Hatena::ブログ(Diary)

週に一冊

2017-03-27

大嶋幸範 『国民の象徴の憲法違反行為』

 去年夏、天皇がなるべく早く退位したい旨をテレビで表明された。大震災に遭った避難家族を膝を折って慰める天皇の姿に感動していた国民は、ほとんどが賛意を示した。それを受けて退位を根拠づける特別法も近々成立するようで、退位後の称号や住まいまで既定のものであるかのように報道されている。
 しかし天皇の「お気持ち表明」は多くの法学者の疑義をまつまでもなく明らかな憲法違反である。なぜなら日本国憲法第4条第1項は「天皇は、・・・・国政に関する機能を有しない」とはっきりと明文化しているからだ。内閣国会が関係法の整備に向けて動くよう、自身の意向を直接全国民に向けて表明することが、憲法で禁止された国政へ関与でなくて何だろう。
 高齢になって、被災地への慰問、海外王室との交流などが困難になっていることが大きな理由だと天皇は言われる。摂政ではそういう大任は果たせず、だから健康な若い天皇に譲りたいと言われる。
 だが、失礼は百も承知だが、健康や体力の衰えといった個人的問題を突然自分でメディアに語り、それでもって内閣を動かそうとするのは、国民統合を象徴する存在の行動としては、あまりに直情径行であり軽率すぎないか。そして象徴天皇は「個人」であると同時に「国家機関」でもあって、憲法のどの条項にも抵触してはならないことは誰よりもご存じのはずではなかったか。
 大半の国民が私情として天皇を敬愛しているのはよくわかる。しかしそれが、意向表明ひとつで法律の改廃につながるのでは、日本は近代民主主義国家ではない。憲法の天皇関連条項がたとえ未熟な「悪法」であっても、それを改廃できるのは立法府だけのはずである。<メディアへの直接表明→国民の翼賛的同意→新法制定>という今回の動きは、一歩間違えば、同調しない者には後ろ指をさす戦前社会の雰囲気さえ思い起こさせて暗澹たる気分になる。

2017-03-25

大嶋幸範 『原発賠償費用を電気代にこっそり上乗せ』(朝日新聞投稿原稿)

 2月27日付本紙一面に「福島原発の賠償費 1世帯年587〜1484円を電気代に上乗せ 負担額は検針票には示されておらず、利用者の目には届かない」とあった。
 被害者に対する賠償の必要は理解できる。国や東電が巨額賠償に対する資金を短期的には用意できず、一般国民に負担を求めることも、理解できる。しかしその負担を「検針票に示さず、利用者にわからない」ように、いわば家計から「こっそりいただく」とはどういうことなのか。国はなぜ国民に対し堂々と「原発賠償用特別税として、電力会社ごとに1世帯年587〜1484円の負担を電気代に上乗せしてお願いしたい」と言えないのか。
 今回の電気代上乗せによる賠償費負担は、ヤミ課税のようなものである。国民は気づかないとタカをくくった詐欺行為である。こういう姑息なことをしているかぎり東電や当局の信用はいつまでも上がらない。(20170307大阪朝日記事)

2017-03-22

谷崎潤一郎 『盲目物語』(講談社現代文学全集)

 46歳のときの作。信長の妹、浅井長政の妻、淀君の母であるお市の方。その美貌の人の悲しい生涯を、按摩として彼女に長く仕えた弥市という座頭が、後年なじみの肩もみ客相手に語った体裁になっている。弥市は三味音曲の心得もあって長政にもお市にも贔屓にされていた男ということだ。越前・北の庄(福井市)の柴田勝家の城が秀吉に落とされるときの話そのものは、日本人なら知らない人はまずないといってよく、意外な新事実というものも出てこない。
 この小説は無教養な弥市の語り口を写し取るために、人名でさえひら仮名書きするような、当時の口承伝説ふうの文体になっている。私が読んだ二段組み大型本でひら仮名文字7割のページをパラパラめくると、句読点と改行をわざと少なくしたのがいかにも黙読しづらく見え、ため息が出てしまう。
 しかしかつては幾多の軍記物語も芝居台本も、すべて黙読よりも音読されることを前提として大きな文字で書かれていた。宗教の聖典も、洋の東西を問わずそうだった。そのことに気がつくと、谷崎は、百姓出の座頭を語り手にし、古文に擬した平易な文章を音読させることで、安土桃山時代の男、女、武将、平民の雰囲気を、みんなが楽しめる淡い絵巻にしようとしたのだろう、と思う。
 唇を動かしながら読んでいけば、北の庄の城攻めの際に、信長の顔を脳裏に浮かべながらも、お市を生きたまま手に入れたい秀吉のあせりともどかしさ、やっと妻にできたお市を秀吉にだけは渡したくない勝家の後悔と未練など、日本戦国史の声涙ともにくだる名場面が、さすが大家の手になる講談噺として胸にしみじみ入ってくる。

2017-03-18

森鴎外 『大塩平八郎』(昭和出版社 鴎外作品集第5巻)

  天保8年(1837年)、大坂町奉行所の与力・大塩平八郎は、米の値段が騰貴し、貧民が難渋しているときに乱を起こした。この暴動の原因はただ一つ、飢饉である。
 天保3年(1832年)頃から天候が長期的に不順になり、ひどい不作が続いた。天保7年の作柄は全国平均で平年の30%ほどだったといわれている。米の相場は作柄に反比例して上昇し、天保初年の大阪では1両で150kgほどの米が買えたのに、天保7年になると50kg弱しか買えなくなった。3倍以上も高騰して平民は米を食べられなくなってしまった。
 p70-1
 大塩は貧民の味方になって官吏と富豪に反抗した。そうして見れば、この事件は後の世に言う社会問題に関係している。もちろん「社会問題」という名称は西洋も18世紀になって、企業家と労働者の間に生じたものではあるが、その萌芽はどこの国にも昔からある。貧富の差から生じる衝突はみなそれである。
  もし平八郎が、人に貧富の別の生じるのは自然の結果だから、成り行きのままに放任するのがよいと個人主義的に考えたら、暴動は起きなかっただろう。
 もし国家なり自治団体なりに頼って、当時の秩序を維持しながら救済の方法を講じることができたら、彼は一種の社会政策を立てただろう。また、徳川専制社会になるまえから自治団体としていくぶん発展していた大阪に、平八郎の手腕を振るわせる余地があったら、暴動は起きなかっただろう。
 この二つの道がふさがっていたので、平八郎は当時の秩序を破壊して望みを達しようとした。平八郎の思想はいまだ覚醒せざる社会主義であった。平八郎は極言すれば、天明の飢饉以来それまでに幾たびか起きた米屋壊しの雄である。天明においても天保においても、米屋壊しは大阪から始まった。平八郎が大阪の人であるのは決して偶然ではない。
 平八郎は義士であり哲学者であった。しかしその良知の哲学からは、頼もしい社会政策も生まれず、恐ろしい社会主義も生まれなかった。

2017-03-13

森鴎外 『阿部一族・堺事件など』(昭和出版社 鴎外作品集第4巻)

 この巻には、ほかにいくつかの短編が入っている。その一つ『羽鳥千尋』では、羽鳥という青年に私淑され、書生として居候させてくれと頼まれる(鴎外自身らしい)「私」の、小学校以来の大秀才ぶりが詳しく書かれている(p63-4にかけて)。鴎外のことだから文の調子は抑えられていて、少しも嫌味ではないが、あきれるほどよく勉強ができたようだ。
 『堺事件』は土佐藩士が20人ほども切腹させられた外交事件を描いたもの。大政奉還の前後、フランス駐留兵とこぜりあいがあって、フランスが先に発砲したのにもかかわらず、撃ち返した土佐藩に非があるとされたという典型的な「植民地いじめ」である。外交能力のまったくない日本政府を小手先で扱うヨーロッパ先進国が憎らしいが、小説の中ではそのフランス公使が武士たちの凄惨な切腹場面を見せられて慌てふためく。
 藩士の中には、自分の腹をまず下から上へ、次に左から右へ裂き、最後に上から下へおろして、しかもその裂けた腹に手を突っ込み、腸をつかんで投げる者もいた。この場面は史実らしい。場所は土佐藩菩提寺の庭。外国事務総裁の皇族・山階宮、伊達、細川、土佐薩摩長州備前など雄藩の家老が立会人としてこの地獄絵図の見物人となった。
 以来150年の間にこの国の人の、ものの見方、思い込み方、感受性はこんなにも変わった。いま私たちは、何に目をそむけ、何を美しく正しいと思い込んでいるだろうか。