絶望先生の和服の着こなしを考察してみる(2)常月まとい

  単行本3巻 裏表紙より

第二弾は先生と並ぶ和装派キャラ。常月まといです。絶望先生に一目惚れし、それ以来ストーカーとして付きまとい、先生とペアルックになるために和服を着ている、という女の子です。
常月まといをグーグルでイメージ検索すると、ほとんどが絣や格子縞、市松模様などの簡素なきものを着ていますが、これはアニメでのイメージが先行しているためでしょう。確かに絣模様は柄のパターンが単純で、アニメでは動かしやすいのですが、原作では実に多彩な着こなしを魅せてくれるのがこの常月まといというキャラなのです。
原作ではどうしても色が付かず、アニメでは作画・撮影の簡略化から地味なきものを着ていることが多い常月まといですが、三巻の裏表紙では実に優雅な着こなしで魅せてくれます。
まず、一見して分かるのはその女学生スタイル。これは先生が大正ロマン風の書生スタイルなので、それに合わせてのことです。
そして、その派手な柄がいっそう目を引きます。3巻の裏表紙では矢絣のきものですが、こんな派手な矢絣、今はとてもですが手に入りません。おそらく古道具屋や古着屋でアンティークきものを手に入れてきたのでしょう。物の本によりますと、ああいった派手な絣が流行ったのは昭和初期ということですから、もしかしたら祖母などのお下がりを着ているのかも知れません。

  
昭和初期の十字絣(左)と矢絣(右)
昭和モダンキモノ 抒情画に学ぶ着こなし術 (らんぷの本)より

素材ですが、昭和初期は銘仙やセルのきものの全盛期ですから、きっとまといが着ているのもそういったものでしょう。銘仙は太い糸で粗く織った絹織物で、セルは薄地のウールきもののことです。ともにお召しや紬と比べて安価な当時の庶民の普段着です。旧家のぼんぼんである先生と違い、まといは普通の家庭に育った女の子ですから、身の丈にあった着こなしと言えるでしょう。
あと、まといは作中でも大胆に襟で遊ぶ傾向があります。これも、大正時代の女学生の間で流行った着こなしです。当時の女学生は、派手な柄の襟の上から白い襟を縫い付け、学校が終わると同時にそれを取り、放課後のお茶会などを楽しんだそうです。きっとまといも普段から襟の色合わせなどを楽しんでいるのでしょう。

次に袴ですが、葡萄茶色の行灯袴です。先日書きましたが、女物の行灯袴は明治時代に華族女学校(現学習院)で宮廷服やスカートを元に、旧来の袴を改良する形で生まれました。そして、華族女学校を中心に葡萄茶色のカシミア生地の行灯袴が大流行し、当時の女学生たちは紫式部をもじって葡萄茶式部と呼ばれました。この葡萄茶色の行灯袴は、今でも女物の袴のスタンダードになっています。3巻の裏表紙ではさらに花柄の裾模様が刺繍してあり、優美さに拍車がかかっています。素材ですが、さすがにカシミアは贅沢ですから、おそらくセルやウールの袴をはいているのでしょう。

とまあ、ここまで3巻の裏表紙について書きましたが、実はまといの着こなしは年々変化しているのです。

   単行本1巻より

単行本一巻では、実に地味な着こなしです。シンプルな絣模様に、足袋も無地です。袴の色もマンガは白黒なのでよく分かりませんが、黒のベタ塗りであることから、黒や紺など、地味な色であることが予想されます。アニメのキャラデザ・色指定はこの時点での着こなしが基調になっていると思われます。
しかし、これが最近10巻以降だと一変しています。絶望先生が一巻から徹底して同じような着こなしですから、おそらく絵柄の変化というよりは作者の明確な意志によるものでしょう。

  
12巻(左)と、15巻(右)のまとい

柄も絣ではなく草花をあしらった派手な物になり、袴にも裾模様が刺繍してあります。また、袴紐の結び目もだいたんに遊んでいるのが窺えます。
この変化の理由として考えられるのは、やはり和服に対する“慣れ”ではないでしょうか。まといは先生に出会うまでは洋服を着ていたわけで、最初は教科書的な地味な着こなしをしていたのでしょう。特に、先生はシンプルな柄を颯爽と着るのが好みですから、その好みにも合わせていたのかもしれません。
それが和服で長期間過ごす内、自分なりの着こなしを見つけていった結果として、今の着こなしがあるのではないでしょうか。その証拠として、1巻では襟元をピシッと着ているのに対し、15巻ではかなり大胆に開いて、襟を強調しているのが分かります。立ち姿もどこか楽そうで、和装を自分のものにしている感じが出ています。
これからまといの着こなしがどう変化していくのか、そういった視点で絶望先生を読むのも楽しいかもしれません。
あと、まといのコスプレをするのなら、現代風の矢絣ではなく昭和初期の派手な銘仙を古着屋で探すのもいいかもしれません。ただしその時は袴が化繊だと拍子抜けです

年内の更新はここまでにして、第三弾は糸色倫について年明けにでも書きたいと思います。