蒼穹の昴〈1〉


2004年10月刊  著者:浅田 次郎  出版社:講談社文庫  \620(税込)  377P


蒼穹の昴(1) (講談社文庫)


歴史小説で人気があるのは明治維新と戦国時代を扱った作品で、中国の歴史を題材にしたものはあまり目にすることがありません。吉川英治の『三国志』や司馬遼太郎の『項羽と劉邦』が有名ですが、本書のように清朝末期時代を書いた小説を読むのは初めてです。


文庫本で4冊ある『蒼穹の昴』の第1巻には、主要な登場人物になる(たぶん)少年と青年が登場します。少年の名は春児(チュンル)。馬の糞を拾って生活の糧にしている貧しい境遇のなか、占い師から「汝は必ずや、あまねく天下の財宝を手中に収むるであろう」と予言されました。
幼なじみの兄貴分・文秀(ウェンシウ)も都で栄達することを予言され、その第一歩として科挙の試験を首席で及第しました。文秀が出世するのを待てない春児は、財力も学問もない人間の最後の手段である宦官の道を選び、文秀と決別します。


第1巻では、物語の進行に伴って、中国王朝独特のシステムである宦官と科挙の実態が描写されています。
特に文秀が経験した科挙の場面では何十年も浪人している受験生が登場し、人生を翻弄される秀才たちの悲劇、試験システムの厳格さに目を見張ります。
時は清朝末期。西太后張作霖が活写される小説の始まりはじまりです。


第1巻から、ひとつトリビアをご紹介。
科挙の答案には、四書五経を前提にした高度な内容が求められますが、内容だけでなく、升目の埋め方も定められた形式に準じていなければなりません。
以下、引用です。

 まず答案用紙の上2格を空欄にして書き始め、皇帝の所有にかかる「国」「都」「殿」「廷」などの言葉は一格を上に突出させて書く。
 「皇帝」「聖懐」「制策」などの、皇帝そのものの存在や意思にかかわる言葉は、同様に二格を上げて記す。
 さらに「祖宗」や「皇太后」などの言葉は、三格を上げ、一字を欄外に突出させる。
 こうした書式を「擡頭」という。
 またこの擡頭に際しては、その前行の末尾に空白を作らぬよう工夫しなければならない。常に字数を計算し、「也」や「矣」などの助辞を駆使して行を埋め、擡頭の敬語がちょうど次の行頭に現れるようにする。
 この前行をぎっしりと最後まで埋めることを「徹底」と呼ぶ。
 決しておざなりの形式ではない、語り尽くせぬ敬意を表現するために、ぎっしりと徹底させたのち一挙に擡頭するのである。
 さらに、擡頭は多すぎても少なすぎてもならず、冒頭より数えて五行目と七行目、または九行目と十一行目に出現するのが最も巧みな文章とされる。

「徹底」がこういうところから来ているとは知りませんでした。もちろん、広辞苑にも載っていません。
ふ〜ん……。(← 「へーへー」と言わんかい!)