権力の代償

2022年のW杯開催地を決めるにあたり、カタール出身の理事からの賄賂に応じたとして、FIFAとその会長、ジョゼフ・ブラッターが(おそらく彼の任期中1万回目の)厳しい批判を浴びている。
とはいえ、この責をブラッターだけに求めることは間違いだ。
以前にも述べたようにFIFAが手にする権力があまりにも巨大であるが故に、それを守ろうとするブラッターとその取り巻きたちは、世界最大のサッカー・マーケットであるアジアの国々に対し、日夜涙ぐましい努力を続けているのである。






アジアサッカー連盟のビン・ハマーム元会長が主催し、アジア・サッカー界のあらゆる重要人物たちがブラッターと会うために集まった盛大なレセプションの一場面が、私の目に浮かぶ。
秘書のヘンリー・シリーウォークが、ブラッターの隣に控え、列を作って挨拶を述べに来るアラブ人たちをFIFA会長に紹介している。



「閣下、こちらはアブヤド・ハジジ首長です」
ハジジ首長はブラッター氏と握手をかわす。「私の父が、一族を代表してアジアの国々に未来を開いて頂いた御礼を述べるようにと申しておりました。
会長閣下にくれぐれもよろしくとのことです」
ブラッター氏は驚いてヘンリーに小声でたずねる。「われわれはハジジ一族に何をしてやったのかね?」
ヘンリーが小声で答える。「次回のワールドカップから、アジアの出場権を22カ国に増やしたんです。今だって32もあるんですから、誰もわかりゃしませんよ」
「われわれは見返りに何を得たのかね?」
「次の会長選で、トルクメニスタンとネパールの代表が会長に投票してくれるそうです」
「ふむ。たぶん出場枠が増えたところでだれも文句はいわんだろう」






会長は通り過ぎ、ヘンリーは次の重要人物を紹介する。
「閣下、こちらはベトナムのメディア王、ラビ・パンデルタマ氏です」
パンデルタマ氏は一礼する。「高潔なベトナムの恩人にお目にかかれるこの日を心から待ち望んでおりました」
ベトナムには何をやったのかね?」と、会長が声をひそめてヘンリーに尋ねる。
マンチェスター・ユナイテッドです」
ベトナムの?」
ヘンリーが赤面する。「イングランドのですよ!プラティニの野郎を黙らせるにはベトナムの協力が必要だったんです。
協力を得るためには何らかの見返りが必要だったんです。マンチェスター・ユナイテッドぐらいが妥当なところじゃないかと私は思いました。」
「グレイザー一家とアレックス・ファーガソンにはそのことを話したのかね?」
「まだです。新聞に嗅ぎつけられると困りますから」






パンデルタマ氏が通り過ぎ、ヘンリーはつぎにアブダビ王家の1人、サイード・ナヒヤーンを紹介する。
「偉大なる会長閣下」とナヒヤーンは言った。「あなたのおかげでアブダビ知名度は飛躍的に向上しました」
会長はいぶかしげにヘンリーの方を見る。
ヘンリーが説明する。「先週お耳に入れようと思って忘れていました。プレミアリーグのタイトルを彼らが持っているクラブにやったのです。
ラモン・アブランホビッチの金払いが急に悪くなりましたからね」









会長が次のお偉方と会う前に、ビン・ハマーム氏がカタール・サッカー協会のハチャンザデ会長から緊急の電話が入っていることをブラッター氏に告げる。
5分後に会長はうろたえながら戻ってくる。そしてヘンリーに小声でたずねる。「君はカタールに2022年のW杯をくれてやったのか?」
「そうそう」ヘンリーが応える。「やりました。彼らは最初UEFAチャンピオンズ・リーグの開催権を要求したのですが、わたしが調子に乗るなとはねつけたのです」








アート・バックウォルドの「ヘンリーはなにをやったのか」のパロディです。