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旧・悠久バプテスマ このページをアンテナに追加 RSSフィード

移行

2017年05月13日(土)

[]移行

はてなダイアリーは時代遅れだったようなので移行するわ

http://rev84.hatenablog.jp/

2017年05月05日(金)

[]季刊と化したブログ

 今年は昭和の日が土曜日に吸収されて、祝日が少ないGW。その点は残念だけど、平和な日々だね。こんな日は、生き急ぐようなオートマティスムじゃなくて、普通に言葉を練ろう。脳の回転も鈍っているだろうしな。最近は、睡眠時に無呼吸疑惑があって、脳細胞が日々死にまくっている可能性がある。物覚えも悪くなったような気がする。「アレ何ていうんだっけ?」「何の話をしてたんだっけ?」「なんでこの話をしたんだっけ?」とかの機会が増えてるような気がする。けっこうやばい。これって頭髪みたいなもので、まだ若くしてキテしまったり、歳がいってもぜんぜんその気配がなかったり、人によって多様なものだと思うんだけど、さて32歳でこれが多くなるのは早いのか遅いのか。能力的な劣化が早いのは損失大きいよなあ。参るね。物を覚えるよりも、その物を調べる方法を覚えるように、脳がリファレンスに特化してきているのでは?と思ってやり過ごそう。

 この頃、和食の旨さにプチ感銘を受けている。というのも「わが家の食堂」という食堂に最近通っているため。日暮里鶯谷の間にあるのだが、西日暮里に住むことおよそ6年にしてようやく存在に気づいた。おかずを取ってトレイに載せ、ご飯配給所に行くと、加熱が必要なおかずを温めてもらいながら、ご飯と味噌汁もしくは豚汁をもらえるというやつだ。この形式の飯屋を俺は強く認識したのは、つい最近。西日暮里駅前にも「はってん食堂」というところがあって、1,2回行ったことがあり、そこも確かそんな感じだったのだが、おかずを包むラップが汁びたしになっていて指が汚れまくったあげく、テーブルに紙ナプキンのひとつもなく、ベトベトのまま飯を食った苦い思い出から、二度と通っていない。いや、1,2回行ってるんだから、二度は通っているかもしれない。あっ、オートマティスムの癖で、削除せずに上塗りすることで解決している。っていうのもまた書いてる。というのはまあいいとして、わが家の食堂においては、けっこうキレイだし、魚料理多いし、生卵とか、ちりめんじゃこ大根おろしとか、豆腐とか、けっこう健康によさそうなものが豊富にあるので、気に入った。ところで、俺はこの頃、一部の白身魚が本格的に食えなくなってきている。食うと吐き気がする。これは確率で起こる。カレイや鯖、フィレオフィッシュなんかは今の所0%なのだが、サーモンは15〜25%ぐらい、焼鮭に至ってはほぼ100%、気持ち悪くなる。焼鮭を封じられると、余計に魚を食う機会は少なくなる。しかし、この食堂には、カレイとか鯖とかの、食える魚がまあまああるので、うれしい。ただ、高い。俺が満足するぐらい食うと、例えば、卵焼きにカレイ、じゃこおろしに豆腐に味噌汁とご飯などとチョイスすると、もう1000円超えである。でも、これは相対的には全然安い。ラーメンとか食うとそんぐらいいくし、王将で飯食ってもそんなもん。定食屋でもザラに900〜1000円する。そう思えば、別に高くはない。後片付けも準備も不要。しかも、24時間、開いている。すごい。これは、ワンチャン、痩せに寄与するのでは……? 俺はダイエットにことごとく失敗しているが、その原因はいつもストレスである。太るものを食えないとか、特定のものを食い続けないといけないとか、それが嫌でやめている。なるべくストレスはかけないことがコツである。失敗しまくりでコツもクソもねえが、失敗から学ぶのである。ホントか? ともあれ、「俺は今、別にダイエットをしていないのでは?」ぐらいのストレスのなさ、自覚のなさが肝要だと思う。ダイエットをしている自覚がなければ、やめるダイエットがない。という理屈である。その点、旨い和食を旨い旨いと思いながら食っていれば、暴飲暴食をする飲食店に自然と入らないことになり、イケるのでは? と思ったのだが、こう思ってしまった時点で、あ、俺はダイエット風なことしてるんやん、暴飲暴食を封じるように仕向けてるんやん、と自覚してしまったので、それに逆らう可能性が出てきてしまった。まずい。食いたくもないのに、ラーメン屋に入ってしまうかもしれない。禁じられると、禁じられたものに対する元々の関心の度合いにかかわらず、やってみたくなるものである。ヤベッ! 得意の物忘れで忘れなきゃ。俺は旨いから食堂に行っているだけである。近いし、24時間開いてるからである。でも、すき家も24時間開いてるよな……。牛丼は食い飽きたのである。米ばっかりを、僅かな上澄みの牛肉で食うのに飽いたのである。そういえば、よさそうなことに、わが家の食堂では、20杯分の味噌汁券として使えるプリペイドカードが、1000円ぐらいで売っている。普通に味噌汁を20杯頼むと1800円ぐらいかかるらしい。20回行けば800円浮くというのは、なかなかのパワーである。これを買うことによって、通うのをやめない方向に俺の意志を引っ張れるのではないか。こういうところ、俺はケチだから、それを利用するのである。ん? それは、ダイエットしようとしているということなのでは……? いかん!

2017年01月08日(日)

[]重力

 オナニーとして文章を書く。なかなか現状を打開できない。答えが見当たらない。何やったっていつも悩んでいる。割とすぐ人間関係をリセットする奴は、その人間関係に得がなくて、自分がむかついたり疎ましかったりするばかりの損なものでしかないか、その理性に勝る感情により横槍を入れられているか、というところだろう。自分に理性と得があれば、リセット一択なんてわけはないし、得のある人間関係ばかりを構築できていることを、誇ってもいい。が、それが得と損を併せ持つ場合は非常に難しいものだ。単なる数学であれば、プラスだったら得、マイナスだったら損、と定義して、+4+(−3)=+1のように、値を足せば、総合的な判断を下すことは容易だ。プラスだから、得ですね。しかし実際には、まず値を見定めることから始まる。+4っぽい+(−3っぽい)=+1っぽい。たぶん得じゃなかろうか。と判断する。でも実は−3っぽいと思ってたものが−5っぽいと判明すれば、たちまち−1っぽいとなり、損に転じる。ぽいぽいぽい。そしてその両方の値が非常に近いものであると、正負を誤る。数学になぞらえて書いたが、この種の問題は、実際には、a+b=cを求めるのではなく、a+b≧0の真偽を求めるのだろう。人間、水槽に石が1092個入っているのか1093個入っているのかを見定めることは容易ではないが、100個と1000個なら分かるだろう。それぐらいスケールに差がないと難しい。

 俺は案外に根が真面目なのだなと思った。特に、筋を通すことが重要なようだ。他人にもそれを求めるし、自分にもなかなか求めるようだ。厄介なところだ。おそらく一番よいのは、他人にも自分にも求めないことだろう。それを徹底できるのがサイコパスだと思っている。サイコパスはとてもよさそうだ。しかし単なるサイコパスは、他人の感情、特にこの、筋が通っているかについての共感が欠落しているので、他人から不評を買いやすい。そして結果的に損をさせられる。普通、自分の行動や言動を相手がどう思うのかを予想するには、自分がされたらどう思うかを問い合わせて答えを得る。自分の中に存在する感情回路が、おおむね他の人と同じようにできていることを知っているからだ。しかしサイコパスは、問い合わせ先がまともな答えを返さない。だからサイコパスになるなら、こうしたらどうやら人は怒るようだ。とか、こういうのは喜ばれるようだ。などを経験や分析などから記憶し、感情を模せなければいけない。それができる頭があるなら、感情問い合わせ先を持っているよりもサイコパスが優越すると思う。感情を問い合わせることは、しばしばしんどいからだ。これは人間の遺伝子に組み込まれた重力のようなものだ。全員が持ち合わせていなければ人間にとって損だが、みんなが持ち合わせている中で、一人だけ、あるいは少人数だけ持っていなければ、そいつらのみ得である。税金を誰も払わなくなったら困るが、俺だけが払わなくてよいなら、超得である。感情がなくて、困らないのであれば、免税のようなものだ。しかし、サイコパスというのはかなり先天的なもので、後天的に獲得できるようなものではないと思う。仮にできるとしても、サイコパス獲得したい!と思えるぐらい物心ついた頃には、もう獲得できないぐらい人格形成が進んでいるだろう。それぐらいの重力がなければ、もっとサイコパスの人は多くて、人間は困っているだろう。ああサイコパスになりたい。感情に振り回されず、自分の都合のいいように他人をコントロールすることだけに心血を注げる。部分的サイコパスでもいい。擬似的なサイコパスにはなれる。サイコパスのように振る舞うことはできる。しかし感情があるのにそんなことをすると、重力によって壁に叩きつけられたりする。重力が邪魔だ。でも重力はあるからしょうがない。

2017年01月07日(土)

[]このブログに見にきた人向け「お願いの撤回」の補足

約束や宣言を最小化して正確に記述するため、分かりにくい文書になってしまったかなと思います。平たく言うと、「お願い」によってお互いに制限していたことはすべて撤回する。元のように、私が自分のサービスに何を登録するか、削除するかについて、何も約束しない、という状態に戻す、ということです。

つまり、勝手に登録される、勝手に削除される、勝手に無限に追われる、ということもありうるし、たまたまある人にとっては意志に沿うような状態になるかもしれない。

それを受けて、各人が、登録申請や変更申請をする、無限にチャンネルを変える、意見を言う、俺を叩く、絶縁するなど、何をするのも、法令等に違反しない限りは自由。ということです。

そういう状態に戻すのは、俺が見たいチャンネル、人が見たいチャンネルの一覧性が失われるのは、私にとって損だからです。お互い勝手にやりましょう。という話ですね。

[]「お願いの撤回」として、「お願い」を配布した配信者に、その後配布した文書

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[]「お願い」として一部の配信者に配布した文書

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2016年09月15日(木)

[]プログラミング必修化検討について

 小学生の段階でプログラミングが必修化することを検討とかなんとかいう話を聞いて、いろいろ考えてみると、他の数多の制度に比べて、思ったより一長一短あったので、驚いた。所得税が下がるとうれしいし、消費税が上がると悲しいし、介護士の給料が上がってもうれしくも悲しくもない、などと、ほとんどの決まり事は、俺の立場では損得がはっきりしているのだが、非天才的中堅プログラマである俺の立場では、メリットだと感じる点が想像より大きかった時や、デメリットだと感じるそれが同様だった時に、インパクトが大きいなと思った。

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