mmpoloの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-05-24

[]ギャラリーなつかの豊泉綾乃のドローイングが良い



 東京京橋ギャラリーなつかで、「そこからの景色」と題した豊泉綾乃と西山ひろみの2人展が開かれている(6月4日まで)。ここでは豊泉を紹介したい。豊泉は1981年埼玉県生まれ、武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻版画コースを修了している。2014年には吉野石膏美術振興財団の在外研修員としてインドに滞在した。2006年に松明堂ギャラリーで初個展、その後ギャラリーなつかでの4回の個展を含め数回の個展を開いている。大学で学んだ版画の展示が多いが、6年前のなつかでの個展は水彩絵具を使ったドローイングで、それがとても良かった。今回は版画と水彩のドローイングを展示している。

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 水彩で描いた墨絵のような作品がタイの風景を思わせた。豊泉に訊くとやはりタイの風景だった。大きな木に覆われたようなレストランを描いているという。なるほど古い寺院をガジュマルの大木が覆い尽くしたようなタイの写真を連想したのも的外れではなかった。同じような風景を描いた縦長の作品も同一の木と建物を違う角度から描いている。これらがとても素晴らしかった。

 ほかの同じ様な風景を描いたドローイングの小品と版画作品が展示されていた。

 豊泉が奥からパンフレットを取り出して見せてくれた。インドに滞在している間に描いたインド人の人物像だ。水彩や銅版画だ。これも素晴らしかった。これらの人物画はまだちゃんと発表していないという。どうして発表しないのか? これは過去の作品で、今制作している仕事に興味があるから。本当にもったいない、ぜひ発表すべきだ。


ギャラリーなつかの豊泉綾乃展が良い(2010年7月28日)

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「そこからの景色」豊泉綾乃・西山ひろみ

2016年5月23日(月)〜6月4日(土)

11:00−18:30(土曜日17:00まで)日曜休廊

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ギャラリーなつか

東京都中央区京橋3-4-2 フォーチュンビル1階

電話03-6265-1889

http://homepage2.nifty.com/gallery-natsuka/

2016-05-23

[]東京国立近代美術館安田靫彦展を見て



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 東京国立近代美術館安田靫彦展が開かれた(5月15日まで)。私は最終日の2日前に見に行った。さすが入場者は多かった。安田靫彦展ちらしのテキストから、

《飛鳥の春の額田王》、《黄瀬川陣》など、歴史上の人物や場面を描いた名作の数々で知られる日本画家安田靫彦(1884−1978)。東京日本橋に生まれ、日本美術院の再興に参画し、中核のひとりとして活躍しました。「美しい線」、「澄んだ色彩」、「無駄のない構図」……。日本画に対して誰もが抱くこのようなイメージは、すべて靫彦が作ったといっても過言ではありません。また、生涯かけて歴史画に取り組み、誰も描かなかった主題にゆるぎないかたちを与え、古典の香り豊かに表現したことも特筆されます。(後略)

 会場に入ってすぐに靫彦の年譜が掲載されている。靫彦は小堀鞆音に師事したとある。そうか、鞆音の弟子だったのか! 鞆音はまた小山田二郎の師でもある。日本画の巨匠鞆音は同じく日本画の巨匠靫彦の師であり、同時に特異な洋画家小山田二郎の師でもあったのか。そして鞆音は現在活躍中の洋画家小堀令子の祖父である。小堀令子は小山田二郎の最後の伴侶だった。

 さて、安田靫彦の40年ぶりという回顧展を見る。「黄瀬川陣」は平家追討の兵を挙げた頼朝のもとに馳せ参じた義経を描く。あるいはたおやかな額田王、荒々しいとは真逆の瑞々しい青年の風神雷神図。なるほど、現代日本画のある種の手本を作っている。巧みな線、洗練された色彩、心地よい作図、見る者を穏やかな気持ちにさせる。日本画の巨匠と呼ばれる画家に共通する特長だろう。ファンが多いのが頷ける。

 しかしながら私には、靫彦を素直に楽しむことができない。たとえば、セザンヌの「マンシーの橋」を見るときのように、無条件に色彩に淫する喜びが感じられない。同じくセザンヌの「りんごとオレンジのある静物画」を見るときの深い驚きや、マチスから受ける色彩の圧倒! アンゼルム・キーファーの造形と絡み合った強い思想姓、吉仲太造の晩年の静謐な美、90年代の野見山暁治の見事な達成、それらと比較したときの靫彦の物足りなさをどうすることもできない。それはひとり靫彦に限らず、日本画そのものの物足りなさとも思われるのだ。

 このとき、会田誠日本画論を思い出す。会田は『美しすぎる少女の乳房はなぜ大理石でできていないのか』(幻冬舎文庫)で書く。

 明治・大正・昭和初期の頃の日本画は、何となくラファエル前派に一部似ている気がします。反時代という意識をしっかり持った保守性、飽くなき細密描写に代表される画家同士の切磋琢磨、花と女性を偏愛する唯美的感性、少し通俗的な古典文学趣味、そして軽くて薄い画面……やはり両者とも、作品によっては〈偉大〉の域まで高められたイラスト、という気がします。

 会田は菱田春草の画集を見るのが好きという。そして春草の「落葉」について清澄な境地と言い、ついで次のように続けている。

「これはほとんど日本の、明治の、あの社会システムの〈良心〉が絵になったような絵じゃないか……」。そんな言葉がふと口をついて出ます。明らかにこの時初めて〈日本画〉がこの世に誕生しました。そして盟友横山大観を含めて、この後誰がこの『落葉』を超ええたでしょう。だから僕の最も乱暴な日本画論はこうなります――日本画は『落葉』に始まり、『落葉』に終わった――。ページをめくるとアンコールの小曲『黒き猫』があり、その悲しい調べを残して突然幕が下がります。

 もちろん、こんな生意気なことを言えるのも、安田靫彦展を見ることができたためだ。そういう意味で大変有意義な企画だったと思う。

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安田靫彦

2016年3月23日(水)〜5月15日(日)

東京国立近代美術館

電話03−5777−8600(ハローダイヤル)

http://www.momat.go.jp/


2016-05-22

[]府中市美術館の若林奮の彫刻作品《地下のデイジー



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 府中市美術館の前庭に鉄の彫刻作品が設置されている。そばに金属のプレートが付随していて、そこに下記のように書かれている。

地下のデイジー


若林奮


DAISY UNDERGROUND

WAKABAYASHI ISAMU


2002(平成14)年  鉄  120×120×312.5cm


デイジーDaisy」とは「ひなぎく」のこと。野生の花の可憐さと、植物としての力強い生命感を表現した若林奮のシリーズの一つです。

 この鉄の正方形は、地下深くまで埋められた彫刻作品です。1枚72kg、厚さ2.5センチの鉄板が約120枚も積み重ねられて層になり、約3メートルの深さにまで及んでいます。鉄板の層は多摩武蔵野地区に暮らした人々の時間と記憶を表現し、地下の関東ローム層の地面や樹木の年輪などの「自然」の時間層と対応するものです。埋められた彫刻の時間を想像することで、地域の歴史や記憶と自然の姿が浮かび上がってきます。

 厚さ2.5センチの鉄板が約120枚積み重ねられている。地上部には3枚の鉄板が顔を出している。作品のタイトルを《地下のデイジー》という。これについて、美術館で用意された「彫刻ガイド」に次のように説明されている。

……デイジー、すなわち雛菊はキク科の植物で、春から秋にかけて10センチほどの茎の頭に花びらを開かせます。《地下のデイジー》の8センチほどの地上部には、円状に12個の穴が開けられていて、デイジーの花弁のようにも見えます。これらの穴は、上から4枚目、ちょうど地表と同じレベルにある120センチ四方の鉄板まで貫通していて、雨水はそこから地中に抜けるようになっています。また鉄は、酸化して錆びる性質を持っており、呼吸しているとも捉えることができます。《地下のデイジー》も、植物のデイジーのように、雨水を吸い、大気を吸って生きているかのようです。

 《地下のデイジー》は、私たちの想像力に働きかけて、植物と大気、土地のエネルギーや記憶を引き出す、ひとつの装置とも見えてこないでしょうか。

 府中市美術館へ行ったら、ぜひこの《地下のデイジー》を見てほしい。

2016-05-21

[]伊東光晴ガルブレイス』を読む



 伊東光晴ガルブレイス』(岩波新書)を読む。副題が「アメリカ資本主義との格闘」。普段ほとんど経済に関する本を読まないのに、読売新聞書評2016年4月24日)で政治学者の牧原出が推薦していたので手に取った。その書評から、

 『ゆたかな社会』『新しい産業国家』『不確実性の時代』など、多作でベストセラーも多いアメリカ経済学者ガルブレイスは、20世紀を代表する知性の一人でもある。著者は、日本経済の現状と政府の政策について鋭い批判を放ってきた論客経済学者。大病から生還した後、不自由な体を押して書き上げた。「歴史に残る瞬間に身を置く」ことの意味を問う冒頭の一文から気迫がみなぎる。研究と現状批判の集大成である。

(中略)

 本書は、旧著『ケインズ』『シュンペーター』とともに3部作をなす。3人の理論は、戦後日本の経済学者の政治的役割に投影された。敗戦後に経済安定本部の次官待遇として経済復興政策を推進し、ケインズを咀嚼・総合したサミュエルソンを紹介した都留重人賃金2倍論を唱え、経済審議会総合策部会長として国民所得倍増計画を政府に提案した中山伊知郎。彼らをケインズ、シュンペーターに重ねてみる。バブル経済崩壊からアベノミクスまで、政府の経済政策を指弾し続けた著者の生き様は、やはりガルブレイスだ。経済学者群像は、資本主義の発達史であり、そのまま戦後日本の政治史でもある。3部作を読み通すと、20世紀の世界と日本が浮かび上がる。そこで著者は問いかける。何をなすべきか、と。重いメッセージである。

 本書のカバー袖の惹句に特徴が簡潔に表現されている。

ケインズによってイギリス論を、シュンペーターをかりてドイツ社会を論じてきた社会経済思想史研究3部作の完結編。

 経済に関する本を読んでこんなに面白かったのは、森嶋通夫の自伝3部作以来だ。伊東光晴ガルブレイス経済学を実にわかりやすく解説してくれる。最初にアメリカの社会と思想、経済学を概観し、ついでガルブレイスの半生を綴る。その後、彼の代表的著書『アメリカ資本主義』『ゆたかな社会』『新しい産業国家』『経済学と公共目的』『大恐慌』をていねいに紹介している。そんな小難しいように思える内容がとても刺激的で面白かった。経済に関してほとんど無知な私が、なんだか分かったような気になったほどだ。

 40年前に読んだ伊東の『ケインズ』やガルブレイスの『ゆたかな社会』を読み直してみよう。


2016-05-19

[]ギャラリー砂翁の及川伸一展「consistency」を見る



 東京日本橋三越前ギャラリー砂翁で及川伸一展「consistency」が開かれている(5月27日まで)。及川は1949年東京生まれ。1980年から1992年まで独立美術に出品していたが、1992年からは個展を主な発表の場所としている。これまでギャラリー汲美、ギャラリーテムズ、ギャラリーゴトウ、ギャラリー砂翁&トモス、Shonandai My ギャラリーなどで発表してきた。

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 及川は無彩色の作品が多く、あまり派手な色彩は使ってこなかった。今回、強い赤が使われていて少し驚いた。聞けば、最近なくなった高橋氏への追悼なのだという。高橋氏は絵画のコレクターで、及川の作品もたくさんコレクションしていた。高橋氏は激しい強い色が好きだった。高橋氏追悼の意味で普段あまり使ってこなかった激しい色を使ったという。

 色彩のほかにも、明確な形が現れているような印象を持った。及川が変化しつつあるのだろうか。

 画廊の片隅にはテーブルが置かれ、その上に小品が並べられている。地下のアートショップTOMOS Bにも小品が展示されている。及川の1年半ぶりの力のこもった個展を見てほしい。

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及川伸一展「consistency」

2016年5月17日(火)→5月27日(金)

11:00〜18:00(最終日17:00まで)日曜休み

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ギャラリー砂翁

東京都中央区日本橋本町1-3-1渡辺ビル

電話03-3271-6693

http://www.saohtomos.com/