日本女性学会さん、バックラッシュ派の視線も少しは気にしてください

どうやら来年、日本女性学会が中心となってジェンダーフリー・バッシングに対抗する本を出すらしい。刊行されたばかりの木村涼子編著「ジェンダー・フリー・トラブル」を加えると、これで来年の前半までにわたしの知る限り4冊の本が出る様子。でも、日本女性学会と言えば、Q&A−男女共同参画をめぐる現在の論点で、

[批判5] 男女共同参画政策は、鯉のぼりやひな祭りなどの伝統や慣習を破壊するものである。
[回答5] 伝統や慣習は不変ではなく、時代とともに取捨され改変され、今日にいたっているものです。例えば、明治初期にチョンマゲや帯刀などの伝統は放棄されてしまいました。鯉のぼりとひな祭りに含まれていた「男は強く元気に/女は優しく美しく」と、性別と人のありかたを結びつけるシンボリズムは、今日では適切とは言えません。現在、5月5日は、すべての子どものための祝日とされています。ひな祭りも、性別と関係づけないお祝いにするのが良いと思われます。なぜ、そうしないのでしょう?

みたいにバックラッシュ派に簡単に付け入れられるような事を言っているけど、ここは「〜するのが良いと思う」という私的な意見を言う場所ではなくて、「男女共同参画の政策」は強権的に伝統を破壊するものではないと説明するべき場所でしょ? 問われているのは一民間団体の日本女性学会がどういう意見を持っているかではなく、政策として特定の価値観が強要されているのかいないのかなんだから。あるいは、

[批判17] 性と生殖に関する女性の自己決定権を認めよというのは、フリーセックスの推進である。
[回答17] 性と生殖についての女性の自己決定権という考え方は、最終的には、妊娠・出産をその身に担う女性の意思が尊重されなければ、女性の、個人としての尊厳、生命の安全は保障されない、という認識に基づくものです。つまり、妊娠・出産を身に負う人々である女性の人権を守る考え方で、結果的に女性が不利になるフリーセックスの推進とは結びつきようがありません。

というところは、「性と生殖に関する女性の自己決定権」はフリーセックスの推進ではない、とだけ言えばいいのに、わざわざ余計なフリーセックス批判まで付け足している。フリーセックス批判に繋げるために、ここで日本女性学会は「性と生殖についての女性の自己決定権」を「最終的には」という言葉とともに「妊娠・出産」という生殖の問題に矮小化してしまっており、そうすることで女性にとっての性を生殖の手段とみなすバッシング勢力の言説に引き寄せられている。さらに、

[批判19] 「性と生殖の自己決定権」は、女子高校生、女子中学生が“援助交際”をすることを助長するものだ。
[回答19] (略) …性に関する情報が氾濫するなか、性に対してこれほど寛容な現在の中・高生が、“援助交際”に追いやられたり、性的人権侵害に巻き込まれることを防ぐのに必要・有効なのは、性のタブー視や禁欲教育ではあり得ません。必要なのは、セックスや妊娠や性感染症についての正しい知識、自らの性に関することの自己決定の尊重とその力、他者の尊重理解・他者に対する想像力を育てること、衝動のコントロールなど、発達段階に応じた性教育です。家庭や学校できちんとした性教育を行っていくことこそ大人の責任です。と同時に、大人と子ども、金銭の払い手と受け手、とくに少女では男性と女性という三重の力関係の下、不当な性的強制を受けやすい18歳未満の子どもと、金銭を支払って性的かかわりをもつことを、法律(児童買春禁止法)で禁じ、性に関する自己決定の力が未発達・未成熟な子どもたちを保護しています。

って、どこが「自己決定の尊重」ですかぁ?


この人たちの問題を一言で言うと、仲間内の視線しか意識していないこと。反対派の批判によって既に自分たちと同じ考えを持っている人の信仰が揺らがないような対抗論理は提供しているものの、その肝心の反対派やどちらにも属さない中間派を説得しようという気配が皆無だもの。ほら、この「Q&A」、末端のシンパを集めて女性センターか何かで開くジェンダーフリー学習会みたいなので資料として出てきそうな文書でしょ。かれらが出す本も、多分内輪のウケしか気にしていない内容なんだろうけど、せめてバックラッシュ派に簡単に悪用されちゃいそうなことは書かないように気をつけて欲しいなー。フェミニズムの素養がある人が読めば理解できるけどそれ以外の人が読むと誤解するような文章じゃダメよ。

思ったよりさらに酷かった「メディアがリベラル寄りに偏向」論文

先日「これはおかしい」と思って批判した Tim Groseclose et al. による「ニュースメディアはリベラル寄りに偏向している」という論文について、リベラル系メディア監視団体 Media Matters for America が詳しい分析を掲載している。わたしが批判を書いた時点では論文が入手できなかったので UCLA によるプレスリリースだけを元にコメントしたのだけれど、実際の論文はプレスリリースから想像される以上に酷い内容だったらしい。
 Media Matters の分析によると、まず何をリベラルもしくは保守と定義しているかという点がおかしい。この研究では議員の発言とニュースの報道の中でリベラルもしくは保守の団体に好意的に言及している回数を比べているのだけれど、例えば左翼と見られがちな American Civil Liberties Union がやや保守寄りと判定されている一方、軍事・国防関係の研究を多くやっている RAND Corporation がかなりリベラル寄りとされていたりと、普通の感覚からかなり乖離している。
 また、団体だけが調査の対象となっている点も問題。例えば、リベラル側に位置づけられる黒人市民権団体 National Association for the Advancement of Colored People が新聞記事で取り上げられる場合、それに対応する人種差別主義団体が両論併記的に取り上げられることは滅多にないけれど、NAACP の主張に反対のことを言う政治家や評論家のコメントが引用されていることが多い。ところが、個人の発言は研究には含まれないので、NAACP と政治家のコメントを同時に引用した場合、その記事は「一方的にリベラル寄り」と判定されてしまう。そういうトリックがあるおかげで、保守系新聞の The Wall Street Journal までもが「リベラル寄りに偏向している」と判断されちゃっているわけ。
 Media Matters はさらにこの論文を執筆した研究者が過去に保守派シンクタンクから資金を得ていたことなども指摘しているけれど、メソドロジーさえしっかりしていれば本人がどんな政治信条の持ち主でも構わない。ところがメソドロジーが滅茶苦茶だから、やっぱり自分たちが望む結論を得るためにわざとこんなおかしなメソドロジーにしたんじゃないかという疑惑が高まる。
 まったくどの国も、おかしな情報操作をしようとする人は絶えないですねー。