mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2019-01-26

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mmpoloの日記

https://mmpolo.hatenadiary.com/

2019-01-25

[]秋山画廊主からの最後のメッセージ



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 東京千駄ヶ谷にあった秋山画廊の秋山田津子さんが昨年11月8日に亡くなった。秋山画廊は1963年から続く伝統がある現代美術の老舗画廊だった。昨年夏に体調を崩された秋山さんは画廊を閉じることを決心した。閉廊にあたり、和光大学の三上豊さんが秋山画廊の記録の編纂を任された。その際、秋山さんから三上さんに宛てて「冊子を作る前に」というメモが送付された。出来上がった『秋山画廊 1985-2018』にはそのメモが掲載されている。この秋山さんからの最後のメッセージを多くの人に読んでほしいと思ったので、誰の許可を得ることもなく勝手に転載させてもらう。

   冊子を作る前に


 知っておいて頂きたいこと。

〇きっかけはJ.P.サルトルのいわゆる”l’angagement” 社会の現実に関わりを求め、職業として美術商ではなく、現代美術を選んだ。

〇秋山画廊は”空間ありき”だった。何年経っても”よそ者” ”ド素人”の意識を最後迄持ち続けた。

〇出会いは、3人展、榎倉、遠藤、村岡作品の衝撃的、電撃的出会いに雷に打たれる思い。

〇村岡さんの、”プロの作家とは、作品で食べている人のことではなく、たった1人の人の為に作品を作ること”、という言葉。又、”全ての人が良いという作品は本当に良いのではなく、半々位が良い作品だ”etc. 村岡ゴロク。

その後、私の(展覧会の)作家選びは全てこの空間にこの作品を展示したいか否かで決められていった。

従ってfileを見て話をきいてimageが浮ばない人は、お断りしていた。

〇そして段々作家が、作品とは何かを教えてくれるようになった。

日本橋での17年間は、全く私の修業時代。

千駄ヶ谷に移っても私は新しい”空間”を愛した。こちらは若い人達を意識して取り上げようとした。

2009年頃から若い学校出たばかりの悩み多い世代が口こみで増えてきた。

〇これ迄私が苦手としていた絵画の見方も若い人達の熱心な美術論議でとても勉強になった。

〇何となく若い作家が集まるようになり、意外と、この世代にも70年代に興味を持つ人が多いことを知った。

〇若い作家達は一寸背中を押すと感性のするどい作品を次々と発表することが判り、張合いを感じる。

日本橋と違って展覧会がない週も気にならなくなり、じっくり待てるようになった。

〇閉めたくはなかった。しかし、こればかりは仕方がない。

皆に申し訳ないけれど、私自身は、この仕事で素晴らしい人達に出会えたこと、感謝しかない。そこで最後迄作家に育てられたオーナーとして一生を閉じられること幸せです。

 1枚目のメモの「出会いは、3人展、榎倉、遠藤、村岡作品」とは、榎倉康二、遠藤利克、村岡三郎だろう。秋山画廊といえば高山登と小山穂太郎も外すことはできない。日本橋時代では塩田千春の初個展も印象に残っている。日本橋千駄ヶ谷もユニークな空間で素晴らしい画廊だった。

 日本橋の秋山画廊は1階入口から地下の展示空間へ螺旋階段を降りて行った。階段を下りながら展示されている作品を見下ろし、地階へ降りて作品を正面から見ることができるのだった。千駄ヶ谷画廊が玄関を床より数十cm高くして、最初ちょっと見下ろす形に設計されていたのは、日本橋画廊の記憶を移植したのだろう。少し高い位置から画廊いっぱいに置かれた遠藤利克の作品を見下ろし、床に降り立って背丈ほどある遠藤の作品に対峙するのは心地よい体験だった。

 秋山さんが急に亡くなられたことは残念でならない。しかし人はいつか死ぬ。残された者はただそれを嘆き悼み、そして別れを受け入れるしかできない。メモの最後の言葉、「最後迄作家に育てられたオーナーとして一生を閉じられること幸せです」とは秋山さんの本心だろう。私は秋山さんが2002年に日本橋画廊を閉じるまで10年間ほど毎週通い、現代美術の最前線を教えられた。千駄ヶ谷に移ってからは熱心な客ではなかったが、ここが現代美術の最も重要な画廊であることは疑ったことがなかった。秋山田津子さん、長い間ありがとうございました。

2019-01-24

[]うしお画廊の大沢昌助展を見る



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 東京銀座のうしお画廊で大沢昌助展が開かれている(2月2日まで)。息子の大沢泰夫さんがコメントしている。

父、大沢昌助の長い画歴上の主要な作品は主に練馬区立美術館に所蔵されているのですが、私の所に残っていた晩年の油彩画の大作十数点を、昨年世田谷美術館に望まれて寄附しました。特に気に入っている作品数点が手許に残っています。今回牛尾さんにお願いして、それらの作品に水彩や版画等の小品を加えて展示し鑑賞することにしました。興味をお持ちの方、おつきあい下さい。

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 私もとても気に入った作品があったが、撮影を失敗しピンボケになってしまった。でもとても良い作品なので掲載したい。この斜めの白いストライプは絵具の塗り残しで描かれている、

 なお、2月2日から2月10日まで、武蔵小金井ギャラリーブロッケンでも大沢昌助展が開かれる。こちらには美校(現芸大)時代から終戦前後までの旧作を展示するという。

     ・

大沢昌助展

2019年1月23日(水)−2月2日(土)

11:30−19:30(最終日17:00まで)会期中無休

     ・

うしお画廊

東京都中央区銀座7-11-6 イソノビル3F

電話03-3571-9701

http://www.ushiogaro.com

     ・

ギャラリーブロッケン

東京都小金井市本町3−4−35

電話042-381-2723

http://gallerybrocken.com

2019-01-23

[]eitoeikoのながさわたかひろ展「オレ新聞 完全版」を見る



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 東京神楽坂ギャラリーeitoeikoでながさわたかひろ展「オレ新聞 完全版」が開かれている(2月2日まで)。ながさわは1972年山形県生まれ、2000年に武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻版画コースを修了している。2010年にart data bankで初個展、その後養清堂画廊、ギャルリー東京ユマニテなどで個展を開き、2010年からは神楽坂のeitoeikoで個展を繰り返している。

 ながさわはヤクルトスワローズの選手や試合を描いてきたが、最近はサッカーや相撲、漫才などにも舞台を広げてきている。今回のタイトルの「オレ新聞」とは、

プロ野球を描き始めておよそ10年にもなると、個展に来られるのはプロ野球ファンの方々ばかり。いつしか「自称・選手としてプロ野球を描く変わった人」としてしか見られなくなってしまいました。このままでは美術家という肩書さえも“自称”になってしまいそうです。こりゃマズい。一度、取り組み方を見直さなくては。そんな思いから日々起こるニュースを描き始めました。

 題して、〈オレ新聞〉です。

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 なるほど、小池知事の姿も見られる。ざっと300枚は展示されているようだ。山形アートフェアに参加したことから山形事物が描かれ、ここeitoeikoの他の作家の個展も描かれている。当然eitoeikoの画廊主の癸生川さんもモデルになっている。じっくり見始めたら1時間では終わらない。とても楽しい空間になっているのだ。

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ながさわたかひろ展「オレ新聞 完全版」

2019年1月12日(土)−2月2日(土)

12:00−19:00(会期中 月曜休廊)

     ・

Eitoeiko

東京都新宿区矢来町32-2

電話03-6873-3830

http://www.eitoeiko.com

神楽坂の矢来公園すぐ近く

2019-01-22

[]森山徹『モノに心はあるのか』を読む



 森山徹『モノに心はあるのか』(新潮選書)を読む。森山は以前『ダンゴムシに心はあるのか』(PHPサイエンス・ワールド新書)でダンゴムシにも心があると主張していた。本書ではさらに進んで石ころにも心があるとびっくりすることを書いている。

 森山は心とは「ヒトにおける知・情・意に代表される精神作用のもと」として広く受け入れられてきた。そして、この精神作用の本質を「個性を生み出す仕組み」として、心がヒトだけでなく、動物にも備わる可能性を指摘する。そこから、

……ヒトや動物が備える「行動決定機構の集合体」のうち、個体に行動を発現させている顕在行動決定機構以外の、活動を自律的に抑制している機構の集合体である「潜在行動決定機構群」が、発現中の行動を質的に修飾する可能性があること、すなわち、「行動に個性を与えうること」を導きました。このような考察から、私は、「潜在行動決定機構が心の実体である」と提唱したのです。

 ところで、私は、以前、拙著『オオグソクムシの謎』の中で、心の実体は「隠れた活動体」であると提唱しました。……

 潜在行動決定機構とは、決定されて顕在化した行動の前に複数の不確かな行動決定機構があり、顕在した同じ行動の陰には様々な行動決定機構があって、それが個体の個性だという。これが心の実体だという。

 さらに石器職人は石の割り方を通して、どこを打てば石が割れるか知っている。石は職人が制御して割れるのではなく、石の隠れた活動体によって割れるのだ、すなわち石にも心があるのだと。

 動物=虫の心も、モノ=石の心もおよそ認められるものではない。これは森山の心の定義に問題があるのだろう。もし心の実体はC(炭素)だと定義すれば石炭にも心があることになる。

 私は『ダンゴムシに心はあるのか』を紹介したとき、

……人間の心を考えた場合、まず意識がある。その下位に無意識がある。さらに下位に内蔵の認知がある。内蔵の認知というのは、食べ物が胃袋に入ったときに消化すべき食べ物だとして消化活動をする胃袋を考えることができる。また黴菌が入ってきたときの白血球の対応を考えてもいい。胃袋も白血球も認知をしているだろう。しかし胃袋も白血球も心を持つとは言わない。

 下等動物の反応は内臓の認知に似ているのではないか。単に先験的にプログラムされたものなのだ。それは決して心の反応というものではない。内臓の認知が発達してそれが無意識にまで進化し、さらに進化して意識を作るのではないか。

 と書いた。モノにも下等動物にも心はないだろう。だが、高等動物、少なくとも犬や猫には心があるのだが。