時子のパタゴニア便り

2018-07-30 おもいめぐる冬籠

もう8月だと言うのに、寒い日が続いています。凍った地面がなかなか溶けません。

例年なら8月には水仙の芽がちらほら出始めるのに、今年は気配すらありません。10日前に降った雪が日陰では未だ残っています。

パタゴニアといっても、ここは雪国ではありません。年に2回か3回ドカ雪が降りますが、ほとんどは雨です。でも去年は40年ぶりの大雪で10日間停電が続き、今年も去年程酷くはありませんでしたが、雪で2日間停電でした。

春が来るのも遅くなっています。移住当初より1ヶ月は遅い気がします。

以前は寒いのが好きでしたが、最近は寒さがこたえます。ですから無理せず、晴れでも外仕事はせずに冬籠り生活です。

今の私は移住当初には想像もしなかった状況にいます。考え方も価値観も随分変わったと思います。ずっと何の為にここに来たのか?何の為にここで暮らしているのか?何がしたいのか?そういう事に気付いていなかった気がしますが、今は目指すものがはっきりしています。具体的に何をどうすれば良いかわかりませんが、夢の実現シーンを考えると、ドキドキワクワクします。

若い頃には思いもしなかったけれど、今は何をしても、後何回同じ事が出来るんだろうと切に感じます。もしかしたらこれが最後かもしれないと。

だから今出来る事に感謝して、出来ることを一生懸命やろうと思っています。これは年をとらなければ、病気にならなければ分からない事でした。ですから大変なことも増えますが、年を取るのは悪くないなあと思っています。それに夢を見るって、若者だけの特権じゃないとはっきり分かりました。

日本の皆様

暑中お見舞い申し上げます

日本は猛暑が続いているようですね。

今回は我が家の雪景色お届けします。気持ちだけでも涼しくなりましたか?

どうぞ 心も体もお元気で。






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tachonontachonon 2018/07/31 07:10 パタゴニアは「真冬」なんですね。こちらは、猛暑です。でも、今年は季節が少し早いような気がします。ちゃんとした「花暦」つけている訳ではないけれど、・・「夏休みに入る頃に咲く花」が6月末に咲いてたし、庭のヘメロカリスも1週間くらい早いのななぁ・・・・秋が早く来るのか?夏が続くのか?その辺は予測できませんが、普通の年なら、「お盆過ぎには涼しくなる」はずなので、それまで夏を楽しまなくては・・と「頭の中だけ」でかんがえてました。
来週には「立秋」かな? そうしたら、南半球では「立春」ですね。嬉しい春が来ますね。 時子さんのブログを読んでいると、同時に二つの季節を味わえて、とっても楽しいですよ。

時子時子 2018/08/03 10:44 tachinonさま
いつもありがとうございます
まだまだ暑い日が続いていると思います。
こちらは寒いものの、春の使者アカゲラがやって来て、コンコンと良い音をさせて木の幹を突いています。
相変わらず天気の良い日が殆どありません。夜凍った大地が、日中は表面だけ溶け、ドロドロぐちゃぐちゃです。dwも今の日本の若者の殆どが、霜柱とかぬかるみを実感として分からないのかもしれまんね。玄関に作った木の敷居に、靴の泥をなすりつけて取った日本の若者がいて、敷居は踏まないという感覚がもう無いのだなあと驚いた事を思い出しました。
植物や動物の姿で季節を感じる感覚を、私も磨いていきたいです。

2018-07-16 おもしろい体験

6月末に降った雪が溶けずに農場を白く飾っていたのですが、木曜日からの雨ですっかり姿を消してしまいました。

今年は太陽の照る日が殆ど無い、どんよりと暗い冬を迎えています。

冬でも天気の良い日は外に出て、枝を払ったり枯れ木を切って薪の準備をしていましたが、今冬は2ヶ月以上外仕事が出来ずにいます。

でも雨は好きです。夏の旱魃を思い出すと、水がある、周りに湿気があると言うのは「ほっ」と落ち着きます。

ところで、我が市は電気代の請求が2ヶ月に一度あります。町の人は各家庭に郵便で請求書が配達されますが、我が家のある地区は町から離れているし、番地も無いので郵便は届きません。

それで奇数月に郵便局へ請求書を取りに行きます。

ネットが普及する前は、郵便が届くのが楽しみで、町に行くたび郵便局へ寄っていましたが、今では電気代の請求書を受け取りに行くだけになってしまいました。

今月はなかなか請求書が届かずに、3回も郵便局へ行くことになってしまいました。

雪が降って、メーターを見に来るのが遅れたのかなあ?面倒臭いなあと思っていました。

請求書が来ても、郵便局では支払いが出来ず、それを払うためには別の場所へ行かなければなりません。支払い日は、当たり前ですが皆が行くのでいつも行列です。

500m位離れた支払所へ向かいながら、インフレのアルゼンチン。今月は一体幾らに値上がったんだろうと請求書を見て、「???」と立ち止まってしまいました。

支払い金額の場所には0が3つ並んでいるのです。

「やだなあ!こんな間違いされたら、電気局へ行かなきゃあいけないじゃん!いつも凄い混んでいるから買い物する時間がなくなるじゃ無い!」

「でも間違えたのは私じゃ無いんだから、知らん顔していれば良いか?」

「放っといて電気止められても馬鹿らしいなあ。」

色んな考えがグルグル頭を巡りました。

それで町に住む情報通の友人に相談する事にしました。

「あのさあ、電気代の…」全部言い終わらないうちに

「ゼロだったでしょ!?」と返事が返って来ました。

「ええ〜。皆んなそうなの?」

彼女の説明、スペイン語で詳しくは分からなかったのですが、去年の大雪と今年の雪で停電になった事で、多数の住民が電気局へ文句を言ったらしく、電気代を今回だけ大幅に値下げする事になったそうなのです。

消費電力の限度を設け、それ以下の場合はタダ。それ以上は超えた分のみ請求になったそうです。

町の生活は冷蔵庫も掃除機もテレビも電子レンジも当たり前。電気温水器で24時間お湯が出ます。暖房もガスと電気を使っています。電気が無い生活は死活問題に関わると言っても大袈裟ではありません。去年の大雪後、自家発電機が倍以上値上がりしたにも関わらず売りきれ、町の店から消えたそうです。

ですから、文句にも恐ろしく力が入っていたことでしょう。青筋立てて身振りをまじえ騒ぎ立てる姿が目に浮かびます。

気の弱い私なんかには決して出来ない事です。

でもそのお陰で今回は電気代無料と言う面白い体験をさせてもらう事が出来ました。

我が家は水路から電気ポンプで水をタンクに汲み上げて使っています。ですからずっと電気のない生活は出来ません。でも電気が無くても困らない生活、楽しめる生活を目指していきたいと思っています。

電気、ガス、ガソリン。燃料がどんどん値上がっていきます。電気代は消費量は変わらないのに、5年前の5倍以上になりました。日本に比べると安いと言われますが、私は円や米ドル生活者ではありませんから、安いとは思えません。

でもそれでも、文句や不満を言うよりも、自国が経済破綻していても、今が良けりゃあそれで良し!と面白しろ可笑しく暮らしているこの国の南米気質の良い部分だけは見習って、毎日を楽しみたいと思います。

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TT 2018/07/28 02:09 日本では、200人以上が亡くなる水害がおきました。住民が逃げ、助けを求めているまさにその時に官邸では総理以下複数の大臣が飲み会をしていました。
つくづく議員と名のつく人は町議会から国会議員まで
今の半分で十分だと感じました。気候もすでに40度越えが何日もありニュースでも命に係わる暑さと呼び掛けています。この先地球はどうなるのでしょう

時子時子 2018/07/30 11:13 Tさま
きっとTさんと同じ様に思っている人は沢山いるはずです。遠いアルゼンチンにいると、外からの日本が見え、正直悲しくなります。
でも希望は持っています。小さな力や思いはいつか重なって大きな力となり、みんなが幸せ思える方向へ向かって行くはずです。
まだまだ暑い日は続くと思います。
どうかお体大切にお過ごしください。
いつもありがとうございます

2018-07-03 かさなる世界

「ああ、もう今年も半分が終わったんだ」と6月のカレンダーを破りながら、しみじみと感じました。

去年は6月に40年ぶりの大雪が降り、10日以上も停電でした。雪の重みで折れた枝や木を整理しながら、この生木が乾く来年の冬は、薪が十分にあって暖かく過ごせるな、と思っていました。そして今、その冬を過ごしています。あの時感じた気持ちと、今の気持ちとが重なり合って、過去も未来もある様で無いもんなんだなあなんて、訳の分からない事を考えています。

夏から、からりと晴れた日が1週間と続かないどんよりとした日々が続いています。

今年は6月の初めに雪が降りましたが、それからは雨となっていました。でも6月最後の日、雨がいつのまにか粉雪になりました。夕方6時から停電になり、翌朝明るくなって外を見ると、一年ぶりの大雪でした。幸い去年ほど雪の被害は無く、重みで道を塞いだ枝の整理も数時間で終わりました。停電も46時間ですみました。

パタゴニアと言っても、ここでは雪国生活をする日は僅かです。ですから、不便も面白さに変えて、雪の暮らしを楽しむことが出来ます。

さて、今年はワールドカップの年です。アルゼンチンで迎えるワールドカップももう7回目です。

日本にいる頃は、ワールドカップなんて全く関心がありませんでしたし、第一そんな大会が存在することさえ知りませんでした。

アルゼンチンへ来て最初のワールドカップで、南米のサッカー熱に驚きました。アルゼンチンの試合の時は、みんながテレビ観戦しているので町がガラガラになり、商店も開店休業状態になるのです。日本語教室をしていた市の文化センターが試合時には閉まってしまい、何も知らずにいた私は、試合が終わるまで寒風の吹く(こちらは6月7月は真冬ですから)外で待っていたこともあります。周りに合わせて、興味も無いくせに、わざわざ友人宅へ試合観戦に行ったりもしました。

でも今年は私の日常にワールドカップは殆ど関係していません。

アルゼンチンの試合の時も、田舎の家の周りでは静かなものですし、付き合う人も日本語の生徒さんたちもワールドカップには興味がありませんし、町での日本語教室も、文化センターから私立の教室を借りる様になったので、試合でも何の影響もありません。これはアルゼンチンがワールドカップに関心が無くなったのではなく、私がワールドカップに影響されなくなったのだと気付きました。

ずっと、自分の意志よりも人からどう評価されるか、周りとどう同調していくかを考えていました。色んなことを手放したら楽になると分かっていても、勇気がありませんでした。でもここ数年の大きな変化の中で、自分が変わっていけた気がします。

自分らしくいることで、離れていく人もいますが、それはその人と自分の重なっていた部分が少なくなっていっただけで、決して悲しいことでも悔しいことでも無かったのです。そして私の世界と違和感なく重なってくれる人や出来事が増えていくんだと希望を持てるようになりました。

アルゼンチンでワールドカップに影響されない世界が存在して、私の世界がそこに大きく重なった様に、これから先自分らしくいる事で、今まで知らなかった世界や人と重なれ、どんどん心が軽くなっていくんだと思っています。

2018-06-18 「つたわる優しさ」

nojomallin2018-06-18

猫柳と普通?の柳は寒い我が家でもどんどん増えて、結構大木になっています。マジン地区にも沢山育っています。でも枝垂れ柳を見たことがありません。

ところがエルボルソンの街に行くと、枝垂れ柳を見ることが出来ます。一年中緑の葉を茂らせていて、その太さと高さに私はいつも圧倒されます。

町外れの友人宅へ行く途中に枝垂れ柳の小道があります。土道のここを車で通ると、放し飼いの犬達がワンワンとタイヤに向かって突進して来ます。

「おはよー。今日も元気だね。」

短い柳のトンネルを犬達に挨拶しながら通るのが楽しみです。

我が家にも長い年月をかけて作った緑のトンネルがあります。両側の木を切らず、車の通行に邪魔になる枝だけのこぎりで切って作ったトンネルです。去年の大雪で随分と折れてしまい、空が見える場所も出来てしまいました。

ここは毎朝犬達と散歩します。木々に抱き締められているようで、ホッと温かい気持ちになります。ただ春と夏、伸びてくる枝を切らなければならず、それが結構大変だし、枝に申し訳ない気持ちがします。

エルボルソンの枝垂れ柳は、誰も剪定もしていないのに、見事なトンネルを作っています。それは車が通る所だけ枝が伸びないからです。

以前はただ単に、車って害なんだなと思っていましたが、最近、自然は植物は凄いなと感動しながら通っています。

人間は自分達の利益や便利さが最優先で、己の価値観で邪魔なものは排除してしまいます。私だって申し訳ないなと思いつつ、木の痛みを感じる事なく枝を切っています。そこには共存とか同等の命だと言う気持ちはありません。

でも木はそんな私達とでも、何とか上手く共存していこうとしていると思ったのです。

我を張って枝を伸ばし続けたら、人間はいつか必ず木そのものを切り倒してしまいます。でも車の通る分だけ成長を止めれば、誰も文句を言わず切ろうとしないでしょう。かえって私の様に、綺麗だと思いながら通る人もいるでしょう。

本来ならここはこの柳の生きる場所なのに、「譲り合って皆んなで生きていこうよ」と言ってくれている気がしたのです。

優しいね。温かいね。ありがとう。

ギスギスに尖って、周りや自分自身を傷つける私の心が解れます。

ここで暮らせて良かった。この柳に出会えて良かった。

先の心配や不安、やりきれない悔しさ情け無さ、そんなものに何時迄も縛られている自分を、自然は救ってくれます。

正直に素直に優しく温かく生きたいと思えます。

パタゴニアは寒い毎日です。猫の福の場所と姿で、薪ストーブの火の加減を調整しています。今日は何時もよりストーブから離れて、ベロンと寝ているから暖かいのでしょう。今年16歳。大切にしたい福との日々です。







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tachinontachinon 2018/06/20 07:39 パタゴニアは冬に向かっているのですね。
ネコちゃん暖ったかで幸せそうですね。
こちらは梅雨のためか、寒くてね今も上にフリースをきています。 樹木の剪定というか、枝打ちで、おもいだしたことがありました。以前アルゼンチンだったと思いますが、線路のそばに生えている木を枝打ちしないため、機関車の運転席の窓ガラスを破って、機関士が死亡した・・・というニュースを(ネットの日本語ニュースでしたね。)で読んだことがありました。 
樹木の剪定にも国民性があるのでしょうね。まぁ枝垂れ柳とか、桜の場合は、にほんでもそのままのところが多いとは思いますが。

時子時子 2018/06/25 10:29 tachinonさま
いつもありがとうございます。
日本では大きな地震があったようですが。
大きな自然災害の殆どないアルゼンチンにいると、日本の地震や火山噴火のニュースにとても怖い思いがします。
アルゼンチンは経済危機も何のその。ワールドカップに燃えていますが、今年のアルゼンチンは弱いですね。やはり国の勢いがサッカーにも出るんでしょうか?
私個人はワールドカップには興味はありません。

TT 2018/06/27 09:18 日本でもワールドカップで盛り上がり、深夜でも高視聴率で渋谷のセンター街では若者が大はしゃぎしています。日本は超少子高齢化でテレビも僕たちの頃と違いゴールデンタイムと言われる午後7から9時に若者向けの番組が減っています。また情報番組かニュースしか見るきがしませ(それだけ歳をとったのかも)時子さんのブログ楽しみにしています。

時子時子 2018/06/28 08:45 Tさま
ありがとう
お元気そうで安心しました。もうずっとテレビもネットものない生活ですが、かえって情報に振り回されず平和に過ごせる気がします。いつまでも心だけは元気でいましょう。
お体大切に

2018-06-04 「ふみだす勇気」

つい最近まで、私にはどうしても出来ないことがありました。

それは一人で外食する事です。

家では一人で食事しているのに、何故か、レストランや喫茶店へ一人で入る勇気が、若い頃からずっとありませんでした。

一人で注文して一人で食べることが、とてつもなく寂しくて恥ずかしい事だと感じていました。ですから一人で出かけた時は、食事時になってもお腹が空いても、宿や家に帰るまで我慢していました。

パタゴニアに来てからは、それがもっと激しくなりました。

隣人達はお客様を歓迎する時は、自宅で手料理でホームパーティーをするのが普通でしたし、外食産業も日本や都会の様に充実していませんでした。ちょっと今日は外へ食べに行こうかと言う感覚そのものがありませんでした。

それに食事療法を始めて、植物の命は頂けても、視線の合う動物や魚、鳥などの命を頂くことにとても抵抗を感じる様になり、卵や乳製品も、その為に牛や鶏がどんな環境で過ごしているか知っているので食べられなくなり、肉食のアルゼンチンで注文できる料理がありませんでした。

日車パンクして修理に持って行きました。運悪く人が一杯で、長い待ち時間がありました。寒い日で外で待っているのが辛く、友人が以前教えてくれたベジタリアンレストランが歩いて行ける場所にあり、思い切って一人で入ることにしました。

レストランと言ってもこじんまりとした家庭的な雰囲気でしたが、先ずドアを開けることから緊張しました。そして入って、どこに座ろうかで戸惑いました。

座ってからも、何を頼もうかとドキドキしました。

幸いメニューは3種類だけで、乳製品や卵を使っていない「なすのかつ(milanesa de berenjena )セット」にしました。

通りから外れた住宅街にあるお店で静かだったことや、お客さんがゼロでは無いし、多過ぎもしない事で、落ち着いて食事する事が出来ました。

一人でレストランに入って食事をする、たったそれだけの事を、半世紀以上かかって出来るようになりました。そして贅沢だけど、こうした時間を持つのは決して無駄でも恥ずかしいことでも無いんだなあと思いました。

アルゼンチンには美味しいものが何も無いと言う人もいますが、私は種類は少なくても、味の好みが合わなくても、作ってくれた人や食材になってくれた命に、有り難い、嬉しいと感じ、美味しく頂こうと決めています。

でも正直言うとこのメニュー、超超薄味で、これに醤油でもかけたらもっと美味しいだろうなって思いましたが、それは人工調味料で育った私の舌が、素材の美味しさを感じる事が出来ないんだと思い直しました。

農場で犬達と過ごす時間は幸せです。しんどいと思う事はあっても、寂しいとは思いません。

でも時々は街でレストランや喫茶店に入って、私にとっての非日常的な時間を過ごすのもいいもんだなと感じました。それはとても贅沢な事ですが、今の私には、もしかすると凄く必要で大切な時間なのかもしれません。

今週の月曜日、前から気になっていた喫茶店へ思い切って入ってみたら、どうしているかなと気になっていた人に会え、来週家へ遊びに行く約束が出来ました。

人付き合いが下手で苦手ですが、「少しずつ外に向かって進んで行きなさい。応援しているから頑張りなさい。」と、何かの力が私の背中を押してくれた気がしました。






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