Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

枡野浩一『ショートソング』

『石川くん』に、こんな一節がある。

石川くんは、最初に出した本は歌集で、次に歌集を一冊出しただけで死んでしまうわけだが、ほんとは小説家として成功したかったんだよね。
短歌なんか、どうでもいいさって、うそぶいていた。
だけどほんとは自分の短歌に
ものすごく自信があったんでしょう。P162

そう言っていた枡野浩一が書いた小説が『ショートソング』。
オーケンの『グミ・チョコレート・パイン(グミ編)』を読んだばかりの自分としては、青春小説としての完成度にも興味があったのだった。
小説家では無い人が書く小説だということで、はじめは何だかびくびくしながら読んでいたが、文章全体が読みやすく、ストーリー、登場人物、ラスト全部含めてうまい小説だった。*1
一人称で進められるストーリーは、僕=美男子だがチェリーボーイの国友克夫(短歌初心者)と、俺=プレイボーイで天才歌人の伊賀寛介の二人の視点が交互に登場する。短歌界をめぐる状況についても示唆しつつ、登場人物たちの短歌が挟まれる構成も自然だった。漫画化されるというのにも納得だ。
しかし、この本でもっとも驚いたのは100を越える引用短歌(ほとんどは登場人物たちの作品として登場)の半分以上が自作ではないこと。それまでの作品もそうだが、どうも、枡野浩一は、短歌という作品が多くの人に読まれる場、というのを模索している人のようだ。作品内でも、歌人のほとんどが、百数十万を自腹で出して自費出版で数百人の歌人仲間に読まれる、という状況が登場するが、そういう短歌界の現状を変えよう、と思っている人らしい。
これは、主人公の克夫が、結社には入らないで作品をつくる道をとっていることにも表れている。
そういうところを考えると、青春小説という以上に「枡野浩一の主張」なのだろう。
後半部で、プレイボーイの伊賀が、昔関係のあった女性に、理由なく突然ストーカー扱いされて途方にくれるという、よくわからないエピソードが出てくるが、これも、あとで本人の結婚離婚に関する経緯を少し知って納得した。
青春小説としても一流だし、枡野浩一周辺の知識があると、さらに楽しめるという、一粒で二度おいしい小説だった。
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なお、実在の店が数多く登場するこの小説の中で、ひときわ気を引いたのはザリガニカレーというメニューがあるという「ザリガニカフェ」(P294)。ザリガニは入っていないようだが、ちょっと行ってみたくなる店名だなあ。

*1:これを読んでからグミチョコを振り返ると、ゴテゴテしすぎている。読む人によっては「痛い」と感じるだろう。そこが『グミチョコ』の魅力なのだが・・・。