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2016-08-29

[]鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄』を読む



 鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄』(朝日新聞出版)を読む。朝日紙新聞出版のPR誌『一冊の本』に連載していたもの。徹底して小林秀雄批判をしている本。鹿島は亡くなった丸谷才一と親しく、丸谷の小林批判を引き継いでいる印象もあるが、鹿島の方が論理的かつ体系的に批判している。

 「ドーダ」というのは虚栄であり、ドーダ、俺はこんなにすごいんだ、といばることを言っていて、小林は「ドーダのデパート」であると断定している。わざとわかりにくい単語や文章を並べ、論理も紛糾させることで読者を煙にまいている。そう言われると小林秀雄に当てはまることが多い。

 初期の論文「アシルと亀の子」でも、ギリシア神話アキレウスローマ神話アキレス)をアシルとフランス語読みして煙にまいている。ゼノンパラドックスアキレスと亀」のことなのに。

 小林秀雄といえば、ランボーの『地獄の季節』の翻訳者であることが名高い。私も若年の頃読んで深く影響を受けた。その翻訳に対して誤訳であることや不正確なことを指摘する。特に篠沢秀夫小林秀雄批判を引用して、

「小林訳及びその修正訳である鈴木信太郎小林秀雄訳の最大の問題点は、原文の語りの口調の変化を認識していないことにあるのが感じられた。逆に言えば、『地獄での一季節』の最大の特徴は語り口がひらりひらりと変わる点にある。またボシュエの説教を思わせる信仰の炎のように語るかと思うと、卑語をまじえて教会を嘲笑う。小屋掛けの見世物の呼び込みの口調でたたみかけているうちに、ありがたそうな神父様の口真似に変わり、自嘲し、真剣に絶望し。また希望に燃え、甘え、わがままを言う。つまりキリスト教は肉となり心に食い入った存在であり、それと戦うのは内なる自分と争うに等しいのだ。その心の揺れが極端から極端へ走る言語表現の転換に現われている」

 それがフランス語をやっとマスターした当時の小林には理解できなかったのだという。だから小林は、「俺は俺は」と、一本調子に訳してしまっているのだと。

 鹿島は小林の訳よりも中原中也の訳文の方を高く評価している。そのことを宇佐美斉を引いて、

「一人称の主語代名詞を、小林のように『俺』一辺倒で押し通すのではなく、『私』『小生』『俺』などと、場面と状況に応じて訳し分けているところにも、中原の自在な対応が見てとれよう」

 小林秀雄長谷川泰子の関係の分析はおもしろかった。小林は長谷川を中原中也から奪っている。しかし小林と長谷川の関係もうまくゆかなくて、ある日小林は長谷川のもとから逃げ出している。鹿島は泰子が真正M女だといい、小林がS男になれなかったのが別れる原因だったと、驚くべきことを説得力を持って展開している。

 雑誌連載のせいか、構成があっちこっち跳んでいるような印象を受ける。ただ鹿島の小林批判は真っ当なものだと思う。もう一度どこかで書き下ろしで同じテーマを書いてくれるといいのに。


2016-08-28

[]ジャン・ジオノ『丘』を読む



 ジャン・ジオノ/山本省・訳『丘』(岩波文庫)を読む。ジオノ(1895−1970)はフランスの作家。生涯オート=プロヴァンスで過ごし、その土地を舞台に小説を書いていた。処女作の『丘』がアンドレ・ジッドの賞賛を受けたという。

 日本では昭和11年に最初の訳が出版されたが、2012年、岩波文庫から新訳が刊行された。その頃、管啓次郎読売新聞書評を書いている(2012年4月22日)。書評を読んですぐに買ったが、今日まで読まないで本棚に差してあった。その書評から、

 オート=プロヴァンスと呼ばれる南フランス内陸部は乾燥した風が吹きすさぶ高原で、その荒涼とした風土に人々は押し潰されるようにして生きてきた。その故郷のマノスクをほとんど出ることなく生涯を送った小説家ジャン・ジオノは、アメリカでいえばフォークナーにも匹敵する大作家だが、日本ではまだまだ読まれていない。(中略)

 わずか4軒からなる孤立した集落が舞台だ。老人ジャネが、そこで死の床についている。一方、水の少ないこの土地で泉が枯れ、動物用の水を飲んだ女の子が高熱を発する。凶事はそれに留まらず、激しい山火事が襲う。住民たちはこうしたすべてを丘の、土地そのものの、悪意であると考える。すると彼らの目には、自然力の世界とどこかで通じている言動がかねて多かった老人が、どうにも怪しい存在だと見えてきた。やつが災いを招いているのだ。生きてゆくためには、老人を殺すしかない。(中略)

 圧倒的な、驚くべき散文世界だ。人間世界がすべてと思いがちなわれわれの想像力を、地表へと、原点へと、引き戻してくれる。人はいつも土地を畏れ「動物たちや植物たちや石などに潜んでいる偉大な力」を敬いつつ生きてきたのだ。この上なく新鮮な読後感だった。

 フォークナーにも匹敵すると書かれれば読まねばなるまい。で読んで見たのだが、フォークナー云々は過大評価だった。フォークナーに見られる土俗性と絡み合った象徴性はジオノには見られない。素朴とはいえないが、それでも田園小説に分類されるだろう。そのままの田園に郷愁を覚えるには、もしかしたら昭和初期くらいまで戻らなければならないかもしれない。

 どうも私は管啓次郎評価とは相性が悪いような印象がある。池上冬樹書評ほどには違和感がないが。


丘 (岩波文庫)

丘 (岩波文庫)

2016-08-27

[]H.G.ウェルズ宇宙戦争』を初めて読む



 H.G.ウェルズ宇宙戦争』(ハヤカワ文庫)を読む。SFの古典中の古典作品だが、今回初めて読んだ。オーソン・ウェルズラジオ・ドラマ化して、アメリカ社会をパニックに陥れた「火星人襲来」の原作でもある。宇宙人が地球に攻め込んで来るという侵略もののはしり。

 発表されたのが1898年、もう120年近く前になる。そのことがほとんど信じられないくらいの完成度の高さだ。蛸みたいな火星人のイメージはウェルズのこの作品から始まったらしい。宇宙人の侵略ものというSFのひとつのジャンルを確立した作品だ。ウェルズの才能驚くべし!

 ウェルズといえば、大昔読んだ『タイムマシン』の衝撃はまだ忘れない。この『タイムマシン』では、イギリス階級社会を未来に押し進めて、地上に暮らす上流階級と地下に住む労働者階級に別々に進化した人間の未来を描いていた。想像する社会とは違い、上流階級は地下からの物資に頼るだけの何もしない生活。たしか精神的にずいぶん退化しちゃってるんではなかったか。地下の住民はそれに対して充実した生活を送っている印象がある。とはいえ、もう50年は前の読書の記憶だ。

 『宇宙戦争』に戻ると、さすがに宇宙ものとしてはいかにも古びてしまっている。火星人に襲われるシーンはよく書きこんであって悪くはないけれど、その火星人が自滅していくところは書き急いでいるのか、簡単に済ませてしまっている感が強い。

 古典的SFとして一度は読んでおいた方がよいかもしれないが、そのような留保をつけないと読むのがつらいかもしれない。


宇宙戦争 (ハヤカワ文庫SF)

宇宙戦争 (ハヤカワ文庫SF)

2016-08-26

[]倉本一宏『蘇我氏』を読む



 倉本一宏『蘇我氏』(中公新書)を読む。副題が「古代豪族の興亡」となっている。継体天皇の次に立った欽明天皇の時代頃、蘇我稲目が登場、欽明王権を支えることで権力を握った。欽明に娘を嫁がせ、そこに生まれた用明天皇崇峻天皇、推古天皇外戚となることで倭王権の実力者となる。

 稲目の死後蘇我馬子が後を継ぐ。馬子は崇峻を殺害し、推古が即位する。そののち馬子は50年もの間政権を担い、76歳で亡くなった。次いで推古天皇が亡くなり、馬子の後を継いだ蘇我蝦夷が次期天皇の選定に関わったが会議は混迷する。ようやく舒明が即位する。そしてその後を継いだのは皇極天皇だった。この頃蝦夷の息子の入鹿が活躍しはじめる。

 入鹿は次の天皇に古人大兄王子の擁立を企むが、中臣鎌足が葛城王子(中大兄王子)と組んで、入鹿を誅殺する。蝦夷も自尽する。こうして蘇我氏は亡んだとなっているのが一般的な歴史理解だと倉本は書き、しかし実際は亡んだのは蘇我の本宗家だけであって、一族はその後も政権内部で存続していたということを主張しているのが本書だ。

 蝦夷の弟の倉麻呂の子、石川麻呂が政権内部で重用され、その子孫に持統天皇や元明天皇元正天皇聖武天皇が出ている。しかし天皇に選ばれたのはここまでで、入鹿を殺した鎌足藤原氏として、蘇我氏の地位を自分のものとして、以後平安時代までとりしきることになる。

 倉本は本書の半分を使って、蘇我氏一族のその後を実にていねいに調べ上げる。時代を経るとともに蘇我一族の地位は下がる一方となる。名も蘇我から石川、田口、桜井、小治田、川辺、岸田、御炊などと広がっている。ようやく9世紀になって、石川が宗岳(ソガ)氏へ改姓している。宗岳は後世訓読みしてムネオカと読むようになり、宗岡、宗丘などの字も充てられるようになる。

 実に細かく蘇我氏の没落の行方を調べている。ただ専門家はともかく、一般読者としてはあまり興味深く読むことができなかった。

 

2016-08-25

[]ギャラリー・オカベの番留京子展「Lovely Wonderland」を見る



 東京銀座ギャラリー・オカベで番留京子展「Lovely Wonderland」が開かれている(9月3日まで)。番留は富山県生まれ。1985年、創形美術学校を卒業している。1986年、ギャラリー青山で初個展。以来多くのギャラリーで個展を開いてきたが、最近はギャラリー・オカベで定期的に開催している。また国内外の版画展に参加し何度も授賞している。長く千葉県に住んでいたが、1992年より和歌山県熊野在住。今回の個展が49回目とのこと、生まれた年から毎年個展をしていれば今年49歳ということになるが、女性の年齢は分からない。

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 番留は木版画を制作している。今回のメーン作品は左右5mを超える6枚のパネルを使った「日本五百名山」、五百羅漢百名山を掛けているという。

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 突き当たりの壁には「大輪向日葵」、これは版木そのものが作品で刷る予定はないとのこと。

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 番留はダイナミックな形態と鮮やかな色彩が特徴で、その作品は一度見たら忘れられない。今回もほぼ2週間の会期で、日曜を除いて来週一杯まで開かれている。番留のダイナミックな世界を体験してほしい。

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番留京子展「Lovely Wonderland」

2016年8月23日(火)−9月3日(土)

11:00−18:30(最終日17:00まで)日曜日休廊

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ギャラリー・オカベ

東京都中央区銀座4-4-5

電話03-3561-1740

http://www.galleryokabe.co.jp

銀座4丁目交差点の和光の裏手