ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

NNNドキュメント’08

 昨日の25:25からのこの番組は、以前にアルツハイマー学会か何かで講演されたことをニュースでも見た九州の若年性認知症の越智俊二さんと旦那さんを支える妻の須美子さんの話だった。かつてオーストラリアの若年性認知症の女性と同じように報道されたことがある方だったので私の記憶にもある。
 越智さんの状況を見ていると私とほぼ同じ年齢であることもあって、人ごとだとは思えない。
 しかし、この一年の症状の進行はまごうことなく確実に進んでいる。描いていた絵も色遣いが減り、線に勢いがなくなり、力ないもやもやとしたものに自分の名前をあっちにもこっちにも書いてあるようになった。
 須美子さんの日記も公開される。「悲しい、神様は不公平だ」と。介護をする妻の孤独感は想像に余りある。症状が出てきてからもうすでに14年経っているというのだ。退職してから初めて診察を受けたからしょうがい年金が適用されていないんだという。
 「明日は我が身」という言葉がとても真実味を持って私の頭の中にこだまする。昔はこんな症状が出る人がいなかったというのだろうか。私たちの時代は何かまずいことをしてきているので、こんなことになってきているのだろうか。
 越智さんはとうとう須美子さんの名前も出てこなくなってしまう。それでも須美子さんは「自分の名前が分かるんだからまだいいや」と笑う。多分ひとりになったときに涙が止まらなかったに相違ない。それでも6歳若いこの奥さんは凄いなぁ。
 私にはこんなに上手くできるような自信がない。

責任

 大和生命という会社が経営破綻をしたといって連日大騒ぎである。元々は明治44年の創設だというから新興ではない。その割にはあんまり知らなかった。「やまとせいめい」と読むことも知らなかった。「だいわ」と読んで大和証券と何か関係があるのかも知れないと思っていたくらいだ。なにしろ縁のなかった業界だ。テレビ朝日に至っては「大和生命」と「大和証券」を間違えて、後者が経営破綻したとあの日の夕方の番組でいってしまって大騒ぎになったくらいだ。
 最初に共同会見かなんかの場面をテレビで見たときに、この社長は随分あっさりとした謝り方をするなぁと思った。なんだかまっすぐに礼をすることが出来なくて、斜めにぴょこんとしたくらいで、終わりだった。「俺のせいじゃねぇよ、なんでこんなことになっちゃうんだよ」という雰囲気があって、変わっているなぁと思っていた。
 日にちが改まると東京で債権者説明会があったというニュースがあった。出てきた人へのインタビューでは殆どの人が一方的な説明だったという。昨日は大阪や名古屋だったのだろうか。
 中園武雄社長をテレビが追いかけるが社長は「逃げません」といいながら逃げる。それにしてもあんな感情的な取材はないだろう。中園武雄をウィッキペディアでみると略歴だけだ。日興コーディアルから転身して大和生命の社長になってからようやく4年目だという。あぁ、彼がやってくる前からこの会社は問題があったということなのか、だから彼は「俺が悪いんじゃない」という態度を取るのかと思っていた。
 そうしたら他のサイトに彼がいかに独裁国家を築いてきたかということを書いたブログを見つけてしまった。うるさいスタッフをみんな遠ざけてしまって、イエスマンだけを周りにおき、組織改革も大間違いを犯してきてしまったと書いてある。それが真実かどうかなんてここでは証明されない。
 しかし、こっちを読むと彼のあの態度が説得力を持ってくる。いや、私には判断する資料がないけれど。

こうしたハンディを克服する利益を稼ぐためには、公社債や株式といった通常の運用に加え、不動産投信、未公開株、デリバティブ金融派生商品)といった高リスク商品への投資(オルタナティブ投資)に依存せざるを得なかった。有価証券に占めるオルタナティブ投資の割合は生保各社の5%程度に対し、大和は約30%と突出。これが「特殊なビジネスモデル」といわれる理由だ。
(中略)
 日興コーディアル証券副社長から転身後、一線を踏み越えてリスク投資に突き進んだ中園社長の“改革”に対し、社内では反発が噴出し、怪文書も出回っていた。「企業統治ができていない」(大手生保幹部)とまで言われた経営トップは、責任を免れようがない。 (FUJISANKEI Businessi2008/10/11)

ご存じきっこの日記

 昨日のこちらのエントリー、これほど机を叩いて、そうそう、その通り、俺も前からこれを言いたかったんだよ、と思った話はなかった。
 目を伏せたいほどに(まぁ、実際に私はそんなときは目を伏せちゃうし、思わず立ち上がって、その辺をぶつぶついいながら歩き回っちゃいそうになるけれど)、「見ている方が恥ずかしくなる」という状況に遭遇することってある。だから、あんまり人目につくようなことをやらなければいいのに、私自身もその「目立ちたがり屋」のひとりなもんだから、多分様々なところで、きっと多くの人にそんな「目を伏せたい状況」を押しつけているんじゃないかとそればっかりが不安だ。
 なんだかなぁ、あのおやじは・・・ときっと多くの人が思っているんだろうなぁ・・・。あぁ、やだ、やだ。

そば

 私のお好み雑誌の準会員に「東京人」があるんだけれど、その号のテーマによって手にしたり、持って帰らなかったりする。今月号の特集は「蕎麦」で、私は持って帰らなかった。「蕎麦」の蘊蓄にもううんざりしているから。それよりも美味しくて満足できるだけの量の蕎麦を食べさせてくれるところが見つかればそれで良い。その点では今月の「東京人」は私にとっては手にする必要のない号だった。

誕生日

 61回目の誕生日だった。もうそんなになったのか。息子がやってきて今風のマフラーをくれた。あいつのチョイスじゃなさそうだ。娘がコスモスとミニバラの鉢をくれた。あいつらも無理しているんだろうなぁ。連れ合いがカーディガンをくれた。みんなで本当に久しぶりのすき焼き鍋をつついた。みんなの気遣いがありがたい。