資本主義の申し子　「ゾンビ」

　諸事情により、発売日より3日ほど遅れて「映画秘宝」6月号（4月に出るのに6月号という、雑誌独特の表示には未だに慣れない）を購入したのだがパラパラと読んで驚いた。何とジョージ・Ａ・ロメロの傑作、人類の宝、あの「ゾンビ」が「新世紀完全版」と称してDVD5枚組みで発売されるではないか!!*1

allcinema SELECTION　DVD『ゾンビ　新世紀完全版　DVD-BOX』

　もちろん「ダリオ・アルジェント監修版」「ディレクターズ・カット版」「米国上映版」の3バージョンは全て網羅。その上で「木曜洋画劇場版の吹き替え（監修版）」「新録吹き替え（DC版）」HDマスターのクリア画像に特典も豊富についてくる。
　非常に悔しい。なぜならほんの1ヶ月ほど前に3バージョン全て買ってしまっていたのだ。それは3枚3,000円とかのセールではあったが一度に全部のバージョンを購入してしまっていたのである。いやあ、あのときの店員の顔ったらなかったな。もしもきちんと情報を入手してればこんな無駄足を踏まずに済んだかもしれない。とはいえ実際のところ23,100円もするのでどう動いたかは分からないけど。
　とはいえこれは実に「ゾンビ」らしい出来事だとも思う。こうしてマニア心をくすぐり、多数のバージョンを売り出すのは今に始まったことではないからだ。
　僕は1977年生まれなので当然リアルタイムでこの作品を見ているわけではない。確か最初に見たのは世紀末の頃だったと思うがそのときにすでにレンタルビデオ屋には二つのバージョンがあった。「ゾンビ」は前述の3バージョン以外に独自のSF的解説（「メテオ」の流用」）が入る日本公開バージョンがあったり多分「ブレードランナー」と並ぶバリエーションを誇るだろう。一説には監修版とDC版の互いに足りないところをつなぎ合わせた「完全版（未公認）」を作り上げた猛者もいるというし、ロメロが隠し持っていると噂の「粗編集版」もあるらしい。こんな風に様々なバリエーションで稼ぐ様はまさに資本主義の申し子である。まあ、カバーだけ変えていろんなバージョン出す商売はあんまりよろしくないですよ。その度に買わされる身にもなってよ!!ちなみにこんな風に同じ作品のDVDが部屋には結構あります（廉価版が出るときはその後に豪華版が出る前兆だと思った方がいいかも）。
　
　さて、しかしそもそもゾンビは実に資本主義的な存在である。オリジナル、ハイチのヴードゥー・ゾンビは労働用である。「生ける死者」といわれるが実際は精神病者などが何らかの手段によって洗脳され単純労働に従事させられていた、というのが実情らしい。つまりゾンビは下層階級の労働者であるといえる。ドラキュラなどの吸血鬼が庶民から生血（金）を吸い上げる貴族・資本家階級のメタファーであるのと対照的だ。古代・中世の快楽殺人者にジル・ド・レ、バートリ・エルジェベトなど貴族・上流階級が多いのに近代以降は下層階級出身が多くなるのに似ている。切り裂きジャックがロンドンに現れたのもある意味必然だったのだ。
　映画によって「人を喰らう生ける屍」という形になっても変わらない。ドラキュラは１人でも脅威だがゾンビは群れてこそ脅威である。一匹一匹はさして強くはないが群れたとき最終的な勝者はおそらくゾンビだろう。
　ロメロの「ゾンビ」はさらに資本主義的だ。「ゾンビ」で主人公達は郊外のショッピング・モールに立て篭もり篭城するがこれは現代版アラモ砦であり襲い来るゾンビは顔の見えないメキシコ兵やインディアンや日本兵である*2。
　ゾンビたちは生前の記憶を元にモールに群がる。ここでのゾンビは労働者だけでなく消費者のメタファーでもある。特に何の目的もなくても惰性でモールに来てしまう庶民だ。そういったモール・ラッツ*3を怪物化したのがゾンビなのだ。ケビン・スミスの「モール・ラッツ」はある意味「ゾンビ」の親戚みたいなものだね。