『難解な』医学用語が現場にもたらす影響

用語の『壁』

■予後・合併症…患者に通じない736語、国語研が言い換え例

 「予後」や「病理」といった医師が使う専門用語について、国立国語研究所が全国の医師を対象に調査した結果、患者に意味が伝わらなかった言葉が、736語に上ることがわかった。
 同研究所は来年春をめどに、医療用語をわかりやすく言い換える例などを示した「病院の言葉の手引」(仮称)を作成する。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080306-OYT1T00402.htm

「難解な」医学用語が、医師患者間のコミュニケーションの障害となっている、という記事。
具体的にどんな例が挙げられているかみてみると、(一部解説付記)

  • 「予後」
    • 病後の経過や病気のたどる経過についての医学的な見通しを指す言葉
    • (がん診療の際には「余命」の意味で使うことがある。)
  • 「合併症」
    • 手術後に最大限努力しても起こってしまう可能性のある副作用の一部
      • いくら説明しても『医療ミス』のことだと間違われる
  • 「陰性」
    • 検出されないこと、など。
      • 『インフルエンザは陰性でした』と言ったら、『やはりインフルエンザでしたか』と言われた*1
  • 「悪性腫瘍」
    • 狭義には悪性腫瘍=癌。広義には、癌と「肉腫」*2をあわせたものを指す。
      • 本人や家族にショックを与えないよう「がん」を「悪性腫瘍(しゅよう)」と言い換えたら、「『がんでなくてよかった』と誤解された」
  • 「化学療法」
  • 「病理検査」
    • 切り取った病変部位を顕微鏡で観察する検査。
  • 「がんの浸潤」
    • がんが、正常な細胞の隙間に入り込みながら増殖していく事*4

などが紹介されている。

用語が理解出来無いと何故困るか?

面倒な事は抜きに、はっきり言ってしまう。
医学用語を全て理解しなくても、患者は『困らない』

正確に言うなれば、『困らなかった』。昔は。

たとえ「合併症」が何か分からなくとも、「化学療法」がどんな治療かわからなくても、
「病理検査」がどんな検査かわからなくても、「浸潤」と「転移」の違いが分からなくても、
患者は別に困らなかった。昔ならば。

では、なぜ困るか?

『患者の権利』を主張し、その末に行きついたインフォームドコンセント』医療
それが、全ての元凶である。

『用語が理解出来無くて困る』などという初歩的な問題が、
今更になって取り沙汰される所以は、そこにあるのだ。

*1:『陰性』なのだから、『インフルエンザではありませんでした』と同義。

*2:癌と肉腫の差異は上皮性か非上皮性か。詳しくはググれ。

*3:放射線療法、外科療法、ホルモン療法などとの対比で使われる

*4:私にも上手い説明方法が思いつかない。とりあえず、「浸潤」は隣接部位に対する広がり方であり、全身に癌が撒き散らされる「転移」とは異なる。

『インフォームドコンセント』至上主義社会

知っての通り、近年の医療は「インフォームドコンセント」(以下"IC")*1至上主義である。
かつては、医師が診察し、医師が良かれと思う治療を(一方的に)進めるのが、医師-患者の関わり方だった。
しかし現代の医師は、常に患者と知識を共有し、患者の理解と同意の元で治療を行うことが求められている。*2
それ故に、コミュニケーション手段である『用語の壁』が、今更になって問題となったのだ。

そもそも『IC』は『誰』のため?『何』のため?

そもそも「IC」は、『患者の権利』を最大限尊重するために導入された概念である。*3
知識的にも精神的にも弱い立場にあるとされる「患者」を保護し、医師と『対等な関係』であらしめるための手段である。
それが一体何を意味するか・・・逆に考えてみよう。

『権利』の"裏"の『義務』

先に『IC』は患者の『権利』であると説明した。当然ながら、権利の裏には、常に『義務』がついて回る。・・・お分かりだろうか?

説明を受ける患者の「義務」。端的に言うなれば、次の2点であろう。

  • 説明を「理解しようと努力する」義務
  • 自分の「同意に責任を持つ」義務

当然、医師がいくら熱心に説明をしても、患者側にそもそも理解する気が無ければオハナシにならない。
患者は(用語云々はともかくとして、)自分の病気を理解しようと『努力』することが求められている。

また、理解した上で下した自分の決断には、それなりの『責任』を持たなければならない。
意地悪な言い方をするなら、

『説明したよね?同意したよね?自己責任だよ? 』ということだ。

『医学の理解』の必要性

さて、ここまで説明すれば、不精な貴方でも『理解しようと努力する』気になっただろうか?
そう。現代に於いては、「医学の理解」は、即ち、己の受ける医療を左右する重要なファクターなのだ。

ここでタイトルに戻ろう。この記事のタイトルは・・・
『義務教育に『医学』を! 〜医学を学びたくなる怖い話〜』

*1:『説明と十分な理解の上での同意』と訳される。詳しくはググれ。

*2:ただでさえ医師の人手不足が叫ばれる中、お値段据え置きのままに『説明義務』が追加された医師側の負担は過酷なものがある

*3:"裏"の顔もある。後述

義務教育に『医学』を!

現代の義務教育は、一体、実生活にどれほど役に立っているか。

ミジンコの観察が一体何になる?
光合成を知る事に、どんな意味がある?
星の動きや星座、地層の出来方が、何の役に立つ??

そんな実生活に全く関与しない知識は、高等教育の場で勝手にやれば良い。
古語を勉強する暇があったら、医学用語を勉強するがよろし。

患者の『義務』を全うするため、そして何より貴方自身が『良質な医療を受けるため』に、
義務教育における『医学教育』の重要性を、ここに指摘するものである。