テレコムおたく史観による新興国のダイナミズム論

いつもはアメリカのかなり個別具体的なプロジェクトに没入し、あまり一般的な勉強をする時間もないのだが、このところレポートを書く必要に迫られ、世界全体の通信業界の動きを数ヶ月にわたって見直している。そうすると、アメリカで凝り固まった「パラダイス鎖国」頭に、「へぇ〜、世界ではこんなことが起こってるんだ!」という新鮮な衝撃がある。水平的なperspectiveが世界規模ではいってくると、垂直的な歴史観みたいなものも刺激される。

私のテレコムおたく史観を簡単に流すと、こんなふうになる。1985年頃、光ファイバー実用化によりロングホール(電話トラフィックが交換機で集められた先、ネットワークのコア部分)のコストが劇的に低下、供給量が増えて競争導入が可能になり、アメリカのAT&T分割、日本のNTT民営化、イギリスのBT民営化(そう、皆同じ時期なのだ)が起きた。その後このセクターの全盛期にはいり、1998年頃、DWDMによりさらにコストが劇的な低下を起こしたことと、それを背景としたインターネット・バブル、そして98年の世界規模の国際通信自由化が火に油を注ぎ、供給が大爆発した。恒星が大爆発した後白色矮星となってその命を終えるがごとく、ロングホールのセクターはコモディティ化し、小さく縮んだ。

その後花形になったのは、交換機で集める前のネットワークの端っこ部分、携帯電話とブロードバンドである。米国内や大西洋回線の供給過剰のスケールを見ると、私の生きている間に、「幹線網の需給逼迫」などという話を聞くことがあるとは思えなかった。もちろん、ブロードバンドから流入するトラフィックが増えれば、幹線の需要はトラフィックの純増を上回る規模で増加する。高速道路の入り口からはいってくる車の量が増えると、高速道路ではその増加量を上回る混雑が起きるのと同じことだ。しかし、それを考えに入れても足りないぐらい、世界の光ファイバーは余っていると思っていた。

しかし、なんと、「需給逼迫」という文字を、確かに見たのである。驚いた。中国の話である。なんせ、中国は母数が大きいので、パーセンテージでなく絶対数でいくと、なにもかもすごい。最近の数字では、携帯電話加入者数は3億6000万人と世界最大。固定電話はこれよりやや少ない。ブロードバンド回線数は3000万前後と見られ、年末までにはブロードバンドでも世界最大になるという。(数字はいずれも中国政府情報省の発表。)NTTにいた頃、ある先輩が「電話の商売は頭数だ」と喝破したのが思い出される。携帯でもブロードバンドでも、顧客単価はアメリカのほうが大きいので、今でも金額ベースではアメリカがトップだが、それにしても携帯の加入者数が日本の全人口の3倍、というのはなんだか気が遠くなる。

さて、この規模でブロードバンドからの流入量が増えている一方、中国ではバブルも自由化も関係なく、幹線網の供給は爆発しなかったので、需給逼迫が起こっても不思議ではない。世界のインターネット・トラフィックは今でもアメリカがハブになっているが、アメリカと中国を直接結ぶ海底ケーブルは割りに最近開通したUS-China1本しかない。このため、この線は事実上満杯なのだそうだ。

高速の一部が渋滞すれば、その周囲でも連鎖的に渋滞が起こる。中国に直接はいれないトラフィックは、日本を経由する経路へとあふれ出る。アメリカと日本の間にはすでに数多くのケーブルがあるのですぐには問題はないが、日本から中国までが足りなくなるなど、連鎖反応が起こってくるかもしれない。

もう一つの新鮮な驚きが、インドの台頭である。ご存知のとおり、インドのITアウトソース産業はめざましい成長をしている。コンピューターと人のパワーが増えるだけでなく、データの送受信や、カスタマーサービス電話のインバウンド・トラフィックなどにより、国際通信トラフィックが爆発的に増加している。極めて低かった国内の電話浸透率も、携帯電話の普及により徐々に改善しているが、なんといっても現在のインドに関する焦点は国際通信である。

ロングホール・セクターは、白色矮星化したといっても、なくて済むものではないので、誰かが買収して回っている。アメリカではAT&TがSBC、MCIがベライゾンに買収された訳だが、98年頃の国際通信ブームで一時的に人気を集めた「国際ニッチキャリア」群は、最近途上国の台頭により、第二の人生を歩む希望が出てきた。

特に、活躍が目立つのがインド勢である。昨年、キャリアとしては新興のリライアンス・グループが、国際海底ケーブル会社FLAGを買収した。FLAGは、90年代にイギリス・アメリカ・中近東などからの出資を得て、欧州から地中海・中近東・インド経由でアジアに達するプライベート海底ケーブルを建設した。この経路は、大西洋・太平洋ルートに比べて、現在でも供給が少ないルートである。アメリカからのトラフィックも、おそらく大半は大西洋からこのルートを通ってインドに運ばれていると想像している。現代の海のシルクロードは、昔とは逆向きの方向に富を運んでいるのだ。それを、インドの新興キャリアが買収した。考えてみれば、インド経済の死活を握るルートであるから、インドのキャリアが運営するというのは理にかなっている。さらに、最近になって、カナダの国際通信専業キャリアのテレグローブを、インドのタタ財閥系キャリアであるVSNLが買収した。

そのほか、一世を風靡したグローバル・クロッシングのアジア子会社、アジア・グローバル・クロッシングは昨年中国国営のチャイナ・ネットコムが買収してアジア・ネットコムとなっているし、私のお気に入り、メキシコのカルロス・スリムもアメリカのロングホール・セクターを狙っている。

テレコム・バブルとその崩壊も、悪いことばかりでは無かったのかもしれない。焼け跡から、ダイナミックな資本の力により、途上国の新しいプレイヤーが誕生し、デジタル化時代の世界の富の再配分を促すことになるのかもしれない。