古谷利裕さんとqpさんを誘って、《神奈川工科大学KAIT工房》(設計=石上純也、2008年竣工)を見学した。あまり大きな声では言えないが、実はこれまで訪れたことがなく、ひそかに後ろめたい思いをしていたのだった(そういう建築はわりと多い)。今さら僕が言うまでもなく、2000㎡のワンルームがひとつの空間システムで統制された、非常に抽象度が高い建築。各部分と全体がそれぞれの輪郭を曖昧にしながら様々に関係し合う。ここぞという特定の見せ場もないから、どういう写真を撮るかによって、そのまま自分の空間認識の仕方や鑑賞眼の程度が顕わになってしまうような気がする。
建築の印象は、『新建築』発表翌月の長谷川豪さんによる月評(2008年4月号)や、2009年日本建築学会賞の選評(→PDF)などと大まかに重なる。つまり、その革新的な空間性や独自の構想を現実の建築に移す作業の精確さに強く感心させられる一方で、全面的なFIXガラスの使用や空調換気の機械への依存、トイレや収納といった機能的要素の排除などによって、環境としての閉鎖性や作品としての完結性が批評的な意識に引っかかってしまうことも否めない(とはいえ一般になんとなく認識されているよりも自然な在り方ではないかと思った)。
内部と外部が隔てられているという印象は、帯状に配された透明のトップライトが現時点で白いシートによって覆われていたことも影響していると思う。実際、石上さんの次のような発言がある。

この工房では、内部で行われている状態を外部と同じ明るさで露出させることによって、建物の中なのか外なのかわからないくらい、内部と外部を連続させることができるのではないかと思っていたんです。

トップライトが覆われていても、内部が特に暗いわけではないのだけど(むしろ普段の使用にはその明るさのほうが適当なのだろうし)、おそらく帯状に光が落ちてくるときよりも全体の空間は均質になり、動的な拡散性が弱まって、外部との連続性も感じにくくなるのだと思う。それにしても下のような発言を見ると、こうした微妙なレベルの空間性も石上さんによって厳密に検討されていることに驚かされる。

また、途中までは天井高は約3メートルを想定していたんですよ。でも、あるとき、それだと柱のプランによってつくられる水平に広がる空間が強すぎることに気づいて、約4.8メートルにまで上げました。そうすると、視線が上に抜けたり斜めに抜けたり、プランだけでは表現しきれない断面方向の空間が現れてきました。その結果、トップライトは半透明ではなく透明につくったほうがいい。外壁面を透明にして外への水平な視線が広がるように上のほうにも視線が伸びていったほうがいいと思ったのです。そういう過程を経ているんです。(同上)

しかしむしろこういう過程を知ると、もし天井高を3メートル(4.8メートル以下)で進めていたらどんな空間になったのだろうという想像もしてしまう。たとえば天井高が抑えられて空間の水平性が増すことで、より内外の関係性が強くなるとともに(あるいはその増加した水平性はFIXガラスをなんらかの方法で開かせたり、全方位的な建物に敷地環境と呼応する特定の方向性を持たせたりしたかもしれない)、305本の柱によってゆるやかに仕切られた個々の空間の場所性も(全体の流動性に対して)より確かになり、それぞれの場所に居座って長く作業をするのにポジティヴな働きをしたかもしれない。

KAIT工房を見学した後、本厚木駅までバスで戻って、近くにある《アミューあつぎ 8階 屋内広場・託児室・子育て支援センター》(設計=石上純也、2014年竣工)を訪れた。こちらはもともとパルコだった商業ビルの改装で、8階のフロア全体を石上さんが担当している。

当然KAIT工房に比べて設計者ができることは限られているわけで、空間の密度は比べられない。ただしそのぶん、厳密に制御されずに計画された大らかさのようなものが感じられる。曲線で縁取られた彫塑的な間仕切りは、思わずそのあいだを走り抜けたくなるようなもので、空間を視覚的にというより身体的に連続させているようだった。いま山口県宇部市で建設中のHouse & Restaurant()は、この屋内広場の大らかな具体性とKAIT工房の厳密な抽象性を掛け合わせたようなものと言えるのかもしれない。
下のリンク先は、今日一緒に行った古谷利裕さんの日記。掲載されている写真はいつもの二つ折りのガラケーによるものだけど、さすが空間を捉えているという感じがする。

古谷さんもqpさんも建築は専門ではない。しかし、やはりきちんと自分の実感でものを捉える人たちなので、特に石上さんの作品のように際立ってコンセプチュアルな建築を体験する場合、なまじ建築の予備知識やイデオロギーに立脚した人よりもフラットに意見を聞くことができる。それとお二人とも坂本先生の建築をいくつか観ているので、その比較のなかで感想を言い合ったりするのも楽しいことだ。
【追記】下のリンクはqpさんが撮った写真。