小沢元代表、薄氷の無罪

政治資金規正法違反(虚偽記入)罪で強制起訴された小沢一郎民主党元代表に無罪判決が言い渡されました。無罪と無実は違う、とは実に陳腐な表現ですが、小沢氏側の主張は多くが退けられ、あげく虚偽記入の成立は認定されました。秘書との共謀が認められずに無罪となりましたが、これは限りなく有罪に近い、いわば灰色、元代表にとっては薄氷の勝利と言える判決だったと思います。

今回の公判には3つの争点がありました(以下、判決に関する記述は日経新聞電子版の記事を参考にしました)。

1.4億円という収入の不記載が虚偽記入にあたるのか

2.元秘書との共謀は成立するか

3.検察の虚偽の捜査報告書に基づいた強制起訴の有効性

弁護側はこれらすべてについて否定の論陣を張りましたが、1については虚偽記入が認定されました。2についても共謀こそ認められなかったものの、秘書からの「報告」とそれに対する元代表の「了承」があったと指摘しました。今回の判決は、無罪にもかかわらずこの部分において相当踏み込んでいます。大善文男裁判長は元代表の供述を「被告の政治的立場や経済的利害にかかわるような事柄について、(元秘書が)自ら判断できるはずがない。供述は一般的に信用性が乏しい」と断じ、秘書任せを強調した元代表側の主張を退けました。

判決は元代表の事務所内での議員と秘書の役割も踏まえ、4億円の簿外処理(つまり都合の悪いことを帳簿に乗せない会計処理のこと。もちろん犯罪行為)に関する元代表の認識の有無を検討します。「具体的な謀議を認定する直接証拠がなくても、(元秘書から)報告を受け、認識、了承していた」と認定し「共謀共同正犯が成立するとの指定弁護士の主張には相当の根拠がある」とまで述べました。

にも関わらず共謀が成立しなかったのは、元代表が不記載を犯罪にあたる行為だとは認識していなかった、とされたからです。判決は元代表が記載の必要性などを理解していなかった可能性が残るなどとして「指定弁護士が十分な証明をしたとは認められない」と指摘しました。

3についても、起訴は有効とされました。


今回の判決で、元代表への疑念はますます募ったといえるでしょう。それと同時に政治資金規正法の限界も明らかになりました。元秘書は有罪、小沢氏は無罪。同法はあまりに政治家に甘すぎます。総則にはこう書いてあります。

「この法律は、議会制民主政治の下における政党その他の政治団体の機能の重要性及び公職の候補者の責務の重要性にかんがみ(中略)政治活動の公明と公正を確保し、もつて民主政治の健全な発達に寄与することを目的とする」

政治資金規正法には、選挙犯罪におけるような連座制の規定がありません。政治にはカネがかかるというのは、論点をずらす政治家の言い訳にすぎません。政治にカネがかかるのはいいとして、その流れに透明性を持たせなければ、有権者はそもそも判断のしようがないのです。カネの使途を明らかにして、そのうえで審判を仰ぐ。これがあるべき姿です。


朝日新聞は社会部長論文で「勝者なき判決」と評しました。しかし無罪の判決が出た以上、勝者は元代表であり、指定弁護士は敗北しました。

しかしほんとうの敗者は、元代表から説得的な言葉が聞けず、あまつさえこれから予想される政局に翻弄されるであろう、わたしたちである気がしてなりません。

ひとり焼肉

持てる勇気を総動員して、1人で焼肉屋へ行ったんだけれど、「今からですと40分待ちになります…」と言われ、すごすごと引き下がった。名簿に書いた自分の苗字に線を引いて。

大阪はさびしい。ほんとうにさびしい。しかもいま仕事が最初の踏ん張りどころを迎えていて、とても大変。

こんなときこそ飲みたいのだけれど、周りに知り合いは会社の人しかいない。

この閉塞の空気を紛らわせようと焼肉屋へ飛び込んだのだけど、無残な結果となってしまった。

9月に入って初めての連休は、自分の住む街を歩いて歩いて歩き通して終わった。


この街はいわゆる「ベッドタウン」の典型で、活気にも欠け、人通りは朝と夜だけ多い、そんな「眠るためだけの街」だと思っていたけれど、少し違った。

小さくない商店街が、自分がいつも使う駅の反対側にあって、そこを歩いているだけで少しうれしくなった。

大阪で初めて食べたたこ焼きは、箸でつまんだだけでべろーんと崩れてしまうやわなものだった。


その調子で何時間も歩いて、帰りはバスと電車を乗り継がないと帰れないような、遠いところまで来てしまった。


大阪でやっていけそうな予感を、少しだけ感じた。





―おまけ―

またmixiを始めるかもしれません。だってさびしいんだ!



熱海へ

いま実は、というほどのことでもないけれど、横浜で仕事をしている。そんなわけで定期券も横浜までのものを持っている。

そうなるとが然、休日なんかは定期を使ってどこかへ遠出をしたくなるもの。だって実質的に追加負担ゼロで乗り放題なのだから。
あるいは、定期の区間を含む路線でより遠くへ行くのも良い。ということで、日帰りで熱海へ行ってきた。

東京駅から熱海へは東海道本線で1本。乗り換えなしで実にスムーズ。ボーナスも出たので少し奮発してグリーン車。ビールとつまみを買い込んで気分はおっさん。

ああ、グリーン車はなんと快適なことか。できることなら通勤にも使いたいくらいだ。

横浜駅を過ぎた辺りから、沿線の様子が少しずつ変わってくる。丘の上に造成された住宅地が連なり、茅ヶ崎を越えるとここは神奈川かと言わんばかりに山々に囲まれ、そして小田原近傍でいよいよ海が見え始める。相模灘だ。

海に感動しているのもつかの間、熱海に到着。別にどこへ行こうと決めていたわけじゃないので、その辺をぶらぶら。

そうこうしているうちに道に迷い、気づけば丘を登り始め、中心地からはるか遠く、なんだかよく分からん場所まで来てしまった。

上が中心地、下が山。違いは歴然。

しかしそんなところでもきちんとバスが通っているあたり、さすがは国内有数の観光地、熱海。バスの運転手さんもフレンドリー。さすが、熱海。

駅まで行って、日帰りの温泉に入って、そしてまたグリーン車に乗って帰ってきた。

うーん、満足。

瞬間

「社会派バカ」の相手をするのは骨が折れる。



昨日の晩、ついさきほどのことだが、会社のエライ人と飲んだ帰り、地下鉄で自宅の最寄の駅まで行き、出口から地上へ出てすぐの出来事。

横断歩道で信号待ちをしていると、ごろごろと何かを転がすような音が聞こえてきた。

ふと音のするほうを振り向くと、よれた服で、ひげが延び放しの、腰を大きくかがめた老人が、毛布やらスーパーの袋やらを積み込み、えっちらおっちらと台車を押していたのだった。

時間はもう日が変わる頃。

その直後。横断歩道でかーっぺっ、とタンツバを車道にはきすてたえらそうなおっさんが、遠くのタクシーに向けて左手を高く上げて手招きし、そんな距離じゃタクシーのうんちゃん気づかないだろ、と案の定気づかなかったが、何度も手招きしてやっと来た。タクシーをああやって手招きするものなのか。

自分は老人が気になり、もといた方向を見やったが、すでに見失っていた。どこにいったのだろう。

金曜日。曜日柄、仕事帰りに一杯二杯とやった大勢のサラリーマンが、出来上がった雰囲気の千鳥足で街をまたぞろ徘徊するその横を、ただ下を見ながらひたすら台車を押すだけの老人が静かに通り過ぎていく。

今夜はどこで寝るのだろう。何か食事は摂ったのかな。そもそも、一体どこまで、いつまで台車を押し続けるのだろう。


そして彼は、夜の闇に消えた。

赤勝て白勝てほにゃららら。

今日は朝からぐずったお天気だったが、雨音の他に人の声もやたらと耳についた。

それも大勢の、しかも歓声のような。時折「わあー!」と時の声でも上げるかのように響き渡り、正直なところうるさい。

声の主はどうやら子どもらしく、それゆえに音が高いので余計に耳心地が悪い。今日は雨も断続的に降っていたが、その歓声も鳴っては止みの繰り返しだったので、いったい何が起こっているのかとかえって気になってきた。

耳に神経を集中して聞いてみると、何かを応援している声にも思えてくる。あ! とひらめいて地図で家の近くの小学校を調べ、そのWebサイトにアクセスしてみると、案の定、今日は運動会の当日だった。

聞こえてくる歓声とともに運動会の様子を想像していたら、なんだかいてもたってもいられなくなってしまい、結局運動会の会場まで足を運んでしまった。

会場に着くと、校庭のトラックを取り囲むように児童の椅子(教室で使っているやつを運び出すんだよね)が並べ置かれ、その外側にカメラやハンディカムを持参した父兄が陣取る。ああ、いつか見た光景。

みんな一見楽しそうだけど、中には運動会がいやでいやでたまらない子もいるんだろうね。仮病を使う小賢しさと変に理解のある親の2本柱が揃えば参加しなくて済むんだけど、大体は両方欠けているか片方が不足しているので、しぶしぶ参加するんだなあ。

ぼくは運動会を楽しみにしていたほうだったけど。

それはともかく、児童たちは降りしきる雨の中、赤と白に分かれて頑張っていた。ぼくが行ったときにはもう、紅白対抗リレーが始まるクライマックスもいいところで、そのまま最後の整理運動と閉会式まで見てきた。

ついでに美人の女性教諭を物色した。

それは冗談として、雨脚が強まってもその分むしろはしゃぎながら、きびきびと整理運動にいそしみ校長先生の話にも耳を傾けていた児童たちの無邪気さと元気に、自分がはるか昔に失ったものを感じとってぼくは動揺した。

大会の結果はというと、白組が1132点、赤組が1077点で白組の勝利。校長先生の話によると、白組の優勝は実に平成10年度大会以来になるらしい。ちなみに今年度は、PTAの心遣いで負けた組にも「準優勝杯」が贈られた。


「1年1組○○○○君基準、体操の隊形に、ひらけ!」など、何かいろいろと思い出せて、楽しい時間だった。