黄檗山万福寺 (宇治市)

mituyo19412006-07-25

久し振りにお天気に恵まれ、近くの「万福寺」へ行ってみました。ここは日本のお寺と違って、すべて中国様式で、見所いっぱいのお寺です。
黄檗山万福寺
万福寺は、1654年(江戸時時代)、中国福建省から渡来した隠元禅師が後水尾法皇徳川四代将軍家綱公尊崇を得て、1661年に開創された寺院であり、日本三禅宗臨済、曹洞、黄檗)の一つ黄檗宗大本山です。
黄檗宗では、礼儀作法は明代に制定された仏教儀礼で行なわれ、毎日読まれるお経は黄檗唐音で発音し、中国明代そのままの法式梵唄を継承いています。
建造物は、中国の明朝様式を取り入れた伽藍配置です。創建当時の姿そのままを今日に伝える寺院は、日本では他に例がなく、代表的な禅宗伽藍建築郡として、主要建物二十三棟、回廊、額、等が国の重要文化財に指定されています。(万福寺の栞より記)
山門
三間三戸。重層の楼門作りで、左右に裳階(もこし)、山廊があります。大棟中央に火 付宝珠があります。正面 の額「黄檗山」、「萬福寺」は隠元禅師の書です。 とても大きい山門です。
           
天王殿(てんのうでん)
表の玄関として設けられています。 ここに有名な布袋さまが安置されています。
弥勒菩薩(布袋)坐像
范道生作、寛文3年(1663)造立、木造、像高110.3cm。布袋は弥勒菩薩の化身といわれ、本山では弥勒仏として祭られています。他にも韋駄天像・四天王をお祀りされています。ここは日本最古都七福神布袋尊のお寺です。
           
見ているだけで、なんだか幸せな気分になれる笑顔です。
自分の体形と似てるからでしょうか、親近感を感じました(^∇^)

大雄宝殿(だいおうほうでん)
萬福寺の本堂で、最大の伽藍です。 置物・窓どこを見ても中国を思わせるものばかりです。
           
巡照板と勾欄(じゅんしょうばんとこうらん)
黄檗山の一日は、朝の巡照板によって始まり、夜の巡照板によって終わります。ここで修行する雲水(修行僧)が正覚をめざして精進を誓い、自覚を促すために巡照板を打ち鳴らして閣寮舎を廻ります。開山堂・法堂の勾欄は卍および卍くずしの文様になっています。
           
鼓楼(重文)延宝7年(1679)建立 重層入母屋造
二階四周に縁と逆蓮柱付の匂欄を廻らし、大棟両端に鯱を起きます。鼓楼は鐘楼と相対し、朝4時半開静、夜9時の開枕に大鐘と太鼓をもって、時刻と消灯、本山の大衆に起居動作の始終を知らせています。また賓客来山のときに鐘鼓交鳴して歓迎を表わしますのだそうです。
           
天王殿 (重文) 寛文8年(1668)建立
寺の玄関として天王殿が設けられています。中国では一般 的な建て方で、四天王と弥勒菩薩と韋駄天を同様に祀ってあります。
           
石條
境内を縦横に走っている参道は、正方形の平石を菱形に敷き、両側を石條で挟んだ特殊な形式であり、龍の背の鱗をモチーフ化したものだそうです。
           
開版(魚梆)(かいばん)
斎堂(食事をする所)前にある魚板の原型となっているものです。時を報ずるものとして今も使われています。 若い雲水さんが、ゆっくり四角に歩き、力強く開版を打たれると同時に、大雄宝殿(だいおうほうでん)堂内には読経の声が響き渡ってきました。
           
           
他にも中国らしい物を沢山見る事ができました。
           
           
           
              線香             この様な門がいくつもあります。
万福寺は修行僧のための禅の専門道場ですが、一般の方(企業・各種団体・学校・ご家族等)の為の坐禅研修も行っていいるそうです。坐禅や写経、法話等の他、講演、研究会のメニューがあるようです。
           
           境内には蓮の花もたくさん咲いていました。