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2016年04月18日 月曜日

sayokom2016-04-18

[][] 「プロレスという生き方」という本が出ます。  「プロレスという生き方」という本が出ます。を含むブックマーク

2016年5月9日に、わたくし三田佐代子初の著作、「プロレスという生き方」という本が中公新書ラクレから出版されることになりました。

これまで週モバやゴング、サムライTVの猫耳アワー、そしてcakes というクリエーターサイトなどでプロレスについて書かせて頂きましたが、本という形で出るのはもちろん生まれて初めてです。2年近くその準備と執筆に時間をかけてしまい(かけ過ぎ)ましたが、いま私が注ぎ込める全てを注いで書き上げることが出来た、という感慨に充ち満ちています。

プロレスについて何か書いてみませんか、と出版社さんから声をかけて頂き、自分だったら何が書けるかなといろいろ考えました。とにかく、いまのプロレスがこんなに豊かで、面白くて、幅広いんだよということをお伝えしたかった。そこで、やっぱり私としてはプロレスラーやそこに携わる人たちについて取材し、書かせて頂くのが一番いいと思い、改めてこの本のためにインタビューをし、取材をさせて頂きました。お忙しいなかお時間取って下さったレスラーや関係者の皆さまには本当に感謝しています。

タイトルは「プロレスという生き方ー平成のリングの主役たち」です。

目次、構成はこんな感じです。

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「プロレスという生き方ー平成のリングの主役たち」

■目次

はじめに 今ここにあるプロレス

第一部 メジャーの矜恃・インディーの誇り

中邑真輔 美しきアーティストが花開くまで

飯伏幸太 身体一つで駆け上がった星

高木三四郎 「大社長」がすごい理由

登坂栄児 プロレス界で一番の裏方

丸藤正道 運命を受け入れる天才

コラム1 プロレスとメディア

第二部 女子プロレスラーという生き方

里村明衣子 孤高の横綱はなぜ仙台に行ったのか?

さくらえみ 突拍子もない革命家

第三部 プロレスを支える人たち

和田京平 プロレスの本質を体現する番人

橋本和樹に聞く 若手のお仕事

棚橋弘至 プロレスをもっと盛り上げるために

コラム2 寂しがり屋の「破壊王」橋本真也さんの思い出

おわりに 震災とプロレス

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校了ギリギリに飯伏選手の復帰と飯伏プロレス研究所設立、そして中邑真輔選手のNXTデビューについても入れることが出来ました。もちろん、ここにいる方が全てではないけれど、いまのプロレスを面白くしていいる人たちがどうプロレスに出会い、どうしてプロレスという生き方を選んだのか、そしてどのように生き抜いてきたかを辿ることによって、いまのプロレスのあり方や豊かさを表現することが出来たんじゃないかな、と思っています。

プロレスファンの方も、そうでない方も、ぜひ手に取って読んで頂けたらと思います。形にするまで時間がかかってしまいましたが、この本のためにレスラーや関係者の方と向き合い、話を聞き、それを原稿に仕上げていく時間はとても幸せなひとときでした。

ひとりでも多くの方に、彼ら彼女たちの生き方が届くといいなと心から願っています。

[][]伊野尾書店で発売記念イベントがあります 伊野尾書店で発売記念イベントがありますを含むブックマーク

で、この本の刊行を記念して、新宿区中井にあります伊野尾書店さんで発売記念イベントをやらせて頂けることになりました。

そうです、あの伝説の本屋プロレスを開催した、伊野尾書店さんですよ!

イベント概要はこんな感じです。

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〜「プロレスという生き方 - 平成のリングの主役たち」 (中公新書ラクレ) 発売記念〜

三田佐代子トークショー「三田佐代子のここだけの話」

日時:5/14(土)20:00〜21:00

場所:東京・中井「伊野尾書店」店頭

西武新宿線「中井」駅徒歩3分・地下鉄都営大江戸線「中井」駅徒歩1分

東京都新宿区 東京都新宿区上落合2丁目20−6

MAP:https://goo.gl/rTudw4

参加条件:伊野尾書店にて「プロレスという生き方」(税込907円)ご購入の方がご参加できます

・「プロレスという生き方」は5/9より店頭発売します。ご購入の方には当日参加できる整理券をお配りします。

・座席はありません。ブルーシートを用意するのでその上にお座りいただく形になります。

・トークショー終了後、三田さんのサイン会があります。

※なお三田さんは試合はしません。

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しませんよ!

本に書ききれなかったことや取材の裏話など、させて頂けたらなと思っております。

わたくしひとりでどれくらいの方にいらして頂けるのかはなはだ心許ないのですが、プロレスは出来ないけれども出来る限りのサービスはいたしますので、足を運んで頂けると嬉しいです。自分のトークショーとかけっこう久しぶりですからね。

ということで、この「プロレスという生き方」を通して、またたくさんの方にお目にかかることを楽しみにしております。

2015年11月15日 日曜日

sayokom2015-11-15

[] 天龍さんが飲んだ世界一美味しいビール  天龍さんが飲んだ世界一美味しいビールを含むブックマーク

天龍源一郎選手が引退した。「お腹いっぱいのプロレス人生」を走り切り、現在進行形の最先端を突っ走るオカダ・カズチカに何度も吹っ飛ばされ、歯を食いしばって立ち上がり、そしてボロボロになりながらも最後は自分の足でリングを降りた。本当に、カッコ良かった。

志半ばでこのリングから去り、そしてありがとうもさようならも言えなかったレスラーが幾人もいた中で、2年前に小橋建太選手が引退試合をやり、10カウントゴングを鳴らし、笑顔でリングを降りられたことに私たちは心から感謝した。小橋建太にありがとうと、さようならが言えて良かったと心から思った。

今日改めて天龍さんの引退試合を見届けることが出来て思う。そのキャリアが長かろうが短かろうが、レスラーがどうか自分の意志でリングを去る決断が出来ますように。そして自分の足で笑顔でリングを降りることが出来ますようにと。

同時に思う。レスラーを応援する私たちは、彼らが初々しい頃も、上昇志向に燃えている時代も、人気も実力もある絶頂期も、そしてやがて年を経て身体が若い頃のようには動けなくなったとしても、それを見届けたい、と。どうか見届けさせて下さい、と強く思ったのだ。

何一つ言い訳も泣き言も天龍さんは言わなかったけれども、天龍さんは思うようにならない大きな身体でもがくようにオカダ・カズチカに向かっていた。パワーボムも上がらない。延髄斬りも低い。でも、それでも天龍さんはそのリングで、必死で勝とうとしていた。しがみつくように勝とうとしていた。そんな天龍さんに「天龍、今が一番かっこいいぞ!」という声援が飛んだという。

天龍さんの試合、見届けました。今は1度受け身を取り、立ち上がるだけで、相当な体力の消耗をするはずなのに、何度も叩きつけられその度に立ち上がりました。延髄蹴りが出た時は泣いてしまいました。 その時だったか「天龍、今が一番かっこいいぞ!」声援が飛びました。同感です。藤田ミノル @Tgurentaifujit 21:12 - 2015年11月15日

https://twitter.com/Tgurentaifujit/status/665864984316899328

何度目かに遂にレインメーカーが決まり、3カウントが入った時に、そのカウントを自らの手で叩いた海野レフェリーが天を仰いだ。元はといえばプロレス大賞のMVPに関するオカダ選手の発言に噛みつき、実現した今回の顔合わせだったけれど、気づけばオカダ選手のセコンドには当然外道選手がいるし、今は新日本のメインレフェリーであるレッドシューズ海野さんがプロレスラー天龍源一郎の介錯をした。天龍選手の歴史を思えば、これ以上ない顔合わせだった。

シンプルな引退セレモニーを終えてバックステージに戻って来た天龍さんは、身体は非常にきつそうだったけれど表情は穏やかだった。コメントの最中で、テーブルに並んだ缶ビールをひとくち、本当に美味しそうに飲んだ。あんなに美味しそうにビールを飲む人の姿を、私は一生忘れないと思う。私が生涯見てきた中で、断トツで美味しそうなビールだった。正直そんなに冷えていなかったと思うし、天龍さんはもっと高くて珍しいお酒もたくさん飲んできたと思うけれど、きっとこの先もあのビールにかなうお酒はないんじゃないかなと思わせるほどに、天龍さんは美味しそうに飲んでいたのだ。

偉大なプロレスラーであり、そして最高にカッコいい実の父である天龍源一郎の引退興行を立派に終えた紋奈代表は、「少し休んだらまたバリバリ働いてもらいます」と笑顔で語った後で、言葉を詰まらせてこう言っていた。

「今日天龍源一郎の試合を見た人が、また明日もプロレスを見ようと思ってくれたら、一番嬉しいです。」

その言葉がとても染みた。今日は全11試合、メジャー、インディー、ローカル、女子、本当に様々な選手が試合をした。両国国技館のような大きな会場で試合をするのは初めてだ、という選手もたくさんいたと思う。天龍源一郎はリングを降りても、プロレスは続いていく。天龍がいなくなっても、プロレスを応援して下さい、というメッセージを、今日のこの興行から私たちは受け取ることが出来る。

以前、トークショーでご一緒した時に天龍さんがこう言っていた。

「一日が終わって寝る時に、天井を見て『天龍源一郎、今日も頑張ったな。お疲れ様』と言ってあげるんですよ。皆さんも是非それをやって下さい。こんな時代ですから、最後に自分にお疲れ様って言ってあげられるのは自分しかいないんですよ」

今日はいったいどんな気持ちで天龍さんは自分に「お疲れ様」と言っただろうか。お腹いっぱいのプロレス人生を悔いなく走り抜いて、穏やかな休息が天龍さんのもとに訪れているといいな、と思う。

そして私も、いつか天龍さんのように本当に自分自身に「お疲れ様」と言える日が来るように、そしてあれほどまでに美味しいビールが飲める日が来るように、戦っていかなくちゃいけないんだなと思ったのだった。

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2015年09月09日 水曜日

[][] DDT総選挙アーカイブ  DDT総選挙アーカイブを含むブックマーク

▽第1回 DDT48総選挙2010 結果発表 2010年10月7日 有効投票総数:5,973票

1位   512票 男色ディーノ

2位   498票 佐藤光留

3位   309票 チェリー

4位   258票 HARASHIMA

5位   254票 飯伏幸太

6位   233票 高木三四郎

7位   231票 中澤マイケル

8位   230票 アントーニオ本多

9位   225票 石川修司

10位   213票 MIKAMI

11位   209票 ヨシヒコ

12位   206票 大鷲透 

13位   183票 ヤス・ウラノ

14位   182票 木高イサミ

15位   171票 ケニー・オメガ

16位   162票 ディック東郷

17位   159票 KUDO

18位   146票 石井慧介

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(圏外)

19位   132票 安部行洋、入江茂弘




※高木三四郎、ユニオンプロレス移籍へ。


▽第2回 DDT48総選挙2011  結果発表 2011年9月29日 新宿FACE


1位  558票 佐藤光留  


2位  389票 飯伏幸太  


3位  387票 男色ディーノ  


4位  380票 ヤス・ウラノ   


5位  363票 マサ高梨  


6位  356票 大石真翔  


7位  335票 チェリー  


8位  287票 HARASHIMA  


9位  252票 MIKAMI   


10位  248票 木高イサミ 


11位  247票 大家健   


12位  228票 KUDO    


13位  197票 高木三四郎 


14位  195票 DJニラ   


15位  182票 アントーニオ本多 


16位  179票 石井慧介  


17位  176票 石川修司  


18位  174票 高尾蒼馬  


19位  167票 中澤マイケル 


※2位の飯伏が負傷欠場のため繰り上げ当選 


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20位  161票 ミスター6号 


21位  159票 ケニー・オメガ 


22位  140票 入江茂弘 


23位  119票 平田一喜 


24位  107票 彰人 


25位     99票 佐々木大輔



※佐藤光留大躍進。大石真翔選抜入り→入団。





▽第3回 DDT48総選挙2012 結果発表10月3日 新宿FACE 有効投票総数3894票



1位 372票 飯伏幸太


2位 215票 男色ディーノ   


3位 203票 HARASHIMA   


4位 198票 MIKAMI 


5位 197票 佐藤光留


6位 164票 木高イサミ、入江茂弘


8位 147票 ケニー・オメガ  


9位 141票 大石真翔、KUDO  


11位  138票   紫雷美央


12位  116票   マサ高梨、アントーニオ本多 


14位  111票   ヤス・ウラノ


15位  102票   チェリー  


16位  101票   石井慧介 


17位  99票   竹下幸之助 


18位  86票   高木三四郎、高尾蒼馬  


――――-以上18位までが10・21後楽園大会本戦出場―――–


20位 DJニラ


21位 坂口征夫


22位 福田洋


23位 エル・ジェネリコ


24位 中澤マイケル

※2年連続で繰り上げ出場へ


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25位 ヨシヒコ


26位 火野裕士


27位 彰人


28位 石川修司


29位 佐々木大輔


30位 ミスター6号

※竹下初総選挙。入江大躍進。入場券のみで投票(グッズなし)紫雷美央、坂口征夫初選挙。




▽第4回 DDT48総選挙2013 10月2日新宿FACE 有効投票数:5728票

1位 428票   男色ディーノ(↑)


2位 419票 木高イサミ(↑)


3位 417票 飯伏幸太(↓)


4位 344票 HARASHIMA(↓)


5位 330票 佐藤光留(↓)


6位 225票 大石真翔(↑)


7位 221票 高尾蒼馬(↑)


8位 200票 ケニー・オメガ(−)

9位 252票 スーパーササダンゴマシン(↑)


10位  182票 チェリー(↑)


11位  174票 ヤス・ウラノ(↑)


12位  171票 マサ高梨(−)


13位  170票 竹下幸之助(↑)


14位  158票 KUDO(↓)


15位  156票 MIKAMI(↓)


16位  150票 福田洋(↑)


17位  149票 彰人(↑)


18位  147票 石井慧介(↓)


19位  146票 アントーニオ本多(↓)


20位  144票 入江茂弘(↓)
               

       佐々木大輔(↑)


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22位  143票 紫雷美央(↓)


23位  131票 坂口征夫(↓)


24位  92票 中澤マイケル(−)


25位  90票 DJニラ(↓)


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26位  89票 ヨシヒコ


27位  51票 大鷲透
             

三富政行


29位  45票 石川修司

※イサミ大躍進も第2位。彰人所属して涙の選抜入り。ササダンゴマシン。


参考:http://www.ddtpro.com/column/4015/


DDT公式~男色ディーノが信じるドリームチームの仲間たち



▽第5回 DDTドラマティック総選挙2014 10月1日新宿FACE 有効投票総数7038票

【ユニット部門】


1位 1098票 スマイルスカッシュ


※スマイルスカッシュは11・12後楽園ホールでのプロデュース興行権を獲得


2位 1089票 酒呑童子


3位 1086票 チームドリフ


4位  777票  ゴールデン☆ストームライダーズ


5位  758票  ハッピーモーテル


6位  602票  男方神起


7位  522票  T2ひー


8位  387票  ニラ連盟


9位  252票  モラトリアムズ


10位 125票  ゴジャ★ミカ


11位 108票  豚ing


※最下位ユニットの豚ingは解散となる。酒呑童子惜しい。

【個人部門】
<選抜=10・26後楽園本戦出場選手>


1位  693票 飯伏幸太


※飯伏は賞金100万円と2015年2・15さいたまスーパーアリーナ大会メインイベントでのKO-D無差別級王座挑戦権を獲得


2位  689票 木高イサミ


※イサミは賞金30万円と10・26後楽園でのKO-D無差別級王座挑戦権を獲得


3位  416票 HARASHIMA


4位  410票 石井慧介


5位  366票 男色ディーノ


6位  303票 赤井沙希


7位  237票 チェリー


8位  219票 高尾蒼馬


9位  210票 彰人


10位 209票 KUDO


11位 207票 平田一喜、ヤス・ウラノ


13位 203票 アントーニオ本多


14位 177票 竹下幸之介


15位 176票 マサ高梨


16位 174票 大石真翔


17位 168票 坂口征夫


18位 158票 ケニー・オメガ、スーパー・ササダンゴ・マシン


20位 150票 遠藤哲哉

<アンダーボーイズ=10・26後楽園ダークマッチ出場選手>


21位 144票 MIKAMI


22位 140票 佐々木大輔


23位 137票 入江茂弘


24位 135票 勝俣瞬馬

※坂口征夫選手DDT入り直訴。赤井沙希選手号泣。平田大躍進。竹下とイサミ。若手の大躍進。

参考:http://www.ddtpro.com/column/15819/


DDT公式~誰がために君は戦う 第5回DDT総選挙

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第1回  2010

1位 男色ディーノ

2位 佐藤光留

3位 チェリー

第2回 2011

1位 佐藤光留

2位 飯伏幸太

3位 男色ディーノ

第3回 2012

1位 飯伏幸太

2位 男色ディーノ

3位 HARASHIMA

第4回 2013

1位 男色ディーノ

2位 木高イサミ

3位 飯伏幸太

第5回 2014

1位 飯伏幸太

2位 木高イサミ

3位 HARASHIMA

※遂に男色ディーノの5年連続ベスト3入りが途切れる。

ベスト3入り4回がディーノ、飯伏。

2015年08月13日 木曜日

sayokom2015-08-13

[][] 我闘雲舞のみんなが見る夢は  我闘雲舞のみんなが見る夢はを含むブックマーク

我闘雲舞初の後楽園大会は全てがきらきらしていました。いまを生きる少女たちのきらきらした歌声。タイからやってきたプロレスラーたちのきらきらした笑顔。色とりどりの紙テープ、躍動する命、王者の貫禄、敗者の悔しさ、そしてお客さんたちの歓声。さくらえみ選手が新しく作り上げた楽園は、海を越え文化も言葉も越えて大きな可能性と幸せを運んできてくれたのです。

さくらさんはずっと、自分の理想を追い求め、それを自らの手で作り出してきた人です。そしてそのアイデアはいつもみんなを驚かせる。体操教室を始めて、そこに通う少女たちをプロレスラーとして育てる。リングのないところでマットだけ敷いて試合をする。そのマットの上でレスラーが歌ったり踊ったりする。誰もが思いつかないことを思いつき、そしてそれを実行してしまう。

なのでさくらさんが何を言い出してもだいぶ驚かないつもりではいたんだけれど、アイスリボンを退団するとサムライTVの番組内で突然発表した時には動揺したし、それからほどなくしてタイに渡り「タイで女子プロレス団体を作る」と宣言した時には更に仰天しました。

あれから3年が経ち、我闘雲舞は日本人選手4人、タイ人選手10人という立派なプロレス団体になっていました。市ヶ谷を常設会場にし、年に何度か板橋や新木場で試合をするという形で団体を続けていくことはもちろん出来た。でもさくらさんは昔から「知ってもらえないということは、存在していないのと同じ事だ」と繰り返し言っています。心優しいファンに囲まれて、ちいさな楽園を手のひらで大切に守っていくことを、さくらさんは良しとしなかった。今回の大会パンフレットの冒頭で、さくらさんはこう宣言しています。

「20年続けてみて思ったのは、やめなければ今後も続けることができてしまうということでした。
優しいファンに囲まれ、リスクを最小限に、冒険をしなければ、おだやかな海をいつまでも泳ぎ続けることができてしまいます。
でも、それを、20年選手が良しとしてはいけないのではないか。
ベテランだからこそ、過去をふりかえることなく、貢献していける何かがなければ続けてはいけない。それが、今を一生懸命につくりだしているプロレスラーへの尊敬の気持ちの表し方だと思いました。」

いつもさくらさんの言葉はぐさりと刺さります。

直前までチケットが売れていないと嘆き続けたさくらさんでしたが、この日は800人という胸を張っていい数のお客さんが集まりました。そしてその熱は半端なかった。ここ数日ツイッターでは、誰に頼まれたわけでもなくファンたちが口々に「我闘雲舞の後楽園にみんな行こうよ、絶対幸せな気持ちになれるから」と自らが宣伝をかって出ていた。我闘雲舞立ち上げからずっと映像制作に携わっているタノムサク鳥羽さんは、どうやってプロレスという文化がなく、純粋無垢な国民性のタイでさくらさんがプロレスラーを育てることが出来たのかを、かの国の事情に詳しい立場から細やかに説明してくれた。そして、当日会場にはビジョンがないのに、我闘雲舞旗揚げの経緯やメインの里歩vs「ことり」、さくら選手自身の20周年記念試合について、煽りVTRを作ってyoutubeの公式チャンネルにupしていた。鳥羽さんが「事前に見てね」と書いていらしたのですが、当日初めて会場で見たい人もいるだろうな、と思ってそんなに拡散しなかったのですが、ああそうか、会場にビジョンがないから事前に見てねって鳥羽さん言ってたのか!と今日気づき、こんなことならもっと宣伝しておけば良かったと悔やんだり。

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さくらさんが「人たらし」であることは良く知られていることですが、映像の鳥羽さんといい、タイに長期滞在をしてタイ人レスラーを指導した円華選手、タイ人レスラーにとってもガトムー日本人部隊にとっても心強いパートナーであるマサ高梨選手、気づけばなぜかTシャツ屋さんになっていた大鷲透選手など、そうそうたるメンバーが我闘雲舞とさくらさんに巻き込まれていました。みんなが困った顔をしながらさくらさんのペースに乗せられ、そして若い選手たちの良き相談相手となり、我がことのように我闘雲舞の行く末を案じている。私が週プロモバイルで連載しているコラムに我闘雲舞後楽園大会に行こうよ、と書かせて頂いたのですが、いったい今日何人の人に「三田さんありがとうございました」と言われたことでしょう!我闘雲舞所属の人も、そうでない人にも!

後楽園は歌のメドレーで華やかにスタートし、少女たちのキラッキラした姿にもう泣きそう。リングサイドで怪しげな風貌の鳥羽さんがずっとカメラを回しているのを見てなお泣きそう。

そしてタイの選手たち!彼ら、彼女たちにとって後楽園はどんな場所だっただろうな、と思っています。若く、たくさんの可能性がある彼ら彼女たちに「プロレスラー」という道を指し示し、プロレスの技術だけでなく礼儀も厳しく教え込み、繰り返し夢を説き続けたさくらさんの尽力は素晴らしいと思うし、彼ら彼女たちにとって日本が、ひとつの夢が叶う場所であって欲しい。試合は緊張していたし、そもそもリングでの練習はみんなほとんどしたことがなかったと思うのですが、誰かがちょっと失敗しても「もう1回やろうよ!」と会場の全員が、いや本当に誇張なく全員が支える雰囲気になっていたのが凄かった。さくらさんはタイ人選手たちにとってお母さんだった、と鳥羽さんは言っていたけれど、この日は会場の全員が、タイ人選手たちのお母さんみたいな気持ちになっていました。全試合が終了し、出場選手全員がお客さんの間を握手で廻る恒例の時間帯に、タイ人選手たちがキラキラした笑顔でタイ式の挨拶(ワイ、という合掌)をしながら握手をして廻っているのを見てまた泣きそうになりました。

そしてこの日はさくらえみ選手にとってもプロレスラーデビュー20周年試合という大切な試合がありました。さくら&真琴組vs志田光&帯広さやか組というタッグマッチで、かつては一緒に夢を見たけれど別々の道に分かれたかつての教え子たちが、久しぶりに同じリングに立つ。試合以外でも南月たいよう(夏樹、から改名)さんやしもうま和美さん、美しく成長したさくらえびきっずたち、さくらさんの20年を彩ってきた人たちが数多く集まっていた。たぶん、さよならした時にはいろいろあったんだと思います。でも、またプロレスのひと言で集まることが出来る。久しぶりにフィナーレで客席を廻る志田光選手を、かっこいいなあと思って見ていました。

メインの里歩vs「ことり」、現役高校3年生vs高校2年生。かつてさくらさんに負けて、「自分もいつか成長して、いまと同じプロレスが出来なくなってしまうかもしれないけれど」と涙ながらに訴えた少女は、我闘雲舞の絶対王者に成長していました。その強さ、安定感、冷静さ、そして包容力。この試合を南側のてっぺんから見ていた、という木高イサミ選手は「里歩選手に完璧にHARASHIMAさんがだぶって見えた」と唸っていましたが、みな同感でした。あまりに里歩さんは強かった。そして言い尽くされたことではありますが、「ことり」選手はこの悔しさが間違いなくもっと彼女を強くする。あの気の強さ、柔道仕込みの鋭く美しい投げ技、彼女がこれからどんなプロレスラーに成長していくのか。里歩選手をずっと私たちが見続けてこられたように、「ことり」選手の成長をずっとこれから追いかけることが出来る。嬉しいことです。

そして鳥羽さん。絶対鳥羽さん今日はカメラ廻しながら泣いちゃうだろうな、嬉しかったろうな、と全試合終了後に鳥羽さんに話しかけたら、思いもよらない答えが返ってきたのです。

「いやあ俺は怒ってるよ。ダメだよ、全然タイの選手たちがダメだった。体力がなさ過ぎる。なんでもっとスクワットなり何なりタイでやってこなかったんだろう。そういうのお客さんはシビアに見るからね。このままじゃ絶対にダメなんだよ」

びっくりしました。鳥羽さん怒ってたのです。それはきっと、もっと彼らなら出来るはずだ、という悔しさの裏返しなんだと思います。初めての後楽園ホール、たくさんのお客さん、リングでの試合、異国の地、何をとってもタイ人選手たちにとっては緊張の連続だったはず。もしかしたら、実力を発揮し切れなかった選手もいたのかもしれません。でも、自分たちの試合が終わり、みんなメインの里歩vs「ことり」の試合を、セコンドや、花道奥からじっと見ていた。凄いな、と思ったはずです。その凄いな、が、「よし、僕たちも頑張ろう」に繋がればいい。まだまだ始まったばかりなんだから。

さくらさんは興行終了後に「これが最終回だったらどんなに美しいだろう」と冗談めかして言っていましたが、それを知った里歩選手は驚きながらも「でも続いちゃうんで!続く限りはまた後楽園やりたいです」と宣言していた。頼もしい限りです。そして道はまだまだ続いていく。

我闘雲舞の定番のかけ声があります。

「リャオサイ(左かな)?」

「メシャーイ(違うよ)!」

「リャオカー(右かな)?」

「メシャーイ(違うよ)!」

「トンパーイ(まっすぐかな)?」

「シャーイ(そうだよ)!」

これは米山香織選手がタイに滞在している時、タクシー運転手さんと交わしたやり取りから生まれたかけ声だそうです。世界中からいろんな人が右かな、左かな、いやまっすぐだな、と迷いながら進んできて、この日の後楽園ホールにたどり着いた。タイから、日本から、ドイツから、アルゼンチンから、中国から。そしてまた別れて、右かな、左かな、と進んでいるうちに、いつか再会できる。いまタイでさくらさんの右腕として我闘雲舞を切り盛りしているリングアナのプミさんは、こう書いていました。

「1人で見る夢はただの夢、みんなで見る夢は現実になる夢。」

これからもプロレスのリングの上が、みんなの夢が叶う場所でありますように。そしてその輝きを、また私も全身で感じ取りたいと思っています。

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2015年07月17日 金曜日

sayokom2015-07-17

[] 新日本プロレスワールド 「飯伏幸太 ゴールデン・スターのひみつきち」  新日本プロレスワールド 「飯伏幸太 ゴールデン・スターのひみつきち」を含むブックマーク

新日本プロレスワールドで飯伏幸太選手のオリジナル動画、「#13 ゴールデン・スターのひみつきち」という動画を見た。このNJPW Documentaryというシリーズは選手のプライベートな日常を見せてくれるシリーズで、真壁選手が地元に帰って同級生とケーキ屋さんに行ったり、後藤洋央紀選手が酔っていたり、内藤哲也選手がお父さんと語り合っていたりと選手の柔らかな素顔が垣間見えて面白いのだが、飯伏選手はたったひとりであらわれる。

その15分の動画の一番最初からまずあまりに飯伏選手らしくて最高。そして、カメラを通して語りかけているディレクターとの関係が親密であることがわかる。

どうやらいまとても忙しいらしい飯伏選手の日常とはつまり、ひとりで行っている練習のことである。よく知られていることではあるが飯伏選手はデビュー以来ほぼずっと、どの団体の合同練習にも出ずに単独でプロレスの練習をしてきた。語られるその理由もとても飯伏選手らしい。そしてかつてベスト・オブ・ザ・スーパージュニアで初めて獣神サンダーライガー選手と対戦した時に「もっとグラウンドレスリングを身につけた方がいい」と忠告された飯伏選手ではあるが、じゃあどうやってグラウンドの技術を身につけたのかもまた、とても飯伏選手らしい。

たったひとりで、よく公開練習などの映像では見たことがあるあの千葉のアマチュアプロレスの道場で、もくもくと飯伏選手はまずストレッチをする。ああ、飯伏選手もちゃんとストレッチするんだ!という新鮮な驚き。むちゃくちゃをやっているようでいて、当然だけれど自分の身体はきちんとケアしている。そして自分の身体がいまどういうダメージを受けているかももちろん自分でわかっている。

ひとりで黄色いストレッチボールを相手に練習を繰り返す姿は、まるで砂場で遊ぶ子供のようでもあり、求道者のようでもある。確かに子供の頃ってたいした道具がなくても砂場や原っぱで永遠に遊べたし、ひとりでも時間があっという間に過ぎたものだ。きっとあの頃私たちが持っていたピュアな気持ちを飯伏選手はプロレスに対して永遠に持ち続けているから、私たちは飯伏選手に惹かれるんだろう。そしてこの黄色いストレッチボールが伊橋剛太選手に見える、ということも付け加えておきたい。

どうやって飯伏幸太のあの誰にも真似出来ない動きが生まれるのかが、解き明かされる。それは意外にも地道で、急に空から降ってくるようなものではない。天才というのは「努力することが出来る天才」のことを言うのだ、と誰かが言っていたけれど、本当にそうなんだと思う。あの生まれっぱなしみたいな飯伏幸太だけれども、何もしなくても「夢が人の形をしている」存在になり得たわけじゃないのだ。

そして、撮影しているスタッフを気遣う場面に、グッとくる。ただ天真爛漫で天然で、という側面で語られがちな飯伏幸太という人の、優しさ。

この「ひみつきち」で飯伏幸太は作られている。この動画を見ると、私たちがよく知る飯伏幸太と、知らない飯伏幸太がふたり、いる。デビュー前から、そしてプロレス界を駆け上がりDDTと新日本プロレスの2団体所属の時代の寵児になった今も、この道場を飯伏選手に好きに使わせてくれている人がいることに心から感謝すると同時に、そんな単独行動を許してくれた所属団体の人たちにも感謝したい。そして今回の動画は「前編」ということなので、「後編」もとても楽しみだ。

新日本プロレスワールド NJPW Documentary #13 飯伏幸太 ゴールデン・スターのひみつきち

新日本ワールド

追伸。新日本ワールドの別の番組で、飯伏選手が夢として

『2020年の東京オリンピックの開会式でプロレスをやる。』

と語っていたことを知った。最高すぎる。