身体、それは最後の抵抗の場・・・『バービー』

「映画は世界を映してる」第3回は、アカデミー賞の賞レースにはあまり噛めなかったものの、話題性では昨年の洋画を代表すると言っても過言ではない『バービー』グレタ・ガーウィグ監督)を取り上げています。

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ネット上でも様々な観点からのレビューが出ていましたが、作品の一筋縄ではいかない構造と多様な読みの可能性から、「フェミニズム映画」と見る人、「アンチ・フェミニズム映画」と見る人に分かれていたのが非常に興味深かったです。

それらの反応を踏まえつつ、もう一歩深く踏み込んで書いてみました。ぜひお読み下さい!

 

以下、本文より抜粋。

 

1959年の定番バービー発売以降、この約65年間に、西側先進諸国を中心として女性の地位は向上してきた。あらゆる分野に女性労働者が進出し、女性の起業が奨励され、「女性が輝く社会」といった言葉が流通し、さまざまなジャンルに成功した女性が数多く登場した。

こうした中で先にも触れたように、マテル社は20年ほど前から、現代の多様で個性的な女性像というフェミニズム的なニーズを察知し、「何にだってなれる」という夢と共にあらゆる職業のバービーを世に送ってきた。「さまざまな個性」を基盤とした「多様性」は、現代社会の金科玉条である。

[中略]

現代社会では、人々は「生産する主体」以前に「消費する主体」に位置付けられる。少女たちも”多様”なバービーを消費し、”多様”な夢を見せられる。しかしそもそも、大統領や医師や売れっ子作家から道路工事の作業員まであらゆる職業のバービーをつくったところで、実際には誰が道路工事の作業員として「輝ける」と積極的に思うだろうか。

今こそ見たいパレスチナを知る映画『パラダイス・ナウ』

連載「映画は世界を映してる」第二回は、『パラダイス・ナウ』(ハニ・アブ・アサド監督、2005)を取り上げています。

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パレスチナの二人の若者が対イスラエル自爆テロ要員に選ばれてからのまる二日を、彼らの日常を交えて描いた秀作。

途中からの何とも意外な展開については書いています(普通の作品紹介でも大体明かされている)が、具体的な結末には触れてません。是非お読み下さい!

画像の一番左が主役を演じたカイス・ナーシェフ、隣がその親友を演じたアリ・スリマンです。

テロリストには狂信的な人間像が当てはめられがちですが、ここでは普通の生活者である彼らの日常の延長線上に、テロという政治行動が位置付けられていることがだんだんわかってきます。同じパレスチナ人の自爆テロへの疑問や、彼ら自身の迷いも繊細に描かれます。

さまざまな賞を受賞した本作DVDに併録されている日本語吹替版には、作品に感銘を受けた井浦新窪塚洋介が出演(ただアリ・スリマンの役に当てている窪塚洋介の声があまりに窪塚洋介で、アリ・スリマンが喋るたびに窪塚洋介の顔が思い浮かんでしまいました)。残念ながら配信はないようです。今こそどこかの劇場で上映してほしいものです。

ちなみに記事表題は最初「私たちはテロリストの素顔を知らない|(映画タイトル)」を提案したのですが、編集者によって変更されました。若干刺激が強いのと、「テロリストの素顔」と言うと、今は桐島聡氏が想起されてしまうからかなと思っています。

記事の終わりの方で、『テルアビブ・オン・ファイア』(サメフ・ゾアビ監督、2018)を短く紹介しています。主演は同じくカイス・ナーシェフ(←めちゃイイです!)。イスラエルによるパレスチナ支配の中で、両者の関係をこうしたコメディによく落とし込んだものだと感心します。今ではもう作れないかもしれません。

次回は、昨年もっとも話題になったあの作品を取り上げる予定です(提案が通りますように)。

 

新連載始まりました・・・第一回は『ハドソン川の奇跡』

最近の事件や事象と関連した映画を取り上げる新しい連載が、ForbesJAPANで始まりました。

第一回は、今月2日に起きた羽田空港での事故及び救出劇を受け、実話を描いた『ハドソン川の奇跡』(クリント・イーストウッド監督/2016)について書いています。巧みな構成に抑制されたタッチでトム・ハンクス演じる機長の姿を追った良作。監督が撮影のために本物のエアバスを購入したことでも話題になりました。どうぞお読み下さい。

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先月末の予告では、自爆テロに向かうパレスチナの青年を描いた『パラダイズ・ナウ』(ハニ・アブ・アサド監督、2005)を取り上げる予定でしたが、航空機事故が起こったのでこちらに変更しました。『パラダイス・ナウ』は来月掲載の予定です。
ただ、まだ完全に月1連載と決まったわけではなくて、記事のPV数などが連載の継続と関わってきます。これからも読んでみたいという方は、ぜひよろしくお願い致します!

耳を掻けど一匹(ひとり)

 

飼い犬タロになっているつもりで詠む「犬短歌」、2023年下半期の歌です。
まあまあのも今ひとつのも全部上げました。気に入ってる歌の最後には*マークをつけてます(/サキコとあるのは私名義の歌)。俳句も少々あります。

 

◆ 七月

 

仲直りするには一におやつだよ二によしよしでおやつを付ける

 

めんこい子見たら待ち伏せしてるけど来る確率は三割くらい

 

リビングで岩合さんのネコ歩き見てるな俺と遊ぶの忘れ

 

ひとくちで食べるおやつを「ふたつね」と割ってくれても量は変わらぬ

 

AIは向日葵の色知ってるか  *

 

雨雲の切れ間の散歩あちこちで人はいそいそ犬はのんびり

 

一匹の蟻が仲間に君たちはどう生きるかと問う庭の隅  *

 

うだる夜早くビールが飲みたくて散歩は短いコースにしたね

 

苦瓜の木陰は涼し気持ち良し今宵はここで月眺めたし

 

雨上がり夜風と月と街灯に伸び縮みする我らの影と

 

青い鳥消すならせめて柴犬に戻してくれりゃよかったのにね

 

キラキラと青い尾光る蜥蜴の子つるりと呑めば冷たいだろな

 

夕焼けは空襲思い出すと言う母に夕焼け画像見せれず/サキコ

 

スコールが来たら路上に飛び出して水も滴るいい犬になる

 

 

◆ 八月

 

奥深く昏き洞窟隠すよな老母の尻にシャボンをつける/サキコ  *

 

ブラッシングしながら「気持ちいいなあ」と俺のかわりに呟くおばさん

 

手ブレした夜の写真に写ってる変な光はすべて妖精  

 

この甲羅もういらないわとコルセット外した母の胸の薄さよ/サキコ

 

向日葵は目覚めて伸びをする猫のように咲くのかニャアと鳴きそう

 

ご主人がお暇を出してくれぬゆえ浪犬になる望み捨てたり

 

仲良しの子がイケメンの奴といて皆吹き飛べばいい台風で

 

夜も更けて蛙の声と虫の音の交響曲は田園に満つ

 

筆先のかたちに鳥が列なして夕焼け雲は水彩になる  *

 

おばさんは活動的ではありません食っちゃ寝するのが理想の暮らし

 

家中でトップの活動家は俺で次はルンバだ連帯しよう

 

ベトナムの犬になりたい春巻きを食べてグエングエンと吠えたい

 

自然は球・円錐・円筒形だとかほんとなのあの月は平たい  *

 

塊のササミ出るまでストライキするので差し入れササミでよろしく

 

飼い犬にとってのストは飼い主の言うこと一切聞かないことだ

 

飼い主の言うこと聞かない犬は皆ササミで懐柔されるものだよ/サキコ

 

ちっぽけな肉で手なづけられる身に生まれたは幸それとも不幸

 

丸まったティッシュをササミと間違えるタロという犬に会えたは幸/サキコ

 

 

◆ 九月

 

夕闇に溶けても君はヒト俺はイヌの濃度で佇んでおり  *

 

雨の日に散歩に行って雨宿りする場所探す人生だった

 

次に来る台風の名がコイヌだと聞いて出迎え態勢になる  *

 

くっきりと毛色の薄い両肩はいつか天使の羽生えるとこ

 

脱毛がそんなに好きか人間はもふもふペット愛でてるくせに

 

あのポメも俺には興味ないらしい 草の匂いはまだ夏のまま

 

対談の告知に俺が出てたから参加しようと待っていたのに

 

大根の苗は小さい約束のように並んで厳冬を待つ  *

 

「雨降ってくるよ」に「ごはん食べなさい」混ざって「ごはん降ってくるよ」と

 

あの猫が避けているのはおばさんで俺は嫌われてないとおもう

 

お散歩の相手代わったシーズーよ あのおばあさんどうしているの

 

この草はすてきな秋の肌触りぜんぶおうちに持ち帰りたい

 

 

◆ 十月

 

半枯れで夏を弔う道の草 黒いレースの影を落として  *

 

甘くないプリンタルトを秋の夜俺と分けたら甘い関係

 

耳を掻けど一匹(ひとり)  *

 

今日気分いまいちたぶん一回分おやつがnothingひとりでgrooming

 

少しだけ甘い生活夢見たが甘さほどほど人生だった/サキコ

 

モンブラン栗から芋へ南瓜へと変わり秋めくコンビニスイーツ

 

キャッサバの芋は苦いかしょっぱいか葉陰でひとり前足を噛む

 

公園の鉄棒くぐって犬歩く 人(馬鹿)はくぐれず頭ぶつける

 

犬になる前の記憶を呼び覚ます金木犀の甘い香りよ

 

整然と並ぶキャベツはそれぞれの芯で小さく拳を握る  *

 

あの雲は老いた天使が横切ったあとにたなびく長い白髪

 

飼い主よごはんを完食してあげてお腹ヨシヨシさせてあげよう

 

ゴミ箱の蓋の重石じゃもったいない この丸石の才能を見て

 

◆ 十一月

 

天日干しされた稲穂の下歩む 米が光って俺も光って  *

 

落ち葉だけ撮ってる前に出てモデルしようとしたら邪魔と言われた

 

敷きたての舗装は熱い 肉球を守って回り道するが吉

 

爆音にたまげたブルーインパルス落ちないでくれ空のサーカス

 

疲れてる人よ文字校正してるときの目つきで俺を見ないで

 

校正が済んだら犬の毛の本数かぞえてるひと頭おかしい

 

十歳になる年末に「おやつ量アップ宣言」期待している

 

青空の羊の群れはみな迷子 犬のかたちの雲がないから

 

あのひとのまわりぐるぐる駆け回りバターになった自分を舐める  *

 

薔薇の咲く場所に行けない僕たちは冷えた地面を見つめて歩く

 

 

◆ 十二月

 

雲間から魔王が追ってきて僕に囁いてるよ馬を飛ばして

 

百舌鳥はいつ食べに来るのか早贄の蜥蜴の青は冬空の色  *

 

新しいゴムの匂いのコンバース少し汚して少し怒られ

 

新品のシューズわざわざ踏んだのはオマジナイだよ怪我せぬように

 

犬死には人だけのもの目的のために僕らは死んだりしない

 

犬たちでおやつリレーをして遠い国で飢えてる犬に届ける

 

世界一著名な犬は新しい躾のような名だねデコピン

 

側溝の闇から誰か呼んでいる 道になりたい猫かもしれぬ  *

 

オシッコも凍りそうだよ雪の朝

 

戌年のおじさんなんかほっといて犬のおじさん構ってほしい

 

犬小屋はからっぽ今は人間の小屋にいるのね遊べないのね

 

 

 

これまでの犬短歌はこちら。

 

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「もし君がこの世にいなかったら」という設定が効いてる平凡な男の『素晴らしき哉!人生』

『シネマの男 父なき時代のファーザーシップ』第24回で取り上げたのは、往年の名作『素晴らしき哉!人生』(フランク・キャプラ監督、1946)です。一人の平凡な男の半生に「父なるもの」がどう影響していたかに焦点を当ててみました。

 

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古き良きアメリカ映画のエッセンスが詰まった、クリスマスシーズンに見るのにふさわしい作品です。天使の目線というファンタジー的な設定が面白い。お爺さんの姿に扮して出てくるのも意表を突いてるし。そして何と言っても、コメディもこなせるジェームズ・スチュワートの好演が光っています。

 

さて、ForbesJapanのコラム寄稿制度が変わりまして、時事問題やトレンドなど、より読者の目に留まりやすいトピックが重視されることになりました(ポータルサイトの閉鎖や仕切り直しが相次いでいるようなので、そういう流れもあるのかと思います)。
『シネマの男』で取り上げたい作品はまだありましたが、時事問題との絡みが難しいため、今回で連載は終了することにしました。これまでの記事は、前の連載も含めてこちらから読めます。

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来月からも引き続き、映画を取り上げた記事を寄稿していく予定です。ただ、形式としてはこれまでのような月1定期ではなく、こちらが提案した作品及び関連するトピックなどが編集部で検討され、通れば掲載というかたちになります。従って、少し間があくことがあるかと思いますが、またその都度ここで告知していきますので、引き続きよろしくお願いいたします。

第一回目の提案は通りました。取り上げる作品は、『パラダイス・ナウ』(ハニ・アブ・アサド監督、2005)です。自爆テロに向かうパレスチナの二人の若者の48時間を追ったドラマ。数々の賞を受賞し日本でも話題になりました。配信では扱っていませんので、未見の方はDVDで是非。

 

2020年の在名古屋米国領事館前ビラ撒き事件から始まったある救援活動をまとめた『自称・救援ノート』発売中です。

『自称・救援ノート 救援される前に読んどく本』が刊行されました。私は執筆と編集で関わっています。BOOTHで冊子概要と目次を公開していますので、是非ご覧ください。https://jisyokyuennote.booth.pm/items/5270402

 

 

「自称」とは「自称・救援会」から来ており、「自称・救援会」は当時救援対象だった「自称・室伏良平」に倣っています。
活動家のハンドブックとして歴史の長い冊子『救援ノート』と似たタイトル・外見にしたのは、パロディではありません。当該本が担ってきた役割を評価しつつも、それが基盤としている左派の運動の構えとは距離を置き、別の視点を提示しようとする我々のスタンスを示すものです。
今回、初公開の情報が多いので、一連の事件や救援活動についてTwitterなどで概略は知っていたという方も、是非「はじめに」から順を追って読まれることをお勧めします。


【参照】発売中の雑誌『情況』2023秋号に掲載の拙テキスト『「ヒステリーの言説」を超えてーある救援活動の総括』内で、「はじめに」の全文公開をしています。

 

『自称・救援ノート』を出す目的は以下です。
1. これまでいろいろな事情で伏せざるを得なかった(そのために自称・救援会は様々な誤解を受けてきた)情報をすべて公にし、そこにあった問題を問う。
2. 左派系の救援、ひいては運動の”常識”というものから距離を置いている我々の姿勢、考え方を示す。

自称・救援会メンバーの立場は右から左まで様々でしたが、当冊子の執筆者も同様に様々です。我々はあるポリティカルな問題意識のみで繋がっています。そして、左右を超えてオルタナティブな活動と思想に関心のある人々に、この冊子が広く読まれることを願っております。どうぞよろしくお願い致します!


【委託書店】 
模索舎(新宿)  
Bar&イベントスペース ミズサー(新宿)
タコシェ(中野)
特殊書店Bibliomania(栄)
人文書籍ウニタ書店(今池) ※名古屋の書店には29日頃から並ぶ予定です。
【詳細】
408ページ・1500円(税込)

https://twitter.com/zisyokyuen2023

 

『赤ちゃんに乾杯!』の赤ちゃんの位相とは(連載更新されました)

「シネマの男 父なき時代のファーザーシップ」第23回は、独身の男三人が降って湧いた育児にドタバタする『赤ちゃんに乾杯!』(コリーヌ・セロー監督、1985)を取り上げてます。二年後にアメリカで『スリーメン&ベイビー』としてリメイクされたヒット・コメディ。

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冒頭はパーティ・シーンですが、幼児の横顔が描かれた絵画が映されている(それを見ている人はいない)ところから始まるのが、なかなか意味深です。
大きな家なのかなと思って見ていると、三人の男性が広いアパルトマンをシェアして住んでいる、ということがわかります。ここで、後々の展開に大きな影響を及ぼす重要な契機がさりげなく描かれるので、要注意。
それにしても、欧米の自宅パーティの場面、いろんな映画でよく見ますが、たくさんの人がリビングやテラスや廊下で飲みながら立ち話してるかと思えば、誰かをくどいていたり、たまに二階のベッドルームでセックスしてたり、カオスだなぁといつも感心します。日本でも六本木ヒルズとかの超高層マンションでは、そういうことが毎晩行われているんでしょうかね‥‥(←想像力が貧困)。

作品に戻ります。ジワジワと助走をつけるように面白くなっていき、お約束だなと思うところもありながらも、麻薬が絡んできてからはサスペンスフルな展開に。いろいろなエピソードをうまく捌いて見せているところは、同監督のこれも大ヒット作『女はみんな生きている』(2001)を思い起こさせます。

マリーという名の赤ちゃんがすごくカワイイ。赤ちゃん俳優は2、3人いる模様。テキスト後半では、ドラマにおける赤ちゃんとは?という考察をしています。

 

さて、連載最終回になります次回は、往年の名作『素晴らしき哉、人生!』(フランク・キャプラ監督、1946)を取り上げます。お楽しみに!