今年度最後の漢字小委員会が開催

9日は新装なった文部科学省の庁舎で、第20回漢字小委員会が開催されました。この日の審議の大きな目玉は、上部組織である国語分科会総会に提出する『国語分科会漢字小委員会における審議について』をめぐる議論。これは今年度の審議内容をまとめた文書で、つまりこの日のテーマは今年度の総括ということです。

これについては、すでにいくつか報道されていますね。

いずれも2010年2月に答申を予定されている新常用漢字表(仮称)に新しく入るであろう漢字にスポットをあてた記事です。べつに内容は間違ってません。広範な読者に向けた一般紙としては耳目を集めやすい切り口を工夫するのは当然でしょう。しかし傍聴を続けてきた者としては、あまりその部分だけを取り出すのはミスリードを誘うように思います。そもそもこれら県名を表す表外漢字を入れることは、ずっと以前に合意ずみであり、この日に決まったわけではないのですから。




漢字小委員会に限らず、一般に審議会での審議というのは既製の文書をちょっとずつ書き直す作業を延々と積み重ねていくものです。一見しただけではほとんど同じような文書が毎回提出されていて、いったい何が決まったのやらさっぱり分からないことになります。前述の県名の表外字については去年の8月13日のエントリに書きましたが、読み返してみると前年度の審議をまとめたつもりで書いたこのエントリが、じつは今年度のまとめである『国語分科会漢字小委員会における審議について』の概要として過半が通ります。しかしきちんと読めば、もちろんそこには進歩も前進もあるものです。

その意味で注目されるのは、『国語分科会漢字小委員会における審議について』での「II 新常用漢字表(仮称)について→2 新漢字表における字種の選定→(2)字種の選定に伴う問題」(p.4)にある冒頭の一文。

字種の選定に伴って、(略)できれば漢字表の中を複数のグループに分けることなく、なるべく単純明快な漢字表を作成するという考え方を優先する。


この一文に、前年度と違う今年度の漢字小委員会の姿勢がはっきりと見て取れると感じました。前年度までは「読めるだけでいい漢字」と「読めて書ける漢字」の2つのグループに分けるという考え方が打ち出されました*1。これは新しい考え方と思いましたが、今年度では「そのように分ければ複雑になりすぎ、人々に受け入れられなくなるのではないか」という懸念が複数の委員から何度か表明され、それがこの一文につながりました。これは明確な修整です*2

ところがこの「修整」が、前年度までの方針と一部で齟齬を来しているようです。前年度では同時に、頻度は低くても〈日本人として読めなければならない漢字〉は拾うことも表明していました。これは一言でいうと総字数を増やす方向です。一方で前述の〈なるべく単純明快な漢字表を作成する〉という考え方は、いわば総字数の増加を抑制する方向です。つまり、今年度の委員会の中には、まったくベクトルが正反対の考え方が統一されず混在していることになる。しかし実際の選定作業には、なにかしら目安となる数字(総字数)は必要です。これがないと仮といえども線が引けず、作業が進められない。

そこで実際に選定作業をおこなう作業部会「漢字ワーキンググループ」では、前年度に出ていた3,000〜3,500字よりも少ない2,200字を一応の目安に作業を進めることになったようですが、このあたりの矛盾は来年度の火種になるようにも思えます。



もうひとつ。この文書『国語分科会漢字小委員会における審議について』で注目したいのは、字体の問題にも触れていること。

(2) 採用字体の問題
通用字体(常用漢字表)と、新たに常用漢字に追加される印刷標準字体(表外漢字字体表)との関係をどのように考えるか。たとえば、印刷標準字体の「噂」(※引用者註:ハ形)が追加された場合、通用字体の「尊」との関係をどのように考えるのか(「噂」(※引用者註:ハ形)を通用字体の「尊」に合わせて「噂」(※引用者註:ソ形)とするのか等)。
(3 今後さらに検討すべき課題)


この一文の説明で、事務方の氏原主任国語調査官は、「通用字体との違いを気にせず印刷標準字体に合わせるのか、それとも割り切って違いを許すのか」というような趣旨説明をしていたと記憶します。これは今年度の漢字小委員会で話されたというわけではありません。節名から分かるとおり、来年度の「宿題」として新たに事務局が提示してきたという話。いよいよ出てきたな、という印象。ソ形の「噂」が入れば、またぞろJIS X 0213が再々改正ということになります。しかも初版に戻すという醜態をさらすことになる。経産省は嫌がるでしょう。もちろん実装メーカーも。



長くなるのでこれが最後。もう一つ来年度の「宿題」を引用して終わりましょう。

(4) 「常用漢字の定義」及び「新漢字表の名称」の問題
常用漢字をどのように定義するのか。出現頻度数を基本とするが、文化の継承など、それ以外の要素をどのように位置付けていくのか。また、常用漢字という名称でありながら、「常用性(≒出現頻度)」以外の要素で選定された漢字が入っている。一方、「常用性」が認められながらも選定されていない漢字がある。この点は、常用漢字の性格のあいまいさにつながっていると同時に、「準常用漢字」を設定した場合の性格付けの困難さにもつながる可能性がある。この点を踏まえて、新漢字表の名称を今後検討していく必要がある。
(3 今後さらに検討すべき課題)


どうも、まだまだ越えるべき壁、埋めるべき穴は数多く残っているというのが現実のよう。しかし答申予定の2010年2月まであと2年余り、と書くとまだ先は長いように思われるかもしれませんが、最終年度は一字ずつの具体的な検討で暮れてしまうはずで、上記のような「考え方」を詰めるような時間は来年度しか残されていないことになる。そう思うと2年はあまりに短い。

*1:前年度版『漢字小委員会における今期のまとめ』p.3 http://www.bunka.go.jp/1kokugo/pdf/kokugo_bunkakai190115_siryou3.pdf

*2:念のためにいうと、べつに常用漢字と準常用漢字に分ける考え方が完全に消えたわけではありません。分けることにより慎重になったと受け取るべきでしょう。