白髪の王子様の好奇心 60 旬の物

旬の物
今年も秋分の日がやって来ました。
坊主頭となった田に雀がピーチクパーチク、寂しくなった畦道に真っ赤な彼岸花が首を伸ばして咲き誇っています。
私が秋を感じる草花はススキとコスモスです。どういう訳か子供の頃からそれは変わりません。
秋になると荒川の土手はススキが稲のように咲き乱れ金色に輝きます。その頃きまって我が家の庭には色取り取りのコスモスが咲いていたのをはっきりと覚えています。
散歩道にも秋の七草は咲いているのでしょうが名は知っていてもどれがナデシコでどれがオミナエシか全く分かりません。
いつだったか、飲んベイ仲間との雑談で春の七草秋の七草の話題で盛り上がった時、私がススキはどうやって食べるのだろうと質問したら、春の七草は食べられるけど秋の七草は食べられないとの事、話題は一気に私への集中砲火となりました。
横に座っていた仲間が私を助けるように『ススキも食べられないことは無いけど若し食べるならトイレに座って食べたほうがいいぞ、直ぐにピーピーに成るから』との優しいお言葉、なんと親切な友であろうか、持つべきものは友である。
先日、秋の旬の物が新聞の見開き広告に掲載されていました。(写真添付)
本物より本物らしく書かれた魚や野菜などの絵はとても新鮮で思わず顔がほころんでしまいました。
考えてみれば旬の物は一年中有る訳ですが、とりわけ食欲の秋は大きく取り上げられるようです。
旬とは一番おいしい時期のことで、初物とか走りもののことではありません。
サンマもこれからが旬なのです。
ところが旬を待ちきれずに初物を人に先駆けて味わいたいと欲を張る者は何時の時代にもいるようで、
なんと驚くことに四代将軍徳川家綱の時代に旬物に対しての規制が行われています。
江戸の繁栄に伴い江戸っ子の間にも初物を好む風潮が広まったことから、それに目を付けた商人が遠方から仕入れた初物を高く売り付けるようになり、物価が高騰したのです。それは江戸でも収穫されるように成って旬を迎えても高値で安定してしまい他の食品にも波及してしまったようです。
そこで幕府は旬の物の食用時期を細かく規定し、贅沢を戒めたのです。
なんでも一番にならないと気が済まない人は何時の時代にもおるようです。
しかし、柿、松茸、梨は8月から11月までとか鴨やみかんは9月から、あんこうや鱈は11月から食すべし等と37種類もの食材の食べる時期まで法令で取り締まるとは驚きであります。
裕福な者だけでなく、庶民にも旬の物が食べられるようにとの考えもあったようで、一概に非難ばかりも言えませんね。
今年は全国的に天候不順となり野菜が高騰、奥方のチラシを見る目が吊り上ったのを横目で見るのも辛いものです。
考えてみれば長く続いた戦国時代からようやく平和な時代が訪れ、幕府にも庶民の食生活まで考えられる時代になった証拠とも思えます。
最近我が家では週に2度程サンマが食卓に載るようになりました。
ニュースで報じたようにサンマはどんどん太く長くなってきましたが、その分、日はどんどん短くなり明るい内の夕食はいつの間にか出来なくなりました。
それでも明るい電燈のなかで一際輝くサンマはやっぱり私より偉い王様であります。