「All Yesterdays」

All Yesterdays: Unique and Speculative Views of Dinosaurs and Other Prehistoric Animals (English Edition)

All Yesterdays: Unique and Speculative Views of Dinosaurs and Other Prehistoric Animals (English Edition)


本書は古生物アートに関するもので,本というより解説付きイラスト集になる.古生物アーティストのジョン・コンウェイとC. M. コーズマンが,古生物学者サイエンスライターのダレン・ナイシュと共著したものだ.(なお骨格図については古生物学者イラストレーターのスコット・ハートマンの手によるものが添付されている)


本書が圧倒的に面白いのは,厳密な科学的な考察を経たうえで,そうであったかもしれない可能性を深く追求し,大胆に推測復元をおこなっている点だ.それが副題「Unique and Speculative Views of Dinosaurs and Other Prehistoric Animals」の趣旨になる.それはこの表紙カバーに採用された絵に最もよく現れている.これはプロトケラトプスが樹木に登っているところを描いたものだ.確かにプロトケラトプスには樹木に登るための顕著な適応形質があるわけではないが,それは(やはりしばしば樹木に登ることがある)ヤギだって同じだ.だからこういう姿があり得ただろうという訳なのだ.

イントロダクション

導入ではその辺りのことを含めた本書の意図をナイシュが詳しく解説している.

  • 本書では絶滅した生物の’known unknowns’と’unknown unknowns’についてフォーカスする.
  • しかしそれは一部のアーティストに見られるような化石などのハードデータをいい加減に解釈したものにはしない.化石から骨格をできるだけ正確に復元し,さらにそこに筋肉を乗せ,外皮(鱗,毛髪,羽毛などを含む)を想像する.そういう科学的な復元図作成の嚆矢となったのはグレッグ・ポールだ.本書はそのような科学的な考察を経て描かれた古生物アートを扱う.
  • その上でわかっていないこと,意見が分かれていることは多い.骨格だけから外皮の状況はわからない.現生生物の例を見ても,骨格や筋肉の状況がわからないような外見を持った動物は多いのだ.そこには様々な可能性がある.コンウェイもコーズマンも想像を膨らませた素晴らしい絵を数多く描いている.
  • コンウェイを有名にした恐竜画は「Dinosaur Art: the World's Greatest Paleoart」に収録されている.彼の描く恐竜は,しばしばあるようなけばけばしい派手な色使いのものではなく,リアルな色調で背景に溶け込んでいる.コーズマンは異星の生態系の架空動物を描いた「All Tomorrows」シリーズやより知能高く進化した仮想恐竜「Avisapiens saurotheos」の絵*1で有名だ.
  • そして本書では「もしはるか将来に地球に降り立った異星の科学者が現生生物の化石のみを手にしたときにどのような復元図を書くだろうか」という企画も扱っている.

第1部 All Yesterdays

ここでは恐竜をはじめとする様々な古生物の復元図が短い解説とともに掲載されている.百聞は一見にしかずということで見てもらうほかないが,印象的なものを少し紹介しておこう.

  • カルノタウルス類の前肢は極端に小さいが,可動域は大きくその機能は謎だ.ここではディスプレーに使ったとして復元した.
  • 首長竜エラスモサウルスの首は重く,白鳥のように水上に持ち上げていたという復元は否定された.しかし逆にそれはハンディキャップ型のディスプレーとして機能したかもしれない.ここではオスの集団が水上に首を突き出すディプレーで競っているところを描いた.
  • 恐竜復元図ではその性器が描かれることは稀だ.ここではキチパチにカモのようなコルクスクリュー状の細長いペニスがある姿,ステゴザウルスのオスがハプロカントサウルスのメスに交尾を迫り,その巨大で長いペニスを伸ばしている姿を描いた.
  • ほとんど描かれることはないがティラノサウルスも満腹時には就寝していただろう.就寝時のポーズは謎だが,ここでは横になっている姿を描いた.
  • プレシオサウルスの外皮がどのようなものだったかはわかっていない.ここではテンジクザメ目のオオセのようなカモフラージュを持って海底に伏せているところを描いた.
  • 脊椎に高い棘突起を持つ恐竜はエダホサウルスのように背中に大きな帆を持つように復元されることが多い.しかしそうであったとは限らない.バイソンやラクダのような脂肪のこぶになっていたかもしれないのだ.ここではオウラノサウルスについてこぶを持つように復元した.
  • 骨格に基づいた正確な復元図を目指す画家の描く恐竜は,筋肉や骨の付き方がよくわかるように非常にスリムに描かれることが多い.しかしほとんどすべての現生哺乳類や鳥類の外観は皮膚のひだ,脂肪,羽毛などによって膨らみ,筋肉や骨格が見えにくくなっている.ここではぶよぶよと膨らんだパラサウロロフスを描いた.
  • 長い尾を持つ小さな鳥盤類レエリナサウラは白亜紀のオーストラリアに生息しており,おそらく零度以下の気候に耐えていたと思われる.ここでは羽毛で膨らみ,長い尾を持ち上げて群れの中での互いの信号に使っている群れの姿を描いた.
  • ミクロラプトル・グイは後肢にも羽根があり,復元図はそれを強調した奇怪なドラゴンのような姿にされることがほとんどだ.しかし後肢の羽根は普段はあまり見えなかっただろう.ここでは鳥類に似た姿で復元した.
  • 竜脚類の恐竜が沼地で首を水上に出しているイメージは過去のものとされたが,しかしだんだんわかってきた竜脚類恐竜の多様性を考えるとカバのように部分的に水に入る習性を持つものがいてもおかしくはない.そのもっとも良い候補はオピストコエリカウディアだ.ここではザリンガーのピーボディ博物館の壁画へのオマージュとして沼地で長い首を持ち上げるオピストコエリカウディアを描いた.

第2部 All Todays

化石の手がかりしかない遠い将来の異星の科学者は現生動物をどのように復元するだろうか.ここに収録された絵を眺めると,現在の恐竜復元図が持つ限界がよくわかる.いくつか印象的なものを紹介しよう.

  • ネコ:リトラクタブルな鉤爪を持つ恐ろしい捕食者.ヒト化石とよく一緒に発見される.おそらくヒトはネコの獲物だったのだろう.(頭蓋骨のすぐ上に鱗のある恐ろしい姿で復元されている)
  • カバ:この動物は頭蓋骨しか発見されていない.しかしその長い歯と巨大な顎はこの動物が頂点捕食者だったことを示すに十分だ.(上下の門歯がすべて巨大な牙になり,眼の上と下顎の下に突起のある怪物のような姿に復元されている)
  • サイ:背中に巨大な帆を持つ奇妙な草食動物.リサーチャーは過剰な熱の放出器官だと推測している.(スレンダーで背中に帆がある奇妙な姿に復元されている.角はない)
  • クモザル:ヒトの近縁種だが,非常に長い指と大きな眼を持っている.ヒトと異なり待ち伏せ型の捕食者だったのだろう.(大きな牙と鉤爪を持つ恐ろしい捕食者のように復元されている)
  • ハクチョウ:大鎌のような細く尖った前肢を持つ.おそらくこれで獲物を突き刺して捉えていたのだろう.ここで突き刺しているのは謎めいた魚類であるオタマジャクシだ.(羽毛も毛もない不気味な姿に復元されている)
  • マッコウクジラ:古代の海を泳いでいた最大の動物である.(大きな背ビレを持ち,尾ビレは垂直で,尾を左右に振って泳ぐように復元されている.頭部の特徴的な膨らみはない.)
  • ヒヒ:牙には溝があり,下顎の上に珍しい蜂の巣状の構造がある.おそらくこれは毒器官で,牙から獲物に毒を注入していたのだろう.(痩せ細り,頬のない奇怪な姿に復元されている.なおこのエピソードはシノルニトサウルスの牙に溝があり,それを毒牙だとリサーチャーが主張し,後に否定されたエピソードを踏まえていると解説がある)


本書は,眺めているとどこまでも想像力を刺激してくれる大変楽しいイラスト集だ.特に描こうとしたテーマや画家の意図が解説されているので,そこを深く味わうことができる.いずれにしてもこのような書評でその魅力を伝えることは難しい.なおペーパーバックは5000円弱だが,Kindle版だと1000円以内で入手できる.(11/21現在それぞれ4,778円,778円)



なおコンウェイWebsitehttp://johnconway.co コーズマンのWebsitehttp://cmkosemen.com になる.解説はあまり付されていないが,そこを眺めるだけでもある程度雰囲気はわかるだろう.


関連書籍


同じメンバーで作られた,神話や想像上の生物を扱った解説付きイラスト集.第1巻とあるが,第2巻はまだ出ていないようだ.

Cryptozoologicon: Volume I (English Edition)

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コンウェイの作品も収録されている恐竜アート画集.第2巻はこの10月に出たばかりのようだ

Dinosaur Art: The World's Greatest Paleoart

Dinosaur Art: The World's Greatest Paleoart

Dinosaur Art II

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*1:これは本書にも一部収録されている.むかしデイル・ラッセルが描いたDinosauroidが,ヒトに似た直立二足歩行種にされており,あまりに現実離れしていることへの批判も込めているそうだ.