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2013年09月28日

[][] 2013年はトランプ配り,1988年はアレイ

1. 2013年はトランプ配り

Amazonで,興味深い本を見つけました.書店で購入しました.

数学教育の基礎』と同系統の本かなと読んでいくと,ずいぶんと違っていました.数学を入れつつ,基本的には算数の学習指導をしていくための基礎となる本です.節の終わりの演習問題が,都道府県の教員採用試験の改題というのも,これまでにないスタイルでした.

わりと序盤の,予期していなかったところに,「かけ算の順序」が入っていました.

第2に,既習内容や発展内容に高い見通しをもつことで,子どもの問題解決上の気づきをより的確に評価できることです。例えば,「3人の友だちにみかんを4こずつあげます。みかんは全部でいくついりますか」という問題に対して,田中さんは3×4=12,鈴木さんは4×3=12と立式して答えを求めたとします。これを“みかん4こが3人分必要”だから,田中さんは誤っていると評価することも,3×4=4×3だからどちらも正しいと演算交換法則を式解釈に持ち込んで評価することも早計といえます。

算数・数学の問題解決を乗法構造という立場から特徴づけて捉えるベルニョの見解によれば,鈴木さんの立式からは,友達1人と3人の間と,みかん4こと□この間に同じ関係を認めており,いわゆる倍操作を行っています。これに対して,田中さんの立式からは,友達1人とみかん4この間,友達3人とみかん□この間に同じ関係を認めており,いわゆる関数的な操作を行っています。もし田中さんが「3人の友達にみかんを1つずつあげれば,みかんは3ついる。これを4回繰り返せばいい」と関数的に考えていた場合,式は3×4となり,正しい立式として評価することができます。

(pp.9-10)

いくつか補足します.執筆者は小原豊です.この方の書いた紀要論文を,乗数効果で取り上げています.「正答者ではなく通過者」を,思い出しました.

引用は「第2に」から始めましたが,「算数の学習指導の前提として,数学的な背景を知る」ことの意義の2番目です.第1は,「算数教材に含まれる教育的意図をより深く理解できること」とのこと.

未知数にあたる「□」は,原文では点線による箱です.p.9には,田中さんと鈴木さんが,友達の数とみかんの個数,そして総数をどのように認識しているかの図が入っています.以下の図に,名称や数字(xには「□」)を当てはめたものとなっています.

f:id:takehikom:20130117064240j:image f:id:takehikom:20130117064239j:image転載元

「ベルニョ」について,参考文献ではVergnaud (1988)のほうを記載していました.

それでやっと,引用をじっくり見ることができるのですが,第2段落のうち「3人の友達にみかんを1つずつあげれば,みかんは3ついる。これを4回繰り返せばいい」は,一言でいえばトランプ配りです.その操作や考え方を,Vergnaudの分析で根拠づけしており,これまでに見たことのない解釈となっています.

なのですが,ちょっと待った待ったなのです.Vergnaudの検討をベースにするとしても,そこから得られるのは,3人に4こずつみかんをあげる総数が4×3=12で表されるという理由であり,田中さんがそのように考えて式にしたのかは別です.

では田中さんがそのように考えたのなら,正解になるのかというと,それは評価の方法によります*1.目にしてきた多くの外在的評価で,その式は間違いとされています(ここに事例を載せています).「友達の数が『乗数』であり,みかんの数すなわち『被乗数』に作用して,答えとなる総数が得られる」(Greerを改変)という数量関係を背景としていること,そして3×4と4×3は意味が異なるという学習を踏まえて,出題しているからです.

田中さんに限らず,3×4=12と立式した子どもが,関数的に考えているのかに関して,Vergnaud (1988)を読み直してみました.この文献は,以前に見てきていましたが,そこで取り上げなかった部分,具体的には以下の記述から,関数的に考えているという可能性はどうやら少ないと判断できます.

The theorem which formalizes the theorem-in-action used in procedure c is quite different; it is expressed symbolically as f(x) = ax. When expressing their solution or their reasoning on problem 1, 8- or 9-year-olds often say "4 times 5," indicating a preference for the theorem-in-action which is a special case of the general linear function (the isomorphic property) over the theorem-in-action which is a special case of the theorem f(x) = ax (the functional property) indicated by "5 times 4."

(Vergnaud, 1988, p.146)

「theorem(-in-action)」はこの文献で特別な意味を持つのですが,それはともかくとして,田中さんの式は「5 times 4」に,そして鈴木さんの式は「4 times 5」に対応します.そして,preference for ... overにより,8〜9歳の子---かけ算を学習している子どもたちと見ていいでしょう---は「5 times 4」だとか関数的な考え方よりもむしろ,「4 times 5」のほう,要するにいわゆる倍操作で答えを求めているのだ,と理解することができます.

何百人に一人くらいは,関数的に考える,もしくはトランプ配りで考える子がいるんじゃないかという疑問に対しては,3年前にも書きましたが,私はそのような子どもよりも,次のように考える子どもを期待します.すなわち,そこで考えを止めるのではなく,この問題とそれまで学習してきたことを踏まえ,3×4と4×3のどちらがふさわしいか,式*2からその意味や意図を相手(他の子ども,先生,採点者)に理解してもらえるかを比較検討し,一つを選べるようになることです.

2. 1988年はアレイ

算数 よい授業わるい授業

算数 よい授業わるい授業

Googleブックスで,興味深い本を見つけました.Amazonマーケットプレイスで取り寄せました.

著者のうち,松原元一*3が「はじめに」,柳瀬修が巻末に「私の算数授業のあゆみ」を書いています.「はじめに」の中で,柳瀬がまず書き,松原が意見を添え,柳瀬が改稿していきながら完成させたとあり,「この本は私と柳瀬君の文字どおりの合作である」(p.3)で段落を締めています.

本文はというと,各項目4ページ(まれに6ページ)で,35の項目からなります.

その28番目が「4×6が正しいか、6×4が正しいか――かけ算九九論争」というタイトルです.タイトルにツッコミを入れておかないと---その2つの式のどちらが正しいかという問題設定は変ですね.読んでいくと「4×6が正しいのか、6×4も認めるのか」(p.132)と,適切な問題設定を見ることができます.想像ですが,タイトルは編集者がつけたか変更したのではないかと思っています.

文章は「某市立のF小学校の二年のテストに上のような問題が出された」から始まります(p.130).問題文は点線の箱囲みで,「6人の子どもに、1人4こずつみかんをあげようと思います。みかんはいくつあればよいですか。」と記されています.

内容としては遠山啓「6×4,4×6論争にひそむ意味」と相当のところ,重なります.なお,『算数よい授業わるい授業』には参考文献の記載はありませんでした.

ともあれ「かけ算九九論争」の前半をかいつまんで説明すると,その問題に「6×4=24 答え24こ」では式は間違いで,児童の父親K氏が学校に,そして市の教育委員会,最終的には文部省まで持ち込んでいます.担任の見解,K氏のトランプ配りを用いた反論,「そういう考えをする子どもはいなかった」とする学校側の意見,「4×6=6×4」を含むK氏の文書,穏やかな表現ながら学校側に理解を示す文部省初等教育課の文書回答,と進んでいます.

著者の見解は,「問題点の分析と一つの見解」という小見出しのあと,次のとおり書かれています.

この一見はひと言でいえば、担任の頭の硬さ、学校側の乗法についての考え方の狭さがその原因になっている。4を六回たす代わりが4×6と思い込んでいることである。4×6の構造を下のようなイメージでとらえていたら、K氏が6×4でも間違いではないかと訴えたとき、まてよ……、ということになり、K氏の訴えを前向きに検討していたに違いない。また、計算と式とを区別して考える余裕があれば別の対応のしかたがあったかも知れない。このように指導したのでこうなるべきだ、というのは教師にとって錦の御旗のようになっているが、これは厳に慎むべきである。

(pp.132-133)

ここも本文中の図は省略しますが,要は4行6列に○が並んだアレイ図です.

現在の視点でいうと,ツッコミどころ満載です.かけ算の構造を,アレイ図のイメージでとらえるというかけ算の指導には,国内外で問題点が指摘されていますアレイ図数学教育の現代化運動の中で進出していったことを,その運動の衰退とともに,認識しておく必要もあります.

子どもが文章題に対して,その数量関係をアレイ図のイメージでとらえているとした学術調査は,国内では見かけませんし,海外ではシドニーの長期調査を読んだものの見当たりません.

子どもが文章題に対してアレイ図を描いたとしたら,「4こずつのみかんはどれ?」「6人の子どもはどうなるの?」と尋ねることで,4個ずつ6グループになるよう囲い込みを行い,それに基づいて4×6の式を得るという流れになることが想像できます.これは,「2年生の導入時では,被乗数と乗数を明確に区別して扱っているが,これもかけ算の意味の理解を確かにするためと考えられる」(布川, 2010)の流れを汲んだものです.

もう一つ,現在の教科書では,「えんぴつを 1人に 2本ずつ,5人に くばります。えんぴつは,ぜんぶで 何本 いりますか。」「えんぴつを 2人に 5本ずつ くばります。えんぴつは,ぜんぶで 何本 いりますか。」(東京書籍)のように2つの文章題を並べて,2×5と5×2の違いを確かめています.「6人の子どもに…」は「えんぴつを 2人に…」と同じタイプの,基準量が後に示された問題と見ることができます(8マス関係表).

ところで,見解で「かけ算九九論争」の項目は終わっておらず,話は少し続きます.K氏の主張にも「一方的な自己主張と数学的な誤りがある」としています.自己主張に関して,自分の子どもに6×4=24と書いたときの考えを聞いたかを指摘しています.数学的というのは,交換法則は「計算」についての法則であり,ここでの議論は「式」についてのことだとしています.

ラス前では,「また、いずれは」をつけた上で,6×4=24にするにはどう考えたらいいかを学習の対象とすることを提示しています.最後は1文1段落で,「アメリカでは6×4」を述べています.

3. 共通点

刊行年は2013年と1988年,執筆者は新進気鋭の研究者と酸いも甘いも噛み分けた実践家---.

そんな違いがある中,今回2つの本から取りだした「かけ算の順序論争」について,いくつか共通する部分があります.

まず,論争の対象となっている式について,結論として明快に「正解である」「間違いである」とはしていないことです.ある条件のもとで,正解になるであろう,という書き方なのが共通しています.

次に,どちらも,交換法則を根拠とするのは不適切としています.「式」と「計算/演算」の区別,と言うこともできます.

そして,小原はトランプ配り(とVergnaudにによる「関数的な操作」),松原および柳瀬はアレイを,正解になり得る根拠としてそれぞれ挙げていますが,いずれも,かけ算を学習する2年のときにどのように授業で取り入れればよいかについては,何も言っていません.結局のところ,かけ算の指導でよく見かける話題なので,正解になり得ることを示したけれども,指導される先生方このあたり注意してくださいね私は責任をとれませんから,と逃げを打っているようにも見えます.

かくいう私自身も,かけ算の順序だとか算数教育だとかで,責任のある立場であるわけではありません.「一つの問題に対して,複数の解決法があるとき,どれを選んで,形にするか?」(自分を支えるもの)をもとに,興味のあるところを読んでいき,文章や図や数式やプログラムコードにしていくとします.

本日の引用でともに「構造」という言葉が入っていました.かけ算の話で,「構造」を明記している本を一つ,論文を一つ,読み終えたので,別の機会に紹介したいと思います.

*1:1学級のテストで,先生の信念もしくは理解に基づき,正解にすることには,異論を唱えません.そして他の(おそらく他の学校の)1学級のテストで,先生の信念もしくは理解に基づき,その式を不正解にすることにも,異論を唱えないのです.

*2:2010年のあるときに書いたことの焼き直しですが,研究者にとって,限られた紙面でどのように論理を展開し,研究費の申請書を作成すべきかということと,密接に関係しています.

*3:この方の書いたものはというと,過去に,算数子どもの考え方教師の導き方 2年で,2×5にも5×2にもなる事例を見てきています.