2013-05-01 レインボープライドに参加する教育委員を支持する
その氏がセクシャルマイノリティーのお祭であるレインボープライドに参加したことの意義は限りなく大きい。
「東京都」=「石原→猪瀬の知事継承」= 保守的 =都知事に選ばれた教育委員も保守的 = セクシャルマイノリティーに差別的
というステレオタイプな図式を崩しただけでも大したものだ。
私は、学校教育において「男らしさ」「女らしさ」をすべて否定する教条的な「男女共同参画」論者には批判的だが、「多様性の受容」については大賛成である。
学校の先生と付き合いのある方は、あるいは実感しているかもしれないが、彼らは上辺では「男女平等論者」だが、その実、強烈にジェンダー意識に縛られている。そして、だからこそ上辺だけの「男女平等」や「男女共同参画」を声高に叫ぶのだ。
でも、セクシャル面に限らず「多様性の受容」とは、そんな教条的な話ではない。
国際人になるための最もシンプルの方法は、一人でも良いから外国人の友人を持つことだという話を聞いたことがある。
セクシャルマイノリティーの問題もこれと同じだ。一人でもセクシャルマイノリティーの友人を持つことは、どんな綺麗事を聞くよりも大切なことだと思う。
2013-03-23 空気による支配からルールによる規律へ
教育界に激震が走る大事件である。
それは、「国歌斉唱をチェックした校長」「校長研修のほとんどを無断欠席した校長」が教育長になる、などという卑小な問題ではない。
すでに新聞でも報道されているように中原氏は
「国歌斉唱時の起立は確認できるが斉唱は確認できない、どうすれば良いか」と教育委員会に指示を仰ぎ
その指示に従って対応しただけである。
「公務と研修がかぶった場合はどうすればよいか」と教育委員会に確認し、
「どちらを優先するかは校長としてのご自身の判断でよい」「連絡は不要」という了解の下
ご自身の判断に基づいて行動しただけである。
ルール上、中原氏の行動はパーフェクトに正しい。
しかし、教育界の(いや、たぶん役所でも企業でも)空気として、この行動は「なし」である。
私は、それでも中原教育長の就任を心から歓迎する。
それは、なんとなくの「空気」に従うのではなく、あらかじめ定められたルールに則って行動する限り
誰からも非難されない。そして、ルールに反する行為は、たとえ「空気」が許しても罰せられるという
まさに法治国家への転換こそが、グローバル化するこれからの日本に、とりわけ教育界にもっとも必要
なことだからだ。
いじめも体罰も「空気」の中で許され、加害者は何のお咎めも受けてこなかった。
だが、これからはルールに従って罰せられる、いやそうならなければならない。
それこそが私は教育の正常化なのだと思う。
しかし、この日本において「空気」と戦うことは、もっとも困難な闘いである。
中原氏の前には、恐ろしいほどの苦難が待ち構えていることだろう。
違和感
>いじめも体罰も「空気」の中で許され、加害者は何のお咎めも受けてこなかった。
>だが、これからはルールに従って罰せられる、いやそうならなければならない。
>それこそが私は教育の正常化なのだと思う。
若干趣旨とそれる話で申し訳ないのですが教育にからんだ治外法権は校内だけの問題だと
思われがちですが最近の佐賀県の事例などでいうと学校外で加害生徒による恐喝が
行われたのに教育論で扱われる(扱いたがっていじめと呼称する人がいる)ことを考えると
教育をたてにとりさえすれば徹底的に法律やルールを除外できると考える人達が存在することに恐怖を覚えます。
校外にまで自分たちの論理を適用するのであれば生徒が校外で起こしたありとあらゆる犯罪の責任も
追わなければならないはずですがそれはしない。
世の中に存在する犯罪者の多くは現行の教育システムの中で罪を犯しても罰されない、
逃げたり正当化する方法はいくらでもあると学んで社会人になったあとでもひどいことを
するようになったのではと疑ってしまいます。
横から失礼いたしました。
個太郎
こんにちは、森口先生。
私は体罰に批判的ですが、体罰以外の、生徒の心と健康を害するものが増えないか心配です。
例えば、下記URLの高校です。宿題や課外授業をとにかく増やし、生徒の自由時間や睡眠時間を減らし、疲弊させるやり方です。
私は体罰を無くすのは賛成ですが、その代わりにこのような高校が増えないか心配です。
「学校での過労死」が起きないかどうかが心配なのです。
http://koledewa.blog57.fc2.com/blog-entry-12.html
た
校長研修ではなく、校長会議である。
校長は校長会議の内容で必要なところは学校に戻ってから職員に伝える必要があり、出席しないのはいかがなものか。
今後、欠席が増えても教育長が指導できない立場になってしまった。
2013-02-14 子どもの命と引き換えに焼け太る人達
大阪市立桜ノ宮高校体育科の生徒が自殺した事件で、暴行を加え続けていた教師が懲戒免職になった。
このことにまったく異存はない。
体罰で教師が懲戒免職になるのは異例だが、子どもに暴行を加える者が口頭注意や訓告で済んでいた今までが異常なのであり、これを先例として暴力教師を学校から一掃してほしいところである。
また、体罰を隠蔽した校長も左遷された。おそらく今後何らかの処分が下されるだろう。
それも当然だ。
さらに付け加えるならば、桜ノ宮高校体育科の募集を停止し、新たに普通科を募集した対応はほぼ完璧に正しい(これについては相当内部事情に詳しくないと理解できないのでここでは述べない。3月1日発売の『正論』に詳述したので、興味のある方は読んでください)。
しかし、新聞の扱いは小さいが、同時に桜ノ宮高校に准校長ポストが新設され、教頭ポストも増設になったことを忘れてはならない。
つまり、教育一家はこの不祥事を奇貨として管理職ポストを2つもせしめた訳だ。
こういう行いを「焼け太り」と呼ぶ。
教育一家の焼け太りは、先の「大津いじめ自殺事件」でも、文部科学省がいじめ対応の教員を増員要求するという形で起きた。
逆風を逆手にして予算増や人員増に繋げるのは、行政マンとしては優秀かもしれないが、人間として最低である。
まして子どもの命が失われたことを利用して焼け太りを企む人間は「地獄に落ちろ」と叫びたくなる(私のような不信心者が「地獄」というのも何ですけど)。
あ
あれ?君言ってることがhttp://d.hatena.ne.jp/moriguchiakira/20120715と矛盾してない?
一読者
自民党の作っているいじめ防止対策基本法案について森口先生は何か意見をお持ちでしょうか。
通りがかり
言うまでもなく、http://d.hatena.ne.jp/moriguchiakira/20120715の主張と、本主張の矛盾はありません。児童生徒の生命よりも、自分らの利益やイデオロギーを優先する汚らしい大人への批判ですね。
大津のいじめ防止条例も、いじめ防止の責任を家庭に押し付けたことにあり、不満足な結果であると思います。いじめ防止条例が有効なものとなるよう、体罰と同じく、いじめの隠蔽やサボタージュへの懲戒の適用も含めた内容とし、安全配慮義務に基づき学校側にいじめ防止を義務化するべきと思います。そんな条例や法案は自民党さんに期待してできるでしょうか。
一読者
弱者救済を目指した法律は今までにも数々制定されてきました。児童虐待防止法、高齢者虐待防止法、ストーカー規制法、DV防止法。それぞれ取締りの対象とする行為の定義が曖昧だったり厳密過ぎたり、あるいは現場レベルの対応や行政レベルでの手続きが難しかったりしながらも、何百人や何千人かの被害者を救ってきました。
いじめ防止対策基本法は前例の至らない点を教訓として活かしたものとなるでしょうか。たとえ何人かでも、いじめ被害者を実際に救ってくれるでしょうか。
2013-01-13 今こそフィンランドに学ぼう
学校や教育委員会がらみのいじめの隠蔽に続いて、体罰の隠蔽が明るみに出ましたが、これは大津市や大阪市だけではありません。氷山の一角であり全国津々浦々で行われていることです。
犯罪の隠蔽という点では根本の部分は同じです。
しかし、一部の人々からは「体罰が無くなったら生徒は益々教師の言うことを聴かなくなり無法地帯になる」といった声が聞こえてきます。
心配はわからないでもありませんが、その理屈は通りません。
体罰は戦前から一貫して違法であり、今回の大阪市立高校では違法行為が蔓延していたのだから、既に無法地帯だったのです。
ただ、学校や教育委員会の事なかれ体質からして、「体罰」が問題になったことをきっかけに、益々指導が甘くなり、弱い生徒にとってより一層住みにくい学校になるという危険性があります。
私は、こういう時こそ教育関係者が大好きなフィンランドを見習うべきだと思います。
彼の国では、
1 相手が生徒であれ教師であれ暴行などで「教育を妨害する学習者」に対して、まずは文書で注意しそれでも言うことを聞かない場合はその者を「学習の場からの離脱」や「出席停止」にする権限が教師や校長に与えられています(日本では懲戒として学習の場から離脱させるという考え方はありませんし、出席停止権限も教育委員会にしかありません)。
2 また、教師や校長は「学習の場からの離脱」せよという指示を無視する学習者を学校の敷地から排除する権限を有しています。
3 さらに、敷地からの排除命令を無視する生徒に対しては反抗の程度に応じて有形力を使用することも認めています。
学校の規律を維持するためや他の生徒を暴力から守るために、学習の場からの離脱を含めた懲戒権限と、それを実行あらしめる有形力の行使権限を、我が国の教師や校長に与えるべきです。
正当な権限を与えないから、
1 違法な教師による暴力=体罰
2 違法な生徒による暴力=いじめと呼ばれる暴行
のどちらか、又は双方がまかり通るのではないでしょうか。
1124英太
森口朗先生
おっしゃることには賛成です。
ただ、他の生徒に危害を加えたり授業等抗議を妨害する生徒を処罰した後の受け入れ皿は複数用意するべきです。
なぜなら、問題児の中には相性の悪いものもあるからです。例えば、発達障害と行為障害、非行少年です。
アスペルガー症候群は騙されやすくて行為障害は嘘で相手を支配する傾向があることは精神医学上証明されています。
森口先生は著者で様々な特殊支援学級を用意するべきだとおっしゃいましたが、同感です。
長文かつ拙い文章で申し訳ございません。失礼します。
kentaikamen
排除命令には賛成です。
体罰がない場合、これが認められないと教育は成り立たないだろうし、やがてはそのようになっていくのだと思います。
つまり、体罰をなくすということが、いじめや学級崩壊など、加害者にとって天国になるようなことはなく、いままでの甘えが利かない非常にシビアな世界になるのではないでしょうか。
2013-01-12 スクールポリスの議論までたどり着けるか
大阪市立高校での体罰自殺問題は極めて残念な事件でしたが、安倍内閣の目玉である教育再生実行会議のメンバーが決まった前後に体罰問題が表面化したことは、不幸中の幸いでした。
この実行会議が「実効性」を有することを切望していますが予断を許しません。
自民党の公約である「いじめ防止法」の制定が、早くも「3月までに『いじめ防止策』を取りまとめる」という方向にシフトダウンしています。
官僚が政治や有識者と戦う戦法の典型が『換骨奪胎』ですが、もうその空気がにじみ出ています。ここは実行会議の先生方に是非、踏ん張っていただきたいところです。
さて、先日の記事でも書きましたが「いじめ」も「体罰」も校内犯罪が放置されているという状態という点では同様です。
特定の地域や社会が無法状態にある場合、市民社会の常識では「警察の巡回強化」となるのですが、そもそも学校は警察の巡回コースにさえなっていません。
ですから、私は拙著『校内犯罪からわが子を守る法』で「いじめ防止法」「いじめ防止条例」私案を発表し、そこで日本版のスクールポリスを提案しました。
何も警察官が常駐する必要はありません。
1 学校を日常的に交番の巡回コースに入れる。
2 学校の一角に警察官立寄所を設置することを自治体に義務付ける。
3 生徒との信頼関係を築くために警察官に「薬物乱用防止教育」や「防犯教育」を時折やってもらう。
それだけで、校内犯罪は劇的に減るはずです。日本の交番制度は外国も模倣し、犯罪を減少させた事例があるほど優れた制度です。
その優れた「交番制度」から学校だけが埒外に置かれ無法地帯となっている。そんなバカなことがあっていいはずがない。
もちろん、警察に嫌悪感を抱いている勢力は「スクールポリス」と聞くだけでヒステリーを起こすでしょう。しかし、そんな連中は極ひと握りに過ぎないことは先の選挙結果が示したとおりです。
お願いします。現場から 2013/5/26 11:37
みなさん、このことを広く伝え、現状の打開策を広く議論しましょう。
加害者の保護者はたいてい過保護です。そしてたいてい頭の回る権力者です。(証明)そういう親は学校に頼らずとも解決できるから。)
そして、うちの子が悪いのではなく、そういう環境の学級指導が悪いと、担任を攻撃します。
管理職も薄情なやつばかり。
だから、そこにメスを入れないといけないのです。
加害者の保護者に対するルールが手薄すぎる。