「Intermission」(Owen Martell)


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Intermission

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1961年の夏。新進気鋭のピアノ・トリオとして注目を集めていたビル・エヴァンス・トリオの一人、ベーシストのスコット・ラファロが交通事故で死亡。それから数か月の間、エヴァンスは表舞台から姿を消していた。傷心の彼を見守る兄のハリー、そして両親の回想から成る静かな小説。


家人がこの時代のジャズ愛聴者なので、私もいわゆる「名盤」はそれなりに知っている、という感じです。そんなジャズ初心者がまずファンになるのは、やっぱりエヴァンスじゃないかなと自分の経験から思います。難しい薀蓄抜きで美しく、かつ独創的な演奏はいつ聴いてもうっとり。



Sunday at the Village Vanguard: Keepnews Coll

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(眼鏡男子としてもポイント高し)


というわけでエヴァンスが出てくる、というのが読む動機の一つであったことは確かですが、物語自体は「ミュージシャン」エヴァンスが中心ではなく、むしろ60年代のアメリカの一家族の一風景という感じで淡々と進んでいきます。
一時は音楽家の道を志しながら今は教師として良き夫・良き父(つまり彼は「ワルツ・フォー・デビー」のデビーの父親なのです)の人生を送っている兄のハリー、ビルに似た繊細さを持ち、最初に音楽への愛情を子供たちに教えたロシア系の母メアリー、今は引退してフロリダでゴルフ三昧、と一見ビルと相入れないタイプのようで、でもバーで酔うと昔の民謡を歌いだすウェールズ系の父ハリーSr.、家族それぞれの立場から、友人を失って心を閉ざしたビル、才能豊かな一家の末っ子のビルを思いやり、見守る姿が描かれます。


小説内で殊更に大きな事件があるわけではなく、何か感動的な言動があってビルが立ち直る、という話でもありません。けれど何も起こらないこの"intermission(休止期間)"こそが大切な時間であり、そしてその何もない時間を描くことで作品が成立する、というのが小説ならではの面白さなんだよなあ、と改めて感じさせる作品でした。


著者はこれまでウェールズ語で2作書いていて、英語による小説はこれが初めてというちょっと変わった経歴。そのせいか、硬質で端正な文章という印象を受けました。分量的にもそれほど長くなく緊張感を失わずに一気に読めました。ジャズファンじゃなくても充分楽しめます(が、背景を知っているともっと楽しめる、とは思います)。