僕僕先生

ツンデレ美少女仙人にニート青年が振り回される話し」だと思って読みはじめたが、ちょっと方向性が違った(当たり前だ)。
でも、やはご時世というか適度にラノベちっくな軽さがあるのね。それ自体は別に「味」ということでいいんですけど、どこまで「リアル」に(この作品の場合は、「史実」だな。唐代と設定的に明記されているし、歴史上の人物もでれば風俗もそれなりに描きこまれている)と「ファンタジー」の境目をどこらへんに設定するかというラインが、どうも、揺らいでいるんじゃないのか? という気持ち悪さ(という表現がわるければ、「不安定感」とか「居心地の悪さ」といい変えてもいい)を何回か感じた。
仙人とか仙界を題材にすれば、作中で何をやっても、どんな奇跡が起こってもゆるされる。そういう設定で蝗とか貧富の差、などの「重い現実」について「あえて」書くことの必然性、というものを、この作品からは感じ取れなかったんよ。
フェアリーテイルに徹底するか、逆に重重しい方向に徹底した方が……とか、感じてしまう。
「日本ファンタジーノベル大賞」の公式ページで「選評」を確認して見ると、そのあたりの「分裂」は大体みなさん感じていらっしゃるらしくて、鈴木光司氏は「もっとマッチョな物語を!」と自分の好みを宣言しているだけだし、荒俣宏氏がこういう席で韜晦に走るのもいつものこと。
椎名誠氏の「中国の昔の世界というのはある種ファンタジイの黄金地帯のようなところがあって、小説づくりの上では「なんでもアリ」の感じがする。だからこの小説の「仙人」と「仙人修行」の二人にもっととんでもない、小説でしかできないような破天荒でバカバカしいいろんなことをやってもらいたいという期待で読んだのがいけなかったのか「なんでもアリ」と思える世界の中で案外常識的なレベルで話が展開していくことにもどかしさも感じた」という言葉は、読者としてかなり素直な声だと思う。わたしも、前述のように似たような印象持ったし。小谷真理氏の「仙人のどこかジジ臭い雰囲気と、ロリータ的小生意気さがとけあった美少女仙人のキャラノリはなんとも愉快。今時のニート青年と彼の妄想する美少女アイドルとの夢の対話にも思えてくる。」という言葉は、普通にラノベ読んでいる若年層がこの小説読んだ時の感想を代弁している、みたいな。
今回、井上ひさし氏は選考を欠席したそうだけど(もう、お年だからなぁ、あの方も……)、井上氏が選考したとして、この作品を推したかどうか?
結論。
「軽いノリのヤングアダルト作品」としてはそれなりに楽しめるけど、「日本ファンタジーノベル大賞受賞作」としては、いろいろな意味で軽い作品でした。

僕僕先生
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posted with 簡単リンクくん at 2006.11.23
仁木 英之著
新潮社 (2006.11)
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