2012年01月08日(日)
初鉄塔
2012年の初鉄塔は小松川線。八潮のノッポな赤白、55号からスタートして綾瀬川を越え草加までの間を歩く。
住宅地の中を進む小松川線。綾瀬川までは小松川線らしい少し太めのアングル鉄塔、綾瀬川を越えると細身の灰色鋼管鉄塔が続いていた。東武線の高架手前、43号まで歩いた。
この区間、最初に訪れたのは2004年。かれこれ7、8年前になる。細い路地、平屋建ての家屋、ペンキのはげかかった波板壁。その時のイメージはこんな感じなのだが、今は新築の家やきれいなマンション、郊外のきれいな住宅街だ。
東武線の高架で今日はお終い。草加の駅まで行き、ラーメンを食べていたらもう4時だった。
帰り道、夕日に照らされた小松川線を楽しみながら歩いた。いい初鉄塔だったな。
2012年01月02日(月) 正月飾り
今年の正月飾りは「夫婦鉄塔」。南大田線の3号を参考に作りました。

2012年01月01日(日) あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします。
2012年1月1日

2011年08月06日(土)
私の「鉄塔 武蔵野線」2
毎日の猛暑。なかなか外出する気にならない。今日は遅くなり武蔵野線へ向かう。夕方の武蔵野線散歩となった。
今日から「永遠の出発点」の北へ向かう。いよいよ旅のはじまりだ。
最初の鉄塔は左に片山線7号、右に武蔵野線9号(旧75号)だ。9号は長いとんがり帽子、すらっとしたフォルムが美しい。やはり武蔵野線はとんがり帽子ですよね。
片山線は畑の中に立っていて結界にも入れた。しかし武蔵野線9号は畑伝いでは行けそうにもない。自動車道路をぐるっと迂回する。
残念なことに鉄塔は工場の敷地に立ち中には入れない。建物の隙間からかろうじて番号看板だけが拝めた。
車が多い街道沿いに片山線も武蔵野線も進んでいく。畑と住宅と工場や倉庫などが混在する地帯だ。
左手の畑の縁に片山線6号と武蔵野線8号(旧74号)が並んで立っている。両方ともフェンスに囲まれており結界には入れない。横に公園があり休憩しながら8号を眺める。
夕暮れ、近所のおじさんが公園の花壇に水やりをしている。奥の林から数人の子供たちが歓声を挙げながら現れ、目の前を走り抜けて行く。もう家に帰る時間だろう。
片山線はそのまま街道沿いに進む。武蔵野線は街道を越えて深い林の中に消えていく。とても広い林だ。保存樹林になっているようで中へは入れない。
しかたがないので少し道を進むと武蔵野線7号(旧73号)が倉庫の奥深くに立っていた。フェンスは見えないから、結界にも入れそうだ。
でも鉄塔の立っているのは入口からずいぶん先。働いている人もいて、ちょっと入りづらいですね。II吊りの端正な姿が美しいのだが。
武蔵野線はここから関越高速を越えて行く。関越を越えると風景が急に開けた。広い畑の中に運送会社があり、その隣の空き地に武蔵野線6号(旧72号)は立っていた。
空き地の入口には扉があり根本へは近づけない。結界には草がたくさん生えていた。この情景は小説でもまったく同じだ。ここで美晴少年が扉の下をくぐり、泥だらけになりながら空き地に忍び込む。私が同じ事をやったら犯罪だよね。
出発が遅かったので今日はこの辺りで終わりにする。畑の先、木が茂った丘の上から武蔵野線の次の鉄塔が顔を覗かせていた。あそこはもう平林寺の森だろうか。
fieldoor
武蔵野線ですね!!
私も読みましたよ!
結界に王冠は埋めましたか…?
sarumaruhideki
fieldoorさん いらっしゃい。
王冠ですね。最近は缶ビールならぬ缶第三のビールばかりなので、王冠手持ちないのです。(^^ゞ
小学校5年生の武蔵野線はやっぱりいいですね。私にもあんな風にまっすぐ進んだ時期はあったのかなぁ。そんな旅です。
映画の『鉄塔 武蔵野線』もいいですよ。歩きながら思い浮かべるのは、お話的には小説、映像的には映画かな。
ぜひDVDも見てください。音楽も最高です。
2011年07月31日(日)
彦根線
所用があり滋賀県は彦根へ。日帰りなのだが午後は空いている。もちろん鉄塔を探す。
駅の付近から鉄塔が見えた。近寄ると彦根線と書いてある。関西電力の鉄塔だ。
首が細い四角鉄塔。昔は4回線鉄塔だったのかな。
関西電力の鉄塔は初めてなのだ。看板や部品がいちいち珍しい。キャラが3種類ある。名前はあるのかなぁ。
最終の彦根変電所に立っていた彦根線12号。線方向前後に腕金を出した引き下ろし鉄塔だ。あまり見かけない形。東電ならここはドラキュラなのだが…。
(追記)
関西電力のキャラクターについて調べてみたがなかなか見つからない。ご存じの向きがあったらお教えいただくとありがたいのですが。
下記は関西電力のキャラクターの参考になりそうなリンクです。
2011年07月25日(月)
シャボン玉の中の鉄塔
親せき一家と「まほーばの森」という上野村のキャンプ場に行った。上野村といえば安曇幹線。1本くらい根本に行きたかったが、今回は遠望で我慢。
ここには大きな吊り橋がかかっていて、1日に何回か吊り橋の真ん中からシャボン玉が吹き出す仕掛けがある。
運良くシャボン玉の時間にみんなで渡った。写真を撮っていたら、これまた運良く安曇幹線1号線の210号がシャボン玉の中に納まった。
不二洞という鍾乳洞への道筋にこんな看板があった。
いいじゃないか! こんな風に説明をすることはとても大切なことですよね。
2011年07月23日(土)
私の「鉄塔 武蔵野線」1
承前
夏だ! 武蔵野線の季節だ。
実は私まだ、あの「鉄塔 武蔵野線」を回ったことがないのだ。夏になるたび、今年こそ、今年こそと思いながら実行しないできた。今年こそ武蔵野線を回るぞ。
小説では見晴少年は二日で終点まで到達している。私の回り方だとどのくらいかかるものか。夏のうちに回り終えるだろうか心配だ。
それでも出発は夏にした。畑と夏雲と鉄塔。映画で見た光景が「武蔵野線=夏」とささやくのだ。
銀林実氏の小説『鉄塔 武蔵野線』は1994年12月に新潮社より刊行されている。刊行から15年。武蔵野線にもいろいろな変化があったことだろう。Webなどで報じられているように、新座変電所への武蔵野線引き込み、武蔵赤坂開閉所の完成などがあり、そのため路線は「武蔵赤坂線」「武蔵野連絡線」「武蔵野線」の3分割となった。鉄塔の一部建て替えなども報告されている。
路線周辺の状況も15年も経てば、いろいろ変わっているのは予想に難くない。
しかし美晴とアキラ、二人の冒険心は、まだ結界の中心にかならず埋まっている。私は埋められた少年たちの心の脈動を感じとるることができるのだろうか。ソフトバンクから出た文庫版をデイパックに入れて私の旅を開始しよう。
小説との対比などの必要性上、いわゆるネタバレが含まれる場合があります。ご注意ください。
また、路線名、鉄塔番号は現在のものを書き、括弧内に小説に出てくる旧鉄塔名・番号を書きました。変電所名も現存する名称とし括弧内に小説中の名称を記入しました。
「永遠の出発点」
夏の暑い一日、川越街道を走り志木駅の手前から南に曲がる。しばらく走ると鉄塔が見えてきた。バイクを農家の塀沿いに止め、鉄塔に近づく。上下振りわけの特色ある鉄塔――「永遠の出発点」を発見した。
畑の横を細い道がゆるやかなカーブを描きながら延びる。上下振りわけの異形鉄塔からは、送電ケーブルが下の変電所に向かって下りている。変電所は堀ノ内変電所。小説では「香皿変電所」という名前で出てくる。鉄塔は武蔵野線10号(旧75-1号)だ。
振り返ると農家の先には武蔵野線が遠く延びている。長いとんがり帽子がすてきだ。整った四角鉄塔の姿と目の前の異形鉄塔。永遠の出発点はとても分かりやすい鉄塔ランドマークだった。
私も小説に倣って南に線をたどることにする。通りを越えて11号(旧76号)。教習所と新しそうな墓地の間のヤブの中。隣には片山線8号。どこから近づけばいいものか。
隣の片山線は8号だ。鋼管のコックさん。背が低くてずんぐりした鉄塔だ。なるほど武蔵野線のすっきりとした姿から見ると、愚鈍な感じがする。
ここは丘の端。武蔵野変電所方向の眺めが素晴らしい。目の前に片山線9号、そこから武蔵野線と片山線がクロスして進んでいく。
黒目川の河原まで下りてきた。河原の道から武蔵野線11号に登る道を探す。道はあるといえばある、ないといえばないという状況。ヤブをかき分けてがんばればたどり着きそうだが、やっぱり止める。半袖だしね。美晴少年は小学校5年生。私がまねしても始まらない。
黒目川南
橋までぐるっと遠回り。住宅地を抜けると片山線9号の脚元。畑と川は小さな木立で隔たっている。木立は公園なのだろうか下は整地されている。木立を抜けると鉄塔の根本に出た。
片山線9号は交差鉄塔。上段に片山線、下段に武蔵野線を支持し交差させる。赤白に塗られた鋼管製の立派な鉄塔だ。結界はコンクリートで固められて快適。結界に入り写真を撮る。<註>
鉄塔の先には泥の道が畑の中を延びている。畑の中の道をぶらぶら歩く。前方には右に武蔵野線、左に片山線が延びていく。とてもすてきな散歩道だ。
おや武蔵野線の帽子がコックさんだ。ここから南、武蔵野線はとんがり帽子からコックさん帽に変更しているようだ。
道を辿っていくと片山線10号に着いた。少し奥に武蔵野線13号(旧77号)が立っている。畑とヤブの向こう側だ。畑の奥に近づいて見るがひどいヤブ。到底入り込めない。小説では鉄塔は「葱畑(ねぎばたけ)の傍らで、結界はきちんと整頓されています」と書かれているが、これはひどい荒れようだ。
反対側からはとアプローチするが、これもヤブに阻まれて断念。小説から15年。変わっていくのは世の習いだが、これでは鉄塔の手入れもままならないではないか。
テニスコートが通りの両側に広がる。通りを越えたところに武蔵野線14号(旧78号)。かつて広い芝生の中に立ち、結界にも入ることが出来た鉄塔は、駐車場脇に灰色のフェンスで囲まれ立っていた。結界は赤い水で汚れていた。
送電線はゆるやかな谷を越えて向こうの丘に登っている。ぐるっと大回りをして15号の根本に行く。武蔵野線15(旧79号)は民家の駐車場奥。丸く刈り込まれた生け垣に囲まれている。結界にも入れる小柄なコックさん鉄塔だ。
小柄なコックさんを私は気に入った。でも銀林氏的には「塔高が小さくて胴部が太い、中年女性的体型」とあまり好感を持っていないようだ。ちょっとひどい言われようだよね、15号ちゃん。
15号の高さは34.5メートル。15万4千ボルトとすれば低い。低い上に径間が長いために送電線の高さはより低くなる。送電線は畑を進み向かいの小高い丘を越えて行くのだが、高い木々と接触しそうな感じだ。
線に沿った道が畑の中を通っている。ここまで送電線に沿った道はほとんどなかった。これは助かる。丘を登ればいよいよ武蔵野変電所は間近だ。
木立に囲まれた気持ちの良い道を登ると16号(旧80号)が迎えてくれる。少し高さを増した鉄塔は、畑の先の道路わき、レンタル収納スペースの横に立っていた。
今来た方向を振り返ると木立の上に送電線が消えていく。さっきの15号鉄塔のコックさん帽子がかろうじて見える。これから訪れる方向には住宅が立ち並ぶ。住宅の屋根の上に最終の異形鉄塔17号(旧81号)が姿を現す。あそこが武蔵野変電所(小説では櫛流変電所)だ。
武蔵野変電所の貴公子
武蔵野線最終鉄塔17号(旧81号)は武蔵野変電所の北西の角に立っている。武蔵野変電所には何度もやってきた。だから私にとってこの鉄塔はおなじみの鉄塔だ。
17号に会う度、いつかきっと武蔵野線をたどるからと言い訳をしてきた。今日はいよいよ約束の日。改めてご挨拶をする。
武蔵野線17号は鋼管を使った鉄塔だ。でも鋼管が細いため、鋼管とは思えない、とてもすっきりとした印象を与える。受けの腕金を下部の一方に長く延ばし、左右シンメトリではないところも気取っている。
引き留め鉄塔というと何本も腕金を生やした、怪獣のような鉄塔が多い中、武蔵野線の最終鉄塔は送電線をスマートに捌いている。
武蔵野変電所の北側は大小6本の引き留め鉄塔が並んでおり圧巻だ。
武蔵野線の東隣には片山線の14号。太い鋼管を使った巨大で頑丈な圧倒される鉄塔。
次に片山線の最終鉄塔15号、笹目線1号と腕金をたくさん生やした複雑鉄塔が続く。
小ぶりのドラキュラ鉄塔は朝霞線1号、そして一番東に南からやってくる北多摩線125号が入る。これも折り返すように送電線を捌く複雑腕金を持つ鉄塔だ。
個性豊かな引き留め鉄塔の中で武蔵野線のスマートさはとても際立っている。どこか秘めた特別な資質、まるで隠された貴公子のような印象を受けるのだ。
これで今日の調査は終わり。昼食を抜いていたのでとてもお腹がすいた。辺りには商店が見当たらない。変電所の脇に小さなラーメン屋さんがポツンとあった。歳をとったおばさんが一人。猛暑だというのにクーラーなしの小さな店。そういえば映画の「鉄塔 武蔵野線」にもクーラーなしのラーメン屋が登場したなぁ。
番外
今日回った武蔵野線以外の鉄塔を紹介しよう。
川越街道から少し入ったところに立つ地下線への引き下ろし鉄塔。何ともみごとなドラキュラだ。
武蔵野線11号先の墓地からは遠く北多摩線の鉄塔が南下していく姿が見えた。鉄塔が重なっている最後は北多摩線の123号、間を空けて手前に立つのは笹目線5号、片山線12号だろう。
現在の北多摩線は123号から直角に曲がり、右手方向の武蔵野変電所へ入る。武蔵野変電所が現在の位置になる前は、手前の片山線12号までまっすぐやってきていたようだ。
北堀線
武蔵野線(新)は16までしか行ってません。いつの間にか埼玉県まできていて、かなりびっくりしたのをおぼえてます。
あ、三井線行きました。最後はやっぱり期待しただけのものがありましたね。双子鉄塔。足下に近寄れずに残念な気もしますけど。
今度は武練線とかを巡る予定です。後でブログ上げとくんで観てください。
ではでは。
sarumaruhideki
武蔵野変電所までは北多摩線でいったのかな。あれも結構長いですよね。
双子鉄塔ご覧になりましたか。いいでしょう。近寄れないのもまた一興です。
武練線がんばってください。地味だけど好きな路線です。丘を何度も超えて行きます。
2011年07月17日(日)
一本角(つの)の白子線
今年は梅雨がやたら早く終わって猛暑が来た。先週は暑さにめげていたが、今日はがんばる。東上線の和光市駅から白子線を辿って終点まで、その後、戸田線(JR)の続きもがんばろう。
白子線は1号から4号まではとんがり帽子の四角鉄塔。5号は駅を跨ぐ立方体の巨大な鉄構だ。どうしてこんな巨大な鉄構を作ったのか不思議。
次の6号は一本角矩形の片寄り鉄塔になる。7号はテラス付き引き下ろし、8号からまた矩形が続く。路線は東上線の軌道敷に沿って進んでいる。線下を軌道敷内に収めるためにこんな形になったのだろうが、ちょっと気取ったいい鉄塔だ。背がとても高い。
詳しく見ていくと、主柱が送電線と直角方向に気持ち根開きしている。普通の矩形鉄塔では見られない特徴だ。背が高いだけに安定感のある形だ。
角が大きめで直角三角形というのもポイント。気取った感じはこれだな。
鉄塔は東上線を左右に折り返しながら谷を下りていく。根本をみると土台がとてもおもしろい。スーパーお立ち台を半分埋めたようなコンクリートの土台だ。
谷を下りた白子線は丘の上に再度あがり、白子変電所へ。最終鉄塔は受けの腕金付きドラキュラだった。白子変電所は丘の縁にゆったりと広がる露天の変電所だ。
戸田線は荒川を越えて
和光市駅、朝霞駅周辺の鉄塔調査はこれで切り上げ、戸田線(JR)にもどる。東上線北側70号からスタート。
戸田線(JR)は住宅と畑が混在する丘をゆるく上り下りしながら進む。70、71、72とマーメイド型の大正15年鉄塔が登場する。
丘の縁に来た。遠く幸魂大橋付近の鉄塔が遠望される。いよいよ荒川が近い。
丘を下るとそこはお寺がたくさんある古い街だった。戸田線(JR)もお寺の参道や駐車場に立っている。
街を抜けると畑が広がる。荒川まで続く広い畑だ。ところどころ畑がつぶされて建物や建機置き場、産業廃棄物の処理場などが点在する。
そんな畑の中に戸田線マーメイドが2本続く。そして前方を巨大な鉄塔で構成された東電の戸田線が横切って行く。堤防近く東電とJRのふたつの戸田線がクロスする。
東電の戸田線6号は灰色に塗られた巨大な鋼管鉄塔。志木線を併架し4回線、高さは77メートルもある。
私のたどるJRの戸田線81号は小さい。高さは東電の3分の1程度だから25メートルくらいだろう。
81号に近寄る。たしかに小さい。戸田線(JR)の他の鉄塔と比べても特段に小さい。しかし小さいながらも鉄骨は特別に太い。頑丈そうなチビ。「大正15年5月」の鉄塔札を付けた、誇り高き鉄塔なのだ。
送電線は新河岸川を越えて荒川の河原へと進む。河原には荒川越えの82号が背を高く伸ばし、送電線を向こう岸へと渡している。対岸には83号だろうか。同じような形をした鉄塔が送電線を受け取る。
82号は東電のお立ち台より縦長のスーパーお立ち台にちょこんと立っている。いかにも鉄塔を台の上に載せました、という唐突な感じだ。こんなお立ち台も悪くないね。
これで戸田線(JR)を辿って武蔵境から荒川まで来たことになる。1号から82号まで、途中枝番が2基(16-1、16-2)あり、飛び番が3基(7、66、69)ある。差し引き81基の鉄塔を見てきたわけだ。
幸魂大橋ジャンクション
新河岸川の木陰で大休止をとったおかげで気力回復。太陽も少し高度を下げ、暑さの峠は過ぎたようだ。せっかくだから東電の戸田線沿いに幸魂大橋を目指す。幸魂大橋の南詰めは笹目線、戸田線、志木線と154KVの送電線路がクロスする、一大ジャンクションだ。
灰色鋼管鉄塔の戸田線を5、4、3と辿る。3号と2号は重角度鉄塔。送電路が鍵の字型に曲がる。そして1号の先には赤白の背がとても高い分岐鉄塔、笹目線33号がそびえ立つ。
上段に154KV、下段に66KVの4回線鉄塔なのだが、その4回線とも分岐をさせている複雑鉄塔だ。
幸魂大橋の一番の見所はなんと言っても笹目線34号だろう。上段に笹目線と新倉線の4回線を南北に通し、下段に志木線2回線を東西に交差させている。橋の上からは下段の志木線の腕金が間近に見える。味わい深い重装備鉄塔だ。
もう日暮れ、荒川を渡る笹目線の赤白鉄塔も夕日に輝いている。何度来てもここはすてきな場所だなぁ。南詰め交差点にあるひょろ長い灰色鋼管鉄塔32号を見て帰路に着いた。
北堀線
げげげ。JR戸田線はそんなところまで続いていたのか・・・
恐るべし。
あ、報告です。北堀線の9号鉄塔なんですが、結界に入れなくなってしまいました・・・電線張り替え工事をした際に金網が付いてしまった様です。とても残念です。携帯の待ち受けはその結界写真なのに・・・
戸田線、いつか巡って見せますっ
今は三井線あたりを巡る予定です。
っといけない。どうもべちゃくちゃ話しすぎてしまうくせがあるみたい・・・
またまた長文失礼しました。
sarumaruhideki
北掘線9号って運送会社の駐車場で下が自転車置き場になっていた鉄塔ですよね。締め切ってしまいましたか、残念です。
三井線がんばってくださいね。最後まで行くとお楽しみが待ってます。
ひろむ
最近、実はJR鉄塔にも興味持ち始めました。JR戸田線は全鉄塔に行き新鶴見線もほぼ制覇しました。また最近は戸田方面たまに行っています。群馬幹線も東松山付近まで制覇しました。そはいっても半分以上のこっています。只見幹線も制覇したいのですがそれは山があるかわ大変です。
sarumaruhideki
ひろむさん、お久しぶりです。JR鉄塔も味があるでしょ。群馬幹線、只見幹線の山部分ならお手伝いできますよ。只見幹線沿いに尾瀬を越えるとか。
鉄塔オタク
幸魂大橋付近の鉄塔は皆個性的で面白いですね。笹目線33,35,36号は100m近いですし、34号はすごく迫力がありますし、素朴なJR戸田線との対比がおもしろいですね。
sarumaruhideki
鉄塔オタク さん:同感です。笹目線の中の島に立つ鉄塔もいいですよね。ボートで上陸してみたいものです。
2011年07月02日(土)
和光市周辺探索
前回、戸田線(JR)をたどった最後、東上線の向こう側を横切る鉄塔を発見した。白子線という鉄塔だ。一本角の矩形片寄り鉄塔。なかなか味のある路線だ。地図を見ると周りに送電路線がたくさんある。
ということで戸田線(JR)を進む前に、この辺りの鉄塔を見て回ることにした。
まずは和光市の次の駅朝霞駅から出発することにする。ここから朝霞線〜白子線とたどり和光市まで歩く。
朝霞駅で私を迎えて暮れたのは東武朝霞線。朝霞線35号からわかれ1〜4号で東武朝霞変電所までを結ぶ。駅の北口横には小さな2号鉄塔が立つ。駅前鉄塔だ。
朝霞線35号から朝霞線を辿る。東上線を越え北上すると畑の中の朝霞変電所へ。ここへ立つ朝霞線38号は背の高い引き下ろし鉄塔だ。ドラキュラと前後振りわけを組み合わせたような鉄塔。プラットホームだけではなく何本かは直接鉄構に線を下ろしている。なかなかいい感じの鉄塔だ。
朝霞線は変電所を過ぎてまっすぐ先の笹目線27号へ向かっている。笹目線は目の前を南北に横切っている。東西に進む朝霞線は笹目線を過ぎてもまっすぐ延びる。この鉄塔の先は白子線になるのかな。
案の定、次の鉄塔は白子線。白子線は谷を下り、また丘に登り、住宅と畑の混在する地域を進んでいく。4号で右折、和光市駅の大鉄構へと続いていった。
今日はこれで終わり、次回は和光市から白子線をなおも進んでみよう。
2011年06月12日(日)
JR線のマーメイドと二本脚
戸田線(JR)を歩く。関越を越えたキリ番50からスタート。武練線交差を通過して和光市駅まで行く。徐々に住宅地と住宅地の間に広い畑が広がる地域になってきた。
朝霞の自衛隊の南側、大きな公園がある。ここは東京都練馬区と埼玉県和光市の都県境で東京都側は都立大泉中央公園(さくら運動公園)、埼玉県側は和光樹林公園とふたつの大きな公園が接している。春はさくらが見事だ。
この公園内を戸田線(JR)は通り抜ける。そして鉄塔はマーメイド型の鉄塔、鉄塔札には「大正15年5月」と書かれている。
古い鉄塔を嵩上げした結果、こんな形になったのだろう。鉄塔下部は山型鋼を十字型に組み合わせて補強している。
公園を過ぎて、外環沿いに送電路を進むと和光市駅手前で美化鉄柱にであう。JRの美化鉄柱自体珍しいが、何とこれは二本脚! 塗装はされておらず酸化皮膜の渋い姿。ちょっと工場の集合煙突みたいな感じだ。うーむ、これは良い。




この前駒沢線行きました。
寒かったです[泣)
今度、もう一度北堀線巡視します。
ブログ拝見しましたところ昨年の夏は朝霞・和光・新座方面にいらしていたようで、3年前までこのあたりを配達で回っていた者として大変懐かしいというか、当時の恐怖の記憶が蘇るというか、いささか複雑(?)な思いが致しました。特に和光駅近くの白子線は非常に印象深く眺めた記憶があります。
この一年ほどは埼玉・茨城の県境あたりを配達しておりますが、ここには東武鉄道の変電所がありまして、道を挟んだ向かい側には小さめの角度鉄塔が鎮座しており、この鉄塔の近所に配達するのだけは絶対に避けたいなと思う日々です。寒い日々が続きますがお体ご自愛くださいませ。
>北掘線 さん
寒いですねぇ。風邪引かないようにがんばってください。
>鉄塔恐い さん
白子線。短い路線ですが駅前鉄塔ってのがいいですね。チビだし。埼玉・茨城県境方面は訪ねたことがありません。変電所と小さめの角度鉄塔。魅力的じゃありませんか。(^.^)