスと知り合い、2人の共作が軌道に乗ります。
ジョビンは、ジョアン・ジルベルトの控えめなヴォーカルを高く買い、共に製作した『想いあふれて』によってボサノヴァは世に送り出されることになります。
「大学のキャンパスは、こぞってこの新しい音楽を迎え入れた。ボサノヴァは学生たちの熱烈な議論のテーマだった。若い世代は瞬く間に、この音楽の虜となった。長い間まっていた、自分たちの感覚に合う新しいスタイルを持った、完全にブラジル製の音楽が現れたのだ。ボサノヴァは、彼らの悩みを、真実を、願いを表現してくれた。また、中流階級の音楽的な才能も、これを機会に国中で開花した。ムーブメントは、まるで火のついた導火線だった。」
その後ボサノヴァはアメリカでもヒットを記録します。歌詞は英語に置き換えられましたが、ジョビンは英語の歌詞の内容をとても気にかけていたようです。アメリカの中でも評論家の意見は二分されます。雑誌「ニューヨーカー」では「ボサノヴァ、ゴー・ホーム」と書かれ、ジョビンはショックを受けます。
この時期、ボサノヴァはアメリカのジャズと触れ合うことになります。スタン・ゲッツ、チャーリー・バード、キャノンボール・アダレイらはボサノヴァに大いに関心を寄せ、セロニアス・モンクは、ボサノヴァはニューヨークのインテリたちの音楽ジャズに欠けていたものをもたらしたと述べたそうです。
スタン・ゲッツとは、あの有名な『ゲッツ/ジルベルト』のレコーディングが行われ、これは大ヒットを記録します。しかし、このアルバムは決して簡単に生まれてきたものではなく、スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトの関係がうまくいかない中で録音されたものです。
フランク・シナトラとの共演も、シナトラの方からオファーが来ます。二人の共作は驚異的なセールスを記録します。シナトラのオファーが、ジョビンがあるバールにいたときにそのバールに直接シナトラから電話がかかってきたというのも大変面白いエピソードです。
その後、ジョビンはテレーザと離婚し、若いアナと再婚します。仲間のヴィニシウスの死去には大変ショックを受けます。
ジョビンの最大の悩みは、ブラジル本国におけるボサノヴァに対する理解の低さでした。不当な中傷を受ける中、成功者を正当に評価しないブラジルという国に対する不信感が募ります。「三月の雨」がコカ・コーラのCMに使われただけで、ブラジルのマスコミは中傷します。
「ブラジルは、自分のアーティストを愛さない国なんだ・・・」
ジョビンはその後膀胱癌を発症します。ニューヨークで手術を受けますが、心筋梗塞を起こし、命を落とすことになります。。。
ジョビンはエコロジストであったというのは、本書を読んでの一つの発見です。ブラジルの森が切り倒されていくことに心を痛め、近代都市が人間に押しつけてくる公害に嫌悪感を抱きいていたようです。
ところで、本書の解説は山下洋輔氏が書かれているのですが、ボサノヴァとジャズとの関係が大変鋭く捉えられていて、とても面白い解説となっています。
山下氏は、ジョビンが記者会見で記者の質問に答えて、
「ジャズはよく知らない。私は私の音楽をやってきただけです。」
と、ジャズからの影響を認めることを拒んだことに違和感を覚え、なぜジョビンが頑なにそうした立場をとったのかという問題意識で分析をされています。
その背景には、「ジャズ優位のボサノヴァ史観」が確立されており、それがジョビンのスタンスにつながっているのではないかというのが山下氏の分析です。
山下氏は次のように述べています。
「・・・・彼(=ジョビン)がその音楽を最初に創ったのであり、そこに勝手にジャズの方がやってきたのだ。ジャズの人々は燦然と輝く天才の音をブラジルに発見して、夢中になったのだ。・・・ジョビンは自分の曲がジャズミュージシャンに演奏されるについて、何一つ働きかけをしていない。連中が勝手に持っていって、勝手に録音し、勝手に大金を儲けた。これが発端ではないのか。」
ボサノヴァは今でも世界中のジャズミュージシャンたちによって、スタンダードナンバーとして日々演奏され続けています。ジャズがあるからボサノヴァが今でも世界中で生き続けているといっても過言ではないでしょう。ボサノヴァが世界中で一般的な認知を得るきっかけとなったのが、スタン・ゲッツとの共演であったことは周知のとおりです。
しかし、ジョビンにとっては、あくまでブラジルの音楽としてボサノヴァを確立してきたに過ぎないわけで、アメリカのジャーナリズムがジャズを優位に捉えることに不快感を覚えて当然でしょう。山下氏は、ジョビンが亡くなった後に出されたCDアルバムに付けられていたブックレットにおいて、ジョビンの音楽がいかにジャズと関係があったかという主張の正当化の傾向が感じられたと指摘されているのは大変興味深いです。
スタン・ゲッツがレコーディング中に自分以外のパートについてまで口出しする態度にジョアン・ジルベルトが反発したのは、正にそうしたジャズ優位史観という観点から見ると極めてすんなり理解できます。
20世紀を代表するコンポーザーであるアントニオ・カルロス・ジョビンの人間性を奥深く探った大変面白い本でした。








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