『秋期限定栗きんとん事件』(米澤穂信/創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

秋期限定栗きんとん事件 下 (創元推理文庫 M よ 1-6)

 本作は〈小市民〉シリーズの3作目に当たりますが、互恵関係を解消した小鳩君と小佐内さんはそれぞれに彼女・彼氏がいて、別々の学校生活を過ごしています。そのこともあって、本書は従来どおりの小鳩君の視点と、小佐内さんの彼氏である瓜野君視点の2つの視点からなる一人称多視点の手法によって語られています。
 新聞部員として連続放火事件を追いかける瓜野君と、小市民としての生活を志しつつも自身の生活エリアで放火が起きて、その中に小佐内さんの影を感じることで事件に首を突っ込むことになる小鳩君。互いに面識があるわけではありませんが、連続放火事件についての名探偵の地位を争う一種の優越性ゲームが行なわれています。
 本作において解決の対象となっているのは連続放火事件です。これはもはや”日常の謎”といったレベルを超えた立派な犯罪です。日本の刑法犯は、その目的とする保護法益によって3つに分類されるのが通説的な理解です。すなわち、国家に関する法益に対する罪、社会に関する法益に対する罪、個人的な法益に対する罪の3分類です。その中で放火は、社会に関する法益に対する罪として位置付けられています。それは、放火という行為が単に個々の人命・財産に対する危険に留まらず、不特定多数の生命または財産に対する危険をはらむ行為だからです。そうした社会的な事件が問題として突きつけられることによって、2人の探偵の道筋は残酷なまでに分岐することになります。
 新聞部員として学校生活に跡を残したいと思う瓜野君の目標は、高校生という身分・学校という枠内を越えるものではありません。また、そこに付け込まれる隙も生まれてしまいます。それに加えて、いまだに具体的に明かされてはいませんが、かつての小鳩君が中学時代に経験した挫折を思わせるような危うさを感じさせるものでもあります。
 一方で、中学時代に何らかの挫折をして、さらには小佐内さんとの互恵関係による小市民化を目指しつつも『夏期限定〜』においてさらに挫折した小鳩君は、この事件によってある種の決意ともいうべき自覚を得ることになります。それは、〈小市民〉が社会性を獲得することによって〈市民〉になった、と表現してもよいでしょう。そうして得られた社会性は、お世辞にも社会的に妥当なものとはいえませんが(笑)、しかしながら、社会性が他者とのつながりによって生まれるものであるならば、これもまた立派な社会性というべきでしょう。そうした社会性の獲得が世間様の修羅場めいたサバイバルゲームの結果だからこそ、ここには現代風の社会・リアルというものが描かれているといえるのだと思います。
 ミステリ論っぽい観点から本作を読み解きますと、証拠の信頼性の問題、操りの問題、ミッシングリンクといった非常に興味深いテーマが盛り込まれています。ですが、それらについて語り始めてしまうと未読の方の興を削ぐことを避けられませんし、ここではやめておきます。ただ、情報を単に受動的に得ることで満足して証拠とするか、あるいは、ときには罠を仕掛けることも辞さない態度で積極的に信頼できる情報を得ていくかといったスタンスの違いはボソッと強調しておきます(笑)。
 このシリーズについてはまだまだ語りたいことがあります。ですが、春・夏・秋ときている以上、おそらくはシリーズ最後の作品として冬があることでしょう。なので、語りたいことはそのときまでとっておくことにして、続きが出るのを首を長くして待ちたいと思います。
【関連】
プチ書評 『春期限定いちごタルト事件』
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