「ヒトはなぜ病気になるのか」

ヒトはなぜ病気になるのか (ウェッジ選書)

ヒトはなぜ病気になるのか (ウェッジ選書)




長谷川眞理子先生による「ヒト,この不思議な生き物はどこからきたのか」に続くウェッジ選書第2弾である.前著は編集・共著だったが,今回は1人の手による書き下ろし著書である.題名からもわかるとおりダーウィニアン医学についての一般向け啓蒙書を意図している.
内容は,進化と究極要因に触れつつダーウィニアン医学とは何かを解説した後,直立二足歩行を行ったために生じる不具合,農耕と現代文明という新規な環境から生じる生活習慣病,寄生生物とホストの進化という観点からとらえた感染症を解説する.最後に妊娠出産に絡み著者の最近の関心事であるヒトの生活史戦略にかかる話題を取り上げている.この生活史戦略のところは力が入っていて大変面白い.本書の読みどころだ.

進化にあまりなじみのない読者を念頭にしていると思われ,初歩の部分について非常に丁寧にわかりやすく具体的に叙述されている.初心者向けの解説書はこれまでなかった分野であるので有意義な本になるだろう.


ただその分記述が簡素化されすぎているところもあるように思う.具体的にはわかりやすさを優先して微妙なところをはしょっているのは気になるところだ.特に妊娠にかかり赤ちゃんと母親の競合が生じるところで,赤ちゃんから見て後から生まれてくる兄弟にも1/2ないし1/4の血縁度があるのだからどこまでも利己的にはならないだろうという部分が説明されていないし,感染症のところで,感染寄生体はヒトに感染するようになると感染を広げるためにマイルドになっていく傾向があるとしているが,これは実はどのような感染状況があるのかに依存する部分であって,一般則のように考えるのは危険だとイーワルドが力説しているところだったりする.


本書は初心者向けということでこれ以上内容を増やすことは望めないだろうが,そもそもダーウィニアン医学の最近の進展状況はどうなっているのかというところも気になるところだ.大きく喧伝されてから10年近くたつが,その後知見はどのように積み重ねられてきているのだろうか.また有意義な応用はなされているのだろうか.未だにこの分野の最高の本は(少なくとも邦書では)ネシーとウィリアムズの最初の本だというのも寂しいように思う.やはり日本にはほとんど専門の研究者がいないのだろうか.


関連書籍


ヒト、この不思議な生き物はどこから来たのか (ウェッジ選書)

ヒト、この不思議な生き物はどこから来たのか (ウェッジ選書)

長谷川眞理子編著によるウエッジ選書第一弾.ヒトの認知的な贅沢は火のコントロール(捕食リスクの減少)と社会的な(ある種の)平等性(社会的調整コストの減少)から来ているとし,その平等性は心の理論(ここから自意識そして共感が生まれる)と言語によるというもの(そして言語は心の理論の抽象化と入れ子構造に由来するとする)というのが本の流れになっている.




Why We Get Sick: The New Science of Darwinian Medicine

Why We Get Sick: The New Science of Darwinian Medicine

ネシーとウィリアムズのダーウィニアン医学の啓蒙書.最初にこれを読んだときは,衝撃的だった.




病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解

病気はなぜ、あるのか―進化医学による新しい理解

邦訳はこれ.





Evolution of Infectious Disease

Evolution of Infectious Disease

私が知る限りネシーとウィリアムズの本のほかに,一般向けのよい本というとEwaldのこれだ.





病原体進化論―人間はコントロールできるか

病原体進化論―人間はコントロールできるか

その邦訳






Plague Time: The New Germ Theory of Disease

Plague Time: The New Germ Theory of Disease

さらにEwald.これはとても面白かった.
いろいろな生活習慣病とされているものも慢性の感染症を疑うべきだという衝撃の主張.この主張のその後もどうなったのだろう.






Evolutionary Medicine

Evolutionary Medicine

Evolution in Health and Disease

Evolution in Health and Disease

論文集としてはこの2つを最初に読んだ.
最初のEvolutionary Medicineの方は結構個別のトピックが扱われていて,中耳炎,SIDSに関する真剣な検討,新生児黄疸にかかる考察,IgEにかかる複雑な論争の断面,進化疫学の考え方,食生活,薬物中毒への啓蒙,閉経,乳癌,成人病への広範な示唆などのいずれも興味深い論文が並んでいる.次のEvolution in Health and Diseaseの方は概説的な論文が多いのだが,その中ではワクチンの効果に関するモデリングバクテリアの多型・種の問題,成人病とインシュリン反応に関する問題などの論文が面白かった.
いずれもなかなか面白かったが,その後はどうなっているのだろうか.





Immunology and Evolution of Infectious Disease

Immunology and Evolution of Infectious Disease

読もうと思って買っているのはこの本




あと,検索するとこのあたりが最近の本のようだ.
Book Descriptionを読む限り,ネシーとウィリアムズの焼き直し本か,AIDS, エヴォラ出血熱,最近の薬剤耐性感染症などの話題をもりこんだ病原体との共進化を扱ったもの(ある意味こっちはEwaldの焼き直し本)が多いみたいだ.

Survival of the Sickest: A Medical Maverick Discovers Why We Need Disease

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Diseases and Human Evolution

Diseases and Human Evolution

Once We Were Hunters: A Study of the Evolution and Vascular Disease

Once We Were Hunters: A Study of the Evolution and Vascular Disease

Emerging Pathogens: Archaeology, Ecology and Evolution of Infectious Disease

Emerging Pathogens: Archaeology, Ecology and Evolution of Infectious Disease

Infectious Disease and Host-Pathogen Evolution

Infectious Disease and Host-Pathogen Evolution




最後のこの一冊は集団遺伝学的な専門書のようだ.難しそう.

Disease Evolution: Models, Concepts, and Data Analyses (Dimacs Series in Discrete Mathematics and Theoretical Computer Science)

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