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2017-02-19

書評のお知らせ

2013年に出た『女の数だけ武器がある。たたかえ!ブス魂』(ペヤンヌマキ)という本が、書き下ろしコラム5本に雨宮まみのテキストを加えて、この間文庫化されました。その書評を、WEBスナイパー(18禁サイト*1)に書いてます。


女の武器は言葉だ/『女の数だけ武器がある。たたかえ!ブス魂』著者=ペヤンヌマキ(幻冬舎) 文=大野左紀子


現在は映像ディレクター、劇作家、演出家の肩書きをもつ著者が、若い頃、コンプレックスを克服するために、AV業界でスタッフとして働くことを選んだところから話が始まります。

私は文庫版で初めて読みました。タイトルは勇ましい中に自虐を感じさせますが、内省的でユーモアに満ちたやさしい文章にグイグイと惹きつけられて一気に読了。文章が上手くてとても読みやすいという意味での「易しい」と、笑わせながらも勇気づけてくれる「優しい」の両方があります。

雨宮まみさんとは同郷で同い年、上京した年も最初にAV業界を選んだところも同じだそうで、「自分のことを赤裸々に書く」というスタイルも共通しています。ただペヤンヌマキさんの方が少し抜け感があるというか、飄々とした持ち味が醸し出されている気がしました。

若い方におすすめ。男性が読めば、目から鱗なところもいろいろあると思います。


*1:両サイドにエロ広告画像が出てきます。見たくない方はお手数ですが、紙か何かで隠してお読み下さい。スマホでは、エロ画像はかなり少なくなります。

2017-02-18

永遠のうさこちゃん

ディック・ブルーナさん死去 89歳「ミッフィー」作家


1959年生まれの私は「うさこちゃん」世代です。シリーズで初めて読んだ絵本は「うさこちゃんとうみ」。今は「ミッフィー」世代の姪のところにあります。


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タオルケースはいつも講義の時、手を拭くハンドタオルを入れて持っていく。「うさこちゃん びじゅつかんへいく」は、美術教育関連の授業で使っている。ハンカチとチケット挟みは、去年展覧会で買った。


追悼に代えて、去年の3月に名古屋松坂屋美術館で見た展覧会のコラムを貼っておきます。

 東日本大震災の折り、「被災した日本の子どもたちにメッセージを」との要請で描かれたディック・ブルーナの絵をよく覚えている。「my best wishes to Japan」と書かれた上に、両目から大粒の涙を流すミッフィー。色はない。日常を根こそぎ奪われた子どもたちを励ますのではなく、その悲しみに寄り添おうとする画家の優しさが伝わってきた。

 1950〜60年代生まれの人なら「うさこちゃん」という名で記憶している、世界一有名な兎の女の子ミッフィー(オランダ名はナインチェ)。開催中の「誕生60周年記念 ミッフィー展」には、55年に初めて出版された『ちいさなうさこちゃん』の原画を始め、ミッフィー以前の初期絵本、油彩画やスケッチなど約300点が展示されている。

 一点一点から感じられるのは、キャラクターのかわいらしさはもちろん、ぎりぎりまで要素が削ぎ落とされたデザインワークのシンプルな力強さだ。確信をもって引かれた線、選び抜かれた色彩、構図。制作風景の映像からは、60年の間人々を魅了してきた絵が、どれだけ繊細に注意深く作られているかが見てとれる。

 絵本の中で特別な事件は起こらない。なくしたぬいぐるみを探したり、夢の中で雲に乗ったり、生まれてくる赤ちゃんのために絵を描いたり。そこにあるのは小さな女の子の日常そのものだ。第2次世界大戦時、ドイツに占領されたオランダで、思春期のブルーナは「平凡な日常生活こそが大切」と胸に刻んだのかもしれない。

 日常が災害によっていとも容易く失われることを学んだ私たちに、揺るぎない明快さでブルーナが描く何でもない生活のささやかなひとこまは、この上なくかけがえのないものに映る。ミッフィーは子ども時代の思い出を超えて生き続けている。

朝日新聞東海版+C「百聞より一見」2016年3月27日掲載)


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2017-02-17

ちくさ正文館と喫茶モノコト

昨日、久しぶりに、ちくさ正文館に行った。


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名古屋では有名な人文系老舗書店。昔、近くの河合塾美術研究所で働いていた頃、しょっちゅう通っていた。歴史・思想・哲学・芸術系が充実していて、棚を眺めているだけで楽しく、長時間入り浸っていた。知的刺激を受ける数少ない本屋の一つ。

店長の古田一晴さんは「東京の今泉*1、名古屋の古田」と言われた、書店の棚作りで定評のある人。映像作家でもある。

昨日行ったのは、私の美術・映画本(と言っても3冊だけだが)を一角にまとめて置いて下さるにあたり、『アート・ヒステリー』の中の後から気づいた記述ミスについて、訂正のしおりを挟んで頂きたく持参した次第。


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左隣の「サイン本」は詩人の馬場駿吉氏のもの。右上の「芸術新潮」の特集「永遠の美少年」が気になる(立ち読みで済ます)。「芸術新潮」と『アーティスト症候群』の間に立っているのは、トリスタン・ツァラのダダ宣言集。『アート・ヒステリー』でダダに触れた箇所があるので、隙間に挟んでくれたのかも。


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石仏的な彫刻を作りながら、唄を歌い三味線を弾いている、多摩美非常勤講師上野茂都さんという人のライブ・展覧会チラシをもらった。ジャンルとジャンルを自由に行き来する人の匂い。「これからこういうのもっと増えてくるよ」と古田さんは言った。


書棚を一通り眺めた後、二階へ。


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前は文庫やマンガがあったが、去年全面改装して、「喫茶モノコト〜空き地〜」というカフェになっている。展覧会やミニライブやトークイベントなども行われるスペース。今は中国の農民絵画(色が独特で美しい)のコレクションを展示中。


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右は、テーマを決めて本とオブジェが置かれているコーナー。雑貨なども売っている。


チャイを飲みながらカフェの人と話していると、古田さんが誰かを連れて上がってきた。十数年ぶりに会う知古の美術評論家Mさん。昔、前衛いけばなと現代アートの展覧会の企画をされていたことがある。そこで見たものについて、『アーティスト症候群』に書いたのを思い出した。

Mさんは今、いけばな界のジェンダー問題(名前の出てくるのは男性作家ばかりだが、影にいた女性の影響力が実は大きいとか)について調べているとのこと。その後、美術系大学周辺やアート状況の話など。


「アートってもう終わったよねって言うと、キョトンとされるんだよね」とMさん。そのアートとは、「個」としてのアーティストを中核とした近代以降のアート(近代美術と、その延長としての現代美術)を指す。その歴史的使命は終わったという話。

そりゃ終わってますわ。若い人見てても、昔なら油絵を描くようなタイプがみんなイラストやマンガや映像に行っているし。アートとかアーティストという言葉だけは残っているので使われるけれど、その内実は拡散し輪郭は曖昧になっている。本体がゾンビ化しているからこそ、「これからこういうのもっと増えてくるよ」なのかもしれない。

このあたりの話を、来月某所でするレクチャーにどんなふうに織り込もうか考えつつ帰宅。

*1:80年代、池袋西武百貨店に入っていたリブロ池袋で、今や伝説となっている独創的な棚を作った今泉正光氏。ジャンルの垣根を超えてさまざまなネットワークが見えてくるような刺激的な本の並びは「今泉棚」と呼ばれ、特別な吸引力があった。

2017-02-11

戸川純の新曲に見え隠れする「天皇」のイメージ

わたしが鳴こうホトトギス

わたしが鳴こうホトトギス


去年発表された戸川純の35周年記念アルバムを、ずっと聴いている。ネット上のインタビュー記事もいくつか読んだ。

アルバムタイトルにもなっている新曲の歌詞は、今回アレンジと演奏を務めるVampilliaの真部脩一が大筋を書いた後、戸川純の要望を加えて完成したとのこと。「わたしが鳴こうホトトギス」というフレーズは、戦国の三英傑それぞれの気性を表した例の有名な川柳から、戸川純が思いついたものらしい。


「鳴いて血を吐くホトトギス」ではないが、いつまでも歌い続けるという彼女の強い意思を表しているこの歌、メロディラインは雅楽のムードの混じったゆったりした唱歌風で、歌詞の表記は旧仮名遣い、言葉遣いは文語調。中国の故事や日本の古典、ことわざがあちこちに。

『改造への躍動』や『極東慰安唱歌』や『昭和享年』(カバー曲集)など、これまでも懐古調なアルバムはあったが、近代を飛び越えてものすごく過去に遡っている。

そしてこれは私だけかもしれないが、聴いているとなぜか「天皇」のイメージがうっすら浮上してくる。今上天皇その人ではなく、天皇や天皇制にまつわる古典的、神話的なイメージが。


そこで、歌詞の意味やそこからの連想を、一行づつ書き出してみることにした。

以下の番号は、歌詞の行と対応している。「わたしが鳴こうホトトギス 歌詞」で検索して全文をご覧下さい。


1. 「春はあけぼの」で始まる清少納言の『枕草子』。

2.3. ホトトギスの鳴き声のオノマトペ。「籠の内に有て天辺かけたかと名のる声の殊に高く〜」(『古今要覧稿』http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/897551/220)。ホトトギスは中国の伝説に因んで「不如帰(去)」(「帰りたい」の意)とも表記し、『万葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』に頻出する。つまり古くから天皇とも縁が深い鳥。

4. 『君が代』を連想する。

5. 昭和天皇の「人間宣言」を連想する。

6. ホトトギスと姿がよく間違えられるカッコウの鳴き声。

7. ホトトギスが托卵するウグイスの鳴き声。

8. 『南総里見八犬伝』に登場する妖刀「村雨」を形容した言葉。そこから、研ぎすまされた日本刀の冷たく不気味に光るさまを言う。

9. この歌のタイトル。

10. 「門前の小僧習わぬ経を読む」から骨格を借りている。

11. カッコウの鳴き声。

12. 天気雨のこと。

13. 皇極天皇が雨乞いをして雨を降らせたという『日本書紀』の挿話を想起させる。

14. 「さあ鳴くのを待って下さい」の文語調の言い回し。

15. カッコウの鳴き声。

16. スズメ、ヒヨコ、トンビの鳴き声。

17. 「雉も鳴かずば撃たれまい」を逆の意味に改変している。

18.16と同じ。

19〜22. 自然情景描写。神話的イメージ。

23.24. 歌舞伎『楼門五三桐』の南禅寺山門の場で、石川五右衛門が満開の桜を愛でて言う台詞(実際は「絶景かな絶景かな」)

25. 「あっそうか」と歌っている。昭和天皇の口癖と言われた「あっそう」を思い出した。


まだ続くがこのへんで。

この後、先の石川五右衛門の台詞の後の「値万両、万々両」を改変した文言や、故事成語や、中国四大名著の一つや、菅原道真の有名な歌の冒頭などが出てくる。


最初の方で「天皇」のイメージが浮上したので、全部がそれに影響されて聴こえた嫌いはある。

「テッペンカケタカ=天辺欠けたか」とすると、これは天皇の逝去を意味しているのかと思ったり。じゃあ托卵は、かつての皇族にあった乳母制度を指しているのかとか。ホトトギス、カッコウ、ウグイスの並びが「偽り」「間違い」のメタファーなら、それは何を指すのか。「雉も〜」の意味を逆転させているところは、もう皇室タブーはなくなったという意味か‥‥‥。

いやいや、完全に深読みし過ぎです。でも作り手の意図とは別にリスナーが何を受け取るかは自由だし、ここまでではなくても同じようなことを感じている人がいるかもしれないので書いてみた。


私がこの歌にぼんやりと思い浮かべた、「雅」でどこかもの悲しい「天皇」のイメージから、単純な日本讃歌や右翼的な文脈を読み取ることは難しい。

だって並んで出てくるのが、平安文学や、中国の古い言い伝えや、閑古鳥の寂しい声や、架空の刀(の形容)や、天下を狙う大盗賊の台詞だ。あえて言うなら、古い文化としての、ノスタルジーの中の「天皇」になるのかもしれない。


戸川純は女優でもあるので、その歌唱も、歌われている主人公の女になりきって演じられる。彼女のプレイは、歌であると同時に芝居である。

そこからすると、この歌での彼女は、古の昔から時代を超えていつまでも歌い続ける歌姫だ。故事成語も古めかしい文言もそのための演出、あるいは雰囲気作りなのだろう。「古文やってみました」的な。

現れるイメージは、積み重なるにつれて何か繋がりがありそうに見えて、はっきりと像を結ばないうちに「日本」「古典」の雰囲気だけ残して消えていく。


ところで、もともとあったファッションとしてのレトロ趣味が、近年「ニッポン万歳」的なメッセージになっているということで注目されていたのは、椎名林檎だった。自民党の「文化伝統調査会」に呼ばれたりもしている。ネタでやってたことがベタになっちゃってる感が、ちょっとある。

戸川純はどうだろうか。戸川純と国威発揚。これほどのミスマッチもない気がするが、伝統文化や歴史、和ものへの関心が一昔前より高まっている中、この歌でその趣向を前面化させているところは、無意識のうちに今の空気をキャッチしているようにも思える。



アルバム全体の感想など。

好きな曲がいくつも入っていて(個人的には『ヒステリヤ』と『ギルガメッシュ』も入れて欲しかったが)、新しいアレンジも、少し野太くなった彼女の声もカッコいい。『バーバラ・セクサロイド』は今の声と歌い方のほうが凄みがある。『蛹化の女』のノイジーなリズムパートには痺れた。

本人の幼少時代の写真が散りばめられていて、世代が同じなだけに不思議な既視感を覚えた。わりと似た系列の顔かなとは思っていたが、ジャケットの写真や『赤い戦車』の歌詞の隣の写真が、自分の子どもの頃と激似で驚いた。


『パンク蛹化の女』、YouTubeに上がっている中では、このステージのドスの効いた声が好き。「林で〜」の時の目がいい。女優だなぁと思う(でも後半はスタミナ切れしてますね)。

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『赤い戦車』。Yapoosのシンプルな音も捨て難い。新アルバムでもこの淡々とした歌い方は変えてなかった。

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この曲が含まれた「犯罪と女」がテーマ(たぶん)のアルバム『ダイヤルYを廻せ!』は、何十回聴いただろう。今はYouTubeに丸ごと上がっている。

2017-02-08

朝日新聞のコラム「百聞より一見」

東海ローカルな話です。

一昨年の5月から、朝日新聞東海版文化面のコラム「百聞より一見」(毎水曜朝刊)に、一ヶ月か一ヶ月半に一回の割合で展覧会コラムを書いています。

今日の紙面では、名古屋市美術館常設展示室3で開催中の、河村るみ「介(かい)- 生と死のあいだ」についての文章が出ています。記事タイトルは、「在と不在『喪の作業』」(デジタル版で読めるのは数日後になります)。


末期がんの母親を自宅介護した作家の経験が元になっている作品です。毎日4時から会場でパフォーマンスも行われています。ものすごく静かな、溜め息のようなパフォーマンスです。

身内を亡くしたことのある人にとっては特に、さまざまなことを考えさせる展示だと思います。今月26日まで(同時期開催中の『永青文庫 日本画の名品展』が、昨日から展示替えで後期に入っています。小林古径の『髪』や菱田春草の『黒猫』が展示される後期のほうが良さそうです)。


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ちらし表裏(可読性が低くてすみません)



記事の締め切りは月曜日で、次週の水曜日に掲載されることになっています。となるとせめてその週一杯、できればあと一、二週間くらいは展示の続く展覧会を取り上げたい。ただ、私以外に演劇と音楽のレビュアーがおり、この週に掲載してほしいと思っていてもそこが取れないこともあります。

従って、ギャラリーで二週間くらいの個展などの場合、よほどタイミングが合わないと書きづらく、どうしても期間の長い美術館の展覧会に傾きがちです。

名古屋現代アートのギャラリーが一頃より少なくなったり、常設展示のところが増えたりで、アート情報を当たっていても「これは是非見ておかなくては」と思う展覧会を見つけるのが難しい時があります。逆にそれほど期待しないで行って、意外に面白かった時も。まあ何でもそうですね。


というわけで、展覧会をされる方がここを読まれていたら、お知らせを頂けると嬉しいです。とりあえずアートに分類されるかなと思われるもので、東海三県で開催されるものでしたら、美術館・ギャラリー展示に限りません(むしろそうじゃない方が面白いかも)。

右上のリンク(ohnosakiko)からプロフィールのページに飛んで頂くと、メールアドレスがあります。ただ必ず見に行って必ず書くとはお約束できない点だけ、ご了承下さい。どうぞよろしくお願いします。



以下、これまで書いたコラムの中から3本ほど掲載しておきます。*1


■『月映』展(愛知県立美術館)

 今日、マンガから評論まで、膨大な数の同人誌が発行されている。一つ一つはささやかなものであってもそこには、「自分たちは今、コレを世に問うている」という気負いと気概がある。広大な原っぱに向かってボールを投げ、誰かが投げ返してくれるのを待っているのだ。

 一九一四年九月、三人の美術学生が、『月映』(つくはえ)という詩と木版画の雑誌を世に送り出した。画塾で出会った田中恭吉と藤森静雄、そこに竹久夢二と交流のあった恩地孝四郎が加わって意気投合し、同人誌活動を経て出版社からの雑誌刊行にこぎつける。結核の田中は中途で療養のために帰郷した和歌山から、作品を東京の二人に送り続けた。第七輯の刊行直前に田中は死去、一年余の三人の活動に終止符が打たれた。

 展示されている木版画は、掌サイズのものが多い。繊細な線で自らの生と死を見つめる田中、宇宙と個をテーマに独特の詩情を湛えた藤森、グラフィカルな構成を目指した恩地。西欧美術の影響も受けつつ、初めての試みに賭ける若者たちの情熱と興奮が、静かに伝わってくる。

 第一次世界大戦戦勝国となり好景気を迎え、モダンな都市文化が花開く一方、各地で米騒動が発生し、大正デモクラシーが起こった一九一〇年代。文学では白樺派が「自由」や「理想」や「個人主義」を謳った。その背景にあった、明治以来の国家主義への忌避感と個人の内面世界への沈潜を、『月映』も共有しているように思われる。  

 社会と自己とのずれ、孤独、自由な生への渇望‥‥。それらの感情を、三人の男子は「板を彫る」行為を通じて時代に刻みつけようとした。百年の時を超えて私たちは今、彼らの投げたボールをキャッチしている。そのボールは、世の中に流されず己の魂を深く見つめているか?と問うている。


■ソフィ・カル –––– 最後のとき/最初のとき(豊田市美術館

 見た映画や展覧会について、誰かと語り合うのは楽しいものだ。「あそこ、面白かったよね」などと体験を共有し合う。しかし時に、同じものを見たとは思えないほど感想が食い違うこともある。それは当たり前だ。見るとはあくまで個人的な体験。極端なことを言えば、私の認識している緑とあなたの認識している緑がまったく同じとは限らない。それを確かめる方法はない。『ソフィ・カル –––– 最後のとき/最初のとき』は、そんな私たちの「見ること」をめぐる隔たりについて、深い思索を誘う展覧会だ。

 一つめの展示は、生まれつき目の見えない人に美しいものは何かと尋ねる<盲目の人々>。盲目の人の肖像写真、その人の言葉、そこからソフィ・カルが想像して撮った写真という三点セットのシリーズだ。視覚をもたない人々が語る「美」が実にさまざまなことに驚かされる。

 二つめは、中途で視力を失った人に最後に見たものを尋ねる<最後に見たもの>。人は外界認識の90パーセント以上を視覚に頼っている。失明直前に見たものとは言わば、その人が世界と別れる時の光景だ。それは盲目の人の語る美と同じくらい、第三者には追跡不可能な、個人的なものだろう。

 だから盲目の人々の言葉とカルの写真との間には、おそらく乗り越えられない壁がある。この「見ること」をめぐる絶対的な隔たりは、三つ目のヴィデオ・インスタレーション<海を見る>で止揚される。海を見たことのない人々が、浜辺で海を見渡している後ろ姿、そして初めて海を見た眼差しのままカメラに向き直った顔が映し出されている。

 私の認識している世界とあなたの認識している世界は、同じではないかもしれない。私たちの出自や環境や体験が異なる以上。でも未知の世界を初めて見る驚き=「最初のとき」は共有できるのではないか。そんな希望が込められていると感じた。


■ほどくかたち - plasticity 米山より子個展(ギャラリー数寄)

 2020年東京五輪開催に向けてなのか、最近よく聞かれる「和のおもてなし」や「日本文化の発信」。だがその中心となっている安倍首相直轄の有識者会議「『日本の美』総合プロジェクト懇談会」で語られる「日本」は、驚くほど古色蒼然としている。「クールジャパン」でも「伝統回帰」でもないリアリティは、どこにあるのだろうか。

 米や和紙という一見非常に日本的な材料を用い、手仕事を通じて素材の美を最大限に引き出しながらも、米山より子の作品は「日本」のイメージからふんわりと飛翔していくかのようなおおらかさを孕んでいる。

 絹糸に様々な間隔で接着されたご飯粒が、半透明に光りながら五月雨のように天井から何十本も降り注ぐ中、台の上に乳白色の像が5体。複雑な襞のブラウスは細かく畳まれた裾の長いプリーツスカートに続き、首や腕はなく中は空洞だ。近づいてみればすべて和紙。

 水に濡らすと紙粘土のような可塑性に富む手漉き和紙を、土台に被せて成形し乾かして土台を抜き取る。身体が土に還った後にひっそり残された「衣装の遺跡」とでも呼びたい静かな佇まい、そして全体の姿や襞の表情から想起されるのは、飛鳥、ガンダーラ仏像パルテノン神殿の女神像。国は異なっても歴史を遡れば、身体と衣服のイメージはどこかで重なり合う。

 窓際のガラスケースの中には、器の水に浸された連なるご飯粒や、絹糸の刺繍を施された和紙のオブジェなど、無国籍感漂う小品が並ぶ。添えられたゲーテの「水の上の霊の歌」は、たくさんの水を潜り抜ける米と和紙に捧げられているかのようだ。

 思えば米も絹も紙漉きも、大陸から伝来し生活・文化の中に根を降ろしたもの。それらを日本的イメージに固定化せずクリエイトしていこうとする作家の姿勢が清々しい。

*1:純粋なレビューというよりは、コラム的な文章です。書き方としては、冒頭に一般的な話題で短い前振りを作っておいて、展示紹介・批評に移り、最後に前フリと関連する文言で締める、という形式にしています。