『ホロコースト』 ディスク2 1939年のポーランド総督府

 
このシーンでは、エリック・ドルフがポーランド総督ハンス・フランクに会いに来ています。フランクはもともと法律家であり、ミュンヘン一揆の前からナチ党員で党の弁護士を務めていた古参。この人物について『アイヒマン調書』に次のような記述があります。

1939年10月、ちょうどフランクが総督に就任した頃、アイヒマンとその上司は、ポーランド内にユダヤ自治領を作るのに適した場所を見つけてハイドリヒに了承をとり、移送を始めようとしていた。ところがハンス・フランクが強硬に反対した。ポーランドユダヤ人問題は自らの手で解決すると主張し・・・・・すでにいるユダヤ人もただちに領外へ追放するよう、ベルリンに直訴した。アイヒマンも敵視され、総督府に足を踏み入れたら逮捕しろとまで命令が出ていた。

ドラマでのフランクがドルフに対峙するときは、このような背景を反映してあくまで敵対的・挑戦的な態度です。他の高官たちへの対抗心、縄張り意識、何よりも“自分の領土”であるポーランド総督領に厄介者のユダヤ人が大挙して送られてきたことへの怒りでいっぱいになっているのです。

フランクはドルフにいきなり、ハイドリヒの新しい子分だな。奴に言われてわざわざワルシャワまでスパイしに来たか、と言い、俺は昔から党弁護士としてヒトラーゲーリングを何度も保釈させた、と自分の大物ぶりを強調します。

それまで嫌味に耐えていたドルフはここで救いを得たように少し微笑んで、法律面でのご功績は存じています。我々には共通点があります。私も弁護士ですから、と答える。

[フランク] (少し興味を引かれ)おや、そうかね。ハイドリヒはましな連中を事務屋に雇ったとみえる。気を悪くするなよ。君のことは聞いている。言葉を操る達人だとな。
[ドルフ]  (また表情が曇る)私は長官のご意向に従っているだけです。 
[フランク] そう謙遜するな。このワルシャワの田舎でも「ユダヤ自治区」というお前の用語が使われておる。それで汚物を隔離したつもりのようだがな!

ドルフはフランクの勢いに圧されながらも冷静に言い返そうとする。ゲットーを壁で囲むようお願いしたはずです。我々の指示では・・・

フランクは、指示だと?お前にそんな権限などない!ハイドリヒが俺にユダヤ人を押しつけようとしているだけだ!と怒り狂いますが、ふと言葉を止めて向き直ります。ユダヤ人には消えてもらう。

消える?とおうむ返しのドルフに、とぼけるな、その童顔の下で何を考えているかはお見通しだ、というフランク。

[ドルフ]  (無表情のまままばたきして)そんな計画はありません。
[フランク] 俺に汚れ仕事を押しつける気だろう。お前らの許可なしに始めても驚くなよ。

前の場面では「最終的解決」についてぴんと来ていないドルフでしたが、ここでは明らかに絶滅計画を承知していて、表向きは知らないふりをしているのがわかります。(とはいえ、フランクに勝手に始められても困るのですが。)この部分の仮面ぶりがドルフの変貌の一つの段階を表していると思います。

続く台詞ではまた新たな顔が見えてきます。まだ威圧しようとするフランクに対し、ドルフはハイドリヒが作っている「ファイル」の話を持ち出して反撃に出ます。あなたのファイルには驚くような情報がありました。法にこだわるあまり、エルンスト・レームの粛清に反対したとは。

ここの表情はドルフが初めて見せるものです。レームの名前を口にした直後、効果を確かめるかのように言葉を切りますが、そのときに冷笑を浮かべます。頬は笑ってなくて上唇の両側だけがすこし持ち上がり、嫌悪と威嚇がむきだしになる。犬が歯をむいて唸ろうとする時のようなこの顔は、後でもドルフがSS内の権力争いをやっているときに出てきます。しかし他の映画やドラマのマイケル・モリアーティでは見たことがありません。

プラーター公園のシーンでは、アイヒマンから「ファイル」の話を聞かされて震えあがっていたのに。たった1年でずいぶん変わったものです。)

そのまま鼻からすっと息を吸って、総統のお気に召すとは思えませんね。と、とどめを刺します。

[フランク] 貴様、ただのおべっか使いだと聞いていたが、どうやら違ったようだな。
 
ドルフは答えません。その無表情な、個性を欠いた、綺麗な顔が大写しのままで、この場面は終わりです。ここにきて、モリアーティのベビーフェイスがだんだんと恐ろしい効果を生むようになっています。