ブラック・スワン 不確実性とリスクの本質
著者:ナシーム・ニコラス・タレブ/著 望月衛/訳
出版社:ダイヤモンド社 2009年6月刊 各\1,890(税込) 298P,336P
白鳥のシルエットが描かれた上・下2冊の分厚い本を見て、やはり分厚かったユン・チアン著『ワイルド・スワン』を連想しました。
ジャンルが違っても、読むのに時間がかかるのは同じ。
今まで聞いたこともない世界に導いてくれるところも一緒です。
著者のタレブ氏は、金融界のバクチ打ちであるデリバティブ・トレーダーでした。
どんなに値動きを予想しても何が起こるか分からない業界に身を置いた経験を基に確率論やリスク管理についてニューヨーク大学で教え、現在はマサチューセッツ大学で不確実性科学を研究しています。
トレーダーとしての経験、学術界での議論から達したタレブ氏の結論は、世の中は不確実性に満ちている。にもかかわらず、学者も一般人も何も分かっちゃいない、ということです。
表題の「ブラック・スワン」というのは、文字どおり「黒い白鳥」のことです。
かつて西洋では、スワンは白い鳥に決まっていました。しかし、オーストラリア大陸には白鳥と同じ姿で黒い鳥がいることがわかり、白鳥は「白い」という常識は覆ってしまいました。
タレブ氏が「ブラック・スワン」と呼ぶのは、この事件のように、誰も予想しなかった出来事が起こることを指しています。
常識で凝り固まった頭には「ありえない!」と思うことが、いつか必ず起こる。それは誰も予想できないゆえに、非常に強いインパクトをもたらします。
しかも、起こってしまえばすぐにもっともらしい解説が加えられ、以前から予想していたような気にさせられるのです。
何度もバブルが弾けるのを経験してきたくせに、またもサブプライム・ローンという「住宅バブル」をふくらませ、「ありえない」ほどの打撃を世界中に与えた事件が昨年起こりました。
世界はまだ混乱の最中ですが、早くも「サブプライム・ローン問題は起こるべくして起こった」という解説本が山ほど出版されています。
本書もサブプライム・ローン問題のおかげで注目を浴びた解説本、という見方もできますが、本書の原著『The Black Swan』が米国で出版されたのは2007年ですので、むしろ予言本、警告本といえるかもしれません。
ただし、タレブ氏は予言や予想を次のように否定しています。
「歴史はありえない出来事でいっぱいなのはわかっても、今後どんなありえ
ない出来事があるのかなんて、わかるわけないでしょう」
予言本という持ち上げても、「迷惑だ!」、「分かってないね」と反論することでしょう。
タレブ氏が本書で展開している不確実性、リスクについての考察は、世の中の「分からなさ」加減を「分かった」気にさせてくれます。
そもそも、タレブ氏は「何もかも予想できない」と言っているわけではありません。
彼の言う「月並みの国」では、確率と標準偏差を使って、かなり精度の高い予想ができます。
一方、予想もできない出来事が起こり、その事件の影響を強く受けるのが「果ての国」です。
「月並みの国」とは、たとえば多くの人の身長のデータです。
データが多くなればなるほど、平均値の近くに多くの値が集りますし、最大身長の人が平均身長の10倍も背が高いということはありません。
一方、多くの人の年収データを集めたものは「果ての国」に属します。
データが多くなっても、平均値からとんでもなく外れた値が出てきます。
ビル・ゲイツの年収をデータに含めたと考えてみてください。最大の年収額が平均年収額の10倍や100倍あっても不思議はありません。
タレブ氏の言うには、この世の重要なことは、ほとんど「果ての国」に属します。
仕事も結婚も、希望することはできても、予想することはできません。
ならばどうすればよいか。
どこまで本気か分かりませんが、タレブ氏のアドバイスを3つ紹介しておきましょう。
その1。
もちろん完全なリスク恐怖症になれなんて言っていない。(中略)
私がこの本で書きたいのは、目をつぶったまま道を渡るのはやめようということだ。
その2。
私たちがたまたま今日までこうやって生きながらえたからといって、今後も同じ
リスクをとり続けるべきだということにはならない。(中略)
私たちはロシアン・ルーレットをやり続けてきた。いい加減もう止めて、堅気に
なったほうがいい。
その3。
身構えろ! (中略)深刻な万が一のことには、全部備えておくのだ。