『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬/ミステリ・フロンティア)

もろこし銀侠伝 (ミステリ・フロンティア)

もろこし銀侠伝 (ミステリ・フロンティア)

 武侠小説武侠小説 - Wikipedia)の文脈の中でミステリを描いた珍しい作品集です。
 本書には、分量的に短編3本と中編1本が収録されていますが、”勢(システム)”という1本の軸によって、ゆるやかでありながらも確かなつながりを持った作品集となっています。各作品ごとにモチーフとなっている中国の史書・資料が予め明示されていますので、それらがどのようにミステリのプロットとして取り込まれているのかを読み解くのも楽しいです。また、巻末には用語解説も付いていますので、中国史にあまり詳しくない私のような人間でも大丈夫です。
 本書は武侠小説ですが、ミステリとしては”武”の側面が、ストーリーとしては”侠”の側面が重視されています。ミステリとして”武”がどのように表現されているかといえば、誤解を恐れずに言えば『魁!!男塾』(参考:魁!!男塾 - Wikipedia)のようなものです。男塾は基本的には1対1のバトルものですが、その戦いでは一見すると魔法や何かとしか思えないような現象によって主人公たちが苦しめられます。しかし実は裏に隠されたトリックがあり、それを見破ることによって勝利を手にする、というのがよくあるパターンです。
 本書で用いられているトリックの発想も『男塾』のそれとかなり近いです。もっとも、『男塾』の場合にはトリックが明かされたあとでも「それは無茶だろ」というのがかなりありますが(笑)、本書の場合にはさすがにそういうのはありません。武術でありながらミステリとしてきちんと成立していますのでご安心を。
 以下、作品ごとに簡単な雑感を。

殺三狼

 三人の人間を同時に殺す指核術の秘術”殺三狼”の使い手として知られる李巌が毒殺された。状況から犯人としか思えない薬屋が拘束されるが、父親の無実を信じる薬屋の幼い娘は、店をよく訪れる不思議な男に助けを願います。”殺三狼”の秘密が事件の真相を握る展開はまさに『男塾』です(笑)。

北斗南斗

 一族の期待を担って会試(役人になるための試験)を受ける旅に出た顔賢ですが、旅先の宿で不可思議な密室殺人に遭遇してしまいます。トリック自体はともすれば笑いを禁じ得ないのですが、侠としてのストーリーがそれを中和してくれています。

雷公撃

 またもや密室殺人。トリック自体は正直あまり感心しませんでしたが、それよりも明朝による官吏・知識人の弾圧と粛清といった時代背景が巧みに取り込まれているプロットがとても印象に残ります。二段構えの結末や意表を突く展開など、オススメ度の高い逸品です。

悪銭滅身

 タイトルがネタバレし過ぎの気がします(笑)。『水滸伝』の人気キャラクターである燕青が主役を張っています。彼を主役にした講釈・芝居・小説はたくさんあるとのことですので、作者としてはそうした作品のひそみに倣う意味もあってのことでしょう。ミステリとしては短編を無理に引き伸ばしたような感は否めませんが、北宋時代の大都市の権力構図や庶民の生活などが端的ながらも描かれていて興味深いです。