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撫子の花びらたち このページをアンテナに追加 RSSフィード

2018-01-24

[] 手離す

天気のいい昼下がり

靴を捨てた


もう未練はない

悲しい思い出も一緒に忘れる


雨にけむる街並み

目の前で閉まるドア

無くなった予定

無くした時間


ぜんぶ靴のせいにしてしまって

葬るように白い薄紙に包んで処分する

ちいさな靴は萎れた花束のように

こときれた鳥のようにぐったりと横たわる

柔らかな花びらのようなその皮のかざりも

華奢なヒールもストラップも

みんな眠るように静かに目を伏せている


本当に悪かったのはわたしだといまでは分かる

それでもそれを認めることはやっぱりできない

それはそのときの自分には必要だったのだと

時折壊れそうになるこころを抱えながらつぶやく


もういい

もう大丈夫だから


毎夜のぼり沈む月は花びらが舞い散るようだ

それはまるで扇をひるがえし踊るように見える

たぶん、一曲舞い終えたあたり

扇子を置いて深々と頭を下げ終わりを告げよう



ひとつこころから手離す

2018-01-18

[]ジグゾーパズルのように

スイミングのレッスンはいまのところ

三人の先生から習っていることになる(ひとり増えた)

おなじことを習っていてもみんな違う

手の掻き方ひとつとっても???となる

おまけに教え方も様々

手取り足取り直してくれるひともいれば

呼びとめて伝えてくれるひと

説明をくわしくしてくれるひと

考えすぎると分からなくなってしまうこともあり得るほど

それでもそれを分からないまま並べて眺めるように考えていると

ときどき繋がるピースが見えてくる

そう、ジグゾーパズルみたいにね


人生の中でもそういうことってあるなあとこのごろ特にそう思う

分からなかったこと、不思議でたまらなかったことが

いつかするりとその意味を表し、ある日すとんと腑に落ちる

あぁ、あのときのあのことは

きっといまのこのためのレッスンだったのだと


いつか綺麗な絵のようにものごとは理をあらわすのだろうか?

それともそれは大きすぎて

いつまでたっても出来上がらないまま

分かったような気になってはまた悩むのだろうか?


まあいいや

泳ぐことも

生きることも

まだまだきっと楽しくなる

そう思えるのだもの

2018-01-15

[]歳を取って見えてくるもの

もう何回目だろう

最初は母が大好きだったから観ておいでと薦めてもらって

珍しく上映があったときに夜だというのに

友達と一緒に友達のお母さんに送り迎えをしてもらって観に行った

たしか中学生のころだった

その映画館の特別上映で後になってみてみると

その映画館は普段は成人映画が主だというのにもびっくりした


はじめはその画の美しさとオードリーヘップバーンだけ観てた

次のいつかはどうしてこんなオジサンがいいのだろうと思った

そのうちにはお母さん、分かってる!と思い

フレディいいやつなのにかわいそう?とかも思い

いつかは大佐、かっこいいとかも感じて


ひとまわりして久しぶりに観たら

やっぱりこの映画の主役はイライザとヒギンズ教授なのだなと


そしてお互いにちゃんと好きになって恋してるくせに

おとことおんなってこんなに気づいたりあらわしたりが違うのね


そしてもうひとつ

たかが言葉されど言葉

イギリスでは日本以上に言葉と階級が絡み合って

その階級もこの時代はもっとシビアなものがあったんだろうな


手を取られて始まる恋心

一緒に過ごすという意味

二人の間の垣根をとびこえさせるという愛

それを受けて越えるという情熱

ひとりでも立ててそれでもふたりでいたいと思う気持ち

そしてようやく何気ない言葉がふたりだけの言葉になる


数年ぶりにふとケーブルテレビであっていたのを途中から観て

たまらなくまた観たくなって

昔録画してもらっていたものを引っ張り出して繰り返し観てる


ちなみに母の好きだった映画はこれともうひとつ「王様と私

どちらも観るたびにより深い意味に気づかされる



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はてなハイク