忘れな草

シャルリュス男爵を囲んだ晩餐会の席で、サン・ルーは男爵の前で、語り手が、夜しばしば寝つくまでのあいだに覚える悲しみのことを話してしまった。恥ずかしくなった語り手は寂しく部屋へと戻るのだったが、少したつと、シャルリュス男爵が語り手の部屋を訪れて、
『あなたはベルゴットhttp://d.hatena.ne.jp/mii0625/20040821の小説がお好きなのですね。わたしの旅行鞄に一冊、多分あなたが未だ読んだことがないベルゴットの小説が入っていましたので、あなたの眠れない夜に読んでいただければ幸いです。』と言って、語り手にベルゴットの小説をプレゼントしてくれるのだった。
ところが、翌朝、シャルリュス男爵は語り手に、ぶつぶつぶつぶつ、お説教をすると、な、なんと昨夜のベルゴットの小説を返してくれ、と言ったかと思うと疾風(はやて)のごとくバルベックの海を発(た)ってしまうのだった。『あれマァ!』とただ吃驚する語り手だったが…。
その後しばらくして、語り手のもとにシャルリュス男爵からペリカン便が届いた。中にはあのベルゴットの小説が、モロッコ皮で装丁されていて、表紙にはある草花の浮き彫りが施されていた。
それは『忘れな草』の浮き彫りだった。

海辺を行く美少女たち

シャルリュス男爵が忽然と姿を消したノルマンディはバルベックの夏の海岸の語り手だったが、そこはそれ、ゲルマント家の輝ける星サン・ルーと共に、年長のユダヤ系フランス人の友人、ブロックのもとを訪れたり、海岸通りを行く人々を眺めたりして、祖母と過ごすバルベックのグランド・ホテルでのバカンスを楽しむのだった。そんな或る日の午後、バルベックの海辺の堤防の上に、不意に一群の美少女たちがあらわれる。
まだほんの堤防の突端のあたりに五、六人の少女がかたまって、まるで一つの奇妙な斑点を移動させるようにこちらに進んでくるのが見えた。彼女達はまるでどこからやって来たのか、一群のカモメがゆっくりと浜辺を散歩しているような風情であり、遅れた二、三羽は翼をばたつかせながらまた前の者に追いつくのだった。
カモメの群れのように生き生きとしたこの少女たちの出現に、語り手は一瞬にして心を奪われるのだった。

男はつらいよ

なぜいま、楽天の日記で、「男はつらいよ、フーテンの寅」関連の日記を書いたかというと、寅さんとリリーさん(浅丘ルリ子)が初めて出逢ったのが第11作の「寅次郎忘れな草」なのだったが、この映画のことをシャルリュス男爵が語り手に贈ったモロッコ革の本の表紙に浮き彫りされた「忘れな草」から思い出したからなのだった。そしてモロッコ革の本http://d.hatena.ne.jp/mii0625/20040618といえば栃折久美子さんのこと、森有正先生のことを思い出す秋の夜だった。