2012年 浜松国際ピアノコンクール 1

 3年に一度、浜松で国際ピアノコンクールが催されており、今年は11月10日から、昨日の入賞者東京披露公演まで日程で開催された。前回の第7回から、せっかく近くでやっているので、時間があるときに予選の段階から足を運ぶようになったが、今回はより意識して、時間を作ってまでアクトシティに通ってみた。
 第一次予選では、バッハ平均律から1曲、ベートーベンなどの古典派ソナタの一楽章、もう一曲はショパンなどから選択という内容で、一人20分。これが、結構ちょうどいい時間で、高校球児のように真剣に演奏に臨む世界各地のピアニストの卵を、飽きずに順繰りに聞くことができる。演奏にひきこまれて20分があっという間に過ぎ去る人がいて、そういう人の演奏には、なにか光る瞬間を一つ、二つは感じることができる。その一人がロマン・マルチノフというちょびひげを生やしたひょろ長い20歳のロシア人青年で、帝国ロシア時代から現代にタイムスリップしてきたような雰囲気をただよわせていた。バッハの平均律を、このように輝かせてひくものかと、ハッとさせられた。もう一人が石田啓明君。リストの「詩的で宗教的な調べ」という曲は、彼の演奏で初めてきいたが、荘厳な雰囲気を醸し出す演奏で、しばらくのあいだ、コンクールを安い値段で聴きに来ていることを忘れさせるような静寂が漂っていた。18才石田君は一次敗退してしまい、ロマン氏は3次予選までいったが、本選にすすめなかった。マスタークラスで、審査員の大家と丁々発止の意見交換をしていたようで、独自のスタイル、音楽美感を、自分の中にすでにもっておられるようである。ロマン君のような若手は、なかなかコンクール上位入賞という形で評価されるのがむつかしいかもしれない。何らかの形で育って表現者として我々の前に現れてもらいたいものである。
 私が好きなピアニストの一人が、イーヴォ・ポゴレリチだが、かれも1980年のショパンコンクールでガムを噛んで舞台に現れ、物議をかもしたことがあった。しかし、本当に長く、繰り返し聴く価値のある音楽を紡ぎだす人は、グールドもそうだと思うが、どこか世の中の権威ある人たちの審査にかかるとはじき出されてしまう傾向があるように思う。今回の優勝者は、イリヤ・ラシュコフスキー君27歳だった。かれもちょっと癖のあるピアニストの一人といえ、才能を指摘されながらも繰り返しの国際コンクール挑戦で次点で終わっていた人のようである。たが、彼はそれでもあきらめず、コンクールに挑戦しようとした低姿勢さと、浜松では、特に本選での井上道義との一期一会の名演があったことから、優勝にまで上りつめることができたのだと思う。ナルシスティックな所があまり感じさせない無骨で真摯な青年である。
 一回で書くのは長くなりすぎるので、また、分けて書こう。