通貨デリバティブ関連損失、80円割れで一気に膨らむ可能性

 [東京 ロイター] 為替市場でドルの下値リスクが警戒される中、80円を下回るドル安に振れた場合、通貨デリバティブ(派生商品)に関わる損失が一気に膨らむとの見方が出ている。

 通貨デリバティブ関連損失については、金融庁が既に実態調査に乗り出し、販売元の金融機関は損失を被った中小企業への資金繰り融資や契約の中途解約に柔軟に対応する姿勢を見せているが、デリバティブがらみの潜在的な損失は円高の進行とともに深刻化している。

 「本当の爆弾はドルが80円を下回ったところに多く埋まっている。ドルが一度でも80円割れすれば、それらが次々に炸裂することになるだろう」(金融機関)という。

 問題になっている商品は、過去のドル高/円安局面で、本邦大手金融機関や外資系金融機関を中心に営業・販売された「パワー・リバース・デュアル・カレンシー(PRDC)債」と「フラット為替」(長期先物予約)。

 これらの多くはドル高時に組成され、80円以下のドル安が進行する可能性を小さく見積もっている。このため実際にドル安が80円以下まで進んだ場合は、投資家の損失は大きく膨らむ。

 ドルは19日の東京終盤の取引で一時82.01円まで下落し、2週間ぶりの安値をつけた。 

 当時販売されたPRDC債には発行者である金融機関の期日前解約権がついている。

 「オプションが組み込まれているため、80円のトリガーが行使された場合は、為替市場にドル売りがつながれ、ドル/円の下げ幅が拡大する一方、最悪のケースではクーポン・ゼロでの期日前償還となり、元本も大幅にき損する」とT&Cファイナンシャルリサーチ、国際金融情報部ディレクターの荻野金男氏は指摘する。 

 私募の仕組み債であるPRDC債の販売は、中小金融機関、地方自治体、財団法人など手広く行われた。PRDC債は20―30年満期のものあり、通貨もドルだけではなく豪ドル建ても販売された。

 通貨オプションやスワップが組み込まれ、見た目のクーポンは高く設定されているが、中途解約時の為替相場円高方向に進んだり、円金利や参照通貨(米ドル)の実勢金利水準が上昇するほど、投資家の損害額が大きくなる。 

 フラット為替は、3、5年、長いケースでは10年の一定期間、一定の価格でドルを買うことができる為替先物予約を示し、輸入企業に販売された。例えばドルが120円の時に5年間100円でドルを買う契約を結んだ場合、当初は為替差益を生むが、円高が100円を超えて進んだ場合、損失が膨らむ。日米金利差により、ドル/円がディスカウントになっているため、ドルの先高観が強い場面では、こうした取り組みが出やすい。

 フラット為替には通貨オプションが組み込まれたものもあり、ある一定以上円高に振れた場合には、実需と想定していた金額の2倍分のドルを買わなければならない仕組みもあり、円高進行で輸入企業がオーバーヘッジとなるケースもある。  

 <手数料ビジネス> 

 金融機関が通貨デリバティブ関連商品の販売を拡大したのは2005年からとされるが、これに先立つ2003―2004年には、財務省は2年間で計34.9兆円の大規模ドル買い/円売り介入を実施している。

 「当時は、お上の助け(ドル買い介入)があるので、ドルは絶対に100円を割り込まない、とのふれこみで長期輸入予約が企業に持ちこまれた」(事業法人)という。

 手数料ビジネスの拡大を目指す金融機関サイドは「通貨デリバティブ関連商品は確実な手数料収入元との位置づけだった」(金融機関)。「立場が弱い中小企業には融資と抱き合わせでPRDCが持ちこまれたケースもあるが、一方で、購入者側も絶対に儲かる商品として、他社が買うから自分も買うという風潮もあった」(同)という。 

 次にPRDC債が販促されたのは、リーマンショックの後。

 ドルはリーマンショック直前の8月の高値110.67円から12月には87.18円と急落したが、この時は「ドルは既に大幅に下落したので、これ以上のドル安/円高はない、との営業トークだった」(別の金融機関)という。  

 現在も円高基調が続いており、評価損失が拡大してきているのが実情で、「これらの悪いポジションを回避するレスキュースキームと生じて、通貨オプションをさらに売りつける欧米系の金融機関の動きもある。結果的に傷口を広げる結果になっている中小企業もあるのが実情だ」と荻野氏は言う。

 <金融庁の対応> 

 金融庁は、金融機関が提供する通貨デリバティブ関連商品と、中小企業の円高倒産の関連を把握するため、実態調査に乗り出した。金融庁幹部はロイターに対し、「調査結果は遅くとも年度内に出したい」と述べている。

 この問題は、昨年11月22日に公明党の西田まこと議員が参院予算委員会で提起された。

 「中小企業が金融機関からの執拗(しつよう)な勧めで、通貨オプション取引を結び、急激な円高を背景に大きな損失を受けるケースが増えている」と西田氏は指摘し、「被害の実態調査を実施したうえで、不正な取引による損失を減額処理できるシステムを検討すべきだ」と訴え、自見金融担当相は「責任を持って事務方に調べさせる」と応えた。 

 金融庁はこの調査に先立ち、昨年春、金融機関に対する監督指針を改正して、通貨デリバティブ関連商品を販売する金融機関が、最悪のシナリオに基づいた説明を顧客に対して十分に実施することを促した。しかし、現在損失がでている通貨オプション関連の契約は数年以上前に締結されたものだ。

 東京商工リサーチの調査によると、通貨デリバティブの損失を理由に倒産した件数は2010年に26件と、2009年の7件から大幅に増加した。しかし、通貨デリバティブが原因で潜在的な倒産リスクが高まっている企業はこれらの数字をはるかに凌ぐとみられる。 

 (ロイターニュース 森佳子、取材協力:平田紀之)