ビッグ・リボウスキ(と、ほんのちょっとだけバーバー)

コーエン兄弟作品制覇の旅もついに10本目。最高傑作との呼び声高い「ファーゴ」に次ぐ98年の作品。レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説のような映画を、というコンセプトのもと制作されたそうな。ちなみにタイトルの「ビッグ・リボウスキ(The Big Lebowski)」は、チャンドラーの「大いなる眠り(The Big Sleep)」のもじり。

ロサンゼルスに住む、元反戦運動家にして現ボウリング好きのダメ男、ジェフリー・リボウスキ(通称デュード)は、ある日同姓同名の富豪と間違われたことから、誘拐事件に巻き込まれる――


「ファーゴ」で成功を収めたことで自由な作品制作が可能になったのか、なんとも濃厚な映画に仕上がっているなあ、と思う。コーエン兄弟作品というと、細部まですべてがきっちり整っていて端正で、故に逸脱には欠ける印象があったのだが、本作は緻密に計算して作られていながら、どこかきれいな枠からははみ出す歪さがあって、「彼ららしさ」がある意味過剰なまでに滲み出ているように感じる。彼ら独特のまったりした、しかしとっても不思議な空気が底のほうでうねって奇妙なグルーヴを生んでいるような。というか、これ想像以上に変な映画だったよ!カルト的人気作と言われるのも大いに頷けるし、傑作・代表作とされる作品の後にこういう作品を撮る作家は好きだ。

「彼ららしさ」が集約しているのは、やはりボーリングのシーン。主演のジェフ・ブリッジスの他に、ジョン・グッドマンスティーヴ・ブシェミジョン・タトゥーロといったコーエン兄弟組の俳優たちが登場する。彼らが演じるキャラクターたちは、コーエン兄弟が最初から彼らに演じてもらうつもりであてがきしたものなのだそう。ここに集うのは、ロサンゼルスのボーリング愛好家で(それはつまり「庶民」ということ)、一風変わった個性的な人々。まず主人公のデュードからして、元反戦運動家だ。他にもベトナム帰りでユダヤ教に改宗した男(二言目には「俺はベトナム帰りだぞ!」(笑))や自分はゲイだと告白して住宅街をまわった男など。そんなユニークな人々を描くことで、コーエン兄弟はロサンゼルスの街を魅力的に描き出す。ボーリング場がロサンゼルスの庶民階層の一つの縮図になっているのだ。

ラストがコーエン兄弟にしては少し饒舌にすぎるかなと思ったのだけれど、ここで語り手(唐突な登場だよね、これ)が「デュードはいつだって俺たち罪人の味方だ」と言っているのが印象的。これはコーエン兄弟が、人間というものは基本的に罪を背負った存在で、愚かで滑稽だという認識を持っていることを表していると思う。愚かで滑稽。だからこそ人間はおもしろく、それを笑い飛ばして生きていかないでどうするというのが、彼らの基本姿勢ではないだろうか。コーエン兄弟が人間の奇妙な部分を執拗なまでに追究し、それを必ず笑いに変えてみせるのは、そのためなのだと思う。そして、彼らがタトゥーロやブシェミといった個性的な顔の俳優を好むのは(更に彼らが撮るとあのジョージ・クルーニーも奇妙な顔になる)、そうした俳優たちが人間の奇妙なおもしろさをその顔でもって体現しているからなのだろう。だからコーエン兄弟組が揃い踏みする本作のボーリングのシーンはコーエン兄弟にとっての「人間らしさ」が形となった場面であると言えると思う。

更にボーリングのシーンに関して言えば、考え抜かれたカット割りが実にコーエン兄弟らしくて素晴らしい。タトゥーロ演じるジーザスがストライクを撮る場面は、どうしてもジーザスのインパクトが強すぎるのでそちらに目がいってしまうけれど、通気孔に手をかざして乾かし、ボールを構え、助走から投球、転がるボール、そして一斉に倒れるピン、という一連の流れの美しさと緻密さはやはり彼らだからこそのものだ。

その他、これぞコーエン兄弟!なシュールな笑いがあり、フィリップ・マーロウ的な役割を90年代のダメ男で再構築したおもしろさがあり、粋な音楽がありで、コーエン兄弟ファンならばほぼ必ず楽しめる一作だと、私が今さら言う必要もないが、素直にそう思う。上記した俳優以外のキャストも豪華で、ジュリアン・ムーアフィリップ・シーモア・ホフマンはやはり抜群にうまい。そして何気にレッチリのフリーが出演していたり(どこかで見た顔だと思ったら!)もするので、ぜひあのすきっ歯を探してみてくだされ。

そして続けて「バーバー」も観たのだが、これオリジナルがモノクロなのに間違えてカラー版をレンタルして、そちらを観てしまった。カラー版も光と影のバランスが絶妙でたいへん美しかったのだけれど、主人公の床屋(=バーバー)がいつも白い仕事着を着ていて、それが何か象徴的な意味を持っている気がするので、だとするならばやはり白がよりはっきりと引き立つモノクロで観るべきだし、今回はかるーく雑感を書くに留めて、改めてオリジナルをちゃんと観たいと思う。

シュールなブラックコメディのイメージが強いコーエン兄弟のハードボイルドサイド。ある無口な床屋の目線から硬質な筆致で描かれる人生というものの不思議さや可笑しさや哀しさ。主人公の床屋はどこか世を達観しているようで、感情を荒立てたりすることがなく、他のコーエン兄弟作品に登場するような、落ち着きがなかったり、目先の利益を追いかけて泥沼にはまったりする滑稽なキャラクターからは一線を画しているように見える。そうした落ち着きはらった世の中の見方や、原題が「The Man Who Wasn't There=そこにいなかった男」であること、彼の仕事着が白であることなどから、彼は人間ではないような気がしてしまったりもして(これは単に考えすぎだと思うんだけれど)、お話そのものが浮世離れした、一種の寓話として見るべきものなのだろうなあと思う。

主演のビリー・ボブ・ソーントンの声がたいへん渋くて、煙草をふかす姿が素晴らしくきまってる。コーエン兄弟はハードボイルド寄りの作品を撮るときは必ず声と煙草をふかす様がかっこいい俳優を起用するよね。

バーバー [DVD]

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