4月に実践女子学園生涯学習センターで90分3回講演をした「美しい本の話─装丁、さし絵、製本─」が、また11月の毎水曜日、10日、17日、24日(いずれも15:00~16:00)に開催されることになった。講演内容は前回とは違う内容でお願いします、といわれ、

・装丁のパイオニア杉浦非水とアール・ヌーボー
・洋画家たちが美しいさし絵を運んできた
・安さだけではない美しさも備えた円本全集
の3つのテーマで講演することになった。
詳しい内容、お申し込みは
http://www.syogai.jissen.ac.jp
0120-511-880へ。


77講座ある講座案内の最初の見開きページに私の講座が紹介されているのには、ちょっと驚きでした。学園の演出したサプライズか。どんなにいい場所に掲載されても、受講者が最低10人集まらなければ講座は開催されないきびしい世界だ。(*すでに10人は超えており、開講されることが決まりました。ホッ!よかった〜。)


実践女子学園生涯学習センター、2010後期講座案内
講座案内、最初の見開きページに掲載された

実践女子学園生涯学習センター、2010後期講座案内部分拡大



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1897(明治30)年、杉浦非水が入学した東京美術学校日本画選科には、土佐派、狩野派、円山派があり、非水は純日本式の写生を基本とする川端玉章が指導する円山派だった。


当時の日本画はヨーロッパ近代美術の影響を受け、岡倉天心を中心として新日本画運動がおきており、特に1898年に東京美術学校長を辞任して日本美術院を創設した天心のもとには、横山大観、下村観山、菱田春草など有力な新進作家たちが集っていた。彼らの積極的な活動が、その後の日本画界の方向性をつくっていった。


非水は玉章の円山派のクラスにいたため、日本画科に在籍してはいたが、このような狩野派を中心とした日本画運動とは無関係で、「花や動物の写生」に専念していたという。このことが、後にやってくるアール・ヌーボー様式に出会い、摂取するにははなはだ好都合になることをまだ非水自身も理解してはいなかった。



杉浦非水:画、「日本美術学校卒業制作 孔雀図」(明治34年


皮肉なことに日本画を選考していた非水は、近代西洋画の父と呼ばれる黒田清輝との偶然の出会いから、近代洋画の影響を強く受け、やがて、装飾図案家への道を進むことになる。