2011-12-26
熟女キャバクラ
家から車で十分くらいのところに、沖縄料理の店があった。外装は南国風というか何というかやや中途半端な感じで、試しに一度行ってみたが特別に美味しいということもなく、普通の居酒屋に近い特徴のない感じだった。あまり賑わってもいなかった。夫と「この店、たぶん流行らないね」と言いながら帰ってきた。
それが4年くらい前。
この間通りかかったら、店の外観はそのままで「熟女キャバクラ」というでっかい看板が出ていた。前の店はそのうち潰れるとは思っていたが、次が熟女キャバクラとは。って、よくあるパターンなのかもしれない。
周辺は住宅街やスーパーがあり、飲食店は点々としかない。だからその黒地にピンクの文字がエロエロしい看板は、かなり場違いな感じに目立っていた。店の前は小学校の通学路になっているらしく、よく集団登下校しているのを見る。きっと小学生の間で話題に上っていると思う。「なにあれ」「なんて読むの」「じゅくじょ?」「じゅくじょ、きゃばくらってなんだ?」「知らねー」「なんかやらしー」とか。
「仕事が少ないし、私、あの熟女キャバクラで働こうかな」
「面接で落とされる」
「熟女って何歳から何歳まで?」
「わからん」
「25から40くらいかな」
「全然ダメじゃないか」
「50代美魔女は?」
「お前、美魔女なの?」
「いや」
「‥‥で、何が言いたかったんだ」
「うーん。なんか知らないけど最近追いつめられてるということが言いたかった」
「それ、年中言ってるな」
という、景気の悪い会話を夫とした年の暮れ。
あの店はいつ頃までもつだろう。
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2011-12-07
共存生活
10月に咳がよく出て困っていたが病院では肺には異常はないと言われ、貰った薬を飲んでいたらしばらくして収まった。2年前も同じことがあって特に気にしていなかった。ところが先月終わり頃からまた再発。ずっとそれを考えることを避けてきたが、とうとう避けるわけにいかなくなり、近くの内科で血液検査してもらったところ、やはり猫アレルギーであることが判明した。
アレルギーの段階は3.5でどちらかと言えば軽い方ではあるが、「猫は無理ですよ。どうしても飼うなら外か、一部屋に閉じ込めておくしかない」と言われ、悄然として家に帰る。
そう言えば、タマを抱いた時などに濡れた鼻を顎にグイグイ擦り付けられると、ちょっとそこがピリッとして赤くなったことがあった。この数年、くしゃみ、鼻水、鼻づまりもよくあった。妙に目が痒くなることも。普通はそれで猫アレルギーだと気付くのに、そう思いたくないので無意識のうちに否認していたのだと思う。
猫を飼い出して4年目に入ったところだが、なぜ2年目と4年目の秋冬に限って、ここまで症状が出たのだろう。植物とかの他のアレルゲンと合体して強く出たのかもしれないし、たまたま体力や免疫力が落ちている時期だったのかもしれないが、わからない。
夫は「誰かもらってくれる人いないか」と言った。「猫より体の方が大事だ」。
わかっている。でもタマを手放すことはできない。タマがいるから気持ちが落ち込むのを食い止められているので。タマのお陰で更年期を乗り切れると思っている。今タマを手放したら、当分沈んで這い上がれないと思う。たぶんいろんなことに大きく長く影響が出る。タマのいない生活は考えただけで胸が苦しくなってくる。だから絶対に手放さない。だいたい赤の他人と25年も暮らしてこれた私が、猫と共存できないわけがない(理屈になってない)。
そう言ったら夫は黙った。お手上げだと思ったようだ。
最初からもっと症状が酷かったら、諦めもついたかもしれない。
私の感情生活は明らかに一匹の猫に支えられているのに、同じ猫の体から出たものに過剰反応し排除しようとする自分の体が、少し恨めしい。
ネットで調べた結果、アレルギーでもいろいろ工夫して長年猫と生活している人は結構いたので、多少慰められた。もちろんどれだけ対策を講じても、医者が言ったように将来、気管支喘息になる可能性は高いし、その前にどんどん症状が悪化して手放さざるを得なくなる時が来るかもしれない(その時のために今から里親募集しておいた方がいいのだろうか)。
自分の身体に害を与える条件を取り除いて長生きするか、体はしんどくても好きな者と暮らす今の喜びを取るか、選択は人それぞれ。
昔の私なら迷わず前者を取っただろうけど、自ら手放さなくてもいつ何時すべてを失うかもしれないなぁという思いが強くなった今は、後者を選ぶ。
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2011-11-27
J.ボードリヤールの『芸術の陰謀』と画家の逆ギレ
- 作者: ジャン・ボードリヤール,塚原史
- 出版社/メーカー: エヌティティ出版
- 発売日: 2011/10/12
- メディア: 単行本
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1996年、『リベラシオン』紙上に J.ボードリヤールが発表した「芸術の陰謀」というテキストは、「世界中で数多くの言語に翻訳され」「特にフランスでは相当激烈な反応を引き起こした」ということだが、読んでみたらところどころ今書きつつある本の原稿の内容と被っていてなんか微妙にショック(笑)(でもめげずに書く。超ドメスティック・バージョンで)。
日本ではこれまで、ボードリヤールの芸術関連の批評がほとんど論考の対象として取り上げられてこなかった。これも15年経った今頃やっと邦訳が出ているし。
収録されている問題のテキスト「芸術の陰謀」は、13ページ弱と短い。これが議論の的となって受けたインタビューがその後に4本、94年から95年にかけて雑誌に掲載された『美の幻想と幻滅』というテキストが一本、訳者によるキーワード解説、全体の解説と続いている。90年代のアート状況を背景にしたボードリヤールの芸術批評を概観できるコンパクトな作り。
以下、「芸術の陰謀」より抜粋。
芸術自体の消滅と芸術の対象の消滅を演じてみせる芸術、それはまだ [石を黄金に変えるような] 重要な仕事だった。しかし現実を横取りする [芸術が現実を表象することをやめて、現実そのものになる] ことで芸術自体を無限にリサイクルするという戦略に賭けるような芸術は、重要だといえるだろうか? ところが、現代アートの主要な部分は、まさにこの戦略を用いているのだ。つまり、価値やイデオロギーとしてはとるにたらない、凡庸で、ゴミのような現実を横取りするのである。こうした無数のインスタレーションやパフォーマンスの中にあるのは、ものごとの現状との妥協、それと同時に、過去の美術史のあらゆる形態との妥協というゲームにすぎない。
それは、凡庸で無価値なことがオリジナリティだという価値観と、倒錯的な美的快楽の享受の告白なのだ。もちろんこの種の凡庸さの主張はすべて、芸術のアイロニー的な第二段階へと移行することで、芸術を昇華しているつもりになっている。だが、第二段階だろうと第一段階だろうと、そんなことは結局無価値で無内容な発想だ。
(p.10〜11)
初めの方で「重要な仕事」と言われているのは、ウォーホルのことである。彼は「無内容と無意味をひとつの出来事にして、その出来事をイメージの宿命的な戦略に変貌させた」が、他のアート(主に80年代以降のアメリカのネオ・ジオやシミュレーショニズムを指していると思われる)については、訳者の言葉を借りれば、
「芸術が無価値・無内容であるはずがない」という一般人の素朴な思い込みを前提にしたうえで、あえて「芸術は無価値・無内容だ」と言い張る(そう思わせるような意味不明で「難解な」作品を提示する)ことで、芸術(現代アート)は、それ自体が「無価値・無内容」になってしまったという真実を「嘘」として流通させる「陰謀」に成功した、とJBは皮肉をこめて述べたのだった。
(p.187~188)
更に、現代アート作品の評価は実質、市場取引価格にかかっているが、ここでも「そんなに高価な作品が「無意味・無内容」であるはずがない、そこには「何か」があるに違いない」と一般人に信じ込ませる二重の陰謀が働いていると。これら一連の仕組みをボードリヤールは、アート業界の「インサイダー取引」と呼ぶ。
そしてこれは芸術だけではなく、「政治も経済も情報も、同じ共犯関係と「消費者」の側の同じあきらめを利用している」(p.16)と言う。
これはヒステリックな反応を巻き起こしただろう。特に80年代のボードリヤールのシミュレーション理論に強い影響を受けてきたアーティスト達からは。
80年代当時、アメリカの若いアーティストらに祭りあげられていたJB本人は、「シミュレーショニズムの運動は存在不可能だ。なぜならシミュラークルは表象されることができないからだ」(オリジナル不在のコピーというそれ自体が「現実」にとって代わる新たなリアリティだから)と突き放したというが、結果としてあまり効果はなかったようである。
アメリカのシミュレーショニズムを日本に紹介したのは、椹木野衣のデビュー作『シミュレーショニズム - ハウス・ミュージックと盗用芸術』(1991/洋泉社)だが、あの本をバイブルのように持ち歩いている美大生や若いアーティストを90年代を通してしばしば見たものだ。
こうしてボードリヤールのシミュレーション理論は本人の意に反して若干都合良く誤解されたまま、アートから映画(『マトリックス』のウォシャウスキー兄弟など)まで表現者達の制作の指標となっていった。
(‥‥などとエラそうに書いているが、当時は私も誤解していたアーティストの一人であった(爆)
●
発売されて一ヶ月半、誰かアート関係の人がレビューを上げていないかなと検索していたら、今日の朝日新聞朝刊の書評欄で横尾忠則が取り上げていることがわかったので、コンビニに新聞を買いに行く(新聞を購読しなくなってから10年‥‥)。
しかし横尾忠則がボードリヤールをなぁ。ピンとこない。まあムカついてるだろうね。
読んだ。予想通り反発していた。
[‥‥] ウォーホルの出現と彼の死を同時代的に体感した実作家である者にとっては、ボードリヤールの言う「芸術の陰謀」がすでに多くの識者の言説とさほど差異のないことに感じる。かえってアメリカの芸術家のアートビジネスに対するフランス人特有のコンプレックスを感じるが、それとて日本人も例外ではない。
「アートで金儲けするなんて良くない」「芸術はビジネスではない」と言ってる「識者」はいるのかもしれないが、JBはそんな単純なことは言ってない。あのテキストから15年後の今は「すでに」「さほど差異のない」芸術批評があるとするなら(私でも書こうとするくらいだからあるだろう)、そのことはボードリヤールの先駆性を物語るものでしかない。
この後、ウォーホルについて12行も書いているのだが、JBの鋭利なウォーホル評価を読み取ってないような今更な擁護ぶり。もしかして、ウォーホルが槍玉に上げられていると誤読していたのかもしれない。
著者はあくまでも人類学的な視点からウォーホルを観察し、「無価値・無内容」という疑惑に疑問を呈しながら、誰もが「芸術の陰謀」に加担しているという。それがどうしたと言いたい。
ろくに反論しないまま逆ギレである。書評で「それがどうした」って開き直っていいなら何でも書ける。
それに「「無価値・無内容」という疑惑に疑問を呈し」というのは違う。
現代アートはあえて「無価値・無内容」を演じる身振りで、本当は「無価値・無内容」ではないんじゃないか、何かあるんじゃないかと一般人に思わせているけど、実際ほんとに「無価値・無内容」だよ?と言っているのである。
たぶんこの人は『象徴交換と死』も『シミュラークルとシミュレーション』も『完全犯罪』も読んではいないだろう(そもそも出だしから、「「消費社会と現代アート」という副題は1960年代のポップアートを語る上で最も的確なフレーズである」。ウォーホルは度々参照項にしているにせよ、大半は80年代以降のアート状況について書いてあるのだが)。だったとしても、内容を把握した上の反論になっていないのが困る。
「ウォーホルとともに、芸術の危機が実質的に終わりを告げた」とボードリヤールは宣言し、その先には美的な幻想がはたして存在するのだろうかと、何も示唆しないで結ぶ。
これは『美の幻想と幻滅』というテキストを指しているが、そこで「結」んではいないのは明らか。まだまだ続いている。最後に、「シミュラークルの美的形態」が消滅するとともに、「近代以降の西欧文化に先立つ諸文化の、あの儀礼と魔術的幻灯劇(ファンタスマゴリー)の場面に合流することになるのかもしれない。」と、ちゃんと示唆して結んでいるではないか(その後、近代以降の西欧文化なんか知らないよと言わんばかりのアートが中国の新世代から爆発的に出てきたので、あながち外れているわけでもない)。
もちろんアートの世界の人ではないボードリヤールにしてみれば、能天気に現代アート再生の希望の言葉など書く必然性はなかっただろう。
新しいものの価値の探求という近代的手段を超えた創造の地平に立つ時、実作者にとって幕は降ろされるべきではない。終わりは「始まり」の始まりだ。
もはや何を言っているのだかよくわからない。
ボードリヤールは別に「芸術は終わった」なんて言ってない。「芸術は終わった、芸術は死んだと、人びとが私にいわせることを、私は望みはしない。芸術は、死なない。もはや存在しないのだから。芸術は、死にはしない。ありすぎて困るほどなのだから」(p.50)とは言っているが。この皮肉が横尾忠則には通じていない公算が高い。
作品が「凡庸」であろうがなかろうが、未来は芸術家にとっては無制限の聖域である。
やはり何を言っているのだかわからないが、信仰告白をしているということだけは伝わってきた。
全体では「実作者」という言葉が二回出てくるところが興味深い。特に「実」が。こっちは「実体」のある作品を「実作」している芸術家なのだぞ、「実体」のない言葉を操ってる学者とは違うぞ、という気負いが滲み出ている。
まあ横尾忠則はわりとナイーブで直球の人だと私は思っているので、正直と言えば正直な反応なのかもしれない。
2011-11-23
時間について
内田樹の『街場の教育論』の中に、音楽について記した箇所がある。
大学の教養課程を論じるにあたって言及している孔子の「君子の六芸」(礼・楽・射・御・書・数)の中の「楽」が、音楽。これに似た内容は内田ブログでも見た気がするので、例によって繰返しあちこちで書いていることなのだと思うが、面白いので引用しよう。
孔子は音楽を愛した。政敵に追われて放浪しているときも、琴を弾じるのを止めなかった。「楽」は時間意識を涵養するものです。豊かな時間意識を持っていない人間には音楽は鑑賞できません。楽器の演奏も曲の鑑賞もできない。というのは、音楽とは「もう消えてしまった音」がまだ聞こえて、「まだ聞こえない音」がもう聞こえているという、過去と未来への拡がりの中に身を置かないと経験できないものだからです。
単音の音楽というものはありえません。リズムもメロディも、その楽音に「先行する楽音」と「後続する楽音」の織りなす関係の中でしか把持されません。そして、「先行する楽音」も「後続する楽音」も論理的に言えば、今、ここでは聞こえていない。今、ここには存在しないのです。今ここには存在しないものとの関係を維持していなければ、音楽というものは演奏することも聞き取ることもできないのです。[引用者注:この文には強調点が付く]
音楽を聴くとき、それまで聴いた先行する楽章のすべての楽音が「今でも聞こえる」人、これから続くすべての楽章のすべての楽音が「もう聞こえる」人は、今ここで聞こえている単独の音(というのは原理的にはありえないのですが、仮説として)を深く味わうことができます。
はじめて聴く曲であっても、それまでの楽音がずっと記憶されて、聞こえている人は、これから続くはずの楽想がある程度予測できる。その期待にぴたりと添った音が聞こえれば快感が訪れるし、期待から少しずれればそこにグルーヴ感が生じる。
(p.84、85)
これは、時間に関わる表現すべてに言えることではないだろうか。演劇も映画も(そこでの緩急のリズムも物語の展開も)、今見ている場面に「先行する場面」と「後続する場面」の織りなす関係の中でしか把持されない、という意味で。
初めて見る作品なら、「先行する場面」から今進行しつつある場面までの流れによって、「後続する場面」を想像・期待する。期待通りで気持ち良いこともあれば、期待を裏切られて気持ち良いこともある。あまりに期待通りばかりだとつまらないし、裏切りの連続だけでも疲れる。
「先行する場面」の因果律や諸条件にほどほどに寄り添いつつ、その因果律や諸条件のちょっとした乱れが、想像しえなかった「後続する場面」に無駄なく有機的に繋がっていたのだと後でわかった時に、「面白い」「やられたなぁ」と思う。
そして、そのシーンを導き出すために周到且つ丹念に積み重ねられた場面(時間)を反芻し、「そういうことだったのか」「もう一回観て(聴いて)みよう」となる。この後戻り不可能な素晴らしい時間の流れを、もう一回最初から味わい直したい。いや何度でも味わい直したい。
音楽でも演劇でも映画でも「もう一回」がある時、その作品は受け手の「時間意識」を豊富に刺激している。
(回想シーンが混じるとかで)物語の展開がリニアな時間の流れにそのまま沿っていなくても、その作品の中で積み重なっていく「もう消えてしまった場面」と「まだ現前していない場面」の関係性が重要なのは変わらない。
リニアな時間の流れに沿わない形で制作されたシリーズものと言えば、『スター・ウォーズ』だ。シリーズが完結している現在は、物語内の時間に沿って観ることもできるが、やはり制作順(劇場公開順)に観る方が私は好きだ。
『ジェダイの復讐(帰還)』までの三作を観たその後に『ファントム・メナス』を観ると、「この純粋そのもののあどけないアナキンが、ダークサイドに堕ちてあのダースベイダーになってしまうとは‥‥」というしみじみとした感慨を得ることができる。
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ところで、「君子の六芸」には美術がない。「礼」は祖霊を祀る儀礼、「射」は弓、「御」は馬を御することで共に武術。「書」「数」は読み書き算盤だ。西洋のリベラル・アーツ(文法、修辞学、論理学、算術、幾何学、天文学、音楽)にも、音楽があって美術はない。
美術artの語源はテクネー=技術で、近代になるまで芸術家は職人と明確に分かれていなかった。音楽を理解したり楽器を奏でたりすることより、モノ作りは一段下に見られていただろう。
描かれたものは欲望の対象であり俗情を刺激するという意味で絵画は「ポルノグラフィ」(貴族の時代の裸体画はポルノの役割を果たした)だから、そもそも「教養」科目には入れてもらえない。宗教(キリスト教)の啓蒙の道具であっても同じだ。もっと遡れば、岩壁に何かを刻み付けたり石を彫ったものは、呪術に結び付く。
性欲も信仰も呪いも、「教養」とはかけ離れた位置にある。そしてたぶん「教養」よりも起源が古い。
美術には時間がない。
現代アートでは映像作品やパフォーマンス、観客参加型の作品など、そこに時間の経過が含まれているのもあるが、基本的には無時間性を前提にしている。絵画がその代表だ。絵画の鑑賞において「今ここには存在しないもの」はない。すべてが瞬時に一望できる。すべてが一時で把握可能。
何よりも、絵画(美術)は音楽や演劇や映画と違い、物体である。物は空間を占有し、誰かの所有物となる。以下、拙書より。
「物」としてのアート作品は、当然のことながらそれを飾る場、空間を必要とする。本やCDやDVDのように、まとめて棚につっこんでおくわけにはいかない。アート作品が美しく展示される美術館の贅沢な空間は、昔で言えば貴族の広大な屋敷や教会や聖堂である。広大な空間(土地)を所有することは、いつの時代にも権力の象徴だった。有史以来一度として絶えたことのない土地の境界線を巡るあらゆる争いは、この空間獲得と物を所有することへの欲望から起こっている。美術というジャンルは、その中に宿命的に組み込まれているのである。
(『アーティスト症候群』より)
空間を制した者が勝者となる長い時代を経て、今はいかにして他人の時間を支配し得るかが要となっている。
あらゆるエンターティメント、サービス産業はもちろん、モノを売る商売でもまずは消費者の限られた時間をいかにそこに浪費させるか(CMの回数・時間から店舗の滞在時間を延ばすことまで)に力が傾注される。消費者の方も、「どんなモノを所有するか」より、「何に時間を使うか」に関心を向けるようになった。
そんな中で美術は依然として、物として所有可能な存在形式とアートの(根拠なき)神話化によって、富裕層や資産家の間でやりとりされる超高額マネーの代替物となっている。モノより時間の趨勢の中で、それは音楽や映像などに比較しても、ますます融通のきかない表現ジャンルとなっていくようにも見える。
だが裾野に目を転じてみると、美術のプリミティヴな現れ、たとえば子どもの絵は、私にはるか彼方の古い起源のようなものを思い起させる。それは、性欲のようなものだったり、信仰のようなものだったり、呪いのようなものだったりしている。
そんなふうに、絵を描く中で欲望を解放していく幼い子どもにとっては、絵そのものより「絵を描いている時間」が重要だ。クレパスで画用紙に描線を次々と重ねていく時、子どもは既に描いた「先行する色と形」から、これから描く「後続する色と形」への、後戻り不可能な時間を生きている。「今、ここには存在しないもの」との関係を手探りで探している。
それは、自分の中に湧き上がってくる聴いたことのない音楽に耳を澄ましているような状態かもしれない。
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2011-11-12
現代アートとヴァイオリン少女
大学3年くらいだったと記憶しているので、今から30年前、80年代冒頭の話。
芸大の彫刻科は3年から素材によってコースが分かれており、私は金属を選択していた。そして、現代美術の底抜けの泥沼に足を踏み入れかけていた。
もちろんその時は泥沼などとは思わず、現代美術こそが新しい価値を創造するのだと信じていた。
当時、金属室の先輩たちの作品は、石や木を彫っている人たちの作品より「新しく」「刺激的」に見えたから、金属室は私にとって面白く居心地のいい場所だった。
学期の最後だったか先輩たちと飲みに行って、私と数人が助手の人の家に泊まった。朝、二日酔いの寝ぼけ眼で起きてくると、皆がテレビを見ていた。ヴァイオリン少女のドキュメンタリー。まだ子どもなのに凄いテクニックだ。お母さんがつきっきりで教えている。
「ステージママだな」
「子どもの時からあれじゃあ大変だよなぁ」
「きっとバイオリン以外何にもしてないんだろうな」
先輩たちの会話には明らかに、その必死な親子への揶揄があった。
クラシックが好きな人はその場にいなかったのだろう。それに加えて、みんなそれぞれ現代美術の信奉者。「現代美術こそが新しい価値を創造するのだ」目線からは、クラシック演奏家の卵の修行の世界は”古い”ものに見えたのかもしれない。
少し居心地が悪かった。物心ついた頃からピアノを習っていて、できれば将来は演奏家になりたいと思っていた時期があったからだ。裕福な家ではなかったが親も投資をしてくれた。
そのピアノを中二の冬にやめ、美術方面に進路を変更した。当初は不遜にも、人の作った曲を人より上手く弾くことに全力を傾けるより、「オリジナリティ」や「個性」重視の「自由」な絵の世界の方が私に合ってる、などと思おうとしていた。
もちろんその比較の仕方は間違っている。人の作った曲を弾くことの中に「オリジナリティ」や「個性」を輝かせる人が、クラシックの演奏家である。そのためには才能と、血の出るような修行と、それに耐え抜く根性が必要。
私にはどれも少しずつ、だが決定的に足りなかった。今、テレビに映っているその子を見れば、何が違ったのかは火を見るより明らかだ。
ピアノに挫折した時の思い出がトラウマのように蘇ってきた。同時に、そっちの世界の厳しさもよく知らないのに安易に揶揄するなんて‥‥という、先輩たちの会話に反発する気持ちが湧き起こり、私は押し黙ってテレビを見ていた。
「新しい価値の創造」の下にアートが拡散に拡散を重ね、そこでの「個性」や「オリジナリティ」がお題目と化した20年後、私は制作活動を休止した。その”後片付け”をする中で、美術 - アートについては多少文節化できるようになった。
しかし音楽は未だにわからない。アートの底の抜けた「自由」より、音楽、特にクラシック音楽のもつ宿命的な「不自由」が数段魅力的に感じるのは何故なんだろう。音楽のとてつもない情動喚起力はいったいどこから来るのだろう。
音楽の前に私はいつも無防備で、優れた演奏に打ちのめされている。今はもう昔のツラい思い出が蘇ることはない。
(因に、ヴァイオリン少女五嶋みどりはテレビに出た翌年、お母さんとニューヨークに渡った。その後の活躍はご存知の通り)
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