沖縄力

一条真也です。

本名の佐久間庸和の名で、新しいブックレットを作成しました。
その名も、「沖縄力」です!
守礼門首里城と同じ渋いエンジ色のブックレットです。


                沖縄力で無縁社会を乗り越えよう!


地元を代表する新聞である「沖縄タイムス」の2009年11月から2010年3月まで連載したコラムをまとめたものです。
「先祖を大切にする沖縄」「祝宴には踊りと酒を」「波の上ビーチで考える」「無縁社会と沖縄」「生年祝いを世界に!」などのタイトルが並びます。
その中でも、特に「無縁社会と沖縄」を多くの方々に読んでほしいと願っています。
今年の1月に放映されたNHKスペシャル「無縁社会〜無縁死3万2千人の衝撃」は大きな反響を呼びました。
日本の自殺率は先進国の中でワースト2位ですが、ここ最近、「身元不明の自殺と見られる死者」や「行き倒れ死」などが急増しています。
引き取り手のない遺体が増えていく背景には、日本社会があらゆる「絆」を失っていき、「無縁社会」と化したことがあるようです。 



かつての日本社会には「血縁」という家族や親族との絆があり、「地縁」という地域との絆がありました。
日本人は、それらを急速に失っています。
では、わたしたちが幸せに生きるためには、どうすべきか。
わたしは、何よりも、先祖と隣人を大切にすることが求められると思います。
まず、死者を忘れないということが大切です。
わたしたちは、いつでも死者とともに生きているのです。
死者を忘れて生者の幸福など絶対にありえません。
最も身近な死者とは、多くの人にとって先祖でしょう。
先祖をいつも意識して暮らすということが必要です。
もちろん、わたしたちは生きているわけだから、死者だけと暮らすわけにはいきません。
ならば、誰とともに暮らすのか。まずは、家族であり、それから隣人ですね。
考えてみれば、祖父母や両親とは生ける「先祖」です。
そして、配偶者や子どもとは最大の「隣人」です。



現代人はさまざまなストレスで不安な心を抱えて生きています。
ちょうど、空中に漂う凧のようなものです。そして、凧が安定して空に浮かぶためには縦糸と横糸の両方が必要ではないでしょうか。
縦糸とは時間軸で自分を支えてくれるもの、すなわち「先祖」です。
また、横糸とは空間軸から支えてくれる「隣人」です。
この二つの糸があれば、安定して宙に漂っていられる、すなわち心安らかに生きていられる。これこそ、「幸福」の正体ではないかと思います。



沖縄の人々は、日本中のどこよりも先祖と隣人を大切にします。
しかも、それだけではありません。
「いちゃりばちょーでい」という言葉は、「一度会ったら兄弟」という意味です。
沖縄では、あらゆる縁が生かされるのですね。
まさに「袖すり合うも多生の縁」は沖縄にあり!
「守礼之邦」は、大いなる「有縁社会」なのです。 
すべての日本人が幸せに暮らすためのヒントが沖縄にはたくさんあります。
今こそ、すべての日本人は「沖縄復帰」するべきです。
そして、幸福力としての「沖縄力」を身につけなければならないと思います。



このブックレットは、サンレー沖縄をはじめ、サンレーグループの諸施設に置きます。
また、このブログを読まれた方が希望されるなら、無料でお送りいたします。
ご希望の方は、わたしの公式サイト「ハートフルムーン」のメールをお使い下さい。
どうぞ、ふるってご応募下さい。
ぜひ、沖縄力で無縁社会を乗り越えましょう!


2010年6月30日 一条真也

会社儀礼

一条真也です。

今日は、サンレー本社において夏越大祓式の神事がありました。
門司にある戸上神社から神主さんをお迎えし、これから暑い夏を迎える前に、会社についた厄を払って社員全員の無病息災を祈願しました。
わが社は儀式産業ということもあり、会社主催の儀礼や行事を盛んに行っています。

   
                  会社で夏越神事をしました


会社の儀式や行事といえば、まずは入社式や創立記念式典などが思い浮かびます。
また社長就任披露宴もあれば、珍しい例では退社式を行っている会社も存在します。
施設を所有する会社ならば、地鎮祭や竣工記念式典もありますね。
多種多様なそれらのイベントは、一括して「会社儀礼」と呼ばれています。 
本来は経済活動の主体である会社が、なぜ儀礼を行うのでしょうか。
宗教人類学者の中牧弘允氏は、日本には「会社宗教」があると主張しています。
中牧氏の編著『社葬の経営人類学』(東方出版)によれば、日本の会社には神仏をまつる空間が確保されているといいます。
かなりの会社に宗教的な装置や施設が設けられており、事務所の一角には神棚があるし、ビルの屋上や工場の片隅には鳥居とともに祠が建っています。
そこで働く社員たちは気づいていないでしょうが、彼らは神仏の加護のもとにあります。
会社の神は、稲荷をはじめ、地元の神、業種に関連の深い神、あるいは創業者の信奉した神など、その種類はさまざまです。
会社の神棚にはそうした神社の御札が奉安されているのです。


               みんなで「無病息災」を祈願しました


また、日本の会社は墓も所有しています。
もっとも顕著な場所は高野山比叡山の山中にあり、そこでは在職中の物故従業員や創業者以下役員の霊の供養がなされています。
宗教的な空間があれば、当然、宗教的な時間が会社に流れます。
毎朝、神棚に向かって手を合わせる経営者もいれば、わが社のように毎月、会社の神社で月次祭を行う企業もあります。
会社の神社では「春季例大祭」や「秋季例大祭」などの祭典も執り行われますし、それに会長・社長以下、役員・幹部が参列するのが慣例となっています。
また、恒例の物故者慰霊法要の時には全国一斉に黙祷をささげる大会社もあります。


                 「会社」とは、人の集まりです


もともと、「社」というのは「人が集まるところ」という意味です。
神社も、会社も、人が集まる場としての「社」なのですね。
夏越神事を終えた後、恒例の月初の総合朝礼を行い、社長訓示を行いました。
最後は、これまた恒例の誕生日祝いです。
本日、誕生日を迎えられた秘書室勤務の小林忠典さんにメッセージカードを読み上げ、プレゼントの品と一緒にお渡ししました。
そして、全員で拍手をして、59歳になられた小林さんの誕生日を祝いました。
小林さん、おめでとうございます!
社員のみなさん全員が、健康でこの夏を乗り切れますように。
というわけで、今日から、お祭り会社の夏が始まりました。


                  最後は、誕生日祝いをしました


2010年7月1日 一条真也

『強いられる死』

一条真也です。

日本人の自殺率は、これまで先進国の中でワースト2位であるとされてきました。
ところが、最近になって世界最悪であるという結果が明らかになりました。
6月29日に経済協力開発機構OECD)が公表した統計によれば、2008年の日本の自殺者(70歳未満)は人口10万人当たり475人でした。
これは、比較が可能な加盟国中で最悪の数字だそうです。
日本では、1998年以来、12年連続で年間の自殺者数が3万人を超えています。
そこで、『強いられる死』斎藤貴男著(角川学芸出版)を読みました。
なぜ日本が自殺大国になったのか、その理由をさまざまな角度から探っています。



                   自殺者三万人超の実相


2009年の日本における自殺者数は3万2845人でした。
一方、年間の交通事故死数のほうは9年連続で減少し、2009年は4914人と、1952年以来じつに57年ぶりに4千人台となりました。
かつて、自殺者が2万ちょっと、交通事故死が1万人ちょっとの時代が長く続き、自殺者は交通事故死者の2倍という通念がありました。
それが今や、6.68倍にも差が開いています。これは明らかに異常でしょう。



しかし、自殺者3万人超という数字が正しいのかどうかという指摘もあります。
日本の死因究明に詳しいジャーナリストの柳原三佳氏は、『日本の論点2009』で次のように述べています。
「日本では毎年約100万人が死亡し、そのうち病院以外の場所で不慮の死を迎える人は年間約15万人にのぼっている。ところが、かなり疑わしい死体でも日本では司法解剖にまわされないケースが多く、2007年の司法解剖はわずか3.8パーセントにとどまっている。じつはこの数字は世界的に見ても最低レベルで、変死体解剖率が50パーセントを超えている欧州諸国と比べると、異様な低さである。」
つまり、本来は殺人事件であるにもかかわらず、自殺や事故、病死などとして処理される変死体は相当数にのぼると可能性があるというのです。なんだか怖ろしい話ですね。



自殺者が3万人を超えているという警察の発表をひとまず信じて、本書を読みました。
学校や職場のいじめなど、個々の事例には心が痛みますが、本書に登場する多くの人々の自殺に関する発言の中で、2人の言葉が心に残りました。
1人は、NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」代表である清水康之氏。
自殺対策基本法制定の真の立役者とも言われる清水氏は、元NHKディレクターです。
情報ドキュメント番組「クローズアップ現代」で、親に死なれた子どもたちの取材に当たっているうちに、自ら自殺対策のNPOを立ち上げ、NHKを退職しました。
清水氏は講演で、東京マラソンの模様を動画映像で流しながら、こう言いました。
「1年間に3万人以上もの人々が自殺しています。毎日、毎日、ざっと90人ぐらいずつ。それが10年も続いている。
交通事故死の6倍です。東京マラソンの参加者は約3万2400人でしたから、ほとんど同じですね。
道路がランナーで埋め尽くされた状態が、このまま20分も続くことになります。
彼ら1人ひとりにゼッケン番号があるように、自殺した方々にもそれぞれ、かけがえのない人生がありました。私たちはついつい自殺者が増えた、減ったという言い方をしてしまいがちですが、自殺者は本質的に減ることはありません。3万3000人が自殺した次の年が3万人になったからって、差し引き3000人が生き返ってくるわけではないんです。ただ増えていくだけ。
しかも、1人が亡くなると、だいたい4、5人のご家族がご遺族になります。3万人が自殺すれば12万人から15万人。こちらも決して減りません。」
(漢数字を算用数字に変換しました)
よく思うのですが、3万2000人ちょっといえば、「行旅死亡人」と呼ばれる無縁死として亡くなる人の数と同じです。
また、独居老人などが亡くなる独居死者の数も約3万人と言われています。
どうやら、3万〜3万2000という数字には、日本社会の闇が隠れているようです。



それから、印象に残った発言をしたもう1人は、経営危機に陥った企業経営者のための相談活動を行う「八起会」代表の野口誠一氏です。
創業社長として年商12億円の玩具メーカーを育てながら倒産に追い込まれすべてを失った野口氏は、「中小企業の経営者に限ったことではありませんが、このままなら自殺者は増え続けていくでしょう。なぜなら今の日本は大きな病理の中にある。根本的に改めなければならないところがあるからです」と著者に対して述べます。
そして、「どういう領域で?」という著者の質問に、次のように答えます。
「国家体制で“心”の仕組みを作っていく必要があると思うのです。今の日本人には、常に自らを反省し、すべてのものに感謝する気持ちがあまりに足りない。これらは自殺防止のためだけにとどまらず、人間を成長させる基本中の基本ではないですか。感謝とはすなわちお返しする心のこと。それが伴わなければ感謝とは言えませんね。
 産んで育ててくれたことに対する感謝を思えば、親よりも早く死ぬだなんてことはできっこないんです。後は国への感謝。日本という平和な国に生れたからこそ、私たちは何でも食べられる。経営者であれば、そのお返しに、うんと税金を納めることを考えられるようにならなければ」
この野口氏の意見に対して、著者は「いささか厳しすぎる」と違和感を覚えていますが、わたしには共感できました。
野口氏の意見は一種の発想法でもあり、こう考えれば自殺を思い止まる経営者も実際にいると思います。
清水氏は1972年生まれ、野口氏は30年生まれで、2人の年齢差はじつに42です。
年齢差だけでなく、自殺者に対する態度にも硬軟の差がありますが、わたしにはどちらの意見も、自殺対策には必要な考え方だと思います。



最後に、「あとがき」に書かれている著者の言葉を紹介したいと思います。
「誰それの死を無駄にしないために、という言い方が嫌いだ。
なぜなら死んでしまった人間は絶対に生き返って来られない。
ある人の自殺から教訓が引き出され、それで世の中の問題点が改善されたからって、本人がその恩恵を享受することはできないのである。
だが、そんなふうにしか言いようのない場合というのも、亡くなった人のことをどんなに思っても、生き残った者はそれぞれの人生を生き抜いていかなくてはならないから。」
そう、自殺された遺族は心に大きな傷を受けます。
それは、一生消えないほどのダメージになります。
学校でいじめられて自殺した子の親。
事業が倒産して首を吊った経営者の子。
後に遺された者たちが、その後の人生を生き抜いていくためには、「愛する者の死によって社会が改善された」という意味が与えられることも絶対に必要だと思います。
それは、遺族の悲しみを癒す物語としての役割を果たすからです。
すべての愛する人を亡くした人には「癒しの物語」が必要ではないでしょうか。


2010年7月1日 一条真也