瑣事加減

2018-09-22

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(63)

岡本綺堂「影」(7)

 昨日の続きで、本作が宜しくない理由をもう少し突っ込んで述べて見ましょう。

 「木曾の旅人」では、杣の重兵衛の子供・太吉が怯えて泣き、遅れて杣小屋を訪れた猟師の弥七が連れて来た黒犬が吠え続けるのですが、重兵衛と弥七は何も気付きません。

 本作の炭焼重兵衛もやはり何も気付かないのですが、芸妓おつやは気付いてしまいます。なお、おつやが弥七に相当する役なので、本作には犬は登場しません。しかし子供の太吉が怯えるだけでは話になりませんから、おつやも「旅人の妖変に気づく」ことになっています。

 どのように気付くかと云うと、――戸外で風が出て来て窓から吹き込み、ランプの灯を消してしまう。そこにちょうど、怯える太吉を寝かしつけようと隣室に行った(‥‥、おつやは障子をあけて出か/かりしが、俄にぞっとしたように、框に腰をおろしたまま暫く無言。‥‥*1)と云うト書き*2(256頁9〜10行め)になります。重兵衛はランプを点すのに気を取られて見ていなかったらしいのですが、ここでこれまで賑やかだったおつやが、重兵衛を出入口に呼び、そして外に連れ出して 258頁3〜10行め*3

おつや (異常の恐怖に襲われたように。)あのランプが風で消えて……。家*4のなかが急に薄暗く/なったでしょう。

重兵衛 むむ。

おつや その時にあたしは障子をあけて出ようとすると、焚火の前にいるあの人の影が……。/トテモ凄いんで、ぞっとしたのよ。

重兵衛 影が……。(首をかしげる。)影が薄いというのか。

おつや 影が薄いんじゃない。凄いのよ。太ァちゃんの怖がるのも無理はない。あの人、/確に唯の人じゃあないわ。*5

と言って、先刻自分も宿泊するよう勧めた旅人を断って、早く追い出すよう主張し始めるのです。

 さて、ここで話題になっている場面(256頁2〜11行め)に、旅人がどう見えたかの指定は全くありませんが、先に引いたト書きの冒頭(256頁9行め)に、(土間は暗く、焚火の光もやや薄くなる。山風の音。その薄暗い中で、‥‥)と云う状況下、動きのある重兵衛とおつやではなく、動きのない「旅人の妖変」を観客に気付かせるために、観客にもおつやと同じ感じを抱かせるための演出があったろうと思うのです。せいぜい、一瞬「影」を「凄く」見せる程度で「なんら具体的な怪異は登場」させていないにしても、観客が見て分かるような工夫がなされていたことでしょう。

 もしこの見当で間違いないとすれば、ここは我慢して欲しかったと思うのです。このような場面を描いたと云うことは、岡本氏も「何も見せない」と云う我慢が出来なかったのだと思います。――原作「木曾の旅人」の黒犬に変わって「妖変に気づく」役割を負わされたおつやは、その騒々しいキャラクターを「影」の一件で一変させて、その急な変化で効果を上げようとしたのでしょうけれども、原作には到底及ばない、と云うのが正直なところです。

 しかし、やはりそれよりも、おつやというキャラクターそれ自体が問題で、この戯曲の欠点は殆どこれに尽きていると思うのです。(以下続稿)

*1:ルビ「/にわか・かまち・しばら」。

*2:傍点「ヽ」を再現出来ないので仮に太字にした。

*3:役名、漢字はゴシック体、平仮名はは明朝体太字。台詞中の傍点「ヽ」部も仮に太字にして示した。

*4:ルビ「うち」。

*5:ルビ「た/たしか・ただ」。

2018-09-21

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(62)

岡本綺堂「影」(6)

 9月18日付(59)に述べたように、本作を初出誌で読んだとき私はかなりがっかりしました。そして9月17日付(58)にも言及した安藤鶴夫の「凡作」との評に納得したものでしたが、一旦本作についての記事を切り上げるに当たり、本作のどこがいけないのか、メモして置こうと思います。参考までに幽Classics『飛驒の怪談 新編 綺堂怪奇名作選』の位置(頁・行)を添えました。

 理由の第一は、場違いに炭焼小屋に姿を現す「芸妓おつや」です。

 華やかな女形を出そうと考えて、木曾ではなく、熱海に近く236頁8行め「山の中と云っても、里は近い」場所が設定されたようですが、やはり全く場違いな存在です。――何故、夜、炭焼小屋に熱海芸妓が訪ねて来たのかは、243頁11行め「主人と衝突し」て、244頁1〜2行め「稼ぎ時に五六日も家をあけて、些っと/主人を困らせて遣*1」ろうと思い付いたからで、4行め「小田原」の「自分の家」では、5行め「直ぐに追手がかかる*2」し、余所に行く金もないので、249頁8行め「遠縁にあたる」重兵衛の炭焼小屋で「五六日隠まって貰*3」おうと云う事情が設定されてはいます。そして、こんなことを本人にぺらぺらと説明させることで、おつやが気が強く、口数が多く、思ったことをすぐ喋ってしまうような人物であることが、観客にも分かります。

 しかし、相当鬱陶しいです。重兵衛にも、250頁7行め「(苦々しそうに。)どうも騒々しいな。‥‥*4」と煩がられる始末です。

 第二は、目に見える形で怪異を演出してしまったことです。確かに昨日引いた東雅夫「編者解説」に云うように「なんら具体的な怪異」は「登場し」ません。しかしながら、一瞬ですがはっきり見せています(多分)。(以下続稿)

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 鬱陶しい女性登場人物と云うことで、2015年12月17日付「Agatha Christie “Death on the Nile”(2)」の前置きに述べた Tuppence を思い出してしまいました。さすがにおつやは Tuppence ほどではないのですが。

 ところが、驚いたことにDVD-BOXが発売されています。

 これを売り出すくらいなら、もっと売れそうな名作で、見ることが困難なものが多々あるのに、と思ってしまいます*5。いえ、それどころか――

そして誰もいなくなった」の方は見ていませんが、抱き合わせて売り付けないで下さい(!)。

*1:ルビ「うち・ち・や」。」

*2:ルビ「す・おつて」。

*3:ルビ「かく」。

*4:ルビ「にがにが」。

*5:先日死去した樹木希林の主演作では、平成3年(1991)1〜3月放映の「マダム・りん子の事件帖」を毎回見た記憶があります。しかしNHKの番組公開ライブラリーでも見ることが出来ません。他にも、私は見ていませんでしたが、一部の人に強い印象を残したらしい、昭和63年(1988)3月放映のドラマスペシャル「台所の聖女」も、やはり見る術がありません。ネット上にも殆ど情報がありません。――どうも、昭和末から平成初年の事物が、今からすると酷く遠い存在なのです。

2018-09-20

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(61)

岡本綺堂「影」(5)

 昨日の続きで、幽Classics『飛驒の怪談』の「編者解説」から、戯曲「影」について述べた箇所の後半を見て置きましょう。314頁11行め〜315頁2行め、

 芸妓おつやが、旅人の妖変に気づくあたりの暗示的な演出はまことに巧みで、舞台上になんら具体/的な怪異が登場しないにもかかわらず、一読、肌に粟を生ぜしめるが如き鬼気を漂わせている。枯淡/の境地と申すべきか。

 なお、綺堂は本篇のほかにも怪談戯曲を折にふれ手かげており、先述の『伝奇ノ匣2 岡本綺堂 /妖術伝奇集』に「平家蟹」「蟹萬寺縁起」「人狼」「青蛙神」の四篇が収録されている。いずれも面白/く読めるが、ことに英国作家W・W・ジェイコブスの名作怪談猿の手」を下敷きにしたとおぼしい「青【314】蛙神」は、薄気味の悪い訪客というモチーフの点で「影」や「木曾の旅人」と一脈通じるものがあり、/機会があればぜひ読み較べてみていただきたいと思う。


 怪談戯曲の諸作については、これら4篇を収録している学研M文庫 伝奇ノ匣2『岡本綺堂 妖術伝奇集』の解説、815頁7行め〜817頁12行めにやや詳しく述べてありますが「木曾の旅人」についても、その最後、817頁10〜12行めに、

‥‥。また「猿の手」に/優るとも劣らない完成度を誇る名作怪談木曽の旅人」は、戯曲版「青蛙神」における/「無気味な来訪者」というモチーフのバリエーションとして読むことが可能なのである。

と言及されていました。――東氏が岡本氏の怪談戯曲を取り上げたのはその最初、815頁7〜9行め、

 しかしながら、綺堂のホラー短篇が何度となく文庫化され、息永く愛読されているのに/ひきかえ、綺堂が本領としたジャンルであり、また海外ホラーの影響がより直截に認めら/れもする一連の戯曲作品が、これまで等閑視されてきたことは残念でならない。*1

と云う理由からで、続く815頁10〜9行めに、

 そこで本巻には、新歌舞伎の名作「修善寺物語」や「鳥辺山心中」などの陰に隠れて注/目されること少ない、綺堂の怪奇幻想戯曲四篇を収載することにした。特に「人狼」と/「青蛙神」は、雑誌掲載のまま今日まで埋もれていた、ホラー戯曲の逸品である。

とあって「雑誌掲載のまま今日まで埋もれていた」2篇は昭和6年(1931)の「舞台」誌から発掘されています。

 してみると、東氏は『岡本綺堂 妖術伝奇集』編纂に際して、5年後に同じ「舞台」誌に「掲載のまま」埋もれていた「影」も読んだのではないか、そして、読んだ上で採らなかったのではないか、と、そんなことを思ってしまうのです。(以下続稿)

*1:ルビ「/ちよくせつ/とうかんし」。

2018-09-19

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(60)

岡本綺堂「影」(4)

 昨日の続き。

 幽Classics『飛驒の怪談』の「編者解説」から、戯曲「影」について述べた箇所を抜いて置きましょう。学研M文庫 伝奇ノ匣2『岡本綺堂 妖術伝奇集』には触れるところがありません。

 表題作に据えた「飛驒の怪談」の解説に続いて313頁16行めから。今回は前半、314頁10行めまでを見て置きます。

 次に併録作品について記す。【313】

 戯曲「影」は、雑誌『舞台』の昭和十一年(一九三六)七月号に掲載された、綺堂最晩年の作品である。/『舞台』は、綺堂の高弟・額田六福が編集兼発行人を務める演劇雑誌で、表紙には大きく「岡本綺堂/監修」の文字が掲げられ、門人たちによる新作戯曲が毎号掲載された。同号の編集後記には「本欄巻/頭には、綺堂先生の『影』、先生独特の怪奇劇として好個の一幕物である。四月号の『長崎奉行の死』/に比して又別の趣きがある」と記されている。

 小説「木曾の旅人」を戯曲化したものだが、舞台が木曾の山奥から、里に程近い小田原の山中に移/され、小屋を訪ねてくる猟師仲間の男の役どころを、婀娜*1な女性キャラクターに差し替えるなど、実/際に上演されることを想定した改変が加えられている。昭和二十二年(一九四七)十月、東京・有楽/座で、尾上菊五郎(六代目)の重兵衛に市川男女蔵(三代目、後の左団次)の旅人という顔合わせで/初演された。


 戯曲「影」は幽Classics『飛驒の怪談』に、227頁(頁付なし)扉「影(一幕)」、229〜271頁に本文が収録されています。

 舞台は冒頭、設定を説明した箇所に、229頁3行め「相模国、石橋山の古戦場に近き杉山の一部」にある、4行め「藁葺きの炭焼小屋」とあります。石橋山の古戦場と云うと当時の神奈川足柄下郡片浦村石橋、現在の小田原市石橋、JR東海道本線早川駅根府川駅中間辺りですが、本文中(236頁3〜6行め)に、

重兵衛 あなたは湯河原*2の温泉を御存じでしょう。

旅 人 湯河原……。知っています。

重兵衛 その温泉場から遠くない、土肥の杉山という所です。頼朝が隠れたという大杉が*3/先頃まで残っていましたが、今はもう枯れてしまいました。*4

とあるので、石橋山から敗走した頼朝が隠れた足柄下郡湯河原町及び隣接する吉濱村(現・湯河原町)辺りの山中で、「小田原の山中」と云うより「湯河原の山中」で良いでしょう。235頁15行め「熱海から山道伝いにここまで来た」と言う旅人が、233頁9行め「箱根を越して甲州へ出る積りです*5」と云う、熱海箱根中間に当たります。

 さて、初出誌で読んだときに私も、この舞台設定は新歌舞伎らしく女形を――東氏の云う「婀娜な女性キャラクター」である、炭焼重兵衛の遠縁に当たる熱海芸妓おつやを、登場させるための改変だろうと思いました。しかしながら、2013年6月29日付(18)に引いた、中公文庫『近代異妖篇 岡本綺堂読物集三』の千葉俊二「解題」により「五人の話/炭焼の話」を知って、もちろん花街の近くにして女形を登場させやすくした、と云う側面もありましょうが、どうも、元来が伊豆箱根辺りの設定だったらしいことが分かったのです。

 ところで、旅人を演じた市川男女蔵は、2011年1月16日付(06)に述べたように四代目で、後の三代目市川左団次です。(以下続稿)

*1:ルビ「あだ」。

*2:ルビ「ゆ が わら」。

*3:ルビ「と い ・よりとも」。

*4:台詞の2行め以下は4字下げ。

*5:ルビ「つも」。

2018-09-18

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(59)

岡本綺堂「影」(3)

 昨日触れたように、本作を読むには10年前に幽Classics『飛驒の怪談』に収録されるまで、初出誌に当たるしかありませんでした。――私は2014年3月24日付「楠勝平『おせん』(1)」に述べた、浪人時代に入り浸っていた某区立図書館で『岡本綺堂読物選集ぐ柩妬 上巻』を閲覧して、2011年1月4日付(03)に引いた、岡本経一の記述を目にしてから何となく心懸けて、爾来十数年、まぁその間ほぼ何もしていなくて、思い出しては少し調べて進む、と云った按配で、漸く早稲田大学の演劇博物館にて初出誌を閲覧して、酷く拍子抜けしたものです。しかし考えて見れば、傑作なら『岡本綺堂読物選集』と同じく養嗣子の岡本経一によって編纂された『岡本綺堂戯曲選集』に収録されていて良さそうなものなので、他にも一切再録されて来なかったと云うのは所詮そこまでの作ではなかったのだ、としみじみ思ったものでした。しかしながら、こっちとしては十数年来の懸案であった訳で、落胆も一入だったのです。

 ちなみに岡本経一の記述は、東雅夫の「木曾の旅人」関係作品探索の手懸りにもなっているので、幽Classics『飛驒の怪談』310〜317頁「編者解説」にも引用(311頁1〜5行め)されていますし、学研M文庫 伝奇ノ匣2『岡本綺堂 妖術伝奇集』の解説、811〜818頁「和漢洋にわたる猟奇の魂――伝奇と怪異の巨人岡本綺堂」にも全く同じ箇所が引用(818頁2〜6行め)されています。

 ここに改めて引用して置きましょう。『岡本綺堂 妖術伝奇集』の改行位置を「/」、幽Classics『飛驒の怪談』の改行位置を「|」で示しました。ともに1字下げで引用の前後を1行分ずつ空けています。異同は幽Classics『飛驒の怪談』は2箇所の書名を二重鍵括弧にしていることと、3箇所を「木曾」としていることです。

 明治三十年代の文芸倶楽部に彼は「木曽のえてもの」という随筆をかいている。「明/治二十四年|三月、父に従って軽井沢に赴く」と年譜にある、その時に木曽の杣から聞い/た話である。大正二年|三月発行(鈴木書店)の「飛驒の怪談」はその小説化であろう。/この本はスリラー物語集である。|大正十年三月発行(隆文館)の「子供役者の死」にも/「木曽怪談」として載せている。近代異妖|編所載のものは更にその改訂である。


 『岡本綺堂 妖術伝奇集』は「木曽怪物*1」の紹介が、そして幽Classics『飛驒の怪談』は鈴木書店版『飛驒の怪談』の紹介がメインですから、東氏の引用にはこの段落の最後、続いて「‥‥。晩年の昭和十一年三月、これを「影」として戯曲化したが、戦後の二十二年十月、六代目菊五郎花柳章太郎の顔合せに初めて上演された。一つの作品にも五十年の歴史があることになる。」とあったのが省略されています。(以下続稿)

*1:ルビ「えてもの」