時子のパタゴニア便り

2017-10-20 「小さい春、小さい春、見〜つけた!」

冬に大雪が降ったせいか、春になっても寒い日が続きます。特に雪のアンデスを通ってくる風は冷たいです。快晴の日の日中は25℃位まで気温が上がりますが、朝夕はストーブ 無しではいられないほど冷え込みます。

それでも花は咲き、緑が日に日に濃くなっています。

今農場ではさくらんぼの花が満開です。さくらんぼはいつでも満開の花を楽しませてくれます。鳥が運んだ実から芽吹き育った木が、思わぬ所で今年は花を咲かせ、それを見つけるのが散歩の楽しみとなっています。

露天風呂の上に覆いかぶさるように枝を伸ばした木は、花見風呂の楽しみを私に与えてくれています。暫くしたら風で散る花びらが湯船一杯に敷き詰められ、お洒落な風呂が楽しめるようになります。

洗濯物も外に干せホカホカに乾く日も多くなりました。

街へ行く日は、ポプラ紅葉も楽しんでいます。ポプラには二種類あって、緑の新芽が出るものと、えんじ色に染まるものとあります。家の近く、街へ行く道に短いポプラ街道があって、私は春の紅葉を楽しみます。

日の出が早くなり、食いしん坊の黄金がワンワンとうるさく催促するので犬たちの朝ごはんの時間も早くなりました。

冬の大雪で折れた枝の整理はこれでもか、これでもかというほどあって、まだまだまだまだ終わりませんが、それらを切って運び乾かす作業を続けながら、こうして元気に楽しく動ける自分の体と心に感謝します。

毎年同じことに感動し、感謝し、楽しんでいますが、それを幸せだと思います。

でも今年はアカゲラの数が少なかったです。

蜜蜂もほとんどやって来ません。

生き物の種類も数も極端に少ないパタゴニアで、それはとても寂しいことです。

野良仕事が一杯あって忙しいけど、ゆったりとした気持ちでパタゴニアの小さい春を見つけ楽しもうと思います。

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2017-10-09 「うーん。これはどう考えたらいいんだろう?ご意見お聞かせ下さい。

のほほんと他人に頼ってお気軽に生きて来たら、数年前、どーんと大穴に落ちました。落ちてから暫くは辛かったですが、犬猫達のお世話や日本語教室や豆腐味噌作り、薪準備などやらなければいけない事がいっぱいあったお陰で、酷く落ち込まずに穴から出られる道を見つけられました。

穴から出た時、今までとは少し違う世界に来れたな、少しは優しい人になれたな、と思えました。だからこの先の自分や生活が不安よりも楽しみに思える様になりました。

そんな時、ふとしたことからネットで言霊実験というのに出会いました。良い言葉、感謝の言葉は全てを好転させ、悪い言葉は状況がどんどん悪くなっていくと言うもの。これはずっと前から知っていました。ですから毎日、時間があると一人で「ありがとう」を言い続けてきました。その言霊実験は割った生卵に一つはありがとう。大好き。もう一つはめんどくさい。鬱陶しいという言葉を日に何回かかけるというものでした。そして結果は悪い言葉の卵は、3日目に突然黄身が弾け、その日から腐り始めたというのです。良い言葉の卵はカビは生えてきたものの、ずっと良い香りが漂っていたというのです。

当たり前でしょと思いましたが、自分でもやってみたくなって、卵は高いので、毎日出るおからで試しました。煮沸消毒した瓶に同量のおからを入れ、蓋をきっちり締めました。同じ場所に置いて一つには微笑んでありがとう。愛してる。大好き。もう一つにはもうダメだ。諦めろ。とため息をつき続けました。

1ヶ月は何の変化もありませんでした。おからって強いんだ、が私の感想でした。2ヶ月目変化が現れました。ありがとうの方に赤っぽい色がつき始め、もう一つは白いまま水分が抜けてパサパサした感じになりました。3ヶ月後、明らかに違いが出ました。ピンク色に変わったおからは、固まって水っぽく見え、もう一つは白いパサパサしたままでした。

その間一度も蓋を開けませんでした。そして3ヶ月後、蓋を開けてみました。ありがとうのピンクの方はきっと発酵してお酒のような良い香りがすると思っていましたが、開けてびっくり!腐った嫌な臭いがして、ネチャネチャと塊になっていました。もう一つは無臭でパサパサでした。

そんなあ〜!私は考え込んでしまいました。

私はいつも楽しく感謝してありがとうを言いました。言っている時、とても気持ちが明るくなりました。もうダメだ。諦めな。とため息をついていた時は、気持ちが暗くなって、実験とは言え、こんな事口に出すべきじゃないな、おからに申し訳ないと思っていました。

それなのに、予想とは全く逆の結果が出ました。心の力が抜けてしまいました。

私のありがとうはありがとうには聞こえないんだろうか?そう言えば、穴に落ちた時、きっと一番ありがとうの言葉を言った人から「君は本当に感謝の気持ちがない人だね。」と言われました。その時は悔しくて情けなかったけれど、今、納得出来ました。

毎日この結果をどう受け止めたら良いのか考えました。

私は少しは良い人になって、みんなの幸せを願えるようになった気でいたけれど、本当はそう思わなきゃあと自分で自分を戒めていただけで、心の奥では悔しい、許せない、失敗しちゃえと思っていたのです。そして見返りばかりを期待していたのです。だから私のありがとうはおからを腐らせてしまったのでしょう。きちんと魂を磨きなさい。それじゃなきゃあ、この先恐ろしいことになるよと言われているのだと思いました。

私はそう考えて頑張ろうと思いました。

皆様はこの結果をどんな風に受け止めましたか?どうぞご意見お聞かせ下さい。お願いします。

patagoniatayori (a) outlook.jp --> (a) を@に変えて送信してください。

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tachinontachinon 2017/10/09 23:32 私は、多分無神論者で、迷信も信じないんだけれど・・かぜか「運を担ぐ」というような傾向にあります。「方角が悪い」とおもつ他方向には遊びにも行かず、避けて通ったりします。敬虔な信者(仏教でもキリスト教でも良いけれど)ならば、そんなことは迷信だ・・というのでしようけれど。嫌やーな思い出がある場所には近づきたくはないし、思い出したくはないし、・・・まぁ迷信というか、「そんなもの」なのかもしれません。
 で、心の体力が落ちているとき、そんなときは、日本だったら、カルト的新興宗教の勧誘が待ってますね。・・いろいろ来ますね。・・私は俗悪の権化なので、信仰の道には、入れないのですが・・(笑)
 そういう点では、人口密度の薄いバパタゴニアはいいのかもしれませんね。

 自分を変えることは・・多分できないし、頑固なら頑固の儘で、自分に頑固であればよいと思うのです。 私は私
 「私はあなたを認めます。だから、あなたも私を認めてください。・・・」というのが私の基本的スタンス。 自分が何を信じようと、それを他人に強制しなければ、それはそれで良いとは思うのです。
勿論、できれば「子育て中の家族の中」では、「考え方・立場・信仰等」は同じでないと・・・ということはあると、思うのですが・・・

 卵の件ですが、科学的に証明するには、全く同じ条件で、誤差を少なくするため、数多くのテストを繰り返さなければならないと思うのです。
 そして、「ファンタジー」として考えてみても・・・(私は科学とメルヘンは両立するものとおもってますので、・・・)
 多分、隣の瓶に向けた悪態が、伝染した・・ということもあるし、良い声をかけた方のた瓶の中の魂の心が弱くて、隣の瓶にかけられた悪態を自分のものとして捉えてしまって心がこわれたのかも。
アンデルセンの童話風に書けば、「強い心を持った卵と、弱い心を持った卵のおはなし・・」なんて・・・

 そういえば、近くの家から、子供を怒鳴る声(「叱る」というよりカーチャンが切れて罵っている)が聞こえると、こちらも嫌になってしまって、モチベーションが下がる・・ということが、時折あるので・・・・。、
 まぁそんなものだと思えば・・・「実験失敗」ということで、「のほほん」が一番なのでは・・

長文失礼いたしました。
季節の花便り楽しみにしています。

TT 2017/10/11 07:20 ありが゛とう 素敵な言葉ですね。何かの本か新聞のコラムで、今の日本人は、ありがとうを言うところをすいませんと言うと書いてありました。ありがとうございました。は明るく前向きに、感じます。

時子時子 2017/10/17 11:09 tachinonさま
いつもありがとうございます。
良い言葉の瓶のおからが腐ったのは、隣の悪い言葉を自分のこととして受け取って、隣のおからを助けてあげたって考えるの、凄く素敵です!そういう考え方もあったんですね。いろんな方の考えを聞くのは、本当に良い勉強になります。本当にありがとうございました。

Tさま
ありがとう
ありがとう
ありがとう
本当に気持ちの良い言葉です。そしてTさんに心からありがとうを言います。

2017-09-25 「パタゴニアの春。そして私の感じる春。」

今年はドカ雪が降り、どんよりと曇った日が続き、寒い湿気った冬でした。9月に入ってもなかなか暖かくならず、一日中薪ストーブが欠かせません。

まだ山に雪が多く、その上を通ってくる風は冷たいですが、9月も中旬を過ぎた頃から、天気が良いと春を感じるようになりました。

週2回日本語教室で町に行くと、その度に花が増え、人が軽装になり、強く春の訪れを感じる事ができます。

正式名は知りませんが、みんながアロモと呼ぶ写真の黄色の木の花は、冬の終わりに最初に咲き始めます。結構な大木で車を運転していても、鮮やかな黄色が遠くから目に飛び込んで来ます。残念ながら私の住む地区では寒過ぎてこの木はありません。

私はこの花が好きです。毎年ざっしりと花を咲かせてくれ、ちょっと強すぎるかなと思う程の香りが漂います。いつも家に飾りたいと言う誘惑にかられますが、枝を折ってまで持ち帰る気持ちはありません。花の時期も長く、1ヶ月以上楽しませてくれます。

暖かい日が数日続くと、梅の花も咲き始めます。梅といってもciruela(スモモ類)の花で、日本の梅とは違います。私はパタゴニア桜と勝手に名付けて楽しんでいます。この木は町中にあり、あちこちで町をピンクに染めています。

大地の上ではたんぽぽ水仙の花盛りです。黄色や薄紅の花、緑の草、青い空、白い山の雪。人の服装も赤などの明るい色に変わります。

強い太陽の光がそれらを照らし、くっきりとした艶やかな景色が広がります。このはっきりした色彩感覚がラテン人の陽気さや明るさを生み出しているんだろうなと、最近思うようになりました。

学生時代は春が一番嫌いな季節でした。新学期の始まる緊張感。それはワクワクする緊張ではなく、友達はできるのか?先生は好きになれるか?新しいクラスに馴染めるか?と、私にとっては憂鬱な緊張だったからです。

この歳になっても、「どうしよう。試験の問題が全然解けない。」「誰とお弁当食べよう。一人ぼっちだ。」と泣きたくなるような夢を見て目覚めます。今でも本音で付き合える中学高校時代の友人はいるのに、楽しい夢が見られないのは私の心の暗さでしょう。

でも冬の長いパタゴニアで暮らし始め、春の訪れを楽しめるようになりました。花が咲くと、「ああ、みんな生きているんだな。厳しい冬を頑張ったんだ。春を感じているんだ。前へ進んで行くんだ。」と元気をもらえます。

汗ばむような日があるかと思えば、朝バケツの水に氷が張る寒い日もあります。1日の気温変化が20度以上なんてざらにあります。それでもこれからどんどん花の種類も増え、草も成長し、鶏たちがひよこを連れて歩き回り、羊の子供が走り回るようになります。そんな季節の移り変わり、時間の流れを楽しもうと思います。

ところで、花よりも私が一番強く春になったなあと感じるのは、実は洗濯物を外に干せ、ほかほかに乾いた洗濯物を取り入れられる様になった時です。残念ながら本格的な私の春はまだやって来ていません。でも朝洗濯物を外に干しながら「ああ、春が来たなあ」としみじみ感慨にふける日もそう遠くないと思います。

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tachinontachinon 2017/09/27 05:37 >この歳になっても、「どうしよう。試験の問題が全然解けない」・・・夢を見て
私も。40歳くらいまで、「進級できない落第する」(一度落ちてるので)とか、「突然職場で英語のテストがある(あり得ないのですが)そういう夢を何度かみましたが、最近は・・歳のせいかみなくなりました。当時10歳以上年上の上司にそのことを話したら、彼もそういう夢を見たけれど・・・なんていってました。
 そういう夢をみるのは、心がまだ若いからなのかもしれませんね。

 春ですね。写真の空の色が、まさに春を伝えてくれてますね。
こちらは、まだ一寸日差しが暑い時間ももあるけれど、間違いなく「秋」です。ヒガンバナが咲いてます。でも、もうすぐ終わりかな?。そろそろ直売所には「山の幸」が並ぶかもしれません。

ところで、時子さんのところは、町よりずいぶん標高が高いのですね。アルゼンチンの画像を見ると、必ず「標高」(海抜)が書いてあるようですね。 日本人は「平野の民」なのか、よほどでないと地名の看板とかに「標高」書きませんよね。アルゼンチンは「山の民」でもあるんでしょうね。

時子時子 2017/09/30 19:57 tachinonさま
何時も書き込みありがとうございます。
9月も終わろうと言うのに、朝は未だにマイナス5度と言う春とは思えない日が続きます。
でも日中は時々はストーブに薪を足さない日も増えています。
彼岸花、私の好きな花です。子供の頃、秋に狭い庭を真っ赤に染めていた記憶があります。
エルボルソンより二百メートル近く標高が高い我が家は、春の訪れは何時も2週間から1ヶ月近く遅れます。町にはあっても、ここでは育たない植物も多いです。でも環境が厳しい分、人口増加に歯止めがかかり、私は気に入っています。
試験の夢、私だけじゃ無かったんですね。なんだか安心しました。

時子時子 2017/09/30 19:57 tachinonさま
何時も書き込みありがとうございます。
9月も終わろうと言うのに、朝は未だにマイナス5度と言う春とは思えない日が続きます。
でも日中は時々はストーブに薪を足さない日も増えています。
彼岸花、私の好きな花です。子供の頃、秋に狭い庭を真っ赤に染めていた記憶があります。
エルボルソンより二百メートル近く標高が高い我が家は、春の訪れは何時も2週間から1ヶ月近く遅れます。町にはあっても、ここでは育たない植物も多いです。でも環境が厳しい分、人口増加に歯止めがかかり、私は気に入っています。
試験の夢、私だけじゃ無かったんですね。なんだか安心しました。

時子時子 2017/09/30 19:58 tachinonさま
何時も書き込みありがとうございます。
9月も終わろうと言うのに、朝は未だにマイナス5度と言う春とは思えない日が続きます。
でも日中は時々はストーブに薪を足さない日も増えています。
彼岸花、私の好きな花です。子供の頃、秋に狭い庭を真っ赤に染めていた記憶があります。
エルボルソンより二百メートル近く標高が高い我が家は、春の訪れは何時も2週間から1ヶ月近く遅れます。町にはあっても、ここでは育たない植物も多いです。でも環境が厳しい分、人口増加に歯止めがかかり、私は気に入っています。
試験の夢、私だけじゃ無かったんですね。なんだか安心しました。

時子時子 2017/09/30 19:59 tachinonさま
何時も書き込みありがとうございます。
9月も終わろうと言うのに、朝は未だにマイナス5度と言う春とは思えない日が続きます。
でも日中は時々はストーブに薪を足さない日も増えています。
彼岸花、私の好きな花です。子供の頃、秋に狭い庭を真っ赤に染めていた記憶があります。
エルボルソンより二百メートル近く標高が高い我が家は、春の訪れは何時も2週間から1ヶ月近く遅れます。町にはあっても、ここでは育たない植物も多いです。でも環境が厳しい分、人口増加に歯止めがかかり、私は気に入っています。
試験の夢、私だけじゃ無かったんですね。なんだか安心しました。

時子時子 2017/09/30 20:00 tachinonさま
何時も書き込みありがとうございます。
9月も終わろうと言うのに、朝は未だにマイナス5度と言う春とは思えない日が続きます。
でも日中は時々はストーブに薪を足さない日も増えています。
彼岸花、私の好きな花です。子供の頃、秋に狭い庭を真っ赤に染めていた記憶があります。
エルボルソンより二百メートル近く標高が高い我が家は、春の訪れは何時も2週間から1ヶ月近く遅れます。町にはあっても、ここでは育たない植物も多いです。でも環境が厳しい分、人口増加に歯止めがかかり、私は気に入っています。
試験の夢、私だけじゃ無かったんですね。なんだか安心しました。

tachinontachinon 2017/10/02 06:38 「標高差200m位」ですか。私の住んでいる町や隣の市は、沖積平野に出来た町で、中心地は海抜10m前後レベルですが、その町にも、何故か標高170m位のところに集落があります。多分平地に街道が整備される前・・それこそ室町とか江戸時代前は街道がそこを通っていたのでしょう。そこの子供たちは、山のふもとにある「共同の自転車置き場」に自転車を置いて坂道を歩いて自宅に帰ってくるのです。50年くらい前から自動車の通れる道が整備されはじめ、今は「車で行けない集落」はなくなりましたが、・・・。でも、それらの集落、陽当たりが良くて、眺めが良くて、しかも、隣の県のTVがみられたりするんですよ。

時子さんお住まいのところは、なだらかな坂なんでしょうね。

時子時子 2017/10/05 08:50 tachinonさま
私の前回の書き込み、繰り返してなんか凄い事になっちゃいましたが、ご迷惑おかけしました。
高いところは日当たりも良く、景色も良いですよね。私の住む地区も、標高700mくらいの所は、我が家より日当たりが良く木も大きいです。そこはドイツ人移住者が多く大きな面積を所有しています。
残念ながら我が家は窪地にあたり、山もよく見えず寒いですが、縁あって住んだ場所。問題はあっても大好きです。楽園はいつも自分の心の中と今居る所にあるんだとわかりました。
我が家へは緩やかな坂が15kmくらい続くので、自転車では大変です。

2017-09-11 「やっと気付いた。一年で一番大切な感謝の日。」

私が移住したのは、こんなに物価も高くなく、人との繋がりも暖かく、時には鬱陶しいと思う位の助け合いのあったアルゼンチンの古き良き時代の最後の時期だった気がします。パタゴニアの田舎だった事も大きかったでしょう。お陰で、絶望して日本へ帰る事もなく此処へ根をおろせました。

アルゼンチンへ来て驚いたことは沢山ありますが、その一つに、大人になっても誕生会をする事がありました。私は子供の頃だって自分の誕生会をする事はありませんでした。ごく親しい友達と家族からプレゼントを貰って、ケーキを食べるくらいでした。

それが此処ではそんなに親しくなくても、誕生会に呼んで貰える事もありました。

人の集まる場所や賑やかな場所が苦手な私は、正直言ってそれが苦痛でした。どうしていい歳した大人がお誕生会なんかするんだろうと思っていました。ですから私は誕生会なんて一度もしませんでした。誕生日を聞かれても「年を数えるのはやめたから、忘れた。」と答えていました。

物価高で誕生会定番のアサード(アルゼンチン式焼肉)が高級料理になり、気軽に人を招待出来なくなった事や、私がお祭り騒ぎが苦手な事も皆んなにわかって、もう誕生会に呼ばれる事もなくなりました。誕生日は私の日常から離れた存在になっていました。

実は先週誕生日を迎えました。子供の頃は婆ちゃんの領域だった年齢に自分がなり、朝起きて不思議な感慨にふけりました。

その日は丁度日本語教室がある日で普段通り街に行きました。午前のクラスは女の子1人。彼女が「おはよ〜」と教室に入って来ると、いきなり「誕生日おめでとう」とスカーフをプレゼントしてくれました。きっとずーっと前の日付を学習する授業で、お互いの誕生日を言ったのを覚えていてくれたのでしょう。嬉しかったです。そして午後の家庭教師に行くと、そこでも生徒の女の子が「おめでとう」とカードと手作りの刺繍飾りをくれました。また子供教室でもカードをもらいました。 メールを開けると、私の尊敬するニュージーランド在住の先輩からは「両親に貰った最高のプレゼントの今日という日を感謝しましょう。おめでとう」のメッセージ。そして幼馴染からもおめでとうメッセージがありました。誕生日なんて…としらけていた私も、今年は自分の誕生日を素直に嬉しく思いました。そして少し前ですが、アルゼンチンで姪っ子のように愛しく思う女性が、長男の一歳の誕生日を 迎えた時に、「誕生日は 周りに人に感謝する日なんですね」と言った事を思い出しました。

誕生日は本当は祝ってもらう日じゃない。自分がこうして生まれて、生きて今年もその日を迎えられた。私を支えてくれた全ての人、全ての物に感謝する日なんだと分かりました。

だから此処では大人になっても皆んなに感謝する意味を込めて誕生会をしていたんだと思いました。こんなに簡単な、当たり前のことにやっと気付くなんて、私はなんて利己的で傲慢だったのでしょうか。

気付いたからと言って、来年から誕生会をして皆んなを招待するなんて事はしませんが、「また歳とった…。あーあ。」ではなく、「またこの日を迎えられた。ありがとう」と心を込めて全ての人に感謝しようと思います。

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あこあこ 2017/09/14 07:07 時子さんおめでとうございます(*^^*)
ブログがほんとに読むの楽しいです。

とにかく「すごい」の一言。
ほんとにいいお手本で、素晴らしい人だと思います。
あのテレビの続編がみたいですねー。

私はこれからの時代、時子さんみたいな人をお手本にするでしょう。
これからもいろんなお話聞かせてください\(^o^)/

時子時子 2017/09/18 09:45 あこさま
直接お会いしていないという事は、ある意味とても良い事ですね。
私の評価があこさんの中でどんどん良くなって、良い人に変わっていくので、恥ずかしいですが嬉しいです。あこさんのお陰で、自分を誤魔化さずに真っ直ぐにいようと思えます。
ありがとうございます。

2017-08-28 「あっ!響いている。反響している。共鳴している。私のパワースポッ


数年前に建てた念願の新居。毎晩寝泊まりし、西式体操や大気療法をし、土曜日は日本語教室をし、日本語の教案作りや予習をし、習字をしたり本を読んだりしています。

5m×8mの小さな家ですが、中二階(日本で言う屋根裏部屋)、囲炉裏、土間があり、間取り、窓やドアの位置や大きさ、庇の長さなど全て自分達で考えたこだわりの家です。私が初めて作った大型ストーブも快適です。

その家にはシャワー室は作りましたが、トイレは作りませんでした。それで家から少し離れた所にバイオトイレを作りました。何年か前にこのバイオトイレについて書きましたが、使ったら毎回自分で処理する方式です。外にあるトイレと言うだけで驚きなのに、この処理方法は可成りショッキングで受け入れがたいようで、私以外は誰も使いません。と言うか、多分私が使うから誰も使わないのかも…。

ところで、私は日本語の言霊をとても大切に思っていて、一人の時はいつも結構大きな声で「ありがとう。」を唱えています。トイレに行く時も例外ではありません。それが最近、トイレから家へ戻る時、「ありがとう」が反響する事に気づきました。自分の声が幾重にも重なって響き、耳にとても心地良いのです。

トイレを作ったばかりの頃は響いていませんでした。4年以上の年月が流れ、周りの木が声を反響させる様に成長したのだと思っています。面白いのは家からトイレへ行く時は響かずに、トイレから家へ戻る時に響くのです。

あんまり気持ちがいいので、時々立ち止まって何度も「ありがとう」を繰り返します。もし誰かに見られたら、ちょっと恥ずかしい気もしますが、幸い誰も通らず、木々が遮って周りからその場所を見られる事もありません。ただ声は隣近所に聞こえる様で、「時子はいつも歌っている」と言われた事が有ります。

ここへ来て24年目。本当に色々あって、自分を取り巻く状況は想像外に変わったし、これから先も絶対に、今まで以上に変化があると思います。正直言うと、まだ時々ほんの少し不安になる事があります。でも「心配ばかりして人を恨んだりもして来たけれど、何があっても何とか立ち直れたじゃない。だから絶対に大丈夫。もっともっと面白くなるよ。」とそれを打ち消す事ができる様にもなりました。

ありがとうの言葉が響くのは、「面白く一緒に生きていこうよ。」と木々が声を掛けてくれているんだと思っています。

みんな優しいなあ。有難いな。ここにいられて幸せだなあ。

ありがとうが響くこの場所は、私の大切なパワースポットです。大声でありがとうを繰り返そうと思います。

クロッカスが咲き始めようとした日、また雪が降りました。雪の中でもしおれる事もなく元気な姿に感激しました。

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あこあこ 2017/09/07 10:33 時子さん凄いですね、ほんとに。
仙人か(((・・;)笑

いいお手本、ほんわかします。

犬もつながないで飼ってるし。

ほんとに、いいなぁこういう人って思います。

あこあこ 2017/09/07 10:34 時子さん凄いですね、ほんとに。
仙人か(((・・;)笑

いいお手本、ほんわかします。

犬もつながないで飼ってるし。

ほんとに、いいなぁこういう人って思います。

時子時子 2017/09/14 08:33 あこさま
いつもありがとうございます。
私にほんわかして頂けて嬉しいです!でも私にイライラする人もいるので、仙人には程遠いです。
ワンコ達が全速力で走る姿を見ると、繋がないでいられる幸せを感じます。