適応放散と非適応放散

 「適応放散(Adaptive radiation)」という用語は、海洋島のような特異な生物相を説明する上でしばしば使われます。


一般には、同一地域において、単一祖先から多様な生態的地位(Niche)に適応した種に繰り返し分かれていくことを意味しているように思います*。


 つまり、同所的に(Sympatric)、生態的にも(Ecological)形態的にも生じた(Morphological)多様化が、同時に生殖的隔離も伴って繰り返し起こる、ということでしょうか。


 具体例として、ガラパゴス諸島に分布するダーウィンフィンチ類の中で、地上フィンチと呼ばれる種子食のグループ(Geospiza)が有名です。同所的に、嘴のサイズや形が異なる複数種が見られます(種子の種類によって利用するフィンチの嘴のサイズや形が異なる)。これは、同所的に、異なる種子サイズに適応した(生態的に分化した)個体群間に、生殖的隔離(Reproductive isolation)が生じた結果だと考えられています。ダーウィンフィンチでは、形態に関連したさえずりばかりでなく、体サイズや体型の多様化は、交尾前生殖隔離(Pre-mating reproductive isolation)をひきおこしてきました。



適応放散の例:ガラパゴス諸島ダーウィンフィンチ類(異なる餌に適応して嘴の形が多様化した:Wkipediaより)


 同一祖先種からの多様化を放散と呼んでいますが、適応放散以外の放散パターンとの区別点を整理しておきます。


 同じ起源をもち、生態的にも形態的にも分化した種群が同所的に見られるパターンは、地理的隔離(Geographical isolation)や非適応放散(Nonadaptive radiation)が、生態的な分化(Ecological speciation)に先だって起こることでも生じうる。


つまり、異所的(Allopatric)または側所的(Parapatric)に生殖的隔離(Reproductive isolation)を通して分化した種群が、後に分布を広げ、同所的な分布になった時(または後に)生態的に分化することもある。


 非適応放散(Nondaptive radiation)とは、同所的なニッチ分化(生態的な分化)を伴わない放散を指すと定義すると、非適応放散とは、生態的に類似し異所的または側所的に分化した種の集まりということになる。



図. 放散(Radiation)の3つのモデル(A)古典的な適応放散のモデル、(B)古典的な非適応放散のモデル、(C)新しい非適応放散のモデル(後に各種が分布を広げ同所的分布になり生態的に分化した)。図は下記論文Fig 3.を改訂し、フィンチの嘴の多様性をモデルに使った。



実際、同じ地域(島など)に生息する種群でも、山や谷をこえて異所的にまたは側所的に分布しているパターンは、さまざまな生物群で知られている。北米のホソサンショウオ属(Batrachoseps)、オアフ島ハワイマイマイ類Achatinella)、メラネシアカササギビタキ類(Monarcha)などはその例となる。


さらにいわゆる放散には、適応放散と非適応放散の両方が含まれることも多い。ハワイのアシナガグモ類Tetragnatha)は、異所的または側所的に分布する生態的に類似した種群だけでなく、同所的に生態的に分化した種群の両方を含む。


また単一祖先種から分化したダーウィンフィンチ類でも両タイプの放散が見られる。つまり、地上フィンチ類(Geospiza)は同所的に生態的に分化し(適応放散)、ムシクイフィンチ類(Certhidea)は島ごとに1種ずつが分布する(地理的隔離)。


 同所的に起こる生態的な分化は、しばしば急速におこりうる。ガラパゴスの地上フィンチ類(Geospiza)では、10万年かそれより短い単位の新しい適応放散である。この新しい適応放散に対して、非適応放散などは、しばしば100万年単位の古い放散であることが多い。


古い放散の場合、いずれのメカニズムによって生じたのかを判断することは難しい。同所的に生態的分化を伴う種分化(新しい適応放散)は、長い時間をかけて、異所的または側所的分布種による(古い)非適応放散によってとって代わられるかもしれない。


文献
Rundell RJ, Price TD (2009) Adaptive radiation, nonadaptive radiation, ecological speciation and nonecological speciation. Trends in Ecology and Evolution 24: 394-399.


 一般に、適応放散とは、同じ起源をもち、生態的にも形態的にも分化した種群が同所的に見られる場合に起こったものと捉えているように思います。しかし、上記の提示にあるように、見かけ上、同所的に起こったと思われるニッチ分化を伴う種分化も、かつては異所的または側所的分化によって形成された種が後に分布を広げ同所的な分布になって、その時に(または後)に生態的な分化を果たしたものである可能性がある、ということのようです。


 Adaptive radiation、Nonadaptive radiation、Ecological speciation、Nonecological speciation、Adaptive differentiation、Ecological differentiationなどの似たような用語が頻出していてなかなかにややこしい論文でした。



*適応放散は、より広い意味で用いられることも多いようです。Wikipedia「適応放散」参照。