2012-02-12 睦月歌
■十七首
オリオンのひくき扉をたたきゐしわれの少年消へてゆきにき
公園の日だまりとほき約束の地にむかひたる冬の黄立羽
回文のはがきがとどく雨の日にスキスキスから滲んでゐたり
われ逝ける朝さむければつひにふり雪にまみれるさざんか添へよ
たまさかにさき逝くきみを見おくれり雨に濡れをる理由をもたず
五十代両手でたりぬ逝く友の幸と不幸を分かつものなく
読経も讃美歌もなく逝くだらうわれも乗りなむきみはこびし舟
今はむかし絵本のごとき愛憎の愛のほどよくたれを憎みき
利き腕はきみを抱きをり七年の逢ふ魔がどきさへ盃をもたざり
前略の先へ進めぬ夜ながく楷書でしるす草草の文字
明日こそと決意するものなにもなく蜜柑をむきつ髪かわきゆく
星々は呼びあひをりぬわれもまた命でこたふ道の途中に
何ひとつ望むことなど浮かばずに両手で持てる白湯のぬくもり
決意とはしたがひくるもの繰りかへす夕餉のなかに笑みあるばかり
かわきゆく綿のシャツ揺れいたづらな冬の風さへ陽射しのなかに
冬キャベツ玉ネギきざむ夕暮れのいちにちすべて煮込まれゆけり
「どうしてる?」余命つげられし君からの余命を知らすメールがとどく
2012-01-14 師走歌
■十九首
散りおへき命つなぐはこんなにも無防備なるか月にさらされ
問ひかける鏡の中のこの皺は何をはこびしいつの運河か
髭を剃る詫びいるやうな貌うかび約束事はなべて重たし
起きぬけの鏡にうつる輪郭をなぞれば頬の骨で止まりぬ
負ひ目ゆゑきみの言葉の端々を取りちがひけりスープのにほふ
夢を見き過去から来たる身勝手な酔客ひとりわれを千切りぬ
音もなく吐息のやうな散りぎはに命すがしき旅程のありぬ
手を胸に動悸のはやき夜なりきボレロを聴きつねむりを待たん
かすかすと息のもれくるわが胸の下手な笛吹きなにを呼びをり
「入るな」とわれに告げをる立て札の朽ちかけてあり猫のすぎゆく
遠き日の夕ぐれつれていつまでも子どものままで死にぬる覚悟
覚悟なき老いたる夕餉のぽつぽつと皿の咲きたる蓮のごとくに
また明日も生きて目覚むる曇天の水のにほひを胸にとどめて
まう一度やりなおせると思ふときたれかを恋ふるこころありけり
吾の胸へ帰りくる鳥けふの日を飛び終へたるか墨のながれり 吾:あ
眠られぬ夜ふかくして梟のこゑかとおもふ森の吐息よ
移ろへる冬の陽のなかわが肺を抱きしむごとく忍びくるもの
雪のごと過ぎにし日々に積もりくる聞えぬ声の評決を待つ
けふを終へ明日へとつづく静寂に胸の音よく響きをりたり
2011-12-25 霜月歌
2011-11-06 神無月歌
■二十三首
見つめつつ祈りのかたちに手を合はす生命線のすこしずれをり
金木犀くしやみする猫われとまた秋のさなかに身を置くひと り
猫の影われの影などながながと等価となりし西日の中に
群れなさず一本のみのため息も花でありけり緋の曼珠沙華
ときどきは風を伝へるイヤホンのどこまでゆかむ十月の森
いつの間に咲きしか香る木犀のわれの咎などどこで知りたる
車窓にはみじろぎもせぬ顔のあり夕闇ゆける区間快速
「つよい花よ日々草は」と言ひしきみ雨ふりやまず迎へにゆきぬ
差しこみし夕日をけふの栞としきみの駅まであと二つほど
赤くろきリンゴ剥きをるきみの手にワルツをおどる親指のあり
肌ざむきベランダに立つひいふうみい窓の明りの増へていきたり
山々は海へとせまり海はまた身をひるがへし月を待ちをり
色づける葉から散りゆく順縁のまた新緑の夏をおもへり
枯れ葉ちる坂道をゆくわが膝の痛みも季節の中にありけり
小雨ふるその空までを空とするポプラあふげり其もふりやまず
日の没りのはやくなりけり向かひあふホームに並ぶ人は動かず
こころ急きひと口吸ひし煙草けし終はりにしたき何ごとあらむ
信号のいろ赤くして立ち待ちのわれの背をうつビル風つよし
静かなるをとこであれよ暮れなづむひかりを描く一人であれば
真夜中の水はり終へしバスタブゆ海へつながる波の声せり
いちにちを笑ふてくらすはむづかしき六時のサイレン犬の遠声
カシオペア指でなぞりし遠き日とおなじかたちのなにが悲しき
