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悠久バプテスマ このページをアンテナに追加 RSSフィード

思考をそのまま文章としてアウトプットする実験、あるいは普通の雑記

2017年01月08日(日)

[]重力

 オナニーとして文章を書く。なかなか現状を打開できない。答えが見当たらない。何やったっていつも悩んでいる。割とすぐ人間関係をリセットする奴は、その人間関係に得がなくて、自分がむかついたり疎ましかったりするばかりの損なものでしかないか、その理性に勝る感情により横槍を入れられているか、というところだろう。自分に理性と得があれば、リセット一択なんてわけはないし、得のある人間関係ばかりを構築できていることを、誇ってもいい。が、それが得と損を併せ持つ場合は非常に難しいものだ。単なる数学であれば、プラスだったら得、マイナスだったら損、と定義して、+4+(−3)=+1のように、値を足せば、総合的な判断を下すことは容易だ。プラスだから、得ですね。しかし実際には、まず値を見定めることから始まる。+4っぽい+(−3っぽい)=+1っぽい。たぶん得じゃなかろうか。と判断する。でも実は−3っぽいと思ってたものが−5っぽいと判明すれば、たちまち−1っぽいとなり、損に転じる。ぽいぽいぽい。そしてその両方の値が非常に近いものであると、正負を誤る。数学になぞらえて書いたが、この種の問題は、実際には、a+b=cを求めるのではなく、a+b≧0の真偽を求めるのだろう。人間、水槽に石が1092個入っているのか1093個入っているのかを見定めることは容易ではないが、100個と1000個なら分かるだろう。それぐらいスケールに差がないと難しい。

 俺は案外に根が真面目なのだなと思った。特に、筋を通すことが重要なようだ。他人にもそれを求めるし、自分にもなかなか求めるようだ。厄介なところだ。おそらく一番よいのは、他人にも自分にも求めないことだろう。それを徹底できるのがサイコパスだと思っている。サイコパスはとてもよさそうだ。しかし単なるサイコパスは、他人の感情、特にこの、筋が通っているかについての共感が欠落しているので、他人から不評を買いやすい。そして結果的に損をさせられる。普通、自分の行動や言動を相手がどう思うのかを予想するには、自分がされたらどう思うかを問い合わせて答えを得る。自分の中に存在する感情回路が、おおむね他の人と同じようにできていることを知っているからだ。しかしサイコパスは、問い合わせ先がまともな答えを返さない。だからサイコパスになるなら、こうしたらどうやら人は怒るようだ。とか、こういうのは喜ばれるようだ。などを経験や分析などから記憶し、感情を模せなければいけない。それができる頭があるなら、感情問い合わせ先を持っているよりもサイコパスが優越すると思う。感情を問い合わせることは、しばしばしんどいからだ。これは人間の遺伝子に組み込まれた重力のようなものだ。全員が持ち合わせていなければ人間にとって損だが、みんなが持ち合わせている中で、一人だけ、あるいは少人数だけ持っていなければ、そいつらのみ得である。税金を誰も払わなくなったら困るが、俺だけが払わなくてよいなら、超得である。感情がなくて、困らないのであれば、免税のようなものだ。しかし、サイコパスというのはかなり先天的なもので、後天的に獲得できるようなものではないと思う。仮にできるとしても、サイコパス獲得したい!と思えるぐらい物心ついた頃には、もう獲得できないぐらい人格形成が進んでいるだろう。それぐらいの重力がなければ、もっとサイコパスの人は多くて、人間は困っているだろう。ああサイコパスになりたい。感情に振り回されず、自分の都合のいいように他人をコントロールすることだけに心血を注げる。部分的サイコパスでもいい。擬似的なサイコパスにはなれる。サイコパスのように振る舞うことはできる。しかし感情があるのにそんなことをすると、重力によって壁に叩きつけられたりする。重力が邪魔だ。でも重力はあるからしょうがない。

2017年01月07日(土)

[]このブログに見にきた人向け「お願いの撤回」の補足

約束や宣言を最小化して正確に記述するため、分かりにくい文書になってしまったかなと思います。平たく言うと、「お願い」によってお互いに制限していたことはすべて撤回する。元のように、私が自分のサービスに何を登録するか、削除するかについて、何も約束しない、という状態に戻す、ということです。

つまり、勝手に登録される、勝手に削除される、勝手に無限に追われる、ということもありうるし、たまたまある人にとっては意志に沿うような状態になるかもしれない。

それを受けて、各人が、登録申請や変更申請をする、無限にチャンネルを変える、意見を言う、俺を叩く、絶縁するなど、何をするのも、法令等に違反しない限りは自由。ということです。

そういう状態に戻すのは、俺が見たいチャンネル、人が見たいチャンネルの一覧性が失われるのは、私にとって損だからです。お互い勝手にやりましょう。という話ですね。

[]「お願いの撤回」として、「お願い」を配布した配信者に、その後配布した文書

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[]「お願い」として一部の配信者に配布した文書

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2016年09月15日(木)

[]プログラミング必修化検討について

 小学生の段階でプログラミングが必修化することを検討とかなんとかいう話を聞いて、いろいろ考えてみると、他の数多の制度に比べて、思ったより一長一短あったので、驚いた。所得税が下がるとうれしいし、消費税が上がると悲しいし、介護士の給料が上がってもうれしくも悲しくもない、などと、ほとんどの決まり事は、俺の立場では損得がはっきりしているのだが、非天才的中堅プログラマである俺の立場では、メリットだと感じる点が想像より大きかった時や、デメリットだと感じるそれが同様だった時に、インパクトが大きいなと思った。

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2016年03月30日(水)

[]やよい

 言葉を紡ぐことこそが前に進むことだ。デスクワーク風情の者からしたらそう言うほかない。生命体の大きな目的、それはやはり自身の情報の伝達だと思うんです。子孫を残すというのは、自分の形を、有限時間後に少し残すこと。so-fiが言うように、100年後の化石の中に残るのは、今日焼いたサンマの骨なんでしょうね。そうしたって、俺のような者が残せるものは、子孫じゃないですよ。そういう磁場にいないから。だったら何だって言ったら、マジで今日焼いたサンマの骨ぐらいしかないわけですよ。俺が食んだっていう、その程度の爪跡しか残せない。これが偉大な政治家だったら、そいつの創った制度とかが、すげー長い歴史の上をわたりあるいて、まんまと遺る。たとえば消費税を導入した元首の爪跡は今も色濃く残っている。忘我の民にああだこおだ言われて、存続している。それが有限時間内でしかないから、その有限時間+1以降には結局、爪跡消失。という議論はいいんだ。そいつの知覚は、さらに短い有限時間内であるところの、そいつの生涯に閉じているから。噛み砕いて言うと、そいつが持つ煩悩のひとつ、「何かを遺したい欲望」。その欲望が満ちるのは、そいつが生きている間に、「ああ、これで、未来永劫に等しいくらいに俺の意図が、俺の行動が、世界に遺る」と確信する時。でもそれを知覚するのは、そいつの生涯において、そいつの生涯からせいぜい想像できるスケールの「未来永劫」の間。それは決して永遠じゃない。無限じゃない。人間は、無限という概念を定義することはできても、体感することはできん。だから、そいつが未来永劫だと思っても、それはそいつのちっせえ物差しで、永劫を誤認したに過ぎない。だから無限じゃないじゃん。という議論は俺は却下したいということ。人間なりのスケールで、そいつなりのスケールで、そいつの心が満ちればいいのである。だって無限はないからさ。永劫はないからさ。実質。要はクスリでパッパラピーになれば、ぜんぶ解決なんだよなあ。酔ってるんですけど、大丈夫すか? 俺はいつもクリアサのロング缶3本ですべての酒宴を終えるのですが、今日はさらに追加のウイスキーまで行って、なお、眠気が来ないので、いつものように管巻きバプスススですよ。ブログのタイトル、忘れちゃったい。酔った時にしかしないこと。掃き溜めみてえになっちゃってっけどよ。こういうシーンは、必要だと思うんだよ。だって、言葉を紡ぐことでしか俺は、遺せないんだもんよ。

 ふと、自分と何の接続もないような、匿名の媒体で、こういうことをしてみようって思うことはある。つまりそれは、はてな匿名ダイアリーのような欲望だ。俺は、はてな匿名ダイアリー軽蔑している。記名せず、あえて記名せず、ネットのハンドルさえも記名せず、放言する、そんな空間が、尊いわけがない。塵芥。消えろ。という感情を、俺は厳然と持っている。しかし、その欲望も十分に理解できるんだ。それを知った。俺は、その軽蔑の気持ちから、自分の情報を過剰にネット上のアドレスに接続している。自分の実名は出さずとも、自分の時間を十分に、リアルよりも深くコミットさせて構築した自分の仮想人格は、何より確かだし、そこにすべてを集約することを、覚悟としてきた。噛み砕いて言うと、俺にはネットでやってること以上のリアルなんてほとんどないし、そこに「Revin」という名前を用いてすべて接続することで、矜持を保っている。逃げも隠れもしないぞと。それは、実名とか住所という、それがバレたら、いやがらせを全通しするだけのセキュリティホールみてえなレイヤー以外のすべてを賭けているという矜持だ。しかし、それが肥大しすぎていて、俺は家庭環境やら学歴やら職歴やらもほとんどみんな公開情報になってしまっている。けっこう生臭いレベルで明らかになっている。そしてそこからいろいろと実益を得ている。たとえば、暇な時にゲームやってりゃ、誰か寄ってくるような、ブロードキャスト環境が常に横にあるとか。たとえば、ささやかなアフィリエイト収入やら。欲しいものリスト経由の贈与や、仕事や、生きがいや。これは、どうしても、ブランドイメージみたいなものはあって、たとえば俺がリアルに前科あるとするじゃないですか。それを開陳したとしたら、どうですか。前述したどれか、おかしなことになるでしょ。今んとこ前科ねえけどね? 念のため。そういう、享受してるもんと、あんまり接続したくねえってものは、どうしてもやっぱ出てくるんだよなあ。でも、そういう込み入った事情をつぶさに書きてえって欲望が掻き立てられる瞬間ってのもあるよ。やんねえけど。匿名ダイアリーってのは、そういうところに寄生してるんだろうねえ。その欲望は理解できてしまうんだよなあ。

 で、この欲望ってのが根ざすところはね、1行目の話にも関わってくるんだよ。これ、今、まだ3行目だってよ。つまり2つ前の段落で巻いた話のことね。遺したいもの。俺は、作家志望なんて揶揄されたこともあって、今でいうところのワナビ、という状態で20代前半を過ごした経緯がありましてね。それで、売文に憧れたこともありながら今はナリを潜めましたが、というか、自分の生涯のこうした懊悩には、「注目されるべき価値がある」、という風に考えていたんですよ。つまり、俺が感じている悲しさとか、喪失感とか、無念とかは、純文学よろしく、注目してもらえばきっと面白くて、討論されてしかるべきであり、それを小説やら何やらで形にして、上梓すれば、間違いなく重要であると、思い込んでいたことがあったんです。で、それは歳をそれなりに減ると、俺のそのブースは、別に傑作を出し物にしてないし、例えば苦境感ではブラック企業に勤めて自殺に至る人とは比べものにならないぐらい平穏としているし、親がギャンブル狂で離婚してDVで、みてえな家庭に比べればいくぶんまだマシな環境で生育してきているし、そんなに大したことないわけですよ。んでもって、別に俺より知能が高い人はけっこうな数いるから、例えば俺が考えつくようなことって、ほとんどがどっかの人が既に考えついてるわけっすよ。俺とかより、レディ・ガガの方が面白いんすよ。でもレディ・ガガにあんまり傾倒せずに、今の俺に傾倒してる人って、すげー低確率を撃ちぬいて、数奇にここにいるんすよ……。なんかよー分からん確率を引いたんです、あなたがたは。

 そういう意識になっちゃってしまうと、もう別に何も吟じないですよ。なんかよーわからん俺という落とし穴にハマった人が、抜け出せずにいるだけで、そのことを俺自身が分かってしまったら、まあ、ゆるくレディ・ガガみたいな人を軽く指差して、あっちでもいいんじゃないの……? みたいなことを小声でつぶやきながら、それでもアンタ、ここにいるんなら、演るけど。ぐらいのモチベーションで、事を成しているだけですよ。日陰だから、そんなもんですよ。

 まあ……。ほんと、どうでもいいっすよ。死ぬほど物食うし。酒飲んでる時、死ぬほど物食うし。太ったらええねん。見た目など知ったことかよ。糖質なんざ1日1kgに制限じゃい! んで別に死期が迫ったらそれでええやないか。俺の意識以外、何もないんじゃ。ボケが。ほら、これで俺が出会ってなんかいないことが証明されたでしょ? そんなことになってないから。これ、俺の真に迫ってる感じで、完全に確信してほしい。お前ら、なんか配信とかニコ生とかやってるやつなんか、裏であんじょうやってるんやろ、みたいなことを信じてやまないやろ? そんな面従腹背のベロ出してるやつに、こんな言葉、紡げます? 俺だけは本物であると、確信しなければならないだろ!

 はよiphone se届けや!

2016年02月01日(月)

[][]酔

 管巻きバプテスマ。この深刻さをどうやって解決するのか。というのも、俺が青春のうちに設立したはずのこのブログが、酔っ払った時に書き込むだけのしょうむない空間と化している事実。こんなはずではなかった。かつての自分への贖罪。どれだけ落ちぶれても精神世界同然にこの世の中を扱えて、酒や麻薬などの力で自分の実存が揺るがされるなどと想像だにしなかった時代がありました。もっぱら、今は酒の力によってしか、この程度のまとまった文章を書けなくなっている、むしろ、書くモチベーションを維持できずにいる。どうだっていい。本当に、この管巻き、どうだっていい。まさに、「しょくざい」を入力するのにお前はどれだけかかったんだ? 手元がおぼつかなく、入力したいキーをひとつ入力するたびに、体感では、2回に1回のペースで、余計な衍字を繰り出している始末。入力の衝動と、入力の実現性、もしくは正確性、をトレードオフにして、俺はこのブログを書いている。情けないといえば情けない。脳に身体がついていかない。脳の陽気さが、身体を操って、その陽気さに任せて、いろいろなことをここに記述しようとしているが、その陽気さを産んだ脳はいいが、身体に対して、アルコールが為した所業は、かなりの手もとのおぼつかなさであり、このトレードオフは原始時代を彷彿する。なんでだ。平易な言葉で表現するなら、酔っぱらいでもしなければこれほどの長文を書く気はしないということだ。なぜか。むしろ、なぜ、昔は無償の長文をここに綴ったか。それは、パトスによるものである。パトスでのみ、衝き動かされる時代というものがあった。思いのままに行動し、それに殉じる覚悟を常に持っていた時代があった。ああ、タイプミスが著しい。キーボードで入力をおこなうことが必然である時代に生を受けたことが少し口惜しい。この機会の喪失に乗じて、より有用なことを言えればよかったのに。ノイズ。思いのままに行動し、それを公表し、安定していた時代があった。フェイズが変わったのだろうか。うーん、なんか前に提起したような気がする問題なので、この辺で終わっておく。酩酊状態にあっての入力が困難であることが、文量の現象に繋がったことはテクノロジーの敗北を予感する。特に諸君らに共有しない。