弦楽アンサンブル #21

ベートーヴェン弦楽四重奏曲第14番を弦楽合奏で演奏する8回目。今回で終了となる。この曲は独りで練習してもさっぱり面白くない。というか途中でこんがらがって分からなくなる。しょうがないので、練習本番で弾けるところだけ弾けばいいと腹をくくって参加することにしていた(チェロの男性メンバーの中には最初から諦めて降りてしまった人が複数いた)。全曲を通して演奏したが、指揮者の指示で途中でやり直した箇所もあったから35分以上かかった。この難曲を最後まで通して弾けたのはアマチュア・アンサンブルとしては立派なものだろう。実際にちゃんと弾いていたのは、各パートトップのプロの先生たちだけかもしれないけど。7楽章の最後までたどり着いて、ようよう終わったかと指揮者の先生も苦笑い。晩年のベートーヴェンの何たるかを知るいい機会とはいえ、昨年11月からずっと重荷になっていた鬱陶しい曲が終わってホッとした。

チェロパートは曲ごとにローテーションを組んで席を変えている。偶然にも私にはトップサイドの席が回ってきた。最前列である。指揮者の話がよく聞こえるし、右側にはビオラのプロ、左にはチェロのプロがいる。だから、専門家の音がよく聞こえて面白い。後方にいる達者な人が休符を端折って頻繁に飛び出していたのも聞こえたが、そういう入りのタイミングが難しい箇所でもプロの隣は楽である。先生が動く気配を察知して合わせればいいのだ。練習が終了した時、チェロの先生は「よりによってこんな難しい曲で最前列に当たってお気の毒でした〜」と仰ったが、むしろラッキーだったと思っている。

私は普段は木の弓を使って合奏に参加している。しかしこの曲ではARCUS(ドライカーボン)を選んだ。家庭用の秤で計測するとわずか60g強。中空パイプ構造で非常に軽いため飛ばしや細かい動きが楽である。ヘ音記号テノール記号が錯綜し音がポーンと跳躍する箇所とか、移弦が忙しくてややこしいところなどでは、この軽さに随分と助けられた。ARCUSは弓元でも弓先でもタッチに大差がなく、どこから弾いても軽やかに音が立ち上がる。異常に軽くて、しかも強いため、竿のどこから弾いても発音性能が均一なのは通常の木の弓にはない特性だろう。普通は弓元に来ると弓圧の加減に神経を使うが、そういう心配もいらない。

音色に関しては、木の新作弓にありがちな生っぽい硬い音とも、ウエットカーボンのプラスティック的な不自然な艶とも違う、ふっくらとした柔らかい音が出る。それなりの作家が作った状態の良いオールド弓に比べると、新作弓は100万以上の上級品でも若い音しか出ない。新作である以上熟成が足りないのはいかんともしがたい。ARCUSにオールド弓みたいなクリーミーな濃厚なテイストがあれば文句なしだが、太くて量感豊かな音が出る割に淡白というか、パステルカラー調の音質でさらりとしている。とはいえ、新しい弓で腰が十分に強く、同時にまろやかな音を出すものはどこにでもある訳ではない。マイルドに過ぎるため音の切れとか粒立ちは木の弓に比べると穏やかになるが、合奏では周囲と溶け合いやすいメリットを感じる。通常のチェロ弓より2センチほど竿が長いため、ロングトーンを弾いて弓が足りなくなる箇所でも余裕がある。ヴァイオリン弓並に軽いため疲れないし、落としても折れないから気楽に使えるのはいい。

焼成過程で大半の樹脂成分を焼き尽くしてしまうドライカーボンの技術で弓を量産しているのはARCUS1社のみという。他社のカーボン弓は合成樹脂で炭素繊維を固めたウエット製法なので、糊として用いた樹脂の経年劣化が問題になってくる。ARCUSでは最初から上級品と普及品を作り分けるのではなく、同一に作って焼き上げた竿の共振周波数を測定し、成績順に松竹梅の値付をしているらしい。工業製品とはいえ、焼いてみないと仕上がりがどうなるかわからないとは。炎の偶然に結果を委ねる陶芸みたいなところがある。独占的技術ゆえの強気からか高価なのはネックだが、木製弓の代替品を目指したカーボンではなく、別次元の弓として確固たる独自性を築いているようだ。バッハ無伴奏組曲をこれで弾くと、音が柔らかく融け合うため重音が怖くない。新作の木の弓の場合は思わず気構えるところだが、ARCUSはシラ〜っと弾き通せる。そういうところはオールド弓に似ている。私の弓は中の下ぐらいのグレードだから、ちょっとモコモコしているのかもしれない。最上級品はどんな音が出るのだろう?129万のカーボン弓・・・。


                   ARCUS Sinfonia(角弓)



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