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2014-12-14 私立桜が丘高校軽音楽部日記

[]村は閉じ、性は抜け出ず、ぐるぐるまわる

花園メリーゴーランド(1) (ビッグコミックス)

突然ですが『花園メリーゴーランド』。

めちゃくちゃ好きなマンガのひとつです。

 

もともと、日本の村の民俗学にものすごく興味があったぼくです。

最初のきっかけは、前も書いたように、もらった艶笑譚の絵本です。

日本昔ばなしはそんなに好きじゃないし、別に江戸時代にもあんまり興味ない。嫌いじゃないけどそこまではーという感じ。平安鎌倉室町もそこまでは。戦国時代はそれなりに……でも調べるほどじゃないかな。

 

あ、違う。江戸時代の性風俗には興味ありました。

枕絵や春画艶本。あと『吉原炎上』で遊女が、川で出産して子供を殺すシーンとかめちゃくちゃ印象に残ってて(違ったらゴメン、なんかと混じってるかも)。

それと、銭湯文化。男女混浴で下の隙間から入って中ではうんたらかんたら。混浴禁止令がでてうんたらかんたら。

このへん見て「性って怖いな」という印象がすごーく強かった子供時代。

 

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で、いっちばん興味があったのはやはり明治・大正・昭和の風俗や慣習や性。

「性は怖いもの」という偏りを感じながら成長したところで読んだのが、「津山三十人殺し」に関する記述で、もう衝撃でしたね。ガツーンと。

学生時代はまだネットなんて全然なかったし、ケータイもなかったからこそなのかもだけど。そこまで村って切り立たれるのかー、狭い社会に押し込められるとここまで狂うのかと。

 

この話をすると長いので一旦切り上げます。

とにかく津山三十人殺し事件の「夜這い」の風習に、思いっきりヤられました。

なんかもう、ナメクジがうごめいているイメージですよ。

だけどやっぱ若いから、興奮もするのね。

おっかないのに、半端に羨ましくもある。まあクラスメイトの女の子に夜這いするイメージですよ。興奮しないわけないでしょう。

と同時に、噂一つで村八分、逃げ場のない世界に閉じ込められる恐怖。

 

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学生時代に岩手によく18切符で電車に乗って出かけていました。

何度行ったかわからないくらい。宮沢賢治大好きだったので。

あと東北の電車が好きだったので。

 

駅から降りたら自転車を借りて、フラフラしていたものです。

で、遠野に遊びに行って、『風の又三郎』に出てくるたばこの葉を見て「でけー!」とか喜んでたわけですよ。そりゃ役人さんも枚数数えるなーとか。

 

遠野はほんと、いかにも妖怪出そうな町だった。

山の合間からは木々の呼吸なのかずーっとモヤが天に登り続け、遠くの積乱雲は雷を落とし、鬱蒼と茂った草の中を川がチロチロ流れて、大工さんが木造の家屋を建てている。

今はどうなのかな。遠雷を見た時は感動で足が震えたな。

 

奥の方に行くと、神社があったので遊びに行きました。

 

自販機を見ると、中にチンコが!

コカ・コーラの横に、チンコが!!

押したら出てくるのか、チンコが!!!(注・出ません)

 

木製のチンコが、コーラの真横にデン!デン!

そこは生殖器崇拝の神社でした。ちんこだけだったのかなー、まんこがあるのかまでは未チェック。

近くに公民館みたいのもあって、そこにもチンコ。

噂でチンコ祭りがあるのは知っていたけど、まさか岩手で、神社に出会えるとは。

 

こっちは「怖さ」じゃなくて「楽しさ」を感じました。

だって、自販機に入れなくてもいいだろ別に。

ノリいいなーって。わいせつ物陳列にもほどがある。

楽しいなあ。

今もその神社あるんですかね。名前も覚えてないよ。

(遠野が閉じた町っていうわけじゃないよ)

 

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どんどん興味が深まる。

津山三十人殺しをはじめとして、日本各地の逸話とか民俗学とかをちょろちょろ読むようになりました。

ちっちゃい趣味です。話す相手もいないし、話すにはエロ話だし、それより本でもっと資料を集めたいし。

今は話したいし教えてもらいたいからこうやって書いてるけどね。

 

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で、出会ったのが『花園メリーゴーランド』。

もー、「これだー!」ですね。

エロマンガじゃない媒体で、きちんと民俗学に則って、夜這いを描いている。

しかも完全に閉じた村の、外に噂を流してはいけないしきたりの中の、夜這い文化。

 

簡単に説明だけすると、外部から来た主人公が、性にオープンすぎる村に来てしまって、そこでおののいてしまう話。

彼は村の同世代の女の子と出会うんだけど、当然二人は処女童貞。ところが村では性教育があって、少年も筆おろしされてしまい、少女も好きでもない男に貫通されてしまう。

でもお互い情が湧いてしまっていて、特に少女側はもう辛い気持ちでわけがわからなくなっちゃってる。

男の子は外に出たいんだけど豪雪で出られず、村からは「もうすぐ祭りが始まって外に漏れると困るからはよでてけ」オーラで圧迫される。

 

セックスにはオープンな村で、誰とでも男も女もやり放題、夜這いもし放題。

その村の中だけでは。だから村の秘密が外に漏れることは恐怖。外部から来た彼は、閉じた世界に穴を開けてしまいかねない。

 

そんな性にあけっぴろげな社会でも、少女が涙を流して、少年が好きになってしまうのが切ない。

どこでもパンツ脱いじゃうようなおばちゃんたちも、かつては、最初は、そうだったのかもしれないと思うとなんとも切ない。

男はともかく、女性は子供もできる。だからどの家も「誰の子だかわからん」と笑っている。

 

笑えないよなー。

ただ、この価値観の世界の村に生まれたら、ぼくも絶対わからないまま過ごしていたんだろうな、と考えて、ものすごく変な気持ちになる。

怖いでも楽しいでもないよね。

一番感じるのはきっと「出られない」という窮屈さかもしれない。

 

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『花園メリーゴーランド』の世界観は割りときっちり調べられた上で描かれていて、実際にあった可能性はかなり高い。

夜這いの民俗学・夜這いの性愛論 (ちくま学芸文庫)

この本がかなり近い、というか参考にしているはず。

豪快だなーとも、ほのぼのしてるなーとも感じるし、同時に自分が女性で誰が来るのかわからない立場で夜這いされたらと考えると背筋がゾクッとする部分もある。

多分赤松啓介が調べていた時期前後が、夜這い風習の最後の時期なのかなあ。戦後がぎりぎりとは聞きますが。

 

『花園メリーゴーランド』は舞台が1980年代なので、さすがにそこまではやってないと思うけど、いかんせん村社会がどうなっているのかは分かりかねる部分もある。

なんといっても、もし起きていても「人に言わない」から、この手の性の民俗学は、なかなか形に残らなかった。

性はともかく、その地域に住み着かないとわからないものって、絶対あるんだよね。

フィールドワークしても、よそ者には教えない、風習。

赤松啓介は「自分で経験」してるからすごいよね。

 

その部分に興味がある。

『花園メリーゴーランド』は、これをフィクションとして少年少女の成長物語に組み込んだ。

すげえですよ。

すげえし、そっからぼくの民俗学への興味も加速しまくりですよ。

でも、当然おっかないから、「自分で経験」する覚悟なんて全くなく、本を読むのみ。

今はないとは思うけどさ。けどさ。

色々な暗黙の風習はあるじゃん。

その地域は幸せのため風習を守っているのだから、よそ者が興味本位で近づくもんじゃない。

 

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ミスミソウ: (1) (ぶんか社コミックス)

今となっては、すっかりケータイコミックの「怖い話」カテゴリに入っていて、うへー!?ってなります。広告の煽りっぷりにびっくりしてしまう。

ミスミソウ』も田舎のクローズド感の描写が秀逸中の秀逸ですね。

こっちは性があんまり絡んでいません。

ただ、現代の社会の閉じた環境ってこうだよね、がしっかり描かれている。

 

やっぱり家庭でも学校でも町でも、閉じてしまうと大体不健康になる。

決して風習を捨てるとか伝統を捨てるとかじゃない。

外部との交流があるかないかで、思考が逃げ場を失うか、外に広がるかの差が生じる。

 

『ミスミソウ』の場合は、それが残念な方向に転がってしまった。

なんてことはない、逃げればよかったのに、声をどこかにあげればよかったのに、できなかった。

閉じる、って、思考が表に向かなくなる、何かに怯えてしまうことなんだろうな。

 

ツバキ(1)

民俗学的には『ツバキ』もすごいとおもう。

というか、まさに津山三十人殺しの事件を、都井睦雄側からの視点で描いている。

(キャラは架空のものですが)

 

ツバキがほうぼうを旅しているため、彼女は視野が広いのに対し、向かう先々の集落はやはりどこも閉じている。

ほとんど健康な、風通しの良さがない。

傑作だと思います。

『ゆうやみ特攻隊』も、閉じた社会の恐ろしさの、究極形を描いてますね。

 

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まるで不健康なものを見たいがゆえに読んでるみたいですが。

不健康なものを見たいがゆえに読んでるんです。

 

『花園メリーゴーランド』は確かに、外部の人間である僕達から見たら、狂った世界です。

けれどもあの閉じた世界の中で、彼ら・彼女らは本当に不幸だったのか?と聞かれるとわからない。

特にラストシーンで、成長した少女に出会う場面。

幸せに見えるよ。

不幸にも見えるけど。

その境界線ってなにさ。

ぼくが幸せと不幸を、彼女に線引きできるのか?

 

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「遠い世界の話じゃない」……と言いたいところですが、遠い世界の話だわな。

戦前にしたって、町暮らしの人には遠い世界だったでしょうよ。

 

完全に興味本位で、日本の村社会の性風俗を見てはいます。

もし夜這い村、花園メリーゴーランドみたいな村の人が、ネットで生活している僕らを見たら、幸せそうに見えるのかどうか。ネットだって、時には村じゃないか。LINE八分とか。

同じ日本で価値観の角度が変わることが、なにより興味深い。

 

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そういう意味合いで、エロマンガでよくある「田舎の性の祭りにいってうんぬん」っていうのを見ると面白い。

極めると、水龍敬ランドになるんだよ。完全に閉じた、外からの倫理の入らない世界。

これって、ユートピアだ。

そして、ディストピアだ。

 

ほんと、面白いなあ……。

 

2014-12-12 私立桜が丘高校軽音楽部日記

[]おかえりなさい。サナギさん

あんまり深くは今日は語りません。

(深くは語るつもりですいずれ)

 

サナギさんが帰ってきました

バスよりもメロスよりも、案外早かった!

 

めんどくさいファン心理で言います。

『オンノジ』や『バーナード嬢』のような傑作を次々出していく施川ユウキ先生を、サナギさんに引き戻すのはありなのか?と疑問も持ちました。

持ったんだけどさ。

「もっと!」とか「チャンピオンタップ!」とかで読んでいるとね。

もう、だめだよね。

 

好きなんだよ。サナギさんが。

作者はどう考えて描いているのかまでは、わからないけれども。

ぼくの中でサナギさんとフユちゃん、いや全員が、もうずっと生活し続けているから。

また会えたね!

って旧友に会えたような、幸せな気持ちでした。

 

そこにあるだけで、人生救われた、ぼくみたいなバカな人間もいるのです。

サナギさん無かったら今の仕事してないからね。

(なんて書いたら重いかな? でも本当なんだもの)

多分、このブログを続けている限り、トップ絵はサナギさんのままです。

 

「変わってない」と施川ユウキ先生は書いているし、実際変わっていない。

けれども、よりフラットに、「いいことも悪いことも、二人の世界では笑えるんだ」という強固さを身につけているように、感じる。

 

感じるって曖昧かな、でも感じてもいいよね。

二人が、いいことも悪いことも笑ったり驚いたりしてくれるから、ぼくも「これでいいんだなー」「世界面白いなー」って思えるようになった。

……あんまり長く書くと野暮だな。

今はこれだけ。

 

おかえりなさい。

2014-12-10 私立桜が丘高校軽音楽部日記

[]映画は、いかがわしいくらいがちょうどいい

ついに25周年「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」は偏ってるから愛しい - エキレビ!

 

夕張で行われている「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」。

25周年です。おめでとうございます。

 

地元北海道民としては「大変いかがわしいお祭り」というイメージでした。

「またまた思い込みでしゃべりやがって」と思われても仕方ない。

だけど夕張は、絶対わかってやってたね。

 

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その理由の一つが「バリバリ夕張」。

D

ファンタスティック映画祭じゃないけど(てかファンタスティック映画祭じゃないのこれ?)。

「怪しいことやってますよ」という意識はあるんだよ。夕張。

どう考えたって、開催第一回の1990年に「悪魔の毒々モンスター3 毒々最後の誘惑」上映している時点で、おかしいんだよ。

 

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記事にも書きましたが、映画館って、昔怖かった。

シネコンがなくて、手書きの看板があって、行列つくってるのに入ったら立ち見で。

映画館出なければ延々と映画見れたりしたよね。

 

いわゆる「名画座」も多かった。

昼夜問わず映画映画映画。オールナイトで映画。

 

ぼくは熱心な映画ファンじゃなかった。

けれど、なけなしの小遣いで、学校やらなんやらサボって、映画館に行く、行って一日潰す、というのが、ちょっとした冒険だった。

見ていた映画はなんだったか覚えてない。それよりも「映画を見に行っちゃったぜ……」のドキドキがすごかった。

 

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ファンタスティック映画祭が始まった1990年は、まだ映画館がそういう「いかがわしい場所」だったと思う。

ゲーセンもそう。不良の溜まり場。

不良だって、今どき言わないよね。

 

この「映画館はいかがわしい」のイメージを濃縮したのが、ぼくの中にある「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」でした。

 

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なんで「シベ超」全部上映したのかは全くわかんないけどね。

そもそも「シベリア超特急 欲望列車」とか、ピンク映画じゃねえか!!!!

(映画祭バージョン)ってあるからまあ、子供でも見られるようにしているんだろうけど。

ただ「シベ超」1から順にやるんじゃなくて、ここまで徹底してるのが、僕は好きなんだよなあ。

映画が好きなのかわるのりなのか。

 

でもこんな大掛かりな悪ノリだったら、……愛しいじゃん。

 

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夕張は本当に、廃墟だった。

本当の本当に廃墟だった。

 

サブカル者の例に漏れず、ぼくも廃墟マニアで、夕張に一眼レフ銀塩)をかついで写真をしょっちゅう取りに行きました。

 

夕張の近くに「鹿の谷」という駅があります。

本当になーんにも無いところです。ぼくが最後に行った時は廃墟化してたけど、今はどうなのかな。

 

かつて、鹿の谷には、一つ大きな博物館がありました。

何博物館だったかなー。

とある富豪が、道楽で集めた昭和初期のものを、めっちゃくちゃに並べた、それはもう雑多の極みみたいな博物館でした。

レコードなんて適当に山積み。本も山積み。触ってみてもOK。

 

その一冊を取り出すと、どう考えても超貴重な資料。

おいおいおいだめだろこれは、管理しろよ!と思ったものです。

だけど、管理しようがないくらい多い。

挙句の果て、古い消防車とかまでありました。

 

絶対夜行きたくない薄暗さ。

いかがわしかった。

 

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何年か前に写真を取りに行ったら、ない。駅員さんに聞いたら(つか駅員さんしかいなかった)「今はもう石炭の歴史村に移転したんです」との旨を聞きました。

寂しさに拍車がかかりました。

 

「石炭の歴史村」というのが夕張にあって、これが一大レジャー施設でした。

遊園地と、鉱山資料を集めた遊園地?でした。

 

ここもまたいかがわしい。

石炭資料館は「地下うんたらメートルまでさがりまーす」という謎のエスカレーターにのって、急降下。

降りた先では、炭鉱夫のマネキンがエッチラコッチラ石炭をほっている。

僕は何を見ているんだろうという気持ちで、危険と背中合わせの炭鉱夫を眺めてゾワッとしていました。

 

またなぜか石炭の歴史村には、熱帯動物剥製館がありました。

剥製なんです。動物じゃないんです。

コワイ!

昼間に入ってもこええよ! 夜とか絶対やだよ!

 

「石炭の歴史村」はいつしか、放置され廃墟に。

今は「石炭資料館」が残るのみ。

 

やりきれねえな。

バリバリ夕張の名前の通り、バリバリとバイクでやってくる人は、激減した。

 

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ぼくはいかがわしいものの方が好きだ。

うーん、違う。クリーンなものも好き。シネコン大好き。

でも「映画館」には、たまにはいかがわしくあってほしい。

 

でも、もう無理なんだよ。

 

いかがわしいものは、正直無いほうがいいのはわかってる。

マスの人が喜ばないと仕方ない。子供の楽しめる場所じゃなければ次世代につながらない。

そうあるべき。

 

でもさ。

たまにはいかがわしくありたいんだよ。

 

だから、だいぶクリーンになったとはいえ、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭が、好きです。

 

そもそもメロン熊作る土地だからね。

あいつら頭おかしいよ、と最高級の畏敬の念を示したい。

 

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音楽も、映画も、きっとこれからはクリーンになっていくと思う。

いいことだと思う。

でも犯罪じゃない範囲で、なにやらいかがわしいものは。

絶対残り続けると思うんだ。

そうであって、ほしいんだ。

いかがわしい文化を受け継ぐ若い世代がいても、いいじゃない。

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こっち方向を継ぐ若者がいたら面白いじゃない。

妖怪ウォッチ」から妖怪オカルトに走ったっていいんだよ。ムー買おう?

 

 

 

おわり。

2014-12-09 私立桜が丘高校軽音楽部日記

[]どうしても「面白いよ」が言いたいから生きてる

 

オタクは……と言いたいところだけど、今回は「大勢」の問題じゃないので、「ぼくは」にしよう。

 

ぼくは、面白いなあと思ったら、どうしても人に言いたくなる。

音楽、マンガ、小説、アニメ、映画、ゲーム、その他なんでも。

「これ、こんなに面白いよ!」

まあ、タラちゃんサザエさんに言うようなもんだよね。

 

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でも、「面白いよ!」を言うのが必ずしもプラスとは限らない。

少なくとも「まるっきり同じ言葉」を誰かれ構わず話しても、絶対意味は無い。

この人はこういうのが好きなんだろうな、だったらここから話そう。

段階を積んでいかないと、プレゼンテーションはできない。

 

それどころか、言うことで腹をたてる人だっている。

いわゆる「地雷」。

そんな地雷どこに埋まってるかなんてわかんないからね。

踏んじゃったらごめんねーくらいですよ。

 

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ここまで考えると、「これ面白いよ!」をいう必要ってあるんだろうか?と首を傾げてしまう。

 

そう、無いんだよ。

 

その人が必要としている情報をプレゼンするのは、意味がある。

でも自分が好きなだけだったら、「これ面白いよ!」はマイナスな場合のほうが実は圧倒的に多い。

 

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話さなきゃいいんだよね。

そうすれば誰も困らないし、誰も傷つかない。

 

なのになんでかわからないけど、話してしまう。

「これ面白いよ!」

「あなたは好きかどうかわからないけど面白いよ!」

「こんなにも面白くてたまらないよ、我慢できないよ!」

 

心のなかで「ごめんね」と思いながらも言ってしまう。

自分が、その「何か」を好きで仕方ないから以外のなにものでもない。

 

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庵野秀明は自分の作品を「オナニーショー」と言っていた。

うん、わかる。宮粼駿もそうだと思う。

ただ、彼らはそれだけの努力と才能を積んできているから、それは「オナニー」じゃなくて「ショー」になりえている。

むしろ、変に気を使うより、めちゃくちゃ弾けてオナニーしてほしいもんね。

 

「これ面白いよ!」も結局はオナニーなんだよなあ。

というか、そうじゃない提灯的なもの出しても、誰も面白く無い。自分も相手も。

その人が最高に気持ちよさそうなオナニーじゃないものは、惹かれない。

 

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少なくとも、ぼくが好きなのはそういう、究極の自慰を求めるべく試行錯誤したものや、咄嗟にこぼれだした「好き」の我慢汁。

広げて言うと、「表現」の一部ってこれだよね。

 

このへんは人によって好みはわかれると思う。

「もっとサービスしろよ!」という人にはサービスしたものが必要だろうから、それは表現というより「技術」が近いかもしれない。

どっちがすごい、じゃなくてね。

 

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で、だ。

ぼくはわがままなんだよ。

誰かが「別に聞きたかないよ」といっても、「これ面白いよ!」を言わないと生きて行けなくなった。

でも最初に書いたように、それが不幸でしか無いことは絶対ある。

 

だから、「表現」と「技術」両方がほしい。

どっちが先でもいいな。でもできれば「好き」にブーストかける「表現」が先で、「技術」でデコレーションできればベスト。

ただこれって、一旦自分の「好き」を止める必要があるので、こういうブログ以外ではなかなか難しい。

 

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実は「技術」を身につけるのが先のほうが、楽だったりする。

楽は言い過ぎか。うまくいく、くらい。

 

たとえば三題噺みたいなのね。

あるいは「今日は赤いものを探そう」と言って町中を歩く。

意外と赤があって、それについて書くだけで技術はあがる。

視点の切り口を増やすってことです。

 

「表現したい思い」が素材なら、「技術」は包丁。

いきなり相手にトマトそのまま出されたって相手は困る。

包丁だけ出されたって困る。

包丁をもってトマトを切って渡すから「じゃあ食べてみるか」となる。

 

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だんだんね、その調理自体が面白くなるんだよ。

 

最低限「表現したい思い(素材)」があるのが最初。興味のないものを表現することほど無意味なことはない。

最初は、ぼくは表現したい思いだけぶん投げていたので「いやつまんないし」と言われてどれだけへこんだかわかんない。

(ここでへこんだから、ああ技術って大事なんだなとわかったんだと思う)

 

同じトマト(好きなもの)でも、切り方や調理法(技術)で、色んなモノができる。

切ったトマトもおいしいし、ミートソースもいいし、焼きトマトもうまい。

これだけで3通り。もしかしたら好きな人が食いついてくれるかもしれない!

サラダ(別の視点)にいれたら、もっといいかもよ!

 

楽しいんだよ、調理が。

 

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一時期はこの「調理」が楽しくなりすぎて、「好きなもの」を見失いました。

 

からっぽです。

 

鬱みたいなもんだろうね。

すっからかん。何をやっても楽しくないし何を見ても面白く無い。

やりすぎはよくない。

 

そういう時は調理をやめて、トマト(好きなもの)をひたすらかじる。

かじってかじってかじりまくる。

たまにきゅうり(別の好きそうなもの)や、あるいは肉(全く別ジャンル)をかじるのもいい。

ふっと、その瞬間に、好きなモノが蘇る。

 

ぼくは調理のためにトマトを集めていたんじゃない。

トマトが好きだから調理していたんじゃないか。

 

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何度でも言います。

「これ面白いよ!」は、人のためにはなかなかならない。

けれど「これ面白いよ!」を表現するために、視点の切り口をいれて、読み物やマンガや音楽として表現したら、それはもう「作品」。

 

二次創作? そうだね。

でも二次「創作」なのを忘れちゃいけない。

 

それは、ぼくの「好き」だ。

誰にも犯されることはない。

ただし、食べてくれる人……伝えたい相手を必死にイメージして、出来る限り手を入れて、調理したい。

伝わったら最高だけど、伝わらなくてもいい。

「へー」くらいまでいければ儲けもの。なるべく深いりはしない。

もちろん興味をもってくれて、話せる相手がいたら、友達になりたい。教えてと言われたらいくらでも教える。

 

その時も、閉じた空間で「いいよね」「いい」じゃなく、もっとオープンに、多角的に見られてば、きっと好きなモノはもっと好きになれる。

 

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最終的にたどりつくのは「自分が好き」だと思う。

 

こう書くと自分勝手に見えるかも。でも「自分が好き」って胸張って言える人なかなかいないよ?

ぼくはまだまだ無理。

自分のことは嫌い。好きになれない。精進しないといけないなって思う。つらい。

ただ、好きなモノを見つけた瞬間は「生きていてよかったな」って思える。

 

それを、ある程度年取って、何らかのカタチで伝えられた瞬間。

本当に生きていてよかったな、っておもう。

「これ面白いよ!」が料理になったら、嬉しいじゃん。

同じように「これは許せない」「これは耐えられない」を、悪口ではなくエンタテイメントとして料理して伝えられる人も、すごいんじゃないかな。

 

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アスカ「またあんた、そうやって自分の傷をなめようとする。あんたの好きなものは、人が嫌いなこともある。あなたは他人じゃない」

 

ああ、アスカ、誕生日おめでとう。

そうだね、でもぼくはぼくで、他人は他人だ。もう傷はなめない。

 

アスカ「あんたより優れた人はたくさんいる。あんたよりうまく調理する人はたくさんいる。そんな中でなぜあんたは必死になるの?そんなにも自分の中にいる、他人という虚像にすがりつきたいの?」

 

そうかもしれない。

ぼくの前にいるのは虚像じゃないよ。生身の人間だよ。相手を傷つけるかもしれないし、自分が傷つくかもしれないけど、ぼくは表現がしたいんだ!

 

アスカ「自分を好きになれない人間が、どれだけ「これ面白いよ!」と言ったって、それは作品にすがっているだけ。まずは自分を好きになりなさい。でなければ、好きだと思っているだけのものと一緒に死になさい。私は、自分を好きにならないあんたとだけは、一緒に「面白いね」っていうのは、イヤ」

 

 

おわり。

2014-12-07 私立桜が丘高校軽音楽部日記

[]穴が一つあるだけのしあわせ

正しくない「例のタートルネック」の使い方が流行中 日本人、未来に生きてるな - ねとらぼ

「例のタートルネック」ネタが好きすぎてbotと化していました。

「胸開きタートルネック」とか「keyhole sweater」が正しい名称?らしいですが「例の」ってのが個人的に一番ツボでした。

例のプール」みたいで。いいよね。

 

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やっぱこれ好きだなー。

どうしても乳格差をネタにするための服なので、巨乳VS貧乳みたいな話題になるし、そういうのが見たいのは事実。

だけどこの龍驤ドヤ顔

素晴らしいです。愛してます龍驤。

 

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「奈緒が例のタートルネックを着て来た話」/「B茶」の漫画 [pixiv]

これもいいですねえ。実際に例のタートルネックを着たらどうなるか話。

まーこうなるよね。

 

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基本エロネタですよ、例のタートルネックは。

でも前回も書いたように、すげー明るいエロなんですよね。

例のタートルネックネタで盛り上がっている時の雰囲気は「わーい!おっぱおっぱい!」「ちんこちんこ!」みたいな少年少女逆流感ある。

楽しいなー。

 

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にしても、流行に乗るのが好きな日本人とはいえ、穴ひとつでここまでもりあがるってのはちょっとすごいね。

ってか、今までだってあったでしょこのスタイル!!

キューティーハニーだよ!

D

すまんかった。キューティーハニーのほうが開いてるわ。縦に。

 

あとFateセイバー

D

ちがうこれじゃない。

ってか背中すげえなこのメイド服……。

 

おかしい。

今までのアニメキャラのほうが全然露出度高いじゃねえか。

なぜだ、どうしてあのちっちゃい穴のほうが話題になるんだ。

 

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「例のタートルネック」が話題になったのは、実は「懐かしいから」だと思っています。

アメリカでは「keyhole sweater」と呼ぶらしく、考えてみたら映画とかで胸元だけぱっくりあいたセーター着ている女優やキャラクター、多いですよね。

 

最初に思い出したのはサイバーフォーミュラの菅生あすかと、ヴァンパイアハンターレイレイ

 

f:id:makaronisan:20141208015406j:image

菅生あすか。

f:id:makaronisan:20141208015407j:image

レイレイ。

 

どっちもタートルネックセーターじゃねえじゃん。

でも既視感は間違いなくここ。

あとこんなのも。

そっかー。

セーターじゃないけどボディコンジュリアナ時代だ。

 

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今はもう二周(20年以上!)して、今回の「例のタートルネック」の話題に乗っかってるのは、バブル期の記憶もってる人ばかりではないはず。

ただ、記憶にある人は「なんやら懐かしい」という気持ちになる。

若い子たちは「これはエロい!」「しかも『乳首』とかとちがって、人に言ってもあんまり恥ずかしくない!KENZEN!」という絶妙なラインなので、そりゃー話すよね。

 

そこに、Twitterpixivというツールがあれば、いわゆる嫁キャラ(男性含む)に着せたくもなる。

アップして共有したくもなる。

「これはステマ」という声もちらっと見えます。でもねえ。これショップに在庫そもそもないし……。

 

ある意味、色んなモノが重なって生まれた、必然のムーブメントな気がするのですよ。

 

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このネタがいいなーと思うのは、ブームが去っても、あくまでもファッションなので、今後アニメ・マンガにおいて一般的に使われるだろう、ということ。

キャラクターのちょいエロ衣装として、ナチュラルに出てくるんじゃないかな。

ネタ要素だけじゃなくて、かわいいしセクシーだもんね。

 

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あとはおっぱいですよ。

なんかここしばらくおっぱいの話しばっかりだなー。

気楽なんですよ。エロいけど下品じゃないのよ。

バブル期のそれは、下品(あるいは下卑た、かな?)な部分もありました。

でも今回の盛り上がりで、好きなキャラにこのセーター着せて赤面させるとか、KENZENもいいとこですよ。

 

「みんなおっぱい好きだよねー」「だいすきー!」

っていうのがTwitterやpixivから聞こえてくる。

 

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貧乳過激派として注目したいのはこっちですね。

これな!

ヴィックスヴェポラップ塗らせろ!

 

おかしい。

水着やもっといえばヌードのほうが露出しているはずなのに、こっちのほうがヤバイ気がする。

 

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隠してこそのエロス、というのはある。間違いなく。

でもねー、そうじゃない気がするんだよなあ。だって見えてるし。

 

人間って「穴」に弱いと思うのよ。

例えば壁に穴があいてるとするでしょ?

覗くじゃん。

絶対覗くじゃん。

 

そういうことなのよ。

穴がある。その向こうにはものすごい桃源郷か地獄がある。

好奇心ですよ。猫も死にますよ。

 

多分「例のタートルネック」にえらい惹かれてしまう人たちは、おっぱいの柔らかさ好きなだけじゃなくて、未知への好奇心が強い人なんじゃないかなあ?

少なくとも、キューティーハニーはそういう意図で作られていると思うんだ。

そのタートルネックの胸の穴覗いてごらんよ。

桃源郷と地獄どっちが見える?

 

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盛り上がっているもう一つの要因はこっちですね。

人外好きにはたまらない、穴の無限の可能性。

 

これは灰羽連盟思い出さないわけには行きません。

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今までファンタジーだと思っていたもの。

それが現実にあると話題になっている。

テンションもあがるってもんです。

 

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そして、すごく正直な話。

現実的に女性が着ていたらそりゃあカワイイと思うけれども。

ぼくは背中に少し開いた穴のほうがファンタスティックだと思います。

 

 

おわり。