ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

執事の仕事とスチュワードとの整理

現状、執事の仕事の整理を始めていますが、先にアウトラインを書かなかったので混乱してしまい、線を引きなおしています。また、今回は一緒にスチュワードの解説も行うので、区分けを行っています。



現時点で「屋敷の責任者としての任務に当たるのを執事」(ハウス・スチュワードもバトラーも該当)として解説します。スチュワードの部分は、「ランド・スチュワード」として、扱います。


執事とバトラーとハウス・スチュワードの混在

ハウス・スチュワードは極めて存在が稀で、バトラーよりも一段上のレベルにある、とされます。ハウスキーパーとバトラーがほぼ対等ならば、ハウス・スチュワードはその上、という位置づけになります。なので、ハウス・スチュワードの下に、バトラーがいることすら、ありえます。



が、実際のところ、区別は非常に曖昧で、ハウス・スチュワードを名乗っていても実質仕事内容はバトラーと変わっておらず、バトラーもいないということもあるので、「どっちでもいいや」という感じなのです。



『ヴィクトリアン・サーヴァント』では「家令」と翻訳され、「最も裕福な家庭でのみ」雇われていた、とされています。とりたてて職務の大きな相違点をあげるならば、バトラーよりも「仕事の範囲」が広いことでしょうか。



家計管理や屋敷の移動など重要な仕事を担うと明記されていますが、ではハウス・スチュワードのいない屋敷でこれらを誰が行ったかといえば、結局、バトラーかハウスキーパーが担うことになるわけで、仕事が先にあって、職務の役割は後付になります。



大きな屋敷でなければ、家計管理を主人や女主人が行うこともありましたが、今回の同人誌では執事(バトラー+ハウス・スチュワード)として、解説をしようと思います。


『小公子』の彼はランド・スチュワード?

では、ランド・スチュワードはと言うと、活躍の舞台は「屋敷の外」を含みます。彼らは貴族の広大なカントリーハウスを含む領地を管理する、いわば「代理経営者」です。



農場や牧場を運営させ、収益を上げる。そのビジネスに必要な小作人を束ねたり、道具を作る職人を管理したり、そこに関するお金の出入りも任されていました。「屋敷」ではなく、「領地」の資産管理を行うのが、ランド・スチュワードなのです。



『小公子』には取立てに苦しむ小作人ヒギンスが出てきて、小公子セドリックによって危地を救われます。このとき、セドリックが「取立てを待って」という手紙を書いた相手が、ミスター・ニューイックです。



また、荒れ果てた小作人たちの住居の管理をするのもミスター・ニューイックです。セドリックの祖父であるドリンコート伯爵は彼からの報告を受けながら、セドリックが気づくまで放置していました。セドリックに良く思われたい伯爵が再建を決意した後、その意思を受けて村人を動員し、建物を建て直し、道路を整備させたのもまた、ミスターです。それだけの権限を与えられているのです。



一度も本人は登場しませんでしたが、実は非常に重要な役割を担う立場でした。その権限の大きさ、預かる財産の大きさゆえに彼らは使用人というより、パートナー・代理人に近しく、中流階級以上の報酬を得ることもありました。(資料をどこで見たか忘れました……)



『英国特集』最新号で登場した、映画『プライドと偏見』のロケ地チャッツワースのデヴォンシャー公爵家のスチュワード(ハウス?ランド?)は、年間「3万ポンド」の会計を扱いました。年収が3000ポンドあれば上流階級と言えた時代に、その10倍を扱うのですから、驚きです。



本によっては「スチュワード」か「エージェント」ととも表記していますので、「領地代理人」とした方がわかりやすいでしょう。先ほどの例で言うと、ドリンコート伯爵はニューイックのことを、「"He is my agent"」と言っています。



で、ランド・スチュワードの面白いところは、「屋敷内で使う食料」にも関わるところです。屋敷(家族+ゲスト+使用人)で消費される膨大な食料の多くは、こうした領地からの収穫でまかなわれたので、キッチンとも非常に強い繋がりを有します。



そういう観点で言うと、カントリーハウスとは「屋敷」だけで完結するものではなく、「その周辺の領地」を含んだ、一大経済圏だったとも言えるでしょう。それ故に、屋敷の主人たちの権力が如何に大きかったのか、伝わってきます。



なんでしょうか、「参勤交代で江戸に出ている大名に代わって城を管理する城代」みたいなものですね。



身も蓋も無い言い方ですが。